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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter3 羨望の海王
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波乱の休暇(1)

 iron bond(アイアン・ボンド)

 UNdead社員、タクト・アレイフが厳選したイギリス出身の男性四人で結成されたロックバンド。

 大学生活の傍ら、趣味でライブハウスでパフォーマンスを披露していたところをタクトからスカウトされたメンバー最年少のボーカル、シアン。

 古くからの友人で世界で一番信頼出来るベーシストであり冷静沈着なリーダー、ディモン。

 口数は少ないが力強さと繊細さを併せ持った音のスタイルで注目を集める巨漢ドラマー、ガラドーマ。

 最初はタクトの人徳だけで集めた数十名程度のステージから始まったiron bondは奏でる王道ロックらしい重低音のサウンドと魂に訴えかけるメッセージ性を込めた歌詞が話題を呼び瞬く間に人気を集める。

 結成から僅か二年で事務所の所属が決まったiron bondは更に多くの人々に音楽を届け続け、地元のイギリスでは野外フェスやテレビ出演も果たし世界中でレコードもヒットするなど各方面で注目を掻っ攫った。

 

『記者:iron bondの人気は留まる所を知りませんが今後、更なる飛翔の為に定めている目標などはありますか?』

 

『ディモン:正直、音楽をやりたくて趣味で始めたバンドがここまで成長した時点で既に満足なんですよ。

 でも好きな音楽で俺達に挑戦権を与えて貰えるのであればいつかは世界中を巡って、みんなを勇気づけて "夢" を与えられるようなステージを披露し続けたいです』

 

 千九百××年 音楽マガジン フォルティッシモ 〇月号から一部抜粋。

 

 充実したインタビューの後、タクトは強く確信していた。

 この最強の四人ならファンを絶えず熱狂にさせられる、どんなに偉大なアーティストでも見た事が無い音楽の頂点を目指せると。

 ディモンから生涯、忘れられないあの一言を聞くまでは。

 

「iron bondを解散しよう」

 

 

『おい、キタザト』

 

 UNdeadの社内廊下を歩いていた時、ウィンドノートの鋭い声が私の背中を正した。

 

「ご、ごめん!! 何の用事?」

 

『いや、特段急ぐ物ではない。今日の予定を確認したかっただけだ』

 

 やばい、社内にいたとはいえ弛んだ姿勢を見せてしまった。

 えぇっと、スマホのカレンダーを開いて今の時間帯までスクロールし続けて・・・・・・

 

「あぁ、今日はね・・・・・・

 うん、もう仕事は入ってないよ。しいて言うならこの後、エッセンゼーレの資料を読むくらいかな」

 

『珍しいな、あくびを零すなど。まぁ、直近の日程を振り返れば無理もないがな』

 

 満身創痍の体でスマホをしまうと消化しきれない疲労の原因がぼうっと思い出す。

 サメノキ地方での仕事で挙げた功績が評価されてから先輩方からの信頼も回される仕事の難易度もかなり上がり、単独での出張も多くなった。

 けど疲労の比率を占めてるのは初めての場所を転々とする慣れない心労ではなくヘルちゃんとの付き合いである。

 桐葉さんに相手されず、不満げなヘルちゃんに廊下で捕まってしまうと過酷な鍛錬に付き合わされる。

 彼女にとっては暇つぶしのお遊び感覚でしかない鍛錬の実態は六時間ひたすら肉弾戦を繰り返すだけ。

 一応、五分間のインターバルが適度に挟まれるけど大の大人でも音を上げるハードな内容で鞭はあっても飴は無い。それが仕事終わりの時間帯に今週だけで三回行われた。

 スポーツの練習よりもきついけど私としては一人で鍛錬するより得る物が多いからヘルちゃんに付き合う事に抵抗は無い。

 でも隔日で受けた代償は軽くなくいつもより多めに休養を取っていても全身は未だ強張ったまま。

 今日は追加の仕事も出来そうにないし早めに部屋に戻ろうと決心した時、陽気な声が私を引き留める。

 

「よぉ、スイ。探したぜ」

 

 本日二度目の震えの後、冷静に声を思い返すと男性っぽかったので取り敢えずヘルちゃんじゃなかった事に安堵し返答するとかつて世界中を震撼させた有名なロックバンド ”iron bond” のギタリストで現在は楽曲提供やミュージシャンの育成に力を注ぐ派手な様相の中に爽やかさを感じさせる男性、タクト・アレイフさんがいた。

 タクトさんってUNdeadの奉仕も音楽業も充実し過ぎて他の先輩方ですら滅多に会えないのに接点の少ない私に絞って探すなんてどんな用事なんだろ。

 まさか変わって欲しい仕事があるとか・・・・・・? だったら申し訳ないけど断らなきゃ。

 

「えっと、ご用件は?」


 今、仕事は勘弁して欲しい本心で出た低い声から私の猜疑心を見抜いたタクトさんは自分ってそんな印象を押し付けてたのか? と悩みながら頭を搔く。


「お前さんが忙しく駆け回ってヘルのストレス発散にも付き合ってたのは俺も何度も目撃してる。

 遠目から見ても負担が大きいのが分かってるのに仕事は頼まねぇよ」

 

 ついでにタクトさんは ”もっと働きたいならシューイチの前で優れない顔色や疲れた仕草は隠しておけ” とも助言してくれた。

 仕事関係じゃないと分かったところで本題を聞くと彼が見せてくれたのは二枚のチケット。

 ウィンドノートがチケットに書かれた題名を代読してくれる。

 

『豪華客船 ”シュトラール号” 乗船券?』

 

「うちは漂流者が流れ着くタイミング次第で四六時中、休めない繁忙にもなる。

 重い疲労を背負った最悪の状態で仕事する事になる前に忙しくない今の内に羽を伸ばしといた方が良い。

 そこでこのチケットを使って優雅にクルーズ客船に乗りながらバカンスしようぜって訳だ。

 乗船場所はペティシアタウンだからチケットが有効になる数日前に乗り込めば綺麗な海に美味い海鮮も堪能出来る。最高の休暇を約束するぜ」

 

 なるほど、タクトさんは働き詰めの私を気遣って素敵なお誘いをしてくれたんだ。

 豪華客船なんて一般家庭出身の私じゃ一生乗れないし海辺の街でも遊べる夢の様な体験が出来るなら断る理由など無い。

 それに経験豊富な先輩が忙しくなる前に休めって助言するんだし素直に聞かなきゃ。


「丁度、大きな仕事も入ってないので喜んで参加させて戴きます。

 あ、でもウィンドノートの分はどうしましょう?」


「俺はその船長にちょっとしたコネを持っててな。

 ウィンドノートの聡明さと安全性を説明した上で乗せて貰えるよう説得しとくから心配は不要だ」


『アレイフ殿。つかぬ事を聞くがこのチケットはどこで入手した?

 確かこのクルーズ客船は有名な富裕層でも予約が困難だと記憶しているのだが』

 

「それも船長とのコネが齎す恩恵さ。

 以前、エッセンゼーレが原因の海難事故に巻き込まれた船長を偶然助けたんだがそん時、友達になってな。

 事故以前にも毎年、このクルーズ客船には乗船していたからご贔屓の礼にとちょっと安く優先してチケットを売ってくれる。ま、株主優待みたいなもんさ。

 聞いて驚け? なんと五パーセントもだ」

 

 指で興奮気味に紹介された後、明日の午前七時に本社のエントランスで落ち合う約束を交わしてタクトさんと別れた。

 ちなみに後でネットで調べて分かった事なんだけどシュトラール号の乗船チケットは二泊三日のプランだけを取り扱ってて五パーセントの割引を適用しても大人一人、三百万だった。

 ま、それを知ったところで割引の無い時でも毎年、このチケットを買えてたタクトさんってお金に困窮してないんだななんて小並な感想しか浮かばないけど。

 

 波乱の休暇(1) (終)

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