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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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栄華への出航(2)

「うわぁぁぁ、でっかーー!!」

 

 港で停留している目的のクルーズ船を見た時、私は驚愕を隠せなかった。

 白を基調とする高貴な船体に爽やかな水色が差し込まれた海原をゆっくり進む潮風を体現した良く想像するようなデザインだけど規模が半端ない。

 ウィンドノートの視力で見る限りだと水面から浮いているのは乗客用に用意されたほんの一部であり、水の中に隠れている部分には食料や日用品を保管する倉庫や船の動力が詰まった従業員専用のエリアだけでなくゲームセンターやカジノといった娯楽施設も確認出来たとの事。

 まさに選ばれた者の為の休息地。この船を造るのにいったいどれだけのお金がかかっているのか想像するだけで身震いがしてしまう。

 

「なぁ、スイ・・・・・・

 他の客もいるんだしあまり大袈裟に騒ぐのは控えとけよ?」

 

 隣のタクトさんに控えめに注意され、純粋な迷惑と今いる場について思い出した。

 ここはどれだけの大金をはたいても確立の上がらない厳正なる抽選を乗り越えてシュトラール号に選ばれた富裕層が集う特注の港。一人だけ庶民の感覚で騒いでいてはみすぼらしく目立ってしまう。ここからは心持ちだけでももっと淑女らしく慎ましやかに行こう。

 タクトさんが取った乗船券を受付のお姉さんに見せると長時間のボディチェック、手荷物検査を受け、船内に脅威を齎さないか確認されると乗船口に迎え入れられる。

 真の招待客として認められた者に挨拶を捧げるのはUNdeadにも多く在籍する丸っこいゴーストだ。

 

「北里様、ウィンドノート様。そして今年も貴重な余暇の舞台にこのシュトラール号をお選びくださったアレイフ様。

 このシュトラール号に期待を寄せて戴き遠くからご足労をかけていただきました事、従業員一同、心からの感謝を」

 

「よぉ、世話になるぜ。船長は元気にやってるかい?」

 

「えぇ、アレイフ様のご助力が無ければシュトラール号は存続しておりません」

 

 一挙手一投足、乱れの無い振る舞いで歓迎してくれる彼に対して既に顔馴染みになってるタクトさんは気さくに挨拶していて大人の余裕って奴を感じた。

 例外の霊獣の乗船もタクトさんが事前に説明してくれたお陰で特に怪訝な顔をされる事なく受け入れてくれた。

 でもウィンドノートはある違和感に首を傾げてるらしい。

 

『・・・・・・俺達、アレイフ殿が予約したチケットに名前を記録したか?』

 

 確かにチケットを貰った時、識別する為の長いナンバーは書かれていたが予約者の名前までは記載されてなかったし特に伝えてもいない。じゃあどうやって客の氏名を知ったんだ?

 考え込んでいるとゴーストの彼がにこやかに答えて来た。

 

「お客様、お言葉ですが一流の添乗員は乗船して戴く大事なお客様の最低限の情報は全て把握しているのですよ。

 お二人のお名前もアレイフ様より乗船をご予約戴いたその日に共有して戴きました。突然の呼称に不安を与えましたら謝罪致します」

 

「二人共悪いな。原則、買った本人が変更を伝えねぇとチケットを譲れないからさ。

 事前に顔写真の提出まで求められるから会社のホームページに載せてる写真も使わせて貰ったぜ」

 

「転売目的で購入される邪なお客様への対策です。ご理解とご協力を」

 

 やっぱり人気なだけあってそんな事する輩も少なからずいるんだな。

 厳重な治安維持の為なら文句は言えない。寧ろこの船に対して尊敬と信頼の情を抱いた。

 ゴーストとの軽い話も終え、これ以上仕事を引き留める訳にもいかなくなったので今回泊まる部屋の番号を教えて貰い、いよいよ船内に入る。

 陸を離れ、海の上に浮かぶ具現化した夢に渡る途中でゴーストの彼が一言を贈ってくれる。

 

「船上での非日常が皆様にとって輝く一時になりますように」

 

 

 天井から吊るされたガラスのシャンデリア、朱色のカーペット、少し落ち着いた金色の内壁に掛けられた絵画の数々、英雄の凱旋の様に廊下から流れるリハーサル中の演奏者達の金管楽器の音。

 豪勢なお城と見紛う美しき高貴に満ち、威厳と品位も共存するシュトラール号の内部は在り来りなクルーズ船の外観からは想像出来ない別世界である。

 正直、内心は緊張を隠すのに精一杯だ。

 案内マップによるとこの船は地上三階、地下四階で構成されていて乗船客は主に客室やレストラン、屋外プールなどが結集した地上階と娯楽施設が多い地下二階までが利用可能との事。

 華仙さんに共有する写真を撮りながら宿泊に使う部屋へ向かう途中、スーツやドレスで着飾った一定数の人とすれ違い柔らかな挨拶を戴いた。

 この船は心身共に固く縛られない休暇を実現させる為に服装自由のルールが定められているけどわざわざ格式高い恰好で来るのはシュトラール号が重要な会議や上流階級同士のお見合いに使われる所でもあるからスーツのサラリーマンは多分、一日で済むような軽い仕事の為、ドレスの女の人は今夜メインホールで開催される舞踏会に参加する為の一時的な物でそれが終わればラフな格好に着替えて遊んだり休んだりすると毎年の光景として見ているタクトさんは教えてくれた。

 今回、私達が泊まる部屋は二階の奥の部屋。

 豪華絢爛だった廊下と打って変わってお洒落なランプと木目調の温かさに包まれたシックな室内はタクトさんが取ってくれたペティシアのホテルと同じくらい広々としており、眩しくて騒がしい船の共有スペースの雰囲気から離れて落ち着いて休むにはぴったりだ。

 ・・・・・・まさか、タクトさんと同室になるとは思わなかったけど。

 

「この船は一人でも多くの客を乗せる為に一グループ、一室までと決まっている。

 一人だろうと十人以上だろうとチケット購入者のグループに属する限り複数の部屋を予約する事は出来ない。こればかりはどうにも出来なくてな。

 男と一緒なんて窮屈な思いをするかもしれねぇが幸い部屋は防音壁と分厚い扉で更に区分けされてるから気持ち広い方をウィンドノートと使ってくれ」

 

 荷物を下ろしながらタクトさんが頭を掻いた。

 男の人と一緒の部屋で過ごせっていざ告げられると一瞬驚いたけどシュトラール号のチケットの希少性と高額な値段を考えれば部屋を分ける為に当選の確率を狭めるリスクは無いし、毎日一緒の部屋にいるウィンドノートのお陰でそれくらいの胆力は付いたから私は何の躊躇いもなく受け入れようと思う。

 大人のタクトさんなら信頼出来るし部屋も区画されてるので三日間過ごすくらいなんてことない。

 

「いや、着いてきただけの身分なんですから文句は言いませんよ。

 ここまで手厚いサービスを受けられたんですから不満より感謝の方を多く感じています」

 

 タクトさんにお礼を述べた後、割り当てられた部屋に荷物と麦藁帽子なんかの小物を置いていく。

 しかし同じ空間に長くいる訳では無いとはいえシャワールームや冷蔵庫、金庫も収容されたクローゼットに用が出来た場合は互いの部屋を通らないといけないので見られると恥ずかしい物はなるべく隠しとかなきゃ。

 

『キタザト、船内で行動する前に先にシャワーを浴びたい』

 

 ウィンドノートが水浴びを希望するとき、私にその旨を伝えるのは手伝って欲しい合図だ。

 彼は頭部しか無いから物を掴むときは口で挟んだり風を操って浮かべたりするんだけど、口でシャワーを動かしても全身を満遍なく洗えないし風ではそもそもレバーを回せない。だから入社初日から私がペットを洗うような感覚で手伝っているのだ。

 ちなみにウィンドノートは元犬でありながら潔癖症なので水に抵抗は無くお風呂は毎日入っている。

 

「良いね。私も一汗流したいし一緒に浴びようかな」

 

『いつも通り着衣のままやってくれ』

 

 食い気味で拒否されてしまった。

 一緒に過ごすようになってからもう三ヶ月以上は経っているのに未だに一緒に入る事を許してくれない。

 入浴に随伴したいのは相棒を誑かしたいからじゃなくて服も濡れないし、自分の入浴も済ませられる効率の観点からなんだけどな。

 

「君を洗うのだって重労働なんだからついでに汗と疲れを落とさせてよ。

 何度も言ってるけど、流石に私だってタオルは巻くつもりだよ?

 恋人以外の男性に裸見せたくはないんだから」

 

『俺だって例え薄い布一枚で遮られていても、女の柔肌が至近距離にあれば正気を保てんと再三言っているだろう』

 

 興奮する肉体が無い癖に女の無防備が見れるかと言い張るウィンドノートとの口論は今回も根負けし、袖を捲りながらの洗浄となった。

 

 

 現金を使わない地下二階の擬似カジノ、航海の景色を楽しみながらプールで寛げる屋外の地上三階、観光に役立つガイドから娯楽小説まで取り揃えた地上一階の書庫、ポップコーンやドリンクが無料で付く映画館にボウリング場がある地上二階。

 一通り船内の設備を見て回った後はタクトさんと一緒に地上一階のレストランで食事を楽しんでいた。

 白いテーブルクロスが掛けられた品位ある座席で提供される食事はその日の気分に合わせて和、洋、中の分類の中から好きな物を選んで好きなだけ食べる事が出来る。

 今日はメニュー写真を見て中華が食べたくなったので点心セット、エビチリ、北京ダック、チャーハンをウィンドノートと半分こしながら温かい烏龍茶をお供に戴く。

 調理、監修の全責任に携わるシェフを生前は高級志向の店や本場で修行し、自分の店を持った味の求道者に据えた料理の数々は皿に載せられた見た目も肝心の味も三ツ星レストラン以上のクオリティ。

 点心の中の水晶みたいな皮に海老の餡が包まれた奴は海老の弾むような弾力と甘みが最高で、小籠包は肉汁が溶け出したスープたっぷり、箸休めに甘い物なんかもあった。

 奥深い辛さを秘めたエビチリ、甘辛いタレとパリパリの皮がたまらない北京ダック、熟練の技でパラパラに仕上げられたチャーハンも今までの価値観を歪めてしまいそうな別次元の美味しさで満足の内容である。

 しかも航海中は営業時間内であればいつでも食事が可能。深夜一時まで空いてるから夜食も食べ放題。だからといって通い詰め過ぎれば体型が変わってしまうし気を付けなきゃ。

 

「お食事中、失礼致します。

 アレイフ様、ご無沙汰しております」

 

 中華の宴に舌鼓を打っているとネイビーブルーの立派な制服を着た男性が私達のテーブルに接近してきた。

 エッセンゼーレに立ち向かえそうなガタイの良い高身長を持つ彼は少し豪華な帽子を見るに船長の役割を担ってる方じゃないかな。シュトラール号の船長はタクトさんに毎年贔屓にして貰ってたり海難事故を助けて貰った恩義があるから挨拶に伺うのも納得出来る。

 予想は的中していたようで彼に話しかけられたタクトさんはTボーンステーキを食べる手を止めて会話に乗り出す。

 

「おう、おたくの船は相変わらず人気だな。

 毎年出資する甲斐があるってもんだ」

 

「シュトラール号が今も大海原で煌々の一時を提供出来るのは(ひとえ)にアレイフ様の多大なご援助があって成立する物。

 小さな苗でしかなかった私の夢が大樹へと育てる手伝いを申し出て、忌々しき影が引き起こした危機を振り払う為に命を懸けて戦場に躍り出る。

 これほど慈悲と勇猛を合わせ持った素晴らしき霊体を私は知りません」

 

『アレイフ殿は数多の人間に手を差し伸べているようだが・・・・・・

 誰彼構わず救済に奔走しては身が持たないのではないか?』

 

「俺の力だって際限が無い訳じゃない。勿論、助ける奴は慎重に選択してるさ。

 俺が助けるのは周りの目や過酷な環境、夢を目指す際に付き纏う困難に屈さず本気で夢を見据えてる奴だ。

 どんな助力も本人のやる気がなけりゃ全部無駄になるんだから助ける意味はねぇだろ?」

 

 食事を再開しながら話しているとタクトさんの席の後ろから女の人達が声をかけてきた。

 気付けば周囲にはタクトさんのサインとツーショットを求めるファンで規律正しい列が生まれていた。

 

「えっ、なんでこんなに!?」

 

 タクトさんの知名度は話に聞いていたけどここまで人を惹きつけてるなんて。

 想定以上の人気に私が困惑していると船長がご存じ無かったんですかって顔をしながらこそっと耳打ちする。

 

「アレイフ様は他のロックバンドに提供するだけでなくドラマやアニメの主題歌も多く制作されておりますから。

 音楽に少しでも触れた事のあるエクソスバレーの住人であれば、彼の世界観を嫌う方は滅多にいませんよ」

 

 先に食事を済ませて本当に良かった・・・・・・

 シュトラール号に選ばれるだけあってみんな律儀に待っているけど、百名近い人達に囲まれながら食べるのはちょっと気まずいからね。

 

「二人は船の施設をうろついたり先に部屋に戻ってて良いぜ。俺は全員と交流してから部屋に戻る」

 

『大丈夫かアレイフ殿。

 そもそも貴殿は休暇を過ごしているのだから無理にファンサービスに付き合わずとも』

 

「気にすんな。音楽を作り続けられる理由の為なら喜んで付き合うよ」

 

 こうしてシュトラール号での夢は幕を開いた。

 

 栄華への出航(2) (終)

 

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