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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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波乱の休暇(2)

 翌日、タクトさんから教えて貰った地点にワープすると燦々と降り注ぐ太陽の光と吹き抜ける潮風が海辺の街に到着したと五感で知らせてくれる。

 突発的な自然現象から被っていた麦わら帽子を守った後、比較的高度にある離れの広場から歓迎してくれた眼下の景色に私達は息を飲んだ。

 どこまでも広がる青緑の海。

 各国の名高いリゾートの特色を繋ぎ合わせ砂浜の近くに形成された人工領域は海の生き物の装飾、鮮やかな配色の屋根を付けた白レンガの建物で統一された街並み。

 南国の植物が雑多に生えた自然領域も含めて心が洗われる美しさを持つペティシア地方の景色はこれから数日過ごす開放的な南国の地に対する期待感を高めてくれる。

 暫く自然の魅力と共存した街並みを堪能しているとタクトさんからスケジュールが迫ってる事を伝えられる。

 

「昨日、言った通り朝メシは食ってねぇよな?

 元割烹料理店の店主が営む海鮮食堂は開店前から混んじまうからそろそろ行こうぜ」

 

 タクトさんは迅速に階段を降りていった。

 そのキビキビした動き、時間に遅れた普段でもやって欲しいなぁ。

 広場を降りると露店が密集した通りに入っていく。

 まだ日中と呼ぶには早い時間帯なのに通りは既に内外問わず手頃な値段の商品を求める観光客や地元民で溢れかえり露店は既に新鮮な果物や魚介類、調理品を並べて店主が溌剌とした声で客を招く常夏の熱気にも負けない盛況を生み出している。

 ここで働いている店主や売り子の皆さんは外交的で話上手な方が多いから伝統工芸品やオシャレな日傘、化粧品までうっかり買いそうになってしまった。

 人工領域の復興を手伝ったり精鋭のエッセンゼーレを倒す為の出張とは違う完全にオフの旅行だからって財布の紐を緩めたらあっという間にお金が無くなってしまう、危ない危ない。

 

『なぁ、キタザト。

 ここの地元民が着用している服は随分、露出が激しいようだが何の意図があるのだろうか』

 

 ウィンドノートが私を小突いて質問してきた。

 彼の言う通り、暑い所に適応する為に半袖や薄い生地に変えてはいるがしっかり洋服を着込んでいる観光客と違い、地元民は大人子供男女問わず水着に近い恰好の上から別の服を着てたり腰に一枚布を巻いてたりしている。

 申し訳なさそうに目を伏せている感じ、ひょっとして女の人の服装を見て照れてる感じ? 意外と初心な奴だねぇ。

 と心の中で揶揄った後で前日に予習しといた合理的な理由を解説してあげる。

 

「いわゆる "おしゃれ水着" って奴だね。

 ほら、ここって街の至る所に水浴び出来る水路もあるし街から降りたら観光名所のリゾートだから基本、地元民はいつでも水中に入れる恰好をしてるんだよ」

 

 プールの監視員さんが仕事しやすいように水着を着てるのと同じと考えればペティシアタウンの人達の服装にも説明が付きやすいだろう。

 隣で歩いてたタクトさんも補足してくれた。

 

「後、単純に暑いしな。

 湿度はねぇからカラッとしてて気持ちいいが着込んでたら熱中症に陥りやすいからある程度、露出してた方がこの地方では過ごしやすいんだよ。

 熱は逃がしやすく水にかかっても問題ない。この街の特徴に適した民族衣装みたいなもんだ」

 

『う、うむ・・・・・・

 肌色が多く見受けられるからとここで気まずそうにするのは伝統と矜恃を受け継ぐ彼らへの無礼に当たる。なるべく早く慣れるとしよう』

 

「気難しい顔してるけどみんな、下着姿や裸で歩いてる訳じゃないからね?

 ちゃんと周囲から見られる事を意識した服装だよ?」

 

 話をしている内に露店のあった通りを抜けてようやく商業施設区域にある目的のお店に到着した。

 駅の構内にある立ち食い蕎麦屋さんみたいな小さな和食店からは入り口に立つだけで甘辛い出汁醤油の匂いが漂ってきて開店してから数分しか経ってないのに既に四、五人が席に着き朝食を楽しんでいた。

 事前の話ではあまりにも人気過ぎて時期を見誤ると店内が満席で埋め尽くされるらしいから今回はラッキーと言っていいだろう。

 厨房で料理する店主とその他の業務を受け持つ奥さんの明るい歓迎の後、常連のタクトさんが手短に挨拶を交わす。

 

「邪魔するぜ。今日も繁盛してて何よりだ」

 

「あら、タクト君。今日は同僚さんも連れてきてくれたの?」

 

「UNdeadに入社した後輩のスイとウィンドノート。

 こいつら最近、働き詰めだったから無理言って俺の休暇に付き合ってもらってるんだ。

 今日は三人分の煮魚定食を頼みたいんだが余裕はまだあるかな?」

 

「ばっちりだよ!! 席に着いて待っててくれ」

 

 しばらくしてカウンター席に運んで貰ったのは生前でも見た事ない大きい魚の煮付けを中心にご飯やあおさの味噌汁、副菜にはほうれん草の胡麻和えにしらすや明太子がメインの小鉢まで付いた豪華な定食。

 どれも和食に精通した店主の長年の技術が光る品々で必要以上の手間と味付けをしていないから素材の味を強く味わえる。

 特に朝限定の煮魚は看板メニューでしか食べられないのがもったいないくらい絶品だ。

 毎朝、店主が目利きして選んだ旬の魚(今日はカレイ)を慎重な火入れで煮込み生姜を効かせたお手製の煮汁を染み込ませた一品。身はふっくらとしていて甘辛い味付けがご飯を進ませる。

 

『驚愕だ。ここまで肉厚な魚を食したのは初めてだ』

 

 魚の魅力に憑りつかれ半ば肉より好きになりかけてるウィンドノートにタクトさんがとっておきの情報を耳打ちした。

 

「もっと美味い魚が食いたいならランチの海鮮丼も試してみな。

 盛り付けの美しさもダイレクトな魚の味も筆舌に尽くしがたいぞ」

 

 ちらっとメニューの写真で見たけど薄い醤油の色合いをしたたれに漬け込まれて照っている様々な魚の切り身で埋め尽くされた丼は芸術の域に達した豪華さで本当に原価を回収出来てるのか不思議な安価で提供されていた。

 写真のイメージと魚の魅力を引き出せる店主の実力から想像すれば美味しいのは確定してる訳でウィンドノートにも絶対行くぞって念を押されたし、次の休みが取れたらまた食べに行こう。

 

 

 最高の朝食を終えた次はタクトさんが手配してくれたホテルの手続きをしてクルーズに乗る三日後まで各自、好きに過ごそうといったところだ。

 知らない場所を通い慣れてる熟練の案内を受けずに散策していいのか疑問に思うかもしれない。

 しかもここは道案内の仕事で食べて行ける人がいるくらい結構、道が入り組んでいるのだ。

 がタクトさんには先輩がずっと近くにいたら気が休まらないし目的地は事前に調べるタイプの私の事だから行きたい観光地だってあるだろうと二つの考えがあって自由行動を提案してくれた。

 勿論、何かあった時は連絡するようしっかり注意されている。

 僅かな目印になるようにと青と水色の石を交互に組み込んだ綺麗な道に沿って進めば、白昼でも分かりやすいネオンライトで派手に宣伝を繰り広げていた海沿いの街から打って変わり、断崖の上に立つ落ち着いた高級感と可愛らしさのある建物が並ぶエリアに出る。

 二階建ての家に小さい教会みたいな物から建物の半分が海中にあったりする変わり種まで取り揃えたこのエリアは全て宿泊施設として運用されていて、どの建物に泊まってもペティシアタウン自慢の海を色んな形で眺められるのが最大の自信と謳っている。

 数日、私達が泊まるホテルはタクトさんが専用のウェブサイトで予約してくれてて受付と身分証明だけ済ませればペティシアタウンで過ごす為の一時的な家を手に入れられるって訳だ。

 事務所も従業員用個室も併設した灯台で手続きを済ませた後に見たその一時的な家も普通のホテルよりも比べ物にならない充実さだったけどそれは帰ってきてから説明しようと思う。

 

「どうだ、スイ?

 前の会議でエマと海の話をしていた時、テレビで見たセレブみたいに海を眺めるのが憧れだっつってたから涼しいプールに浸かりながら優雅に過ごせそうな奴を選んだが気に入ってもらえたか?」

 

「ホテルに関して非の打ち所は無いんです。

 ただ想像を凌駕していたっていうか・・・・・・

 ほんとに私が泊まっちゃって良いのかなぁ、って困惑が強くて」

 

「さっき、食堂の女将にも言ったろ?

 無理言って休暇に付き合って貰ったって。

 お前さんにも綿密に立ててた激務後の予定があっただろうにペティシアの旅行を選んでくれたんだから、選んだ事を後悔させねぇように全力を尽くすのは誘った側の責務だろ?

 心配すんな。金には困ってねぇからお前さんは気持ち良く羽伸ばす事だけに集中すればいい」

 

 タクトさんは私の予定を狂わせちゃったのではと考えてるようだが正直、休みの計画なんて適当に街をぶらつくくらいの漠然とした物しか考えてなかったからペティシア地方へのお誘いは寧ろ助け舟である。

 豪快な笑いを生み出すタクトさんに街まで送って貰ったその時、常夏の楽園に似つかわしくない荒立てた喧騒が聞こえてくる。

 

「ん? トラブルでも起こったか?」

 

『どうやら騒動の中心はすぐ近くの街路の中心らしい。

 休暇中とはいえ奉仕の精神を持つUNdead社員として解決に向かうべきだろう』

 

 萎縮して助太刀にいけない野次馬達の間を丁重にすり抜けながら見世物じみた喧嘩の渦中に辿り着くと制服姿の男子達が対立していた。

 その図は一人の弱者を囲み搾取する卑怯者達。

 しかも助太刀や鎮魂同盟への通報で絶対に妨害されないよう配下みたいな奴らを周囲に配置し監視させている。

 (あざ)に塗れた真面目そうな男の子を囲んでいるのは同じ学校の子らしいけど、半袖シャツをズボンから出してたり第二ボタンまで開けてたりネクタイを緩めてたりと何かしら着崩していて柄の悪さがひしひしと伝わる。

 いじめっ子達は黙って従わない格下に痺れを切らして今にも男の子を殴りそうな威圧を放っているが腫れた頬をさすりながらも男の子は屈さずに突っぱねた。

 

「だから何度も言ってんだろ。

 オメーラに渡す金は一円もねぇってさ」

 

 案の定、いじめっ子達の苛立ちは余計に加速した。

 

「おい、いい加減その言葉聞き飽きたんだけど。

 落ちこぼれが俺らエリートの命令に背くのか?」

 

「金を献上する事は頭が冴えなくて運動能力がてんで無いすっとろいてめぇでも出来る唯一の貢献なのに、底辺を燻るてめぇがどうして金を死守しやがる?

 またくだらねぇ理由を言うなら拳骨を食らう羽目になるぞ」


「今度は顔面踏んづけんのも良くね?」


 人の心を失った下賎な談笑に興じるいじめっ子達と違い男の子は意志を曲げずに抵抗を続けている。


「これはオイラが挑戦したい夢の為の資金だ。

 オメーラのジュース代に消費されたりするもんか」


 こいつら、人を痛め付けて無理矢理お金を奪おうとしてる時点で性根が腐ってるのに使用用途まで救いようがないな。

 更にいじめっ子達の心象を悪くさせたのは男の子の胸倉を掴んでいるリーダー格の奴が互いに顔を合わせてから鳩尾(みぞおち)を殴ってみせた時である。


「夢? あぁ、馬鹿でも目指せる陶芸家の事か?

 ただひたすら食器を作るだけの仕事に何の価値がある?」


「大手のメーカーが安く大量に食器を提供してくれる今、個人名義で活動する陶芸家が活躍出来る訳ねぇだろ。

 そんなくだらない夢に備えるくらいならUNdeadや鎮魂同盟を目指すエリートの俺達が勉強しやすい環境を整えるのに使いやがれ。

 どうせ勉強しねぇんだからよ」


 くだらない夢ってワードに怪訝な面持ちを示したタクトさんが前に歩み出る。

 ウィンドノートの呼び止めにも応えずいじめっ子達の輪に乱入しようとするタクトさんを見張りが見逃すはずもなく。


「おい、兄さん。邪魔すんじゃ」


 肩を掴んだ配下は息で飛ばされた埃みたいにあっという間に払い退けられ、タクトさんの障害にはなれなかった。

 彼はいつもと変わらない余裕たっぷりの飄々とした態度でいじめっ子達に話しかけるが言葉の節々には怒りが滲み出ている。


「さっきのは聞き捨てならねぇな。坊主達」


「あん? んだあんた?

 取り込み中なんでどっか行ってくれませんか?」


「そいつは無理な相談だな。お前さん達がその子を侮辱し過ぎている以上、俺も傍観者でいる訳にはいかない。

 確かに百円ショップでも買える食器も多く見られる昨今、手間も値段も倍以上かかる陶芸家で名を挙げるのが難しい現状になってるのは否定出来ない。

 だがそれを知っていても尚、挑戦したいと願う彼の意志を頭ごなしに否定するのは悪質な尊厳破壊に等しい。

 まずは掴んでる手を離して、それから謝罪しな」


「兄さん、この馬鹿を庇うつもりか?

 どうして現実味の無い夢に挑戦して時間を無駄にする事を推奨する? そんな事するより学校で必要な知識を習得して安定した職に就く方が絶対、賢い選択だろ。

 こいつは勉強もせずにバイトばかりして金を余らせているから有能な俺らが有効活用しようってんだ。

 俺らがUNdeadや鎮魂同盟に入った時、いずれはこいつも助ける事になるだろうからな。前払いって奴さ」


「へぇ、悪くない目標だな。

 だが時間を無駄にするなんて言い方は駄目だ。

 夢は種別、難度関係なく人間が努力し続ける為の唯一の原動力だ。

 例え挑戦に失敗したとしても次の夢に繋がる糧となる。

 他人の憧れを馬鹿にしてるようじゃどんな目標も叶わない。ましてや人を救うなんて絶対無理だな」


「は? どうしてエリートの俺達がUNdeadや鎮魂同盟に入社出来ないって断言出来るんだ?

 必要な単位ならしっかり習得して」


「重視してるのは学業の成果だけじゃないって事さ。

 いや、鎮魂同盟の事情は全く知らねぇからもしかしたらいけるかもしれないけど少なくともUNdeadは絶対無理だ。

 うちは助ける人は選ばないが戦う相手はエッセンゼーレとどうしようもない極悪人だけって決まってんのさ。

 助けるべき市民を囲んで非難してる時点でお前さん達に人を救う事なんて出来ねぇ。シューイチは絶対、入社を拒むだろうな」


「・・・・・・おい、関係ない観光客だからって好き勝手言いやがって。

 大した職に就いてないあんたが高尚な目標を目指す俺達を遮って良いと思ってんのか?」


「そう息巻くなって。

 他者を批判する事しか出来ねぇ奴に待ってるのは破滅だぜ?」


 煽る調子で笑って見せたタクトさんの背後から聞いた事のある女性の声が聞こえてくる。


「おにーさんの言う通りだね」

 

 更に不機嫌になったいじめっ子達の視線の先にはアーテスト地方で知り合ったUNdeadペティシア支部の社員、ダスカ君の師匠である元女子ボクシングのチャンピオン、華仙 七実さん。

 厳重に警戒していたはずなのに何故、UNdeadが駆け付ける騒ぎになってるのか心底、驚いていたいじめっ子達に華仙さんは手心を加えて降伏させていた配下を指差す。


「遠目に目撃した市民から通報を受けたんだよ。

 それより君達、これはどういう状況なの? どういう訳があろうと学校には報告させて貰うけど」


 先程までイキってたテンションはどこに行ったのか、華仙さんの登場でしおらしくなってしまったいじめっ子達。

 必死に絞って考えた言い訳もあまりに稚拙。


「あっと・・・・・・

 そ、そう!! 訓練っす!! こいつが筋力トレーニングを施して欲しいって!!」

 

「はぁ、君達言い訳下手過ぎ。

 だとしたら前時代的なスパルタやってんじゃん。

 とりあえずその子を解放して、今日はもう帰りな。処遇はまた後日って事で」

 

「ちっ、先公にチクられてたまるか。

 おい!! 女とはいえUNdead社員の一員だ。遠慮無く叩きのめせ!!」

 

「君達、勉強のし過ぎでストレス溜まってるの?

 しょうがないなぁ。あたしがちょっと発散に付き合ってあげるよ」

 

 一分後、結果は予想するまでもなく華仙さんは実力の三分の一すら出さずにいじめっ子達を制圧していた。

 

 波乱の休暇(2) (終)

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