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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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波乱の休暇(3)

 いじめっ子達が一言の遠吠えを残し尻尾を巻いて逃げた後、華仙さんの立ち回りにより街は歓楽街らしい賑やかさを取り戻して行った。

 ウィンドノートはいじめの標的にされていたハシェット君の傷だらけの霊体に癒しの風を施す。

 彼の状態を見るに心地よい風の不思議な力に疑問を感じてはいるようだが治療に伴う副作用に苦しむ様もなく血色、皮膚の怪我はあっという間に色褪せていく。

 

『よし、応急処置はこれくらいでいいだろう』

 

「す、すげぇや。

 消毒液染み込ませたガーゼみたいにピリリって来る痛みが感じねぇのに治った実感がする」

 

『今日は早めに休め。

 朝に目覚める頃にはいつもと変わらぬ体調に戻るはずだ』

 

 応急処置と言っているが実際は九割の怪我が完治しているレベルの効能力だ。

 私も仕事中、エッセンゼーレとの戦いでダメージを受けたりヘルちゃんの遊びでヘトヘトになった時にお世話になってるし、被災地で災害時に患った病気や骨折もまとめて治してしまえるので復興事業では彼を相棒として付き添わせてる私が大体、参加する事になっている。

 とりあえず状況改善も兼ねて街中を騒がせた喧嘩の原因を解明しようとタクトさんが歩いて家に帰れる状態になったハシェット君に対して穏やかに聞く。

 

「お前さん、あのクソガキ共と一体何があったんだ?

 どういう経緯があったら多人数に囲まれて攻撃されるんだ?」

 

「あいつらはうちの学校の優等生って奴だが、実際は人を見下し小間使いにする事に愉悦を見出してる嫌な連中だ。

 リーダー格のナーガを中心に全員が試験の上位に位置し授業態度も完璧だから先生からの信頼も厚く、学校を裏から支配してるんだ。

 どこで聞き付けたのか分からないがオイラが校則から隠れてバイトしているのを知ったあいつらは喫茶店に使う金を寄越せと迫って来たからオイラはふざけんな、誰が他人の私用の為に金を渡すかって断ったんだ」

 

 それで街の喧嘩に発展したって事か。

 ナーガって多分、ハシェット君の胸倉を掴んでた派手な赤髪の巨漢の事だろう。

 あの相貌でちゃんと勉強してるのは意外だが自分の頼みを断られた時点で暴力に頼る所を見るに良い成績を保ち続けてるのは権力と同等の価値があるからと考えてるからに違いない。

 私から言わせて貰うなら勉強で習得する知識なんて将来に困らないよう身に付ける物であって人を見下す材料に使っちゃ駄目だし隠れてスマホをいじったり私語さえ慎めば授業を真面目に受けるなんて誰でも出来る事だ。

 そんな事で威張っているようじゃあの子達の程度が見えてくるな。

 

「もう心配はいらないよ。

 今日の事は隅々まで学校に報告したから、明日にでも彼らに相応の処分が下るはずだよ。

 これで少しは懲りてくれると良いんだけどねぇ・・・・・・」

 

 騒ぎの終息を終え、肩を竦めながら近付く華仙さんにハシェット君が慌てて尋ねる。

 

「大丈夫か? ねぇさん。

 あいつらの表面上の優秀さに盲目的な先生に外部から報告したってまともに相手されないぞ」

 

「心配しないで。連絡したのは校長の方。

 あたし、彼と知り合いで不祥事は絶対許さない人なの知ってるから問答無用で先生に指導するよう取り計らってくれるよ」

 

「そ、それなら良いんだけどよ・・・・・・

 じゃあオイラ、そろそろ帰るよ。今日もバイトがあるから」

 

 ハシェット君を見送った後、話題は変わっていじめっ子達の口からUNdeadが出てきた件へ。

 

『浅学で述べる事を許して欲しいのだが、俺はUNdeadを志望する者がいた事に驚いたぞ』

 

 ウィンドノートは自分達の会社を志望する人がいた事に意外性を感じたみたいだ。

 その疑問にタクトさんが若干の困り顔で答える。

 

「おいおい、スイもウィンドノートも強さを見出された幸運で入社したから忘れてるかもしれねぇけどよ、UNdead(うち)はひとたび入社試験を開催すれば各地から就活生が大勢押し寄せるレベルで人気がある屈強の巨大企業だぞ?

 あまりにも志望者が多すぎてシューイチが厳選出来ないから、今は現所属社員のスカウトでしか入社出来ねぇシステムだ。

 詳細は二人もその内、聞かされるだろうが戦力になりそうな奴を見つけたら積極的に勧誘してくれよな」

 

 続いて華仙さんが補足する。

 

「後、福利厚生が充実してるのも人気の一つかな。

 どこの支部に配属されても最高級の衣食住が提供されるからそれを狙う人も少なくは無いよ」

 

 挙げられたUNdeadの魅力は私も入社してからあらゆる場面で感じている。

 仕事で訪れた人工領域の人々からは色んな地方に赴き無償の恩恵を施したUNdeadの積み重ねた歴史、変わらない奉仕の精神を聞く。

 そうした信頼と実績が積み重なり様々な人に受け入れられた事でUNdeadは同じ誇り高き志を宿す高潔な人々から入社志望者を集め、その人気は現世の大手自動車メーカーと同じ倍率になったという。

 福利厚生に関しても様々な工夫が凝らされているのが分かる。

 常に清潔で快適な温度を保つ個室。

 気分に合わせて食べたい物を選べるように用意されたジャンルに富んだお店。

 副業したい社員に合わせて専用の設備を整える尽力っぷり。

 第二の我が家と同じ様に過ごしてもらう為に用意された環境に憧れる気持ちも分かるし実際、私達も快適に働かせて貰っている。

 でもUNdeadを志すのに一番重要なのは本気で人を助けたいって精神。

 自分がエリートだと証明して他人にマウントを取りたいだけの未熟者にエッセンゼーレと渡り合う力、人を救う資格など存在しない。

 研修中、エマさんに教えて貰った理念を再確認した後、私は喧騒を止めるのに必死になっていたせいで華仙さんに禄に挨拶出来てない事を思い出した。

 

「挨拶が遅れましたがお久しぶりです、華仙さん。

 アーテスト地方ではお世話になりました」


「いやいや、礼を言うのはこっちの方だよ。

 動けないあたしに変わってダスカや子供達を誑かした聖女を倒してくれたんだから」

 

『アステル殿やマッカレイ殿の調子は確認されたか?』

 

「おっ、霊獣君もお久〜

 ダスカ達なら良好な関係を保ってたよ。

 あの子ら、自主練も欠かさずやってたみたいでメキメキ腕を上げてたから隣に並んで戦う日も案外、近いかもね」

 

「俺とは初めましてだな。

 テツカシティ本社所属のタクト・アレイフだ。

 お前さんがアーテスト地方でスイ達に協力してくれた話は聞いている。

 上司として彼女達に協賛してくれた礼を俺からも言わせてくれ」


「いや、あたしは大した事してないって・・・・・・」

 

 クジツボヶ原の情報を提供してくれた功労者なのにUNdead社員でありながら体調不良で動けなかった自分を不甲斐なく思ってるからか遠慮がちに感謝を受け取ろうとしない華仙さんは話題を塗り替える。


「そういえば本社勤めの三人がペティシアに何の用? お仕事?」


『いや、キリノハ殿からお暇を戴いたから今回は観光だ』


「タクトさんのお誘いでシュトラール号のクルーズに参加する事になりまして、乗船までペティシアタウンで過ごしてるんです」


「えっ!? シュトラール号って格式も値段も高いのに予約しにくいクルーズ船でしょ!?

 それを人数分取れるってあのお兄さん、一体何者なの?」


 親密そうに華仙さんと話す私達の様子を見てタクトさんは提案する。


「なぁ、華仙さん。

 お前さんここら辺に詳しいみたいだからスイ達に付き添ってくれないか?」

 

「急なお願いだね? タクトさんは同行しないの?」

 

「生憎、俺の予定の中には未成年不動の霊体が入れない施設も入ってるから連れ回せねぇんだ。

 それに親しくない上司と回るより同じ女子同士で回った方が気兼ねなく過ごせるだろ? だから頼むよ」

 

 クルーズに出発する日が明後日と知った華仙さんは少し考えた後、妥協出来る条件を出す。

 

「君らの休暇期間中は仕事があるから半日しか付き合えないけど、それでも良い?」

 

 こちらは暫く時間に縛られないし案内して貰えるだけで有難いのだから喜んで条件は飲む。

 こうして華仙さんと翌日の約束を取り付けると私達は解散し、残りの一日を思うがままに過ごしてからホテルに戻った。

 

 

 足だけプールに浸しながら太陽の光に照らされた海を眺めていると心が穏やかになり日々の疲れが癒されていく。

 タクトさんが用意してくれたホテルは丘の上に建つ純白の一軒家。

 屋外のプールだけでなくテレビ付きのリビングに清潔な三口コンロのキッチン、寝室はアロマディフューザーで調整された柑橘類の匂いが仄かに漂い、一人分のダブルベッドまである一泊、七万以上の豪華さである。

 値段の理由は夕食のサービスが無いからとの事だがそれでも安すぎるくらいだ。

 ちなみに今日はフィッシュアンドチップスにした。揚げた白身魚とじゃがいも、レモンの効いたタルタルソースとの相性が最高に絶品だった。

 道すがら買った缶のグレープジュースと共にのんびりしていると一風呂終わったウィンドノートがゆっくり隣に近付いた。

 

「よっ。休暇、楽しめそう?」

 

『初日だけでも参加した意義を感じている』

 

「街中だけでも楽しいのにクルーズまで付いてるなんて贅の極みだよね〜

 今の内に目一杯楽しんで、疲れ全部落とさなきゃね」

 

『・・・・・・初めてだ。こうして信頼出来る戦友と共に旅行を楽しむなど』

 

 しんみりと呟いたウィンドノートに私は疑問を示す。

 

「そういえばウィンドノートって生前はどんな生活を送っていたの?

 私、君の過去とか素性とか私と契約してくれた理由だって一切聞いた事無いんだけど」

 

『・・・・・・明かす必要が無いだけだ。

 互いの事を深く知らずとも俺達の連携が鈍った事など一度もなかろう。

 それに俺は極力、過去を想起したくない。話せば確実に暗い雰囲気を齎すからな。我儘な相棒を許してくれ』

 

 ウィンドノートは自分の事を話そうとしない。

 さりげなく聞いても軍人の様に厳格な姿勢で固く口を結んでしまう。

 彼の内心に秘めた事情、彼がどのような生き方を選択したのか。

 それを知るに相応しい信頼はまだ足りてないみたいだけど数多くの霊体の中からわざわざ私を認め、選んでくれたウィンドノートに報いる相棒に絶対、なってみせる。

 だって身近な人の心すら解放出来ない人間に見ず知らずの人を救うなんて出来ないから。

 

「大丈夫。前も言ったけど、話したい時に話してくれたら良いから。

 今は陰鬱な気分を置いてゆっくりしよ。ほら、海めっちゃ綺麗だよ」

 

 休暇はまだ始まったばかりだ。

 心に渦巻く不安や悩みは一旦、流してしまおう。

 

 波乱の休暇(3) (終)

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