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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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珊瑚礁での共闘(3)

 クラジさんの案内でやって来たのはメキシコにあるグランセノーテの様な洞窟とサイバー要素が組み合わさった秘密の軍事基地。

 規模はちょっと広いカラオケルームで全員が入るには窮屈だけど、エッセンゼーレ達の侵攻によって荒廃した今の状況を考えれば贅沢は言ってられない。

 淡い蛍光灯が飾られた壁には海域の地形を記した電子の地図が飾られていて八割程、赤く塗り潰されている。

 この範囲はメランアヴニールの軍勢によって甚大な被害を受けた場所を示す物。実際に見て回ったとはいえデータで明確に形になってると事の深刻さをより実感すると同時にメランアヴニールとの戦いに対する覚悟がより固まる。

 棚から別の電子地図と炭酸飲料のペットボトルを取り出したところでクラジさんが作戦会議の音頭を取る。

 

「改めてこの後の行動を振り返ろう」

 

 大まかな内容はこうだ。

 実は前線で戦っていたクラジさんもフィオナちゃんと一緒にメランアヴニールが人間の霊体を取り込み伝説を遥かに凌駕する強さで蹂躙する姿を見ていたらしく、このまま戦ったところで勝ち目は無いと判断したクラジさんは秘密兵器を使おうと準備を進めていた。

 けどメランアヴニールの狡猾さは予想を上回っていた。

 その秘密兵器があるこの街有数の観光地、メンリルホール(クラジさんを探してる時に見掛けた泡の様なドームだね)は先手を打っていたメランアヴニールによって既にエッセンゼーレ達に占領されててフィオナちゃん率いる救助組とは別に動いていたクラジさん達の軍勢は不意を用いた挟撃によって半壊した。

 私達が遭遇した場面は撤退しようにも強固な布陣を突破出来ず、追い込まれて膝を突いていた窮地だったって訳だ。

 

「敵の規模が予想を超えていた。俺がまだ人魚の身体に馴染めていなかった。

 大敗に至った敗因は幾らでも思い付くが、影の侵攻に巻き込まれた無垢の民と散っていった同胞を思えばマーメイドレンジャーの統率者である俺が口にしても言い訳にしかならない。

 この屈辱はリコルト諸島全域を復興しても決して拭えぬだろう」

 

 クラジさんの猛省からは三十代前半の若者とは思えない責任感を感じる。

 その姿勢は生前の頃、バイト先がアホによって奪われた時に感じた悔しさを思い出した。

 悪いのは加害者なのに奴らに課されるのは軽すぎる刑罰だけで残りの尻拭いは責任者に丸投げ。

 なんで愚行と直接関係の無い人間が必要以上の罪悪感と誹謗の矛先を背負わないといけないのか。

 世間では当然のように認知されてる理不尽はずっと納得出来ないまま火種となって心の中で燻っていた。

 

「全ての失敗は俺の責任だ。不甲斐ないリーダーで申し訳」

 

「自分を責めすぎないでください!! 寧ろクラジさんの尽力は称賛されるべきです!!」

 

 震えて崩れそうな声に現実では厳粛な雰囲気に呑まれて言えなかった心の丈で遮っていた。

 

「ご、ごめんなさい。出しゃばった真似を。

 でも、これだけは言わせてください。クラジさんの奮闘が無ければリコルト諸島はもっと悲惨な目に遭っていました。それだけは断言出来ます。

 それにまだ生きている(・・・・・)じゃないですか。命以上に大事な物が無いのは生前で嫌という程、実感したでしょう?」

 

「・・・・・・そうだな、生きてさえいれば何度でもやり直せる。

 次は綿密に策を考えて完膚なきまでの反逆を奴らにくれてやりゃ良い」

 

『先陣を切る勇将こそ戦場で項垂れてはいけない。

 軍の士気を維持し続けるには前に立つリーダーがいついかなる時も例え一人になったとしても立ち続ける背中を見せ続けねばならないのだからな』

 

 UNdeadからの言葉を聞き、その言葉に便乗して(とき)を上げるマーメイドレンジャーを見てクラジさんがゆっくりと目を閉じる。

 正直、クラジさんにとっては一時の気休めにしか感じなかったかもしれない。それでも吹っ切れた反応を見る限り彼が重責に押し潰されて戦いで本領を発揮出来ない事態に陥る事が無くなるくらいの手助けにはなったかもしれない。

 

「・・・・・・ありがとう、地上の英雄達よ。

 過去を悔いても仕方無いのは事実だ。

 先頭に立つ者の義務として俺は先に向けて今、自分が出来る事に目を向けねばならんな」

 

 心機一転の決意を込めてクラジさんが気合注入の音を机で奏でる。そしてこの場にいる全員に覚悟を問うた。

 

「再び万全の体制を取り戻し地上から頼もしき英雄の援助も得た今、メンリルホールの奪還に踏み込むべきだと俺は考えている。

 今度こそリコルトを脅かす影に対抗する兵器を手にし再び海の平穏を取り戻そう。

 今は準備に専念すべきでまだ早計だと思う者、先の戦いで戦意を失った者がいるならここで待機してくれて構わない」

 

 今の状態に不安を感じる人も覚悟無き軟派者もこの場にはいない。

 全員の勇気ある賛同に感謝したクラジさんは電子で表示した地図に注目するよう促す。

 クラジさんが見せた地図には大容量の観客席を完備したメインホールからスタッフしか通れない舞台裏まで三階建ての円形の建造物の構造が細かく書かれている。

 演劇や芸人さんの漫才、ミュージカルといった大きなステージでの公演だけでなく大衆向けの映画館やゲームセンターも備わっている娯楽施設は中々、広く複雑だけどその分エッセンゼーレ達の占拠が行き届いていなさそうなスタッフ用の通路も多い。

 お客様用の入口は全て封鎖されてると仮定してもクラジさん達が陽動すれば攻め入る隙は充分にある。

 それから戦況の転覆に使えそうな施設の情報も教えて貰った後で決行の日時が今から十分後に決まる。

 みんなの高まる正義感と期待に答える為にも私もより気を引き締めないと。

 

 

 いよいよメンリルホール奪還の時。

 みんな所定の配置に着き、作戦実行の時を待っている。

 私はウィンドノートとの視界共有を利用した索敵で軍を比較的に安全に行動しやすくさせる大役に抜擢された。

 垣間見た地上の空の美しさを永遠に閉じ込める様に作られた儚くも壮麗な外観と建物内部を上空から見通せば予想通り、全てのお客様用出入口を塞ぐアビスマーマンの群れに店内には道中を襲撃してきた黒いエイや自我を持つ骸骨が古ぼけた船を取り込んだ亡霊型のエッセンゼーレ ”沈没残滓を運ぶスカルシップ” の群れが人魚達の憩いの場を練り歩く現況を確認出来た。

 

「やはり外も中も簡単には突破出来そうに無いですね」

 

 私が報告するとクラジさんは想定通りといった感じで力強く頷く。

 

「問題ない。その為に俺達、陽動チームが行くべき道をこじ開ける。

 お前達はフィオナの案内に従って建物の奪還に専念してくれ」

 

 エクソスバレーに漂流した際、不幸にも海に送られ慣れない水の中で暮らす決意の表れとして人魚になってから日が浅くパラスティアの地形を把握していないクラジさんは外で派手に暴れて注意を引く陽動チームに入った。中に突入するのはUNdeadの私達とナビゲーターのフィオナちゃんである。

 作戦は至極単純。陽動チームが一部の入口の見張りを奇襲し敢えて数匹残して増援を呼ばせる。

 そうすればギリギリの人員で賄っている建物の中からリソースを避けないエッセンゼーレ達は外の見張りから増援を要請するはずだとウィンドノートの偵察と現住民の知恵から考察したクラジさんとフィオナちゃんの意見を基に立案した作戦だ。

 

「リハ無しのぶっつけ本番っていう不安な状態だが、みんなの威勢を見る限り問題無さそうだ。

 これもクラジが積み上げた人徳と功績の賜物だな」

 

 一度の惨敗から苛むトラウマに臆さず臨戦態勢を取るメンバーを見てタクトさんがクラジさんを見遣った。

 

「有難い限りだ。だがこのムードを作り上げられたのは俺の力に対する信頼だけでなくお前達の活躍もあっての物だろう。

 だが真の先導者を目指す以上、例え戦友の力が無くとも背後を付いてくる仲間を絶たれたとしてもこの命が尽きるまでは毅然と抗い続ける覚悟を習得せねばな。

 ・・・・・・時間だ。皆、俺に続け!!」

 

 クラジさんが勇ましい咆哮をあげた。

 少しでも戦況を有利に持っていけるよう奇襲の構えを取っていたからその声量は控えめだったけどその迫力は獅子の如き気高さと獰猛さを合わせ持つ最高の火蓋の切り方だった。

 一番槍で飛び出たクラジさんが槍を振るい自分の中に根付く邪な欲望を許さない海の声を代弁する。

 

「怒り叫べ、海よ。勇猛果敢に貫く噴流(リンピダ・ルッジート)

 

 四方から噴き出る荒ぶる水の斬撃は龍の様な姿を模り一口で呑み込むようにアビスマーマン達の穢れた義体を濯ぐ。

 放出する全てが消耗していたピンチの時と違う全開の一撃はメランアヴニールの策に基づき完膚なきまでに人魚族を半壊させた実績に溺れ、半ば呆然としていたアビスマーマン達に大打撃を与え、瞬く間に殲滅させた。

 その優勢を保とうと残りのメンバーも勢い付けて戦場に降り立ち、エッセンゼーレ達を着実に各個撃破していく。

 わざと取りこぼした個体がこのまま戦ってはまずいと判断し読み通り、おぞましい鳴き声で援助を要請する。

 一度、影に戻り一瞬で大勢のエッセンゼーレが援助に駆け付けた事で他の出入り口が手薄になっているのを確認した今がチャンス。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

 私達は残っている数匹を軽く捻りすぐに迅速な潜入に移る。

 エッセンゼーレ達の集結により誕生したさっきやられた分を一網打尽に返せるようになった対面を見てメンバーの人達が声を弾ませる。

 

「結構ギャラリーが増えてきましたね。リーダー」

 

「これだけ期待が集まっているんだ、期待に応える為にもっと派手に暴れるとしよう。開闢の潮流(グランデ・マーレ)

 

 既に室内に潜入していた私に外で何が起こったのか鮮明には分からない。

 けど頑丈な内壁に遮られた店内にいても聞こえた水流の勢いから考えるに外では全てを呑み込む大海が生まれ、自身が宿す影よりも暗い深淵に呑み込まれたのだろう。

 

 珊瑚礁での共闘(3) (終)

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