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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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波乱の休暇(4)

 翌日、フルーツパーラーで昼食を済ませた午後。

 指定された駅の入口で待っていると構内に続く階段から仕事終わりの華仙さんがやって来る。

 手を振って疲れを感じさせない爛漫な笑顔を見せる彼女は常夏の太陽にも負けない明るさが宿っていて、見ている私の気分も一緒に上げてくれる。

 

「ごめん、待たせた?」

 

「いえ、丁度着いたところです」

 

 華仙さんからは水着を持って来るよう伝えられたので今日向かう場所はビーチリゾートなのは想像出来るけど、事前の調査によるとペティシアのビーチリゾートは共通のエッセンゼーレが生息しない安全な海に面していながら三つの特色に合わせて設置されている。

 友人、恋人、家族連れなど複数人でわいわい楽しみたい人達に人気がある常夏の植物に囲まれた王道のラグジュアリーオーシャン。

 分轄で与えられた敷地丸々、スキューバダイビングを楽しみたいマニア向けに改造されたグリーンシティ。

 大人がまったり海を楽しめるよう閑静をテーマに飾る植物や伝統的なテラスに派手さを抑えたアジアンテイストの煌滝(こうろう)水紋(すいもん)

 どのビーチリゾートも来訪すれば忘れられない思い出を提供してくれるだろうけど、華仙さんがどこに連れてってくれるのかまでは流石に予測出来ない。

 ビーチリゾート直通のバスを待つ間、華仙さんは来る途中で買った熱中症対策の塩分入りのレモン風味飴を手渡してくれた。

 

「翠ちゃんにはアーテストでの恩義もあるからね。精一杯、もてなさせて貰うよ」

 

 

 着替えてやって来た場所は海に来た実感と高揚を煽る為に開放感を体現した写真のラグジュアリーオーシャンと違い、ゆっくり流れる時間を楽しむをコンセプトにしたこっちのビーチは雰囲気作りの一環として模したジャングルを乗り越え辿り着いた秘境みたいな地味目の色の熱帯植物に囲まれた円形のビーチ。

 アジアンテーマの静養の海岸、煌滝水紋である。

 まぁ、グリーンシティは専用のライセンスが無いと入場すら出来ないと聞いていたから選択肢から除外されていたのではと思うけど。

 最早、大国の自然公園じゃないかと思わせる規模と神秘を誇るそのビーチは砂浜の上に常磐(ときわ)色を中心に差し色に赤を使った中国風の宮殿みたいな建物が並んでいて、屋根から象徴である大きな滝が心地良い音を立ててゆっくり流れる。

 砂浜に監視員の小屋ぐらいの最低限しか置いてなかったラグジュアリーオーシャンと違い、煌滝水紋は各所に併設されたプールや噴水といった海以外にも水を使った施設によって美しい青緑の海を隔てている。

 これじゃ海で泳げないじゃないかと思うかもしれないが、静養の地であるここでは海は観賞用として用いる事が多く遊泳を禁じられてはいないけど周囲の雰囲気に合わせるように入る人はほとんどいない。

 みんな日陰に守られた所で優雅にドリンクを啜っていたり元気な子供は模造した自然の中を探索したりプールで遊んだりしている。

 

『すまん・・・・・・

 景観に夢中なのは承知の上だが、そろそろ俺は日陰に入りたい』

 

 おっと、元シベリアンハスキーにこの暑さは流石に堪えるか。

 急いで建物の中にあるパラソルとビーチチェアを確保し一休みするとしよっか。

 

「今日は翠ちゃんに大人の海の楽しみ方を教えてあげる。

 さ、日焼け止めを塗ったらこれ持ってプールに行くよ。

 霊獣君はお金渡すからあたしと翠ちゃんの分、自分の好きなドリンクを注文してね」

 

「あ。私、ブルーレモネードでお願い」

 

『承知した。使いは俺に委ね二人共ゆっくり楽しんでくれ』

 

 

「・・・・・・華仙さん? 浮くだけなんですか?」

 

 ウィンドノートに送られた後、私は浮き輪の上でプールを漂っていた。

 海での遊び方と言えば冷たい水の中を気の済むまで泳ぎ、熱気で火照った体を冷ます物だと思っていたというか体力が無尽蔵なお姉ちゃんから刷り込まれていたが華仙さんは玄人みたいに横に振る。

 

「敢えて何もしないのが贅沢な休暇なの。

 細部まで拘られた手付かずの美しい自然の中で無気力に身を委ねる・・・・・・

 これこそ煌滝水紋での通な過ごし方って訳」

 

 確かにぷかぷか浮いてるだけで暫く忘れていた体の脱力が気兼ねなくでき、仕事の疲労とか嫌なハプニングが内から溶け出して潮風がどこかに運んで行ってくれそうなリラックスした気分になれる。

 実際やってる事はただボーっとしてるだけなのに海の近くという特別なロケーションが仕事でも休日でもあまり犯したくはない怠惰な行為を究極の呆然へと昇華し罪悪感の無い休息になっているのだ。

 たまにはこういうお休みも悪くは無いね。

 

『待たせたな。コスモポリタン、ブルーレモネードをテーブルの上ではなく手元に欲しいとの事だが』

 

 華仙さんが会っていると肯定した後、ウィンドノートが買ってきたドリンクが器用に風で運ばれていく。

 私は入口の看板を見てすぐさま興味を持ったブルーレモネード。

 ペティシアの空と瓜二つの爽やかな青色の液体の中に大きい氷、コップの淵には飾りと味変のアクセントの役目を担うレモンにカクテルにありそうなシロップ漬けのさくらんぼもある。

 対して大人の女である華仙さんは彼女の髪色と同じ赤いお酒。

 エクソスバレーに送られた年齢が二十歳以上だったら私も飲めたのに。とも恨んだが霊体になった以上、歳は取れないしそもそも十六年間しか生きてないから成人に成れる道理など元から無かったのだ。

 諦めてストローに口を付けて混ぜた中のジュースを飲む。

 すると甘みと酸味が絶妙に両立した一陣のそよ風が口の中を突き抜けたような爽快感に満たされていく。流石、看板メニューといったところか。

 レモン果汁を足し更に飲み進めると、脳天を殴りつけるような酸味が味蕾に伝わってくるが嫌いな刺激ではない。余韻として残る甘さをリセットするには丁度良い塩梅だ。

 滝の音をBGMにこの最高のドリンクを片手にプールに浮かんで海を眺めながら静かに時間を過ごす。

 これほど贅沢な休息は中々無いだろう。

 

 

 同日、午後二十一時。

 タクトはペティシアの歓楽街のとあるバーである人物を待ち兼ねていた。

 生前から愛するスコッチウイスキーを一口呷り舌が焼けるような苦みを噛みしめていると控えめなドアベルが鳴り、待望の人物を目視する。

 入店したばかりの彼は店員の挨拶を聞いた後、タクトを差した。

 

「すみません。カウンターの彼と同席しても?」

 

「勿論です。どうぞごゆっくり」

 

「それと注文も決まってるのでお願いします。キンキンに冷やしたビールとプレッツェルで」

 

 推定年齢二十代後半のカジュアルスーツを身に着けた男性は店員の許可を得た後、タクトの隣の椅子に丁寧に座る。

 

「やぁ、タクトさん」

 

 タクトもまた手を挙げて進む道を違えても変わらず元気そうにやっている大事なバンドメンバーに優しく微笑む。

 

「息災で何よりだ。シアン」

 

 エクソスバレーに漂流したシアンは現在、ペティシアタウンに生前と同じ企業を立ち上げ抑制した社長業をしながらバンドに所属していた頃のようにステージに立ち、余暇も充実した日々を送っている。

 タクトは偶然、シュトラール号に乗船する前に立ち寄った今のバーでシアンと出会ってからはこうして事前にメッセージのやり取りをして必ず会うのだ。

 

「他のメンバーの所在はどうだ?」

 

「現時点では分からないね。

 案外、二人とも長生きしてたりして」

 

 運ばれたビールと軽いおつまみを口に運び、シアンは完成された味を噛み締める。

 

「やっぱりここのバーで提供される物はどれも美味しいね」

 

「だな。ここだけでペティシアに足繫く通う理由になる。

 最近、調子はどうだ?」

 

「また優秀な社員が入って来てくれたおかげで楽をさせてもらってるよ。

 時間が出来そうだし旅行でテツカシティに行こうかと思ってる」

 

「マジか。着いたら連絡してくれよ、一杯奢るから」

 

 静かに盛り上がっていた空気の中、シアンの面持ちが少し沈む。

 

「・・・・・・ほんとごめん、タクトさん。

 俺の我儘のせいでiron bondを解散させる流れに持ってっちゃって」

 

「何度も言ってんじゃねぇか。

 悪いのは権力を行使して甘い蜜を啜ろうとした姑息なおっさんであって、お前さんはそれを止めようと会社を継いだんだろ?

 それにお前さんは元々、親父さんの会社を継ぐ為に大学で勉強していたのに俺が音楽の道に誘ってしまったんだから軌道修正しただけ。罪悪感を持つ必要なんて一切無い。

 シアンが楽しそうに生活を謳歌している様子を見れただけで俺は満足さ」

 

 バンドに所属してから解散してフリーになった後も楽曲を一人で作り続けてきたタクトは自身の体内を脈打つ音楽を絶やさないよう有望な歌手や他バンドに楽曲を提供しCM、アニメのテーマ曲も手掛けた。

 表舞台には立たなくなったがそれでもタクトの人気は上がり続け、彼は夢だった音楽で世界を絶えず熱狂させる目標を達成したのだった。

 エクソスバレーに来てからは桐葉に奉仕活動へ誘われ、向き合う時間はちょっと減ってしまったが音楽の後進育成の姿勢は揺るがない。

 知名度がリセットされてからの最初の仕事はアイドルを夢見る小さな少女だった。

 少女が楽しく歌え踊れるような楽曲を彼女と相談しながら作り、UNdeadで稼いだ初めての給料を自分では教えられないダンスレッスンに充て、輝く為のステージも用意した。

 結果は見事大成功。タクトも少女も一躍注目を集め、エクソスバレー中に知名度を広めた。

 

「なんていうかタクトさんらしいや。

 俺をスカウトした時もそうだったけど、夢を持ってる人間には迷いなく手を差し伸べるよね」

 

「別に誰彼って訳じゃ無い。

 夢を持つ人間に対して周囲が出来る事はその夢がどれだけ難しいかって助言するか、静かに見守るだけだ。

 俺は路地裏で真摯に踊る彼女にアイドルを目指す覚悟を感じたから助けようと思ったのさ」

 

 話し過ぎたからか口に渇きを覚えたタクトは新しいグラスを手に持ち、シアンに乾杯を要求する。

 

「貴重な再会なんだ。

 寂しい気分で過ごしたくねぇ、飲み直そうぜ」

 

「それもそうだね」

 

 永遠に色褪せない男の友情がまた再確認出来た夜を祝ってカウンターで小気味良い音が奏でられる。

 

 波乱の休暇(4) (終)

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