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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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珊瑚礁での共闘(4)

「まだ追ってきますね・・・・・・!!」

 

 映画館で最後の鍵を手に入れた後。

 廊下には恨みを抱えながら死んだ人間の執念を宿すように追跡を続けるエッセンゼーレの群れで溢れ返っている。

 

「踊れ、氷刃」

 

 射出した矢の要領でグレールエッジを連射し、数を減らしても暖簾に腕押し。削いだ勢いをあっという間に補完し更に鍵の奪取が可能な距離まで縮めてくる。

 けどタクトさんが機転を利かせて3rdチューニング、サンダーノイズで敵達を怯ませてる間にスタッフ用通路に逃げ込ませてくれたから一時の呼吸の調整の機会を得る事は出来た。

 何故、直接、秘密兵器のある場所に行かずに建物全体を巡っているのか。それは作戦会議まで遡る。

 建物の奪還に入る前、フィオナちゃんはこう言っていた。

 

「影の支配下に落ちたメンリルホールは緊急の防衛システムを発動させています。

 その為、兵器がエッセンゼーレ達の手に渡る事はありませんが乗り込む私達も多少の奔走を覚悟し多少の知恵を絞らなくてはいけません」

 

『予想外のハプニングに対して奇策を用意していたのか。それでその特徴は?』

 

「メンリルホールの内部にある三つの特殊な鍵を集めメインホールにある仕掛けを起動させるんです。

 鍵がある場所も保管する金庫のパスワードも全て私だけが把握しているので、お店の人もマーメイドレンジャーでも開けられません」

 

 メランアヴニールの復活、またはそれに準ずる脅威がリコルト諸島に再来した時の為に市民の住居も含めた海域にある建物には精巧な防衛システムが施されている。

 それでも防護シェルターを纏った住居は生死を彷徨う生物を取り込んだメランアヴニールによって路傍の石を踏み潰す感覚で破壊された話も聞かされ奴の力の上昇具合を更に具体的に想像しやすくなってしまった。

 

「それだけの破壊の芸当を披露しても奴は満足気では無かった。

 恐らく自身の増強の底がまだまだ無尽蔵である事を自覚し、世界を手中に収めるに足る力を渇望しているからだ。

 俺達人魚の断末魔、シュトラール号に乗船していた者達の戸惑いと悲鳴を吸収した奴に時間を与えれば広範囲の尊き命を散らし、新たな悲劇を創造する余地が生まれる。

 奴の支配が実現する前に一刻も早いメンリルホールの奪還をお前達に託す。頼んだぞ」

 

 クラジさんの警鐘を受け、早急に始めたセキュリティを解除する為の鍵を探す店内巡りは物語を彩れそうな危機に遭遇する事無く比較的安全に進行した。

 海で放映される番組を視聴する為の大型テレビが設置されたブレイクルームのブルーレイディスクに隠された一つ目。

 レトロなシューティングゲームで指定のスコアを取ってから要求される四桁のパスワードを打つと筐体の引き出しから出現したゲームセンターの二つ目。

 そしてポップコーンワゴンに潜んでいた映画館の三つ目も確保し、後は鍵穴がある場所に向かうだけって時に鍵を全て揃った瞬間を嗅ぎ付けたエッセンゼーレ達が湧き出て来たのだ。

 正面突破で対処出来る量じゃなかったので逃走し、スタッフ用通路に逃げ込んだ現在。

 外ではエッセンゼーレ達の騒ぎ声が鳴り響く百鬼夜行状態。出た瞬間、物量であっという間に押し潰されるのがオチとして見えてる以上、もうお客様用通路は全部使えない。

 

「外で探知してるウィンドノートによると鍵を揃えた時点で廊下を埋め尽くす程の多くのエッセンゼーレが湧いたそうです。

 ここからどうやってメインホールまで向かいます?」

 

 私が次の指示を仰ぐとフィオナちゃんはあっという間に道を示す。

 

「少し距離がありますが直通のエレベーターがあります」

 

 そういえば今いる三階の左部分はスタッフ用の倉庫や休憩室が密集しているんだっけ。

 倉庫には舞台に使う機材や小道具も収納されてるからエレベーターはそれらと係の人を運ぶ用の奴なのだろう。

 確かにそれを使えばすぐに目的地に着けるから妙案だと思ったけど、タクトさんが申し訳なさそうに割り込んで来た。

 

「あ〜・・・・・・ そいつは使わない方が良いと思うぞ」

 

 タクトさんは建物自体を占拠したエッセンゼーレ達の知能を警戒していた。

 人魚達が開発した兵器による自身の弱体化を危惧して建物ごと使用を封じる大胆で聡明な頭領が万が一、侵入を許してしまった時の対処法を用意していない訳が無い。

 遙か奥の深海にいながらシュトラール号の客室の構造まで把握出来るスペックを考えれば最短距離で目的地に行けるエレベーターの事も調べているはずだし何かしらの細工をしていても変では無い。

 だからエレベーターの使用を控えるべきだっていうのがタクトさんの意見。

 長年の戦闘経験と決して敵を侮らない警戒心に基づく深慮にウィンドノートが私を通じて同意する。

 

『アレイフ殿の意見に同意だ。

 俺も先程、従業員専用も含む全てのエレベーターを調査してみたがどれもエッセンゼーレの臭いが微かにこびり付いていた。

 乗れば確実に敵の罠に嵌る』

 

「鍵穴があるメインホールは一階にあるんです。

 エレベーターもお客様用通路も無しでどうやって行けば・・・・・・」

 

 顎に手を当てたフィオナちゃんにタクトさんが尋ねる。

 

「フィオナ。

 構造上でメインホールかそれに近い所の真下(・・)に通じる地点、この建物を詳しく把握してるお前さんなら知ってるだろ?」

 

「も、勿論把握していますが・・・・・・

 タクトさん、何をする算段で?」

 

 不安になってるフィオナちゃんとは正反対にタクトさんのサングラス越しの目と口角が分かりやすく上がった。

 

「お前さんらに伝授してやるのさ。

 物事の解決で最も効率の良い手段は脳筋戦法だってな」

 

 

 僅かに巣食うエッセンゼーレを排除しながらフィナオちゃんの案内が完遂された後、タクトさんはお礼を言って自分で決めた所定の位置に着くと私達を周囲から遠ざけた。

 

「んじゃ、緊急事態って事でこじ開けるぞ。1stチューニング」

 

 彼の片腕に収まる武器、フェローチェが小刻みな演奏の如き稼働音を掻き鳴らし力を溜め始めていく。

 更に注目すべきは力の矛先を海の中でも硬質で高級な白い貝殻がふんだんに使われスタッフが丹精に磨いて大事にしている床に定めている点だ。

 

「タ、タタタタ、タクトさん!? 落ち着いてください!?

 そこから一階まで直通させるとなると、この建物に二十億円は下らない損害が」

 

 フィオナちゃんの必死な弁明も功を奏さず、ギターケース型の機巧には目が覚めるようなオレンジの電力が最大まで蓄えられた。

 稲妻の槌が振り下ろされる前にタクトさんが謝罪を加える。

 

「悪ぃな、修繕費はツケにしといてくれ!!

 2ndチューニング、鳴動閃裂」

 

 無慈悲に叩き付けられた雷閃は一瞬の激しい轟音と振動と一緒に床材の破壊を生み出し、覗けば一階の床が見える程に貫通していた。

 確かにこの方法ならエレベーターはいらないけど、こんなに破天荒な突破の仕方があるのかな? フィオナちゃん、ちょっと絶句しちゃってるし・・・・・・

 先に降り立っているタクトさんから安全を保障して貰ったので、私達も後を追うと紺色のカーテンに覆われた場所に辿り着く。人間の物と変わらない機材と造りから見てどうやらここは劇場の舞台袖みたい。

 大事な建物に穴が空いてしまったが辛うじて目的地に近付けた功績に免じて溜め息を付きながらも過ぎた事と割り切ったフィオナちゃんは身を翻して案内を再開する。

 

「ここから鍵穴のある場所まではすぐです。付いてきてください」

 

 教えて貰った場所は舞台裏のスタッフが使うテーブルの一つ。

 BGMや効果音の調整に使う音響用のミキサーがある機材の列の中に何かを差し込めそうな三つの丸い穴がある機材を見つけた。

 

「キタザトさん、穴の照明の色に合わせて先程手に入れた鍵を入れて貰えますか?」

 

 了承して取り出したのはメンリルホールを巡って手に入れた穴の数と同じ三つの鍵。

 鍵と一口に言っても形状は在り来たりな物とは異なり、薬剤を閉じ込めたガラス管の様なスティックタイプの物だ。近未来感の外装も相まってこいつを的確に例えるなら鍵と言うよりもUSBメモリと言った方が良い。

 フィオナちゃんに教えて貰った通りに赤、紫、緑の鍵を挿入し回すと舞台の方で大規模の移動を行う音が鳴り響く。

 これは驚いた。まさか舞台の床がずれて地下への階段が現れるとは。

 水滴の滴る音だけが木霊する遺跡の内部を進みながらフィオナちゃんが教えてくれる。

 

「正式に答えるならここはメンリルホールの一部ではありません。

 元々、メンリルホールそのものが秘密兵器に通じるこの場所の存在を隠す為に建てられたので」

 

 観光施設で隠蔽って発想はそう簡単に思い付く物じゃないから外敵だけでなく同族に対しても有効な防犯手段と言える。

 人魚の知恵に感心してるとウィンドノートから連絡が入る。

 

『キタザト。今、どこにいる?』

 

「もうすぐ兵器とお目にかかれそうなとこ。どうしたの?」

 

『警告だ。そこから先に進めば探知は届かぬ上、俺の連絡も通じなくなる。

 いつも以上に用心は怠るなよ』

 

 そっか、ここがメンリルホールの一部じゃないのならウィンドノートの探知の恩恵は受けられないのか。

 でも問題は無い。私も一人で解決出来る技量は身に付けたしタクトさんにフィオナちゃんもいるんだからどんな局面でも対処してみせる。

 

「心配ありがと。出来るだけ早く戻ってくるから」

 

 遺跡の通路の最奥に待っていたのは淡い光のベールに包まれた円形の部屋。

 室内の水路に流れる水と岩の共存が美しい部屋の中央には一人で担げそうにない巨大な機械仕掛けの槍が鎮座している。

 

「さて、まずは無事かどうかを確認しないと」

 

 フィオナちゃんに続いて慎重に兵器に近付こうとしたその時である。

 得体のしれない殺気を感じて振り向きざまに剣を振ると、衝撃はスライムの触手を弾き飛ばし部屋に潜む敵の存在を知らせる。

 

「やっぱり守護者的存在は手配してるみたいですね」

 

 奇襲に失敗し姿を隠す必要が無くなったエッセンゼーレは粘性のある巨大なイカの様な姿を水路から現し、動物の物とはかけ離れた咆哮で臨戦態勢を構える私達に威圧感を示す。

 仮名、ジェルクラーケン(クラーケンって本当はタコ説が有力らしいけど)はやる気満々って感じだけど生憎、私とタクトさんの能力とは相性が悪いと思うよ。

 

「千波、先導の星明かりプルミエール・エトワール

 

 先に動くのはフィオナちゃんだ。

 少し遅れて拘束しながら溺死を齎す触手達が襲い掛かるけど槍の威光で身体能力が強化された私達は迫り来る足を凍らせて粉砕したり、水を含んだ粘体を感電させて容易く触手を一時的に再起不能にする。

 本来なら霊体を一捻りで殺せる伸縮自在の触手の殺傷力、媒体となる液体が乾燥しない限り何度でも甦る厄介な強みを持つジェルクラーケンは重要な場所の守衛を託すに値する相手だがほぼ無敵に近い触手さえ封じてしまえばUNdeadにとっては木偶の坊に早変わり。

 直接の捕獲を諦めたジェルクラーケンは粘膜を滲ませ遠隔での拘束を試みるもフィオナちゃんに無効化して貰い、本体で遊泳する赤いコアを狙って一部分を凍らせた後で猛撃を浴びせてやればコアは粉々になり、陥落した義体が塊のまま水路の中に落ちていく。

 問題なく敵の排除が終わったところで兵器の確認を再開。専門家のフィオナちゃんに丁寧な確認をお願いする。

 

「良かった、傷一つ無い万全の状態です。

 恐らくエッセンゼーレは破壊を試みたのでしょうけど製作者が施した加護が生きていたお陰で触れる事すら叶わなかったようです」

 

 良かった。

 これで当初の目的は達成出来たね。

 それからジェルクラーケンの討伐の影響で建物内にいた全てのエッセンゼーレ達は一匹も残らず逃走したらしい。

 外にいたクラジさん達も無事に陽動の任を乗り切ってくれたし、奪還作戦は見事成功と言って良いだろう。

 

 珊瑚礁での共闘(4) (終)

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