波乱の休暇(5)
エクソスバレーの中でも指折りの観光都市として注目を集めるペティシアタウンのショッピングモールは五階建ての二棟の建物で出来ている。
その内、両方の四、五階は充分に車を迎える駐車場を完備しているがエクソスバレーで人気のチェーン店からここだけにしか出店していない特別な店も含む専門店が結集したエリアは普段の買い物で使う地元民も観光客も満足に一日を過ごせる規模で出来ている。
今日は華仙さんの空いた午前を利用してやって来たが入ってすぐ、普段は物静かなウィンドノートが珍しい一面を見せてくれている。
『見ろ、キタザト!!
スティックチーズケーキとやらがあるぞ!! お前がいた場所にはあったのか?』
「ビスケットやオレオが上にかかってる棒の奴?
見た事は無いけど見た目も綺麗だしSNSに上げたら人気がありそうだね」
適当にああ言ったが私は見る専だから投稿した際の人気は保証出来ない。
バーチャル技術で南国の特色を表現した店内に並んでいるのは有名なパティシエがオーナーを務めるスイーツの店に一人でも多くのお客さんの興味を引こうとタイムセールの宣伝をする服屋さん。
それに書店や家電量販店、映画館などの娯楽施設に沢山の飲食店も充実したテーマパークみたいな装いは初めて訪れた誰もが子供の様にきらきらと目を輝かせるだろう。
現在は平日でまもなくお昼に突入する時間帯にも関わらずショッピングモールは観光客、地元に住む昼食目当ての会社員や休日で遊びに来た人で賑わいを見せておりフードコートは満席、店の至る所には列が出来ている。
通い慣れた土日のテツカシティのショッピングモールとは比べ物にならない人気っぷりだ。
予想を超えた混雑に移り住んで長い華仙さんも頭を抱える。
「今は観光シーズンが被ってるからってのもあるけど人が多過ぎるね・・・・・・
お昼は少し先伸ばすとして、翠ちゃんに買いたい物が無ければあたしのお気に入りの場所に行っても良い?」
少し考えるが特段欲しい物は思い付かない。なので華仙さんに伝え、彼女の案内について行く。
到着したのは別館の一階にあるペットショップ。
無邪気に遊ぶ犬や猫だけでなく兎、鳥類、昆虫まで多種多様な飼育動物を伸び伸び過ごしやすい環境で取り扱うお店には更なる目玉があった。
それは黒いカーテンに隠された奥の方、薄暗い空間を幻想的に照らす照明が錯綜するミニ水族館。
展示されてるのは熱帯魚とかクラゲとか有名で飼育出来る子ばかりだが、水槽のデザインや水族館っぽい説明付きの看板を使った見せ方に拘った演出により普通の水族館にも劣らない満足感を得られる。
「綺麗でしょ? 仕事で疲れた時はここで癒されに来る事が多いんだ」
『カセン殿の気持ちには共感出来る。
こうして悠々と泳ぐ魚の姿を眺めるだけで心が洗われてゆく』
ま、その感覚を植え付けたのは私ですけどね。
しかもここはペットショップの中だから動物や飼育関連の商品を買わない限り、無料で観賞出来るのも大きい。
地元民なら仕事を終えた帰りに疲弊を癒せるって想定するとペティシアに住めるのが羨ましくも思う。
海に近いペティシアは先進した海洋研究も街の栄誉に含まれその成果を共有する目的で建てられた大きな水族館もあるって聞くし、ショッピングモールの一角でこれだけの規模ならジンベエザメみたいな珍しい種類だったりイルカやアシカのショーとかも見れるのかな。
次にペティシアを観光する時の楽しみを想像しながら私達は別の動物で更に和やかな時間を過ごした。
待望のお昼の時間がやって来た。
ペットショップで一時間くらい時間を潰してもフードコートは満席状態で妥協案として向かったレストラン街でも人が減ってる様子は無かったが数十分程待ち、なんとか今いるお店に座る事が出来た。
お陰で華仙さんに残された食事を楽しめる時間はそう多く無い。
今回選んだのは "カプリ・バーガー"
ハワイの陽気な雰囲気をテーマにした名前の通り、ハンバーガーの専門店。
このお店は見た目の美しさを売りにしていて思わず写真を撮りたくなってしまう色彩とこだわり具材で作ったハンバーガーは口コミで星四つの評価を獲得している。
随時埋まっていくテーブルに対応する店員さんを眺め、この店が得たネットの影響と息もつかせぬ忙しさを感じていると私達のテーブルに店員さんがやって来る。
「お待たせして申し訳ありません。ご注文が決まりましたら机上のベルでお呼びください」
お冷が置かれた時にふと見た顔で動転してしまった私は勤務中の彼を慮らずに名前を呼んでしまう。
「ハシェット君?」
「うげ!? 姉ちゃん達、なんでここにいるんだ!?」
その驚き様を見るに学校からの調査依頼を疑っているみたい。
確かに校則で禁止されてるのに隠れてバイトしてるのは褒められる行いじゃないけど、この店に寄ったのは偶然でありハシェット君がここで働いている事など知らない。それに知ったところで私達は部外者だからそれを咎める権利も意味も無い。
なので華仙さんと一緒に客として来ただけでそんな役割を担っていないと説得してハシェット君が胸を撫で下ろしてくれたのを確認し終えた私は手早く仕事に戻らせる。
「ごめんね、引き止めて。注文お願いして良い?」
「お、おぅ。じゃなくてご注文をお伺いします」
「アボカドチーズオノバーガーセットとベーコンエッグオノバーガーセットで」
「セットならドリンク選べますけど、何にします?」
「アボカドチーズはアイスティーでベーコンエッグはコーラにしてください」
ハシェット君は私達の注文を手元の機械でまとめた後、店の奥へ向かっていった。
「いやー、驚きましたね。ハシェット君がここで働いてるなんて」
「このショッピングモール、かなりの規模があって常に人手が足りてないからバイト雇ってる店は多いよ。
でも今日、学校休みじゃないのに昼間から働いてるのはちょっと変だな・・・・・・」
疑念に囚われた華仙さんを見て人間の事情に慣れていないウィンドノートが首を傾げた。
『昼間から勤労に勤しむ事に何の問題があるのだ?
人間の間では美徳と云うべき行為では無いのか?』
私は大まかな予想に基づいて相棒に答える。
「確かにお昼でも働くのは珍しい事じゃないよ。但し、本職が社会人であるならだけど」
ハシェット君はまだ学生。
そして学校が休みじゃないとなると考えられる可能性は一つ。
授業をサボってバイトに出てるかもしれない。
もし合ってたらバイトしている事を既に公表している私達に対して過剰に驚くのも納得だ。
彼の視点からすれば学校に報告した事で実際に働いているのか偵察しに来たように見えるし、最悪辞めさせられる可能性だってあるんだから。
私は親の庇護を受けられる間に部活やバイト、遊びとかも経験して成長の糧にすべきだと思ってる人間だから学生の本分は勉強、なんて堅苦しい事は言わないがおざなりになるのも良くは無い。
どうしても辞めさせるなら彼の成績を確認し、単位を最低限修めているか慎重に考慮してからだ。
「お待たせ致しました。ご注文のアボカドチーズオノバーガーセットとベーコンエッグオノバーガーセットでーす。
ご注文は以上ですか? それじゃごゆっくり〜」
若干、早口で商品とレシートを置いた女性店員はとめどなくやって来るお客さんに対応しに行った。
瑞々しいレタス、完熟のトマト、スパイスの混じった肉の香ばしい香りを漂わせるジューシーなパティの上にスライスチーズと均等に切られたアボカドの切り身を挟んだハンバーガーは両手で掴んでも抑えきれないボリュームを持っている。
華仙さんが頼んだベーコンエッグの方はチーズとアボカドの代わりに固めに焼き上げた目玉焼きと二枚のベーコンが挟まっていて私のハンバーガーよりボリュームがありそうだ。
まずはセットに共通してあるポテトとオニオンリングを一つずつ食べてみる。
揚げ物は冷めきっちゃう前にまず熱々の美味しさを味合わないと。
うん、衣のカリッとした食感と程よい塩味がじゃがいもや玉ねぎの本来の美味しさを引き立てた素朴な美味しさ。これだけ単品で頼んで多めに食べたいくらいだ。
いよいよハンバーガーを頬張る時。
ギュッとバンズを挟んでから思いっきりかぶりつくとまずはもぎたてかと感じる程に瑞々しい野菜達、そこから香辛料をふんだんに使い肉本来の甘みと旨味を倍増させ食欲を刺激するパティ、その熱でとろけたチーズ、アボカドの濃厚な味が舌の上で渾然一体となって更に食べ進めたくなる美味しさを生み出している。
試しにウィンドノートにも一口食べさせたら美味いって連呼しながら格別な味を一秒でも長く余韻を残そうと噛み締めていた。
総評すると素材一つ一つの主張を削ぐ事無く、完璧に調和させた一品で見た目、味、食べ応えの全てにおいて満足度の高い本格的なハンバーガーって感じだ。
「ごめん!! そろそろ出ないとマジで間に合わなくなっちゃう!!」
仕事の開始が差し迫った華仙さんが慌てて口の中に放り込んだ食べ物をコーラで流し込んでる間、財布を取り出そうとするが私は急いで制す。
「支払いはこっちで持ちます。
昨日のビーチ代全額、出して貰ったんですからお昼くらい奢らせてください」
歳下で同じ会社の後輩に支払わせる事に葛藤する華仙さん。
けどここで断って私の好意を無下にするのも良くないと判断した華仙さんは苦笑いと片手だけの謝罪を添えた会釈で去っていった。
「・・・・・・じゃあお言葉に甘えてご馳走様。また明日ね、お金足りなくなったら教えて」
約二千五百円の食事代を払い終わった後、私はウィンドノートと一緒に気になる店を回り尽くしシュトラール号乗船前の二日目を終えた。
しかしハシェット君が学校に通わずバイトに専念してる疑惑を考えるとこのまま放置する事も出来ない。
なにせ私はUNdeadに所属するお節介焼きだから困難に陥る前の人間も助けたいのだ。
午前中に彼の学校を訪れ、真偽を確かめる事にしよう。
夕陽が差し込むバスの中で考えているとウィンドノートが大きな顔を覗かせる。
『あの童の問題に首を突っ込む気か?』
「卒業は出来なかったけど私だって学校生活はそこそこの経験があるから、シェアするくらいだよ」
『やめておけ、俺達は今は休暇中だ。
些細な個人の悩みに介入して貴重な時間を削る必要は無い』
他の人から見たら馬鹿馬鹿しい行動に映ってるだろう。
でもこのまま逃げ続けていると彼は間違いなく苦境に立たされると私は思っている。
だからこそ一度でも対話をしてみなきゃ。
相棒の助言も確かだけどそれも考慮したうえで私は言い放つ。
「ふーん。じゃ、一人で行く」
『俺を置いて行く気か?』
「戦闘するわけじゃないんだし私一人でもやれるって」
『・・・・・・くっ、やはり俺も付き添う』
霊獣と言えど基本は動物の霊体と習性を引き継いじゃってるからウィンドノートは基本、一人じゃ何にも出来ないからね。
こうして脅しをかければ大抵は了承してくれるのさ。
波乱の休暇(5) (終)