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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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珊瑚礁での共闘(1)

「な、ななななな、何やってるんですか!?」

 

 荒れ狂う海の上で立たされていたシュトラール号の船上から一変した晴天下の白い砂浜で勢い良く目を覚ました私は自分でも信じられない動揺と赤面に陥っていた。

 女の子は今にも弾けそうなシャボン玉みたいに儚く透明感のある幼さの宿った声で慌てて弁明し始める。

 

「ごめんなさい!! 命の危機が迫っていたので咄嗟にああするしかなくて・・・・・・」

 

「あんま彼女を責めんなよ。

 彼女が人工呼吸してくれなかったらスイはお陀仏になってたかもしれないんだから、寧ろ感謝しとけ」

 

 近くの岩場で武器を手入れしていたタクトさんが優しく諭す。

 流石は戦績豊富な先輩。五体満足な状態を見るにあの襲撃にも難なく対処し、問題なく生存したみたい。

 でも命を繋ぐ為に仕方無いとはいえ人工呼吸で、しかも同じ女の子でファーストキスを消費してしまうのは少し複雑な気持ちだ。

 この世には同性で紡ぐ恋愛の形もあるって言われてるけど私はそっち方面には明るく無いし、男の子との恋愛に憧れてたからそれまで取っておきたかったって気持ちはちょっと残ってる。

 上手く気持ち良くお礼を言えていたのか自分でも半信半疑だ。

 勿論、あっちの方が好きな人を否定するつもりは毛頭無いですよ。

 

「どうした、スイ?

 チューなんて海外じゃ挨拶みたいなもんだぞ?」

 

「人との距離感を大事にする日本人にそんな習慣の適応を求めないでください!!」

 

 にやにやと初心(うぶ)な私を揶揄うタクトさんに少々強い語気で跳ね除けた後、改めて女の子の全身を観察する。

 毛先をカールで巻いた肩の長さのブロンドヘアに小柄でスレンダーな体型の彼女は現世に換算すると中学生くらいの可憐な容姿を持っている。

 しかしそれは上半身だけを見た場合だ。

 決め細かい素肌の両腕に水色のショールを巻き、へそ出し服を着た人間の女性の上半身と違い、下半身はスナメリの様に白く艶めく細長い魚の尾。彼女は俗に言うマーメイドだったのだ。

 なんでマーメイドが目の前にいるのかも気になるけどそれよりも前にUNdead社員として解消しないといけない疑問がある。シュトラール号の行方と乗客達の安否だ。

 急いで体を起こそうとしたけど船を襲ったエッセンゼーレの筆頭、豪丸の攻撃と海に叩き付けられた衝撃はすぐには癒えておらず激痛が走る。

 

「あわわ、まだ起き上がったら駄目ですよ。

 陸でどんなダメージを受けたのか知り得ませんが海の中で揺蕩っていた疲労までは解消しきれていないんですから」

 

 (せわ)しく牽制したマーメイドの女の子に一縷の望みを賭けて聞いてみた。

 

「えっと、すみません。実は乗ってた客船がエッセンゼーレに襲われまして」

 

「はい、海の底から一部始終を見ていました。

 被害に遭った人間さんは私達が丁重に保護しています」

 

 彼女が指し示した先には船から投げ出されたであろう人達に加えて普通の格好をしたマーメイド達が女の子と同じマーメイドの戦士達に介抱される何事も無い姿を見る事が出来た。

 みんなの頭上に立ってスプリンクラーみたいに癒しの風を散布している存在に女の子が疑問を示したので私の相棒であるウィンドノートを紹介する。

 ちなみに女の子が言うには海中で一生を過ごす人魚族は陸への好奇心が薄く、陸から流れ出た物品や情報も出回らない為、霊獣は勿論、UNdeadの存在も事故に遭ったシュトラール号の名前や用途もたった今、知ったみたいだった。

 ウィンドノートと合流出来たし乗客達の安否とマーメイド達が信頼に足るかといった不安が解消された所でそろそろ今の状況を分析しようと色んな方向を見渡すと、女の子が察して説明してくれた。

 

「あっ、自己紹介とこの場所についての説明がまだでしたね。

 私はフィオナ・シェルベーヌ。

 お察しの通り、私は海中で暮らす人魚族です。

 海底に住む民の皆さんや海上で被害に遭われた旅人を護る活動を主とするマーメイドレンジャーに所属しています」

 

『幸い、俺は気絶にまで至らなかったからシェルベーヌ殿の傍に付き、マーメイドレンジャー達の補助に回った。

 皆、UNdeadと遜色無い実力があったがその中でもシェルベーヌ殿は他の人魚よりも研ぎ澄まされた機敏さを感じる戦闘技術と遊泳だった。良い意味で人間でいう齢十六に似つかわしくない強さだ。

 流石は最年少でありながらリーダーの補佐を務める実力の持ち主だ』

 

 戦士の素質に対して一際鋭い慧眼で見抜くウィンドノートに認められるって事はこの女の子と所属するチームは相当の実力が秘められてると見て間違い無い。

 てかフィオナちゃんって近所の子供の様に可愛らしかったから離れた歳下かと思ったらほぼ同い歳とは。

 しかも話し方や立ち振る舞いも私よりしっかりしてそう・・・・・・

 私も彼女を見習ってもっと精進しなきゃ。

 

「そしてここは蒼白(そうはく)の恩寵。

 海と陸の境目にあるこの砂浜は青鮫と白鯨の加護が働く聖地でありエッセンゼーレも近付かない安全な場所です」

 

 彼女が指し示した先にはジンベイザメとシロナガスクジラみたいな姿の神体を正確に再現した彫像が鎮座している。

 あの彫像からはエッセンゼーレが嫌う暖かな歓喜の感情が加湿器の様に溢れていて砂浜を守っている。

 食料や生活用品が充分に貯蓄された倉庫もあるし陸海を問わない被災者の避難所として申し分無い規模だ。

 ではどうして蒼白の恩寵にシュトラール号に乗っていた人だけじゃなく人魚達まで保護されているのか、説明の段階はその経緯に移る。

 

「実は豪華な船に乗っていた皆さんが襲撃を受ける前、私達マーメイド族が住む海中の大陸、リコルト諸島でもエッセンゼーレの襲撃があったんです」

 

 フィオナちゃんの説明の概略はこうだ。

 リコルト諸島とシュトラール号を襲ったエッセンゼーレ達を率いていたのは霊体の絶望を糧とする残忍な影の神話生物、メランアヴニールの仕業だと言う。

 溢れ出る支配欲の矛先を近海だけに留まらずエクソスバレー全域から甘美な絶望を吸い取ろうと画策し、手始めに人魚達が住む海域を焦土に作り替えたメランアヴニールは過去の人魚達が払った多くの死力を喰らった事で自身が持つ歪な欲望と力は収縮し二度と悪行が出来ないよう深海へ封印された。

 人魚達は災いの化身が引き起こした悪夢が再発する事なく悪い子を窘める為の逸話になると信じていたのだが、遠隔カメラを使った偵察に出ていたマーメイドレンジャーの報告により緊迫した状況が甦った。

 原因は分からないが定期的に強固に修繕していた封印の装置を突然、滅茶苦茶に打ち破ったメランアヴニールは大量のエッセンゼーレを(けしか)けフィオナちゃん達の住む大陸を瞬く間に蹂躙、征服。

 多くの人魚達は殺され、今でも占拠された街の中ではエッセンゼーレに怯え潜む人達とフィオナちゃんが所属するマーメイドレンジャーのリーダーであるクラジさんや数名のメンバーが残って防衛していると言う。

 

「エッセンゼーレが急激に力を成長させた原因に一つ心当たりがある」

 

 岩場から颯爽と下りたタクトさんが軽い調子で答える。

 

「といっても学会が立てた不確定な仮説なんだがな。

 現世と霊界の狭間にいる生物を取り込んだエッセンゼーレはそれを媒体とし格別な知性を手に入れ、自身の持つ能力を跳ね上げる事が出来るらしい」

 

 タクトさんが言っているのはエクソスバレーを探求する学会が二年前に発表した "エッセンゼーレの急激な凶暴性の増加" という論文の中にあった説の一つだ。

 現時点でエッセンゼーレの強化に関する予測はこれしか存在しないからね。

 現世と霊界の狭間にいる生物、つまり現実では意識不明と呼ばれる状態に陥っている生物をエッセンゼーレが取り込むと本来の能力を劇的にパワーアップさせ如何なる戦士も敵わない脅威になるって内容。

 サメノキ地方での戦いの際、御造 桃八も村と住人を踏み潰した動物に対して復讐を果たす為、自らの霊体をサファイアクイーンに捧げて獣人を滅ぼそうとしたけど御造は既に亡くなっていたから最大でも精々、二乗が限界だと思う。

 が論文によると意識不明の生物を取り入れる事が出来たら無際限に強化されると書かれてたから本当だったら対処も出来ない。

 兎を取り込み異様な俊敏性を獲得したバレットファントムが発見された事で研究が始まったこの説だが、検証が足りない不確定要素が多過ぎてまだ立証には至っていない。

 まずなんで生物を取り込むとエッセンゼーレが強くなるのかその原理が判明していないしバレットファントムのフードにうさ耳みたいなのが付いてただけで兎を取り込んだと決めつけるのが早計だって言い張る意見も多いのが説の立証の停滞を産んでいる。

 検証を重ねようにもそもそも死にかけの生物がエクソスバレーに来る事すら滅多に無いケースだからね。

 

「人間さんが提唱された仮説、あながち間違いでは無いかもしれません」

 

 人魚達を襲ったエッセンゼーレついて討論する私達の間にフィオナちゃんが割って入った。

 

「メランアヴニールの実体と造形は封印を破った今でも不明です。

 ですが偵察に出ていたメンバーの一人の証言の中に男の人型が生えていたとの特徴がありました。

 もしその仮説に則ってメランアヴニールが能力の補助を得たとしたらマーメイドレンジャーが呆気なく一蹴された事も腑に落ちます」

 

 手も足も出なかった自分達の無力を思い返してるように見えたフィオナちゃんが覚悟を固めて俯けた顔を私達に向ける。

 

「陸の人間さんに迷惑をかけた上でこんなお願いをするのは図々しい事だと承知しています。

 ですがアレイフさんとウィンドノートさんの説明ではUNdeadはエッセンゼーレの対処も請け負うエキスパートだと教えてくれました。その腕を見込んでお願いがあります。

 街を奪還しメランアヴニールの勢力に抵抗しリコルト諸島に再びの平穏を取り戻す為、どうか私達に力を貸して貰えませんか?」

 

 メランアヴニールが何らかの手段で再び勢いを取り戻し海中だけでなく陸をも手中に収める尽きぬ欲望を実現させようと侵攻すれば、海中だけでなくエクソスバレー全域の危機に繋がる。

 そんな未曾有の危機、UNdeadとして放っておく訳にはいかない。最も人助けの一環だけで受ける訳じゃないよ。

 

「迷惑なんて思ってないよ、フィオナちゃん。

 マーメイドレンジャーが手を貸してくれなかったら乗客全員を助けるなんて難しい事、UNdead(私達)だけじゃ達成出来なかったからね。

 少ないけどその恩を返す為と思えば、私は喜んで引き受けるよ」

 

 私は真っ直ぐ本心を伝えた。

 続いてウィンドノートとタクトさんも了承の意を示す。

 

『相棒が人を助けたいと意志を示すなら俺も異論は無い。

 必ずや共にメランアヴニールを止めよう』

 

「全員の意見も合致したし、まずはお前さん達のリーダーを援助しに行こうぜ。

 街の奪還に貢献出来れば俺達の自信も自惚れや誇張じゃないって証明出来るしな」

 

 楽しい休暇になると思っていたペティシアでの旅行だったけど、やっぱり人助けを優先すると波乱に満ちた過激な戦いになってしまうんだな。

 そう考えながら私は戦場に繋がる海へと足を運ぶ。

 

 

『シュトラール号、航海中にエッセンゼーレと遭遇。

 乗客、添乗員含めた二十人以上が行方不明』

 

 バスに揺られる道中、ハシェットは自分のスマホでニュースを見た。

 かの有名なシュトラール号がエッセンゼーレに襲撃された事故はエクソスバレー中を揺るがす速報としてウェブサイトのトップを飾った。

 ナーガの虐め、付いていけない文武の断念に手を差し伸べてくれた優しい北里達がシュトラール号に乗船する事は本人が教えてくれたのでハシェットも把握していた。

 本当に北里の身を案じている良識人ならば例え望まない結果を想定したとしても電話の一本でも入れるべきだと行動するだろう。

 しかしハシェットには出来なかった。

 現在、時刻は午前八時。北里の説得に感銘を受け、もう一度自分を奮起させたなら学校に通っているはずだがハシェットは彼女の善意を無下にし地方に向かっていた。

 背反の意識が背中にのしかかるがハシェットは結局、陶芸師に会う為に地方に押し掛ける選択をしたのだ。

 今、電話すれば車の排気音や郊外の環境音が通話中に漏れ聞こえる。日夜、エッセンゼーレと戦い感覚が研ぎ澄まされたUNdead社員である北里ならば間違いなく学校に行っていない事を見抜き追及してくるだろう。

 

「すまねぇ、姉ちゃん・・・・・・

 オイラ達は知り合って間も無い浅い間柄だ。オイラに心配する義務は無いんだ。

 けど強引な手段を使う以上、オイラは夢を掴み取ってみせるよ」

 

 約四十分程の運行を終え、ハイビスカスが咲き溢れる田舎町に辿り着いた。

 夕陽が差し込むその場所は太陽の様に明るい橙色の建材を使った建物が多く並ぶ閑静な場所で陶芸家だけでなく創作に従事する者にとってはまさに楽園の地だが、観光客向けに過剰に発展したペティシアタウンで暮らしてきたハシェットには最低限の設備しか無いこの街のどこに魅力があるのか理解し難かった。

 事前情報を頼りにハシェットが向かった先は小さな古民家。

 家の周囲には陶芸家の知名度を体現するようにそこそこのギャラリーが群がっていて、どうやってでも陶芸家に近付きたいハシェットを拒む壁を自然と形成していた。

 警備員やギャラリーの会話から会いたかった陶芸家があの家にいる事を確信したハシェットは意を決した。

 

「悪い!! ちょっと通らせてくれぇ!!」

 

 これが人に多大な迷惑をかける品位の無い行為なのはハシェット自身も自覚している。

 だがアホな自分が夢を叶えるスタートラインに立つには大胆な行動をしなければいけないのだ。

 ハシェットはギャラリーの間を無理矢理こじ開け、老齢の警備員の前まで辿り着く。

 

「おい、坊主!! 今は撮影中だぞ!!」

 

 警備員の制止を中等レベルの学校に通っていた十三歳で固定された若さで振り切り、家の中に転がったハシェットは縁側でドキュメンタリー番組を撮影していた撮影クルーとインタビューするアナウンサーの中に目的の人物を見つけた。

 深緑のバンダナと作業着を身に着けた小柄な男性こそ彼が探し求めた陶芸家、ジライヤその人である。

 ハシェットの突然の乱入に動揺するテレビ関係者と違い、生前の大半を戦場で過ごしたジライヤは黙して腕を組むだけ。

 右目に名誉の勲章を負った厳格な老人が簡単な行動を取るだけで誰もが平伏しそうなオーラが武器を目前に突き出されたように溢れるが、その程度でハシェットは止まらない。

 彼は日本伝来の礼式、土下座を使って最大限の誠意を示した。

 

「ジライヤさん!!

 押しかけて頼む無礼を承知して聞いて欲しいお願いがあるんだ!!

 オイラをあんたの弟子にしてくれ!!」

 

 ハシェットの唐突な叫びは生放送中のテレビマン達に動揺を伝播していく。

 当然、撮影の妨害になっているハシェットを退場させようとするがジライヤだけは静かに一喝した。

 

「構わん。おぬし、名を何と言う」

 

「・・・・・・ハシェット」

 

「良かろう、撮影は一時中断じゃ。

 居間にてもっと詳しく話を聞かせろ」

 

 珊瑚礁での共闘(1) (終)

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