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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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夢に衝撃(2)

『やはり容易く陥落せぬか。

 船内の安堵を奪還するスピードを鑑みて我が配下を打ち破る猛者が複数存在すると踏むべきだな』

 

 冷静に分析する影にガルヴァンが呆れる。

 

『何故、少数だけ派遣させた。

 手早く船を破壊したいのならもっと戦力を増やしたっていいはずだ』

 

『未熟者が。

 戦局も把握出来ておらぬのに後先の事態に備えた調整も施さず本隊を遣わすなど愚の骨頂だ。

 例え勝利の未来を見通せたとて僅かな綻びによって筋書きと異なる結果が生まれる事も稀有では無い。

 偵察で得た情報を参考に策を練り、適材の兵士と武器を配備し、送り出した者と己の決断を信じて生存と武勲を祈る。

 確実な勝利を我が物とし甘美な絶望を手にする為ならば、人の戦の様な立ち振る舞いも致し方あるまい』

 

 影はシュトラール号で影に還った手駒の残滓が染み込んだ巨大な足に力を込めた。

 しかし影が着実で回りくどい方法を取るのは絶対的支配者として霊体の上に君臨する為だけではない。

 先程、圧倒的実力を見せつけてやった稚魚の群れの様に一瞬で潰してしまっては単純に退屈な上、己が力となる他者の絶望を効率良く汲み取れるからでもある。

 絶望は一気に降り注いでも効果が薄い。軽度の災難を祓わせ一時の希望を見せてからそれを凌駕する規模を生み出し押し潰せば活力となる濃縮された絶望が味わえる。

 塩と胡椒で微細な仕上げをするように霊体達が諦め咽び泣く程に立ち向かう気力を削いでやる事で絶望が溢れ影が望む究極の一皿が完成するのだ。

 毅然と己の倫理を語った影に喜んで付き従ったとはいえガルヴァンは頭を抱える。

 

『・・・・・・清々するほど性格の悪い奴だな。あんた』

 

『その言葉、曇り無き本心として有難く戴こう。肩を並べる戦友は偽りの配慮が無い方が信頼に値する。

 さて、頼もしき我が分身が得た情報によると猛者共は客室(無様な鳥籠)を防護に優れていると考えているらしく力無き者をそこに避難させているらしい。

 若き男よ。我が配下に対抗出来る者と客室に逃げ込んだ糧。両者を同時に絶望に招く方法、貴様にも見当が付くのではないか?』

 

『・・・・・・安全だと思っていた場所に突然エッセンゼーレが出現すれば』

 

 そこでガルヴァンは言い淀む。

 影のスペックに基づいて全ての客室にエッセンゼーレを放てば影が望む絶望を提供出来るだろう。

 だが地上二階から地下二階まで客室が各所に点在する船の構成上、俊足の救世主だとしても全ての客室を救えないのは明白。実行すれば確実に何人かは命を散らすだろう。

 もう一度、現世に戻る為に必要な工程とはいえ今からガルヴァンが行うのは間接的な人殺し。

 現世では人の道から踏み外したくなければ絶対犯してはならない重大な禁忌の一つをひたすら夢に真っ直ぐ向き合っていた純朴な少年が今から命令を下さなければならないのだ。

 その葛藤を見抜いた影が無防備な魂にするりと入り込むよう甘く囁く。

 

『案ずるな。

 ここにいる生物の形を保つ存在は生死を彷徨う貴様と違い、既に死を定められており魂はこの地(エクソスバレー)に固定されている。

 何度斬られ殴られようと記憶を代価に払うだけで健全な肉体を取り戻せるのだ。

 まぁ、人としての名目を保ち続けたいならば無理にとは言わんが早めの決断を勧めてはおく。

 貴様の遺体(うつわ)が焼却されてしまう時間は想定よりも間近に迫っているぞ』

 

 最後に影は自身と交わした取引と一時の人間性の放棄の取捨を蔑ろに考えないようガルヴァンに重く問う。

 

『既に死んだ者に対して宝にも似た生命の尊厳を見出し己の肉体と友との夢を捨てるか、約束を果たす為に多数のもぬけの魂を犠牲にするか。

 貴様はどちらを取る?』

 

 

 他に救助すべき乗客が漏れてないか改めて船内を巡回してるとタクトさんからスマホの受信を受けた。

 

『スイ、そっちの首尾はどうだ?

 俺の方は全て殲滅したところだ』

 

「こちらも現時点で出現した奴は全員、排除しました。

 ウィンドノートによる探索も適宜行っています」

 

『ご苦労だったな。だが警戒は続けろよ?

 今のは扇動や偵察に使う様子見の攻めくらいの認識で恐らくエッセンゼーレの軍勢を率いてる奴もあの程度の襲撃で終わらせるつもりはねぇはずだ』

 

「えぇ、心得ています」

 

 タクトさんのアドバイスに頷くと彼は敵の動向に対する予測を共有してくれた。

 まず船体を直接叩いた事でシュトラール号の大体の大きさを把握。その際、ぼんやりと感じ取った船の空いた所へエッセンゼーレを投入させる。それがさっきの襲撃のメカニズムらしい。

 エッセンゼーレ達が廊下にしか現れなかったのは細かい部屋の数まで分からなかったからなんだね。

 それと霊獣のスペックを活かしたウィンドノートの探知から位置が変動していない事を知ると敵はシュトラール号の全貌を完全に把握出来ていないだろうと断定した。

 強力なエッセンゼーレの中にはパンを一口大の大きさに合わせるように義体の一部を自ら千切り、小型のエッセンゼーレを手駒に使う奴もいると資料にあった。タクトさんもその事例から敵の正体を考えたんだろう。

 やられても召喚者の義体に還るだけだから実質無敵な上、吸収すれば収集した細かい周囲の状況や霊体の数も本体と共有されてしまうので厄介なタイプだが幸い敵はシュトラール号から遥かに離れた海底に居続けている。

 アーテストの廃聖堂で戦ったサリッサの分身みたいに遠隔操作型の能力は操作対象が本体から離れすぎては備わる身体能力や発揮出来る能力が著しく落ちる。

 つまり海底に鎮座し続ける敵が得られる情報もHDの映像ではなく靄がかかったような不鮮明な映像しか得られないはずなのだ。

 それでも客室以外の公共施設、レストランや娯楽のある部屋みたいにドアを常時開放したままの場所の位置は把握されてるだろうからそこも警戒の対象に加えろという指示を最後にタクトさんとの通話は一旦、切り終わった。

 影の脅威はまだ収縮していない。その事を胸に留めながらあくせくエッセンゼーレの対応に追われているスタッフと協力しながら乗客に使う救助ボートを準備したり防火扉を閉めたりして次の襲撃に備えていく。

 

『避難経路は確保出来たな。今の内に客室にいる乗客達を呼び掛け』

 

 一足先に邪な気配を探知したウィンドノートが面倒くさそうに静かにキレると廊下にエッセンゼーレ達が唐突に出現した。

 もう少し大人しくしてくれれば大助かりだったけど遊び盛りのエッセンゼーレ達は待ちきれなくなったみたい。

 仕方ない、ある程度倒して残りは無視する方針で

 

「ぎゃぁぁぁ!! なんでエッセンゼーレが!?」

 

「た、助けてくれぇ!!」

 

 安全だと思っていた客室から疑惑と命乞いの最悪な感情が両立した悲鳴が交錯し夢を具現化した船内は地獄へ変貌する。

 ウィンドノートが凄い剣幕で急いでタクトさんと連絡しろと迫るから慌てて通話を発信させ繋げるとタクトさんも現状を完全に把握出来ずにいた。

 

『おいおいなんだこりゃあ!?

 なんで客室から慌てふためく声が』

 

『アレイフ殿、最悪の事態に発展してしまった。

 現在のエッセンゼーレが出現したのは司令塔が適当に指定した船内の至る所では無い。

 俺達のような戦える者以外の霊体がいる場所を狙って出現させたのだ』

 

 そ、そんな事が有り得るの!?

 だって親玉はずっとシュトラール号から遠く離れた海底にいるんでしょ!?

 そこから船までは地球と月、はちょっと大袈裟かもだけどそれぐらいの距離があるのになんで客室の構造まで把握出来てるの!?

 歴戦の戦士でも聞いた事の無い規模の敵を前に乗客全員を護る風のバリアを維持し続けるウィンドノートの毛並みは冷や汗で滲んでいた。

 

『どうやら俺達が相手しているのは、世界を根底から破壊出来る力を秘めた怪物かもしれん』

 

 そんな絶望を突き付けられても私達のやるべき事は変わらない。一人でも早く多く乗客を救うだけだ。

 

 

『・・・・・・計算外だな。我が分身が放たれて数刻が経つのに未だ死傷者が現れぬなど。

 若き男よ。船内を偵察し状況を共有せよ』

 

 影と一体化し幅広い場面で高性能に活用出来る頭脳と視界と化したガルヴァンは目を閉じ、数秒でシュトラール号全体の現況を鮮明に映し出す。

 緊迫する船内では船員と私服の男女が救助に奔走する姿のほかに影が生み出したエッセンゼーレが乗客を襲う様子も映っていた。

 エッセンゼーレは全ての客室に現れ確かに乗客を攻撃していたが、見えないなにかに阻まれ傷の一つも付けられずに苦労していた。

 

『これは驚いた。敵の中に我と渡り合えるかもしれぬ力量の所持者が紛れていたか。

 ここにいては力の原理までは解き明かせぬが、五百を超える乗客に守護の力を散布出来る芸当は霊獣でもなければ実現しないだろう』

 

『嬉しそうに感心している場合か。

 エッセンゼーレに屈せず抗える奴らが複数いる時点で厄介なのに、点在する乗客全てを保護出来る神格の奴もまとめて相手するなどあんたでも無謀過ぎる』

 

『打てる手はある。

 先程の襲撃で力無き者共からは勿論、我が分身に対抗出来る者からも多くの絶望を吸収出来た。今なら勢力を削ぐくらいの最大のサプライズを提供出来るだろう』

 

 

 乗客を救命ボートまで護衛と案内をしていると嫌な地響きと轟音がした。

 間髪入れずに無色の怒濤が駆け巡り、大量の水で動きにくくなった船内の廊下は水棲タイプの多いエッセンゼーレにとっては恩恵となり、脱出を試みる私達にとっては更なる障害となって牙を剥く。

 乗客達の混乱はより一層深まり、流された霊体は海へ放り投げられ生死すらぼかされてしまう。

 安否を気にかける間も無く身体半分が拘束された状態でエッセンゼーレの対処を余儀無くされ、私の焦燥は高まっていくばかり。

 絶えず船内を満たすこの水流がどこからやって来てその原因が意図的に作られてたらいくらか方法があるけどウィンドノートは察知出来てるかな。

 

「ねぇ、水の発生源は分かった?」

 

『うむ、地上三階のデッキに引き起こした張本人がいるようだ』

 

 いつもは凛々しく保つウィンドノートの顔も疲弊の色で若干、歪んでいる。

 このままジリ貧の状況が続ければ霊獣として規格外の力を持つ彼でも気力が燃え尽きて、乗客達に危害が及んでしまう。

 地形も軍勢も含めた今の劣勢を覆す為にもここはUNdeadに所属する私達が大本を叩くべきだ。

 急いでエッセンゼーレを撲滅した後、スタッフに場を任せ、着陸した地上三階では屋根に覆われて気付けなかった大量の雨を齎す曇り空が光を奪い、泳ぐ為のプールが氾濫の発生源となっている恐ろしい水没地となっていた。

 シュトラール号を沈める為に多くの水を放水側に回してるからかデッキを覆う水はさっきの廊下よりも水位が少なくて僅かに動きやすいけど、それでも吸った服が重り代わりになって私達の十八番の素早い動きを封じてるから油断は出来ない。


『隠れても無駄だ。

 いくら水流と同化しても俺の目は誤魔化せんぞ』


 侵入の感知に呼応して周囲の水が噴き上がり威嚇のオーケストラを反響させる。

 船内を荒ぶり殴る分厚い水流はやがて滝壷の近くで立っているような勢いで私達の目の前に降り立ち、私達でも視認出来る生物の様な義体を作って姿を現す。

 日本や中国の方で広く知れ渡ってる細長い胴体の龍が全て水で構成されているエッセンゼーレの姿は生物というより生きる激流と例えた方が的確かもしれない。

 

『・・・・・・なるほど。

 メランアヴニール殿が感知した霊獣とはお主の事であったか。風の霊獣よ』

 

 エッセンゼーレが流暢に言葉を話している?

 しかも慧眼を宿した老獪な個性まで成立させてるなんて・・・・・・

 

『貴様、話が通じるのか?

 ならば今すぐ要求を伝えよう。部下のエッセンゼーレを引き連れこの船から早々に立ち去れ』

 

『それは呑めんのぉ。

 お主らに眩い玩具(シュトラール号)を守る命懸けの目的があるようにこの儂、豪丸(ごうまる)も可能な限りここの霊体を絶望に陥らせメランアヴニール殿に捧げねばならん仕事があるからな』

 

 親玉も配下も揃って霊体を見下してやがる。

 いくら知能があるとはいえやっぱりエッセンゼーレってだけあって霊体は搾取しやすい貧弱な存在って残忍な根元の思考は変わらないみたいだ。

 

『俺は本来の力を出せそうに無い。すまんが戦闘はお前に負担をかけてしまう』

 

「スタッフさんや乗客全員庇ってるもんね。分かった、私に任せて」


 氷剣を取り出し戦闘態勢を見せた私に対し、豪丸は龍に似た威厳ある眉を下げ、明らかな落胆を表現する。


『交渉は決裂かの?

 では遠慮無くお主らを海の藻屑と変えるとしよう』

 

 逆鱗に触れられた怒りを爆発させるように義体を構成する水流を昂らせた豪丸は神速と呼べる域の躍動で空中を飛び回り、鋭い飛沫や間欠泉を撒き散らす。

 神話の生物である龍の真似事は見てくれだけでなく身体能力や超常現象にも似た水の扱い方まで継承しているのだ。

 動きが鈍っている私は降り注ぐ水の攻撃を避ける事しか出来ず、遊泳する豪丸に翻弄され刃先が掠りもしない。

 ウィンドノートも風で妨害したり咄嗟の回避がしにくい私を運んで実現させたりと出来る範囲で手助けしてくれるがそれでも奴に及んでる手応えは全く無かった。

 悔しいが手も足も出ないって奴を自覚しなければならない実力差だった。

 

『終局』

 

 豪丸の水の体内で義体の一部を圧縮し始める。口から放たれたのは高圧洗浄機から出てくる頑固な汚れを削ぎ落とす強力なブレス。

 剣越しでも抑え切れない攻撃を受け、私の身は海に投げ飛ばされた。

 

 

 豪丸の水流と海に叩き付けられた衝撃で飛んだ意識が掬われる。

 でも、何故か変な感じがするんだよな。

 全身を叩き付けられたから節々が痛いのは当たり前だが変なのは唇の方である。

 呼吸は出来るのに常に何かにくっ付いている感覚がする。

 恐る恐る目を開けてみると先程の戦いの最中に覆っていた曇り空は綺麗さっぱり消えていて、自分がいる場所も砂の陸地らしい。

 周囲の観察は終わり。さて、唇の違和感の正体を、ってえぇ!?

 完全に視界が開けると目の前にはとても綺麗な女の子がいたんだけど私が驚いた要因はそれでは無い。

 私の唇と彼女の唇がぴったり合わさっている、つまりキスしている状態になっていたのだ。

 

 夢に衝撃(2) (終)

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