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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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波乱の休暇(6)

 翌日、午前八時五十分。ハシェット君の疑惑を調査する為、私達は彼が通っているであろう学校の校門前までやって来た。

 庭にハイビスカス等の鮮やかな色彩の花々が植えられた中規模の敷地内は暖色の煉瓦で造られた二階建ての校舎に向かう登校中の生徒で行き交い、明るい雰囲気に満ちている。

 エクソスバレーの学校の制服は似たようなデザインばかりで区別する校章も無いから特定に不安を感じていたけどペティシアにある学校がここ一つだったお陰で探す手間は大幅に減らせた。

 そもそも学費が掛からない優待があっても死んでからも学校で学び直したい人が生前、教育を受けられなかった難民や余程の勉強熱心くらいの少数しかいないから教育施設が少なくなるのも納得ではあるが。

 さて、調査方法についてだが私はここの生徒でも教職員でも無いから中には入れない。かといって遠くから眺めて周囲から怪しく映る行動も控えたい。

 なので霊獣と契約した特権を使わせて貰う。

 

「ウィンドノート」

 

『任せておけ』

 

 一瞬で風に溶け込んだウィンドノートは契約者の私にも視認出来ない透明性を纏って学校に潜入していく。

 エッセンゼーレによる先の危険を偵察する為によく使うこの状態であれば微量な風が吹き抜けるように移動する為、多少髪先を動かしても察知出来る事はほぼ不可能。

 ただ姿を隠しながら移動するにはかなりの集中力を使用するらしいから感覚を同期していない私はスマホをいじる振りをしながら吉報を待つしか出来ない。

 しかし登校する生徒達と校門前で挨拶をする先生達を眺めるだけでもこの学校の異常性が少し垣間見える。

 ちゃんと自分から挨拶してる律儀な生徒もいる中、全部には返さず顔を見ただけで無視したりと部外者が遠くから見ても分かるくらい先生達が挨拶する相手を選別してるのが分かるからだ。

 基準はなんだろう。制服の着方は統一性が無いから素行の悪い生徒って訳じゃないしやっぱり成績が優秀な子が優遇されてるのかな。

 違和感なく日常の風景に溶け込めたと私の中では思っていたんだけど、とある人物の荒らげた声でそれは慢心と知る。

 

「あーーっっっっ!! てめぇは!!」

 

 画面から離して視界を定めると赤髪の巨漢の生徒、確かナーガと言った子がしわくちゃになった紙の様な顔中の筋肉を歪ませた形相を私に向け、わなわなと震えているのだ。

 数日前の騒ぎに関して何か言いたい事があるのかもしれないが今は変に注目を集めたくないし念の為、しらばっくれよう。

 

「あれ? 私達って面識あったっけ?」

 

「とぼけんじゃねぇ!!

 てめぇ、あのクソアマとスカした金髪野郎の近くにいただろ!!

 なんで助けに入って来なかったんだ!?」

 

 ありゃ、意外と注意深く見てんじゃん。

 けど助けに行こうとしてもあんたの配下が囲ってたんだから仕方なく無い? って物理的な理屈よりも事前に与えられたいじめっ子に対する印象が人助けの衝動を削いでいたのだが。

 

「いやー、あんな胸糞悪いリンチの当事者を助けたいなんて感情、誰だって一ミリも浮かばないって」

 

「んだと!? 今すぐこの場で叩きのめしてやろうか!?」

 

「良いの? 学校の近くで喧嘩起こして?

 先生や警備員に見つかったら将来有望なエリートとしての箔が落ちるんじゃない?」

 

「おちょくってんのかてめぇ!?

 あのクソアマのせいで俺達は絶賛、別室で特別指導中だわ!!

 お陰で内申は傷付けられUNdeadと鎮魂同盟への道が遠のいちまったんだ!!」

 

 喧嘩腰に怒りを叩き付けるナーガはその後も選民の強い思想を混じえながら上に立てるはずだった自分達を正当化させようとする。

 集団で詰め寄り金品を請求する道徳に反したあの行動を自分達の能力の高さを理由に正当化を訴える姿は滑稽であり哀れとも言えるが、それを正直に言えば衝突は避けられない。

 場に影響が及ぼさない程度に適当にいなしているとウィンドノートが帰還した。

 

『戻ったぞ。

 ん? そいつはハシェット殿を虐めていた・・・・・・』

 

 突然、風を集わせシベリアンハスキーの姿に具現化したウィンドノートを見たナーガは人目を憚らない叫び声をあげる。

 

「ぶわぁぁぁっっっ!? 何処から出て来やがった!?」

 

『繊細な秘密がある為、黙秘する』

 

 そんな質問に答える義理は無いとスルーを決めた相棒は迅速に報告をしてくれる。

 

『学校の敷地内を隈無く探索してみたがハシェット殿の姿は見当たらなかった。

 教室や廊下に多くの生徒がいた以上、もうすぐ始まるはずだと思うが・・・・・・』

 

 やはりハシェット君はいないか。

 でも遅刻になりそうな瀬戸際でやって来る子なんて通ってた学校にもいたし、もう少し確信性を持たせたい。

 て事で丁度、手頃な奴がいるから聞くとしよう。

 

「ねぇ、いくつか聞いて良い? そんなに時間は取らないからさ」

 

 ナーガはなんで自分達をボコった奴らに答えないといけないんだって不満そうだったが、法螺の善行を伝えて華仙さんを説得させ更生の余地があると学校の上層部に掛け合って貰うよう手配すると代価を示したら渋々、答えてくれた。

 問答で得られた回答は以下の通り。

 学校が始まる時間は午前九時。

 ナーガの配下が教室に入った時にはハシェット君は既にいるので恐らく、彼の登校は早過ぎる事も遅過ぎる事も無い決して遅刻にはならない時間帯。

 最近、学校でハシェット君を見たか聞くと同じクラスメイトの子から体調不良を理由に一週間前から来なくなったと聞いた事。

 つるんでるメンバーの内、一人がたまたまショッピングモールで働くハシェット君を見かけナーガに報告した事で彼がバイトしていると知った事。

 ハシェット君の成績についてどう思うか聞くと授業中は居眠りも多く、小テストでも一発合格する事は滅多に無いと言う根拠から赤点すれすれじゃないかと予想を打ち立て答えてくれた。

 全部を回答し終えナーガは訝しげにこっちを見る。

 

「んなもん聞いてどうするつもりなんだよ?

 あいつのズル休みを証明したいだけなら先公に報告すりゃ良いだろ」

 

 私はハシェット君の怠慢を厳しく指摘して頭ごなしに叱りたい訳じゃない。

 なので首を振って否定する。

 

「何も知ろうとせずに行動を捻じ曲げようとしたって反感を買うだけだよ。

 せめて全ての事情を把握した上で別の可能性を示すくらいはしないと」

 

 落ちこぼれに手を差し伸べるなんて変な奴って感じに見てくるナーガを他所にそろそろ場所を移そうとした時、校門から中年男性の声がした。

 

「おーい、もうすぐ学校始まんぞー」

 

 流石は自称エリート。

 特別指導中とは言え遅刻はしたくなかったようで駆け足で校舎に入って行った。

 

 

 午後十五時。

 労いの挨拶を貰いながら店を出たハシェットに待ち構えていたのはカツアゲから助けてくれた華仙の知り合い、北里とウィンドノートであった。

 

「よっ、お疲れ」

 

 北里は決して威圧を乗せていない気さくさで接してくれたが後ろめたいハシェットの鼓動は早くなる。

 一日だけならまだしも連日、様子を見に来るのは自分のバイトに制限を設ける為に違いないと恐れてしまい本心を隠す事に慣れていないハシェットは動揺を晒してしまう。

 

「き、奇遇だなぁ・・・・・・

 ねぇちゃん達と二日連続で会えるなんてさぁ・・・・・・」

 

『こいつが近くに寄ったついでにハシェット殿の様子を見たいと固い要望を示してな。

 全く、カセン殿との夜の約束に遅れても知らんぞ』

 

 偶然を装ってるつもりだがペティシアに長く居住するハシェットには嘘だとすぐに分かる。

 このショッピングモールはペティシアの比較的中心部に建っているが一時の気分で寄れるような立地、交通網に恵まれていない為、予め計画を立て必要な予算と時間を確保してから向かう場所である。

 きっと二人もハシェットに向けている疑惑を確認する為に昼前にはショッピングモールに到着しているはずだ。

 頭が真っ白になりその場に立ち尽くすハシェットだったが北里の明るい声で我に返る。

 

「まぁ、ここで立ち話するのもなんだしお茶でも飲みながら話そうよ」

 

 それから三階のフードコートにある喫茶店の店舗で過ごす流れになったが、心を平静に保つ為に飲んだオレンジジュースの味は全く感じられない。

 陶芸家を目指す為、学校を偽りの理由で欠席しこっそりバイトに出勤していた。

 一人暮らしだからこそ隠し通せた後ろめたい秘密を突き止められたハシェットの内心にはどんな辛辣な言葉をかけられ、鉄槌を下されるのか。当然の報いとは言えその恐怖に耐え切れず押し潰されそうになっているのだ。

 今日も多くの客で賑わう店内で激しく説教する傍迷惑な行動を真面目な北里が取るとは思わないが、楽しげな状況を声だけで表現する周囲から切り離されたこの重苦しい沈黙が未知の恐怖に対する不安を余計に助長させる。

 暫く無言でスマホを見ていた北里がアイスティーを一口啜るとようやく尋問と思われる対話が始まりを告げた。

 

「最近、バイト頑張ってるんだって?」

 

 その声色は予想よりも穏やかで棘が無かった。

 少なくとも怒る為の話し方ではなく友人の調子を聞く為の爽やかな疑問である。

 

「ま・・・・・・ まぁな。

 言い方は腹立つけどナーガ達の言い分も理解出来なく無かったから、本気で陶芸家目指すならこれくらいはしねぇと」

 

 北里は柔和に相槌を打つ。

 

「ちなみに稼いだお金の使い道は考えてるの?」

 

「そりゃ陶芸家の夢に使うよ。生活費以外で使う用途も無いしな」

 

 その後も北里はバイトに励むハシェットを称賛し続け、彼の怯えていた心を少しだけ緩めていった。

 次第には自分のバイト経験も語り、手に入る財産が貴重で得難い物だと理解して貰ったところで北里は同等の価値を持つ知識を得られる学校の重要性を説きはじめる。

 

「これは生前の経験だけど学校の勉強もバイトでお金を稼ぐのと同じくらい大事だよ。

 習得出来る知識はいつか自分を守るのにも役立つから」

 

『今からでも遅くはない。

 店の者にシフトを少しだけ減らして貰い、僅かにでも勉学に力を入れる事を検討して欲しい。でなくては他でもない貴殿が困る事になるぞ』

 

 怒りを表さずいつもと変わらない穏やかな態度で接するのは北里の作戦である。

 彼女はUNdeadに入社したばかりの頃に教えられた事をいつも記憶している。

 “人助けとは溺れた人間を水の中から掬い、最低限の応急処置をするような物である” 。

 命の危機から一時的に助ける事は出来ても生き残ったその後の面倒まで見る事は基本的に不可能である。という意味に転じて助けたその後を自力で生きていける奉仕を心掛けるスローガンに基づき自分で勉学に取り組む意義を見出させる為に敢えて正す怒りを封印し、ハシェットのやる気を問いているのだ。

 だがハシェットは溜め息を溢した後、全てを諦めたような態度を取る。

 

「そいつは無理かな・・・・・・

 だってオイラ、学校辞めるつもりだから」

 

「えっ。なんで?」

 

「実は近々、有名な陶芸師がペティシアからちょっと離れた場所を仕事で訪れるんだよ。

 オイラ、弟子入り出来るかもしれない千載一遇のチャンスに賭けたくてその為の旅費を稼いでいたんだ。

 陶芸家の弟子になったら住み込みで修行するって言われてるし、そうなったらもう学校に通う必要もないだろ?」

 

 北里達は現在、休暇中の身分である。

 このカウンセリングも北里の個人的な心配が起点となってるのであまりとやかく言う必要も無いし資格も無いと彼女は考えていた。

 しかしハシェットの無謀な計画を聞いてしまった以上、阻止せざるを得ない。

 

「考え直して、ハシェット君。

 その計画は学校を捨ててまで挑戦する物じゃないよ。もし計画が頓挫した時の保険も用意してないのに行動に移すのが早過ぎる。

 それにアポ無しで弟子入りを志願したって向こうに迷惑が掛かっちゃう」

 

「止めないでくれ、きっと最初からこうなる運命だったんだよ。

 必死に頑張っても勉強も運動もからっきしなオイラが夢を叶える為にはこれぐらい突飛な事をしなくちゃいけないんだ。

 失敗したってオイラ一人が無価値だって再認識するだけ。アンタさんらが困る事は何一つ無い」

 

 いつも学校で待ち受けるのはナーガ達を中心とした仮初の優等生びいきの教師達による心無い声。

 授業中は優等生の際立った知能を見せつけるだしにされ、昼食を取る場面を目撃されれば昼を食べる暇があるなら勉強したらどうだと嫌味を受ける。

 今度は最後まで学び切ろうと学校に入学したが正直、居心地は良くなかった。欠席の連絡を入れる時に聞いた電話の担当の嬉しそうな声から察するに自分がいなくて清々していたのだろう。

 退学を申し出れば学校側も喜び、虚無に費やしていた半日を陶芸家を目指す時間に使える。両者にとってこれ以上喜ばしい利害は無いだろう。

 北里が否定しようとした時、ウィンドノートが遮る。

 

『好きにさせてやれ。彼個人の希望なのだから。

 部外者が口出ししすぎるのも良くない』

 

 ウィンドノートにお礼を述べたハシェットは氷だけのグラスを持って席を立って行った。

 

 

「・・・・・・ふぅん。ハシェットにそんな考えがあったなんてね」

 

 シュトラール号乗船前の休日、最終日。

 香ばしい匂いを纏ったガーリックシュリンプを夕食に食べた後、スパで夜景を見ながら華仙さんとショッピングモールで起きた経緯を話した。

 

「でも学校も酷い対応ですよ。

 どんな生徒も平等で指導するべきなのに成績だけで対応を変えるなんて嫌になる子も増えますよそりゃ」

 

「あの学校の黒い噂は前々から流れていてね。UNdeadも内外から調査を続けて徐々に改革を成功させてるけど根絶にはもう少しかかるかも」

 

「はぁ、後先考えていないあの計画じゃ失敗が目に見えています。

 どうやってハシェット君を励ますべきなのやら」

 

「翠ちゃんは真面目だなぁ。

 まだ精神は初々しいんだし、一つくらいでかい失敗させてやんなって。

 君だってそうやって成長したでしょ?」

 

 そう私の顔を見やった華仙さんに煮え切らない肯定をする。

 だって全員が困難に挫折しても立ち上がれる強い人ばかりじゃないからUNdeadがある訳で。

 ちなみに心配が抜けきらない私を宥めるようにハシェット君に何かあれば華仙さんが対処すると約束してくれた。

 

「いよいよ明日だね。シュトラール号での贅を極めたひと時」

 

「船内は乗客閲覧可能エリアであれば撮影が許可されてるそうですよ。

 写真を送りますので楽しみにしててください」

 

「マジ!? 翠ちゃんと友達になってほんとに良かったー!!」

 

 思わず水から飛び出してしまう程、華仙さんは嬉しかったみたい。

 お陰で顔にめっちゃ水かかった。

 

 波乱の休暇(6) (終)

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