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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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羨望の海王(2)

 意図せず通る道に海中の和を乱す神格を感じさせる登場で姿を見せた龍の姿を模った水流の義体を持つエッセンゼーレ、豪丸。

 メランアヴニール側に属してる時点で対峙は免れないと思っていたけど、随分と良いタイミングで現れてきやがったな。

 今いる場所が中継地点って点も含めて豪丸の立ち位置はメランアヴニールの忠実な腹心として行く手を塞ぐゲームの中ボスみたいだ。

 なんて考えてるとウィンドノートが私達の脳内に語る。

 

『海流と同化していたせいで僅かにしか探知出来ていないが、恐らく俺達が昏海王の血脈に入った直後から尾けていたはずだ』

 

 びっくりしたのも束の間、豪丸が私達を覗き込む。

 

『人というのは難解な生き物よの。

 自らの度量や限界を知って尚、弁えずに身の丈に合わぬ行動を取るとは理解し難いわい』

 

 水で精巧に再現された豪丸の尖鋭な目は下がっている。

 美しく上品に下流を移ろう清流の様な穏やかな老人の物言いの中に隠し切れない豪丸の滲み出るピリピリとした殺気を浴びているとシュトラール号で為す術なく海に投げ出されたあの屈辱の瞬間を思い出してしまう。

 豪丸からすればシュトラール号とリコルト諸島を攻め落として力量差を見せ付けても尚、反逆の闘志を燃やし打倒を掲げる人間の不可解な性質を問う豪丸に対して何か言い返そうにも奴の気迫に気圧され言葉が思い付かない。

 威圧に満ちた空間の中で勇猛果敢に反論したのはタクトさんだった。

 

「それが人間の唯一の原動力だからだよ」

 

 間髪入れず彼は続ける。

 

「地上から遠く離れた月を手繰り寄せる事が出来ないように、どれだけ憧れ思いを馳せても自分が持つ全てを使って手を伸ばしても今の自分じゃ届かない領域。そいつを人は夢と呼ぶ。

 だが、夢ってのは決して遠いだけじゃねぇ。絶えず努力の一歩を踏んで進み続ける事が出来れば夢はいつの間にか達成目前の現実味を帯びた目標に徐々に変わる。挫折に立ち止まらない限り誰だって夢を叶える事は出来んだよ」

 

 ロケットを生み出し宇宙に飛び立てるまでに進化を遂げ、眺めるだけだと思っていた月に着陸してみせたように人間には思い描いた理想を形に出来る無限の可能性が秘められている。

 例え無理だと決め付けられても夢に繋がる行動を貫き通せば誰だって成就のチケットを手に入れられるようにどんな強大な悪も止める事が出来るんだ。

 

『ふん、お主が何を説きたいのか皆目見当がつかんな』

 

「低能な影の怪物に人間様の高尚な精神は理解出来ねぇか、じゃあもっと簡単に言ってやるよ。

 お前さんらを倒すのは夢物語じゃねぇ。休暇を邪魔された人間と街を焼かれた人魚が手を組んだ事ですぐにでも実現出来る目標になったんだよ」

 

 お前らを打倒出来る。

 そんな意訳を込めた発言を取るに足らないと見下す蟻の如き存在から聞いた豪丸は瞬時に険しい顔と水を沸騰直前の湯に変えそうな程の怒りを作り出し、不快な感情を真似する。

 

『人間と稚魚が手を組んだ程度でわしらに勝てると言い張るなど、いつからお主らは烏滸がましい種族に成り下がったんじゃ?』

 

「世界の命運がかかってるんだ。

 表面上だけでも強く出られなきゃそんな大それた使命、果たせねぇよ」

 

 嫌味ったらしくタクトさんが答えると豪丸は呆れて首を振った。

 

『メランアヴニール殿なら絶望を吸い取れる糧としての価値を見出し、お主らを生かしてくれる寛大な措置をくれると思うのじゃがそれでは不満かね?』

 

「聡明なお前なら容易く想像出来るだろう。

 エクソスバレーから国境と種族の壁を超えられる恩寵を賜り、何にも縛られぬ正当な自由に満ちた第二の生を受けた俺達を侵害しようとすれば看過する事など出来る訳が無く、反発が生まれると」

 

「そういうこった。誰もお前さんらの支配を望んでないってさ」

 

 クラジさんとタクトさんが豪丸に真っ直ぐ言い放つ。

 こんな所で足止めを喰らって今後、自分勝手な影の横暴に怯えて暮らすなどまっぴらごめんだ。

 ま、それを抜きにしても荒らし回ったツケはしっかり払って貰わないとね。

 

『度し難いのぉ・・・・・・』

 

 豪丸が静かに呟いた瞬間、奴の口から激流が吐き出され、まだ健在していた博物館のオブジェを粉々にして主に仇なす敵を徹底的に排除する非情で冷酷な本性を露わにさせる。

 確実に避けた後でタクトさんとクラジさんが肩を竦める。

 

「交渉は決裂ってか」

 

「どのみち押し通るつもりだったんだ。

 寧ろ対話の引き際を察し手早く引いてくれた事に感謝せねば。これで容赦無く力を振るえる」

 

 全員が武器を構えると殺意を剥き出した豪丸は吼えた。

 

『取るに足らぬ愚者共よ。味気ない粗末な絶望を昏海王に捧げよ』

 

 

「この局面、必ず乗り越えましょう。

 千波、先導の星明りプルミエール・エトワール

 

 フィオナちゃんから加護を貰い、全員が駆け出す。

 でもマーメイドレンジャーのメンバーが装備する槍の矛先が豪丸の義体に当たってもそれは空を両断したように攻撃の手応えを感じず、豪丸からの反撃を受けるだけだった。

 

「なっ、私達の攻撃が!?」

 

『我が義体は万物を呑み込む水流。

 お主らの武器が通る程、やわでは無い。

 散れ。 "輪廻彎曲の宝水" の前に』

 

 豪丸が水流から生み出した細長い渦巻きに振りほどいたメンバーへの追尾を命じる。

 こいつはさっき、オブジェを壊した激流ほどの威力は無いけど生物の殺傷は容易く出来る。

 このまま吞み込まれれば致命傷は確実。しかし宙に投げ出されたメンバーに防御する隙など無い。

 

闇を斬り裂く琴の清音(リラ・ソヌリィ)

 

 フィオナちゃんが一時的に身体能力を限界まで上げ、光と音を宿した槍で全ての渦を撃墜しメンバーの窮地を救った。

 体勢を立て直したメンバー達は口々にフィオナちゃんにお礼を告げる。

 

「あ、ありがとうございます。副リーダー!!」

 

「お礼は結構。早く立て直してください」

 

 フィオナちゃんの戦闘スタイルは自ら前線に赴き、戦況を変える力を秘めた数々の勇姿を見せる事で味方に戦場を駆ける勇気を与えて鼓舞する支援系。

 敵を倒したり仲間を護ったりフィオナちゃんが戦績を挙げる度に彼女と共に戦うメンバー全員の能力が一時的に強化され、豪丸に立ち向かうメンバーの強靭さもちょっとずつ上がっていく。

 一方、挟み撃ちで追い詰める私達側も果敢に豪丸にぶつかるものの自在に荒ぶる水流に阻まれてダメージになる一手に繋がらない。

 一斉に叩き込んだタクトさんの鳴動閃裂、クラジさんの勇猛果敢に貫く噴流(リンピダ・ルッジート)、私のアイシクルロードも寸分違わぬタイミングで即座に全部防ぐ神業を見せ付けると別に作っていた水流を攻撃に転じさせ、私達を呑み込もうと牙を剥く。

 ウィンドノートの風の助力で余力を消費せず簡単に避けた後、全員が豪丸の高過ぎる壁に驚愕する。

 

「水に電気が効かねーとか摂理無視してんだろ!?」

 

『戯け。儂の水流は滝行と試練に挑んだ修行僧と鯉の確固たる信仰心を編み込んだ万物の特性に縛られぬ神聖なる物じゃ。

 矮小なる存在のお主らでは足元にも及ばんわ』

 

 タクトさんの文句を自身を構成する材質の違いだと一蹴した豪丸は再び輪廻彎曲の宝水を唱え、私達に襲い来る。

 感電が駄目なら凍結はどうだ? 避けながらそう考えた私は氷剣に力を込める。

 

「踊れ、氷刃。 "グレールエッジ"」

 

 豪丸の唸る水流の義体に向かって形の定まらない影の邪な情熱すら冷ます氷の短剣が飛んで行く。

 研修期間にラバーフロッグの住処になっていた川の全域を凍らせた時みたいにこの剣には大抵の水源を凍らせる冷気を秘めているから水で出来た豪丸の義体にも通用すると思っていた。

 けど短剣は豪丸の義体に当たると奴の表面に薄氷を生み出せないまま成す術なく散ってしまった。

 

『小賢しい、これで散れ。 ”再創生の潮流” 』

 

 豪丸の口から強力な放水が放たれる。私をシュトラール号から引きずり落し、博物館のオブジェを破壊した奴と同じ技は私達を完全に粉砕するまで無尽蔵に周囲にばら撒く。

 やっぱりある程度、弱体化させなきゃダメージも拘束も一切受け付け無いっぽいが肝心の弱体化はどうするって話で。

 

「奴の怒涛を緩めたいなら外的要因による拘束以外にも手はある」

 

 クラジさんが隣に寄り立ち、そう言った。

 外的要因による拘束以外で豪丸の勢いを弱める方法って何があるんだ?

 

「幸い、奴も俺も同じ水に関する能力を扱える。

 もし奴の力を奪い、継承する事が出来れば奴の存在も消滅させた上でその能力もこちらで自由に管理する事が出来る。

 その大役を俺にやらせてくれないか」

 

『正気か!? エッセンゼーレの力を直接、取り込むなど危険だ!!』

 

「そうですよ!! そんなことしたらリーダーが死んじゃいますよ!!」

 

 ウィンドノートが他人に対して容赦無い剣幕で怒るのもクラジさんを慕うメンバーが付き従えないのも無理は無い。

 確かにエッセンゼーレから採取した一部の義体はそのまま戦闘に流用出来る程、強力な物だ。

 実際、私が今使ってる氷剣もエマさんが取ってくれたニパスを掌握する氷神が持つ巨大な氷の牙をベースに氷雪の能力を補助してくれる他の素材と合わせて作ったオーダーメイドの武器だ。

 でもエッセンゼーレから直接、力を奪い取ろうとするなら話は別。

 何故ならエッセンゼーレは負の感情から生まれ常に霊体を喰らおうと目を光らせる闇の怪物。

 完全に影に還るまで警戒させる程の邪念を持つ奴らの残滓に一瞬でも心の隙を突かれたら霊体は自制し切れない負の感情に支配され軽度の場合は満身創痍、完全に呑み込まれたら二度目の命日を迎えるのも珍しくは無い。

 つまりクラジさんがやろうと考えてる作戦は自らの霊体を犠牲にした特攻にも等しい。

 この武器を作れたのは研究所に在籍するエッセンゼーレの特性を知り尽くしたプロフェッショナルの研究員が監修に立ち会い、徹底的な安全と精密な環境を整備した上で鍛造を行ったから誰も犠牲にならずに私の力になってくれたのだ。

 こうした旨の必死な説得を受けてもクラジさんの決意は変わらない。

 

「エッセンゼーレの力を取り込む危険性は人魚達も重々承知している。

 だが俺はマーメイドレンジャーのリーダーとしてリコルト諸島を、お前達が住む世界を本気で護りたい。

 これは俺がその覚悟を体現する為の最適な手段だと考えている。

 それにウィンドノートならば多少、傷の負担も軽減出来るだろう?」

 

 そう強気に言い放ったクラジさんを見てフィオナちゃんもいつもよりも丁寧な礼儀でお願いする。

 

「皆さん、どうかクラジさんの意志を尊重して戴けませんか。

 確かに彼が挑もうとしている事は命を落としかねない危険な行為です。ですがそれ以外に荒れ狂い街を侵食する大海の様な豪丸を打ち破る策があるでしょうか? 私は正直、私自身も含め思い付けないと思っています。

 それに会ったばかりの客人はともかくマーメイドレンジャーに属する者は尊敬するリーダーの強さを信じられないのですか?」

 

「信じているからこそです、副リーダー!!

 今、リーダーを失ったら私達は本当に壊滅の危機に・・・・・・」

 

 組織において偉大なる頭領は存在だけで精神的支柱となり人員の士気を上げる。その分、欠落を危惧してしまうと不安は伝播してしまう。

 一度メンリルホールに向かう途中、クラジさんの命の灯が消えかけた姿を目撃してるメンバーはより一層、彼が死ぬ事を過剰に不安視してしまうのだ。

 口々にクラジさんを失う恐怖を発し始めたメンバーの改善を試みたフィオナちゃんから珍しく荒げた声が飛び出た。

 

「そんな弱腰の姿勢でクラジさんを支えられると思っているのですか!! もう一度、自分と肩を並べて戦ってくれたリーダーの姿を思い出しなさい!!

 クラジさんは三ヶ月前に海に漂流した当初、人間時代に身に付けた騎士の槍術でエッセンゼーレを撃滅した功績を称えマーメイドレンジャーのリーダーとなりました。

 任を賜ったばかりの新参者に大きすぎる責任は不相応です。それでも自ら名乗りを挙げ命を賭した役目を果たすと決めたのなら部下である私達が支えるべきでしょう!!」

 

 メンバーはフィオナちゃんの言葉で腹を決めたみたい。それを見たタクトさんも呆れながら決断する。

 

「・・・・・・はぁ。危なくなったら殴ってでも止めるからな」

 

「えっ、許可するんですか!?」

 

「男ってのは頑固な生き物だからな。

 彼の覚悟がやわじゃないのと後先考えず無鉄砲に提案した訳でも無いって分かったなら受け入れるしかねぇ。

 いざとなったらスイも止めてくれよ」

 

「わ、分かりました・・・・・・」

 

 私が戸惑い気味に了承するとクラジさんは凛とした困り笑顔を向ける。

 

「迷惑をかけてすまない。だが失敗を預けられる仲間がいるというのはこんなにも幸せなのだな」

 

 自分が危機に陥っても助けてくれる仲間がいる事を自覚したクラジさんが槍を構え直し、豪丸の下へ颯爽と泳ぎ出す。

 

『懲りもせず儂に接近するか』

 

 彼が再創生の潮流に避ける事だけを専念し少しでも万全の状態で辿り着けるよう私達は豪丸が遠隔で飛ばす水流を弾き、サポートをする。

 途中で背後から別の水流を察知したクラジさんは振り返って迎撃しようとするが、それよりも早くフィオナちゃんが前に躍り出て槍で横に軌道を逸らす。

 

「クラジさん、ただ前だけを見据えてください。他は全て私達が護ります」

 

「・・・・・・頼む」

 

 仲間達の手助けを借りて水流の猛攻を乗り越えたクラジさんを待ち構えていたのは、接近戦の構えを取る豪丸だった。

 

『嚙み殺してくれる』

 

「『させない!!』」

 

 大口にバームネージュを出現させ、一瞬の隙を生み出す。

 氷の大樹に気を取られる内にクラジさんは既に頭上を陣取っている。

 狙いを定めて持ってる槍を豪丸の義体に突き刺すと彼の霊体にすぐ異常が発生する。

 義体に凝縮された負の感情を吸収する槍を通じてクラジさんは身を焼かれているような痛みに襲われ、右腕には少しつつくだけで崩れ落ちそうな亀裂が走る。

 けど身を犠牲にした力の吸収はちゃんと成果が出ている。

 

『小癪な・・・・・・!!

 稚魚如きが、儂の力を奪おうと言うのか・・・・・・!!』

 

「・・・・・・っつ、ぐぅぅぁ・・・・・・」

 

 豪丸の義体を構成する水流の勢いが衰える反面、クラジさんの顔も苦悶に苛まれていく。

 今、彼の内部ではエッセンゼーレの残滓が全身をマリオネットの様に操ろうとする複雑な嫉妬や憎悪が流れ込み、一時の隙も許されない危険な状態だ。

 けどエッセンゼーレの支配の呼び掛けは外部からでも干渉出来る。

 

「男を見せたな、クラジ!!

 おら、ゴーマル。熱い奴のプレゼントだ!!」

 

 タクトさんの鳴動閃裂が細くなった豪丸の義体に衝突し海中に爆裂音を響かせる。

 電撃を浴びた豪丸はクラジさんの支配に集中出来なくなり、彼の忍耐に幾分かの余裕を生み出した。

 

『・・・・・・ふざけるでない。この高貴なる力は、メランアヴニール殿の野望に、捧げるのだぁ・・・・・・

 お主に、使われて・・・・・・』

 

「はぁ、はぁ・・・・・・

 お前が、傲慢に扱う力は、俺が正しく使ってやる。

 おとな、しく、俺に明け渡せぇぇぇ!!」

 

 クラジさんの咆哮と同時に豪丸の義体が水滴へと散っていき海中に馴染み始めていく。

 でもそれと同時にクラジさんの霊体は負の感情に覆い尽くされ崩壊寸前に変異している。

 クラジさんの霊体と豪丸の義体、どちらが散るのが先か。

 意志のぶつかり合いによる衝撃が引き、静寂に満ちた後、勝者があの激しい戦いで生き残っていた岩場の上に立ってガッツポーズを掲げていた。

 

 「豪丸の力を、この身に刻んだ」

 

 羨望の海王(2) (終)

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