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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
53/87

奪われる命と芽生える命

 未曾有の人災を起こし、獣人の滅亡を試みた滅星のトップ、御造 桃八。

 幻想の地に許されざる暴虐を敷いた悪人は同じ人間である北里 翠と共に行動するシベリアンハスキーの霊獣、ウィンドノート。

 そして獣人のトップに立つ清華や四臣に阻まれ、一世一代の復讐は失敗に終わり鎮魂同盟によって拘束された。

 メデルセ鉱脈一部坑道の入口で共に畜生の撲滅を誓った同志が既に捕まった事後報告を聞いても御造は自然と抗議する気が湧かなかった。

 それもそのはず。七十五までの老衰で潰えた生前を犠牲にしてまで果たせなかった宿願を完膚無きまで打ち砕かれ、目の敵にしていた獣人に二度目の命日に陥る瀬戸際を救われた屈辱を与えられた御造の気力はもう生きる目的すら見出せない程、地の底に落ちていた。

 なので苦心して作った組織が消滅したと今まで繰り返した侵略行為と合わせて重い懲罰を課されると聞いても御造は顔を俯かせた無反応で答えた。

 砂利道に揺れる不便な護送車の中、すでに意気消沈の御造に鎮魂同盟のメンバーが声をかける。

 

「それじゃ、軽く取り調べするぞ。

 気は乗らないだろうが罪を犯した責任としてしっかり答えるように。

 まず、獣人達を殺そうと思った動機は?」

 

「・・・・・・奪われた故郷の復讐。

 腹を減らした肉食獣が村を襲い、俺以外の村人と財産を一夜にして奪った。

 その痛みを・・・・・・ 畜生にも与えようと」

 

 魂の抜けた声から答えられる微かな動物への恨みを鎮魂同盟のメンバーはペンを走らせて記録する。

 

「復讐ねぇ。にしたって種族ごと滅ぼすってのはやり過ぎじゃないか?」

 

 血涙を注いで取り組んできた壮大な目標を呆れた物言いで馬鹿にされても御造は力を入れる気の無い霊体を車の振動に流すだけで何とも言い返さない。

 

「次の質問だ。

 サメノキ地方はごく一部の存在しか実在を知らない幻想の地。

 動物が人間と同じように文化を築き生活している事実を到底、信じられない一般の奴らにとっては真偽を調べる価値も無い与太話だ。

 当然、街角で偶然聞けるほど話題にしてる奴も図書館に関連の書籍が置かれてもいないから情報も手に入れにくい。

 なのにお前はどうやってサメノキ地方に辿り着いたんだ?」

 

「・・・・・・とある山間の街を蹂躙した時だ。

 部下の一人から異質な人間を拘束したと報告を受け、様子を見れば男には犬の耳と短小の尻尾が生えており、問い質すとそいつは簡単にサメノキ地方の出身であり獣人のみが暮らす地は伝説ではなく確かに実在すると教えてくれた。それ以上は秘匿を貫かれたので用無しとして切り捨てたがな。

 復讐を果たすに相応しい舞台へ向かう為、俺達は各地を転々と放浪した。

 そして店で出会った情報屋から金と引き換えにメデルセ鉱脈に現れる純雪晶と呼ばれる鉱石に触れるとサメノキ地方に導かれると知ることが出来た。

 ・・・・・・ここまで話せば理解できるか?」

 

 鎮魂同盟のメンバーは作成中の調書に目を落としたまま話し続ける。

 

「充分だ、それでメデルセ鉱脈を襲撃したって訳だな。

 じゃあ次は」

 

 御造は俯きながら質問を待っているが一向に続きが聞こえてこない。

 いや、おかしいのは口を途切れさせた目の前の人間だけでは無い。

 護送車の車体は砂利によってずっと上下に弾んでいたのに気付かない内に不快な感覚も終わっている。

 様子を探る為、迅速に立ち上がった御造が見た周囲は異質な空間であった。

 例えるならば一時停止を押し、再生中の動画を保留させたような静止の世界。

 車内で御造を監視する数名の鎮魂同盟のメンバー、外を飛行する小鳥や蝶などの生物だけでなく風や空気の流れといった非物質まで直前の動きを保ったままその場で停止しており今、自由に動けるのは御造だけである。

 

「一体、いつからだ・・・・・・? 敵の術中に嵌ったのは。

 それに時を止める大それた能力、エクソスバレーの超危険人物にも該当しないはず」

 

 刀を携え、警戒を強める御造にこの場には乗っていないはずの老紳士の声が穏やかに響く。

 

『確かそちらのインターネットで有志達が警鐘を鳴らしている人物達の事だったかな?

 まぁ、彼らと協定を組んでいる私には関係無いけどね』

 

 声のした方に刀を滑らせるも斬った感触は無い。

 不気味な世界で唯一、はっきり聞こえる老紳士の声は穏やかながらどこかに得も言われぬ恐怖も同棲している。

 

『ようこそ、三分以内の世界へ。御造 桃八君』

 

「三分以内?」

 

 御造が注意深く周囲を観察すると単純な時間停止で無い事に気付いた。

 車内の人間の姿勢の変化、車の進行から空を飛ぶ小鳥の並走まで老紳士が何かの絡繰を使う度、時間を行ったり来たりしている様な反復が起こっている。

 

『君に善の心が残っているか、確かめに来たんだ。

 本気で自分の罪を悔いている人を殺したく無いからね』

 

「俺は畜生を滅ぼす為に常に非情になり続けてきたんだ。

 誰かを思いやる倫理観などとうに無いと考えている。

 もし見込み違いであったならば?」

 

『その時は君を屈服させるしか手段はないね』

 

「・・・・・・戯言を。

 俺は人間を逸脱する為に数多の幸せも時間も犠牲にしたんだ。

 君のような覚悟の無い人間に俺を超えられるはずが無い」

 

『まずは左に水平』

 

 静かな怒りと共に斬り放った御造の一撃は老紳士の予言通りに振っていた。

 

『次は右斜め。そこから若干の力を込めた一閃。最後に前方三十センチメートルに八咫烏』

 

 既に知っている物語の結末を淡々と語る様に一挙手一投足を的中させ御造が重ねた規格外の強さを全て否定した老紳士。

 手の内で踊らせた気になっている耳障りな声を(もと)から断つ為、構わず振り続けるも軌道や強弱までぴたりと言い当てられ誰もいない空間を斬る虚無の一時にしかならない。

 御造の焦燥が募る。

 自分を確実に仕留める為に近くで待機しているのは獣以上の気配の察知で分かっているのに刀は武器にも服飾品にも掠りやしないのだから。

 

「何故だ、何故当たらない!?

 畜生に滅亡を齎す為に磨いたこの剣技が何故、人間に通用しない!?」

 

『諦めた方がいい。君は過程も結果も定められた一場面の中にいる。抵抗は無意味だ』

 

「定め、られた? だと?

 俺が君に及ばないなど有り得ない結果が?」

 

『物語の悪役が主人公に倒される残酷な運命や録画した生配信で犯した失態に途中で介入出来ない様に、君が私に跪く結果は覆らないし変える事も出来ないのだよ』

 

 老紳士は覇気の無い声色で御造を見下した。

 攻撃が成立しない御造を憐れに思ったのか、はたまた自分の中の紳士としての誠実さを果たす為か老紳士は多少の優しさを分け与える。

 

『ちょっと種明かしをしようか』

 

 老紳士が明かした能力の詳細は以下のような物。

 この能力を発現させるには初めに効果を適用させる半径と時間を設定する必要がある。

 今回の場合は護送車から半径二メートル以内の三分間。

 簡潔な設定を済ませれば能力の発動に必要な引き金が引かれ、発動者自身と本人の権限によって引き込まれた者にしか認識出来ない特別な停止時間が誕生する。

 停止時間を簡単に形容するなら一日という名のアーカイブの中から印象的な出来事を何度も見返せるよう抜粋して作成した短い動画。

 停止時間内では指定した半径内で確定された未来の出来事が全て記録されており、前持って把握出来るのは発動者である老紳士だけ。

 好きなだけ先送りしたり巻き戻す事も自由自在で彼が御造の攻撃を全て言い当て避ける事が出来たのは適宜、先送りしながら当たらない位置取りを迅速に取っていたからである。

 停止時間は発動者が再生を指示しない限り、永久的に存在し続けるが発動し続ければ周囲に時の流れが進んだような違和感を与える為、遅くとも十分までには解除する必要があるらしい。

 

『はぁ・・・・・・

 何故、この力が凶弾が妻を射抜く瞬間に覚醒しなかったのだろうか。

 一足先にあの男が銃を撃つ未来を察知出来れば・・・・・・』

 

 後悔を垂れ流す老紳士を他所に御造は当然の疑問をぶつける。

 

「何故、敵に対して自身の能力を明かす?」

 

 返答する老紳士の声からは穏やかな口調は失せ、悪を許さぬ冷酷さが前面に押し出しされていた。

 

『君には私の贖罪の礎になってもらうからだよ。恥ずべき大罪人よ』

 

 その一言が御造の聞いた老紳士の最後の一言だった。

 発動者の権限で強制的に停止時間から追い出され周囲と同じように動きを封じられた次の瞬間、無彩色の世界を切り開き老紳士、ジェイフル・オクロックが蜃気楼の様に姿を現した。

 手に持つのは止まったままの時計の長針を模した黒と紫のシックな長剣。

 心臓めがけ的確に剣を突き立てると胸中から血が滲み御造の確実な致命傷を報告する。

 こうして御造 桃八は自分が死んだ事すら自認出来ぬまま呆気なく二度目の命日を迎えるはずだったが、どうもそうはいかないらしい。

 

「少しだけ対話して、君が本当の善人である事を願っていたのだが・・・・・・

 その弱者を見下す傲慢な態度は許し難い。よって君の魂を活用させて貰う」

 

 オクロックが物言わぬ御造に左手を合わせると御造の霊体は身に付けた衣類だけを残して青白い人魂に凝縮され、彼の手に収まった。

 充分、護送車から遠く離れた後で停止時間を解除させれば車内は驚愕の声で溢れ返る。

 ほんの一、二秒、目を離した隙に何故か死んでいて霊体も溶けて無くなっているのだから幻覚を体験している気分を錯覚していた停止時間を認識出来ない周囲から見れば当然の反応である。

 

「はっ?

 おい、なんで被疑者死んでんだよ!?」

 

「誰か!! 誰か怪しい奴、見てねぇか!?」

 

「車内を今すぐ封鎖しろ!!

 既に外から脱出された可能性も考慮して捜索ドローンも出動させろ!!」

 

 

「これでまた一歩、贖罪に近付いた」

 

 新たに手に入れた礎を厳重に運びながらオクロックは優雅に贖罪を果たす為の道程を歩き始めた。

 

 

 北里達が去ってから一ヶ月後のサメノキ地方にて栄遠の銀峰四臣が一人、招蘭が暴雨の囚獄で罪人の更生と将来を待ち望む若者の育成に励む長、緋袁に連れられ宮殿の管理下にある森林を訪れた。

 宝石の形骸によって葉の一枚すら残っていなかった敷地はエクソスバレーの驚異の再生力と専属給仕による懸命な手入れによってかつての姿を取り戻しつつある。

 

「あんたが第二の故郷を飛び出してあたしを連れてくるなんて・・・・・・

 ここで何が起こるの?」

 

「お前にも密接に関係する事だ。俺と一緒に立ち会ってもらうぞ」

 

「なにさ立ち会うって。

 それに統主達は連れていかないであたしだけっておかしくない?」

 

「あいつらには同行を遠慮してもらうよう頼んどいた。

 でなきゃ、素直な感情を晒せねぇだろうからな」

 

 はぐらかす緋袁を追っていくといつしか忘れられない場所に着いた。

 そこは友人の彩が殺された惨劇の地である小丘。

 平穏が戻った今となっては復活した森の木々に囲まれ、スポットライトの様に月光が差し込む静寂の地となっており当時の面影は薄まっているが、あの惨劇を目の前で経験した当事者の二人は昨日の事のように思い出す。

 

「・・・・・・知ってるか、孔雀?

 二度目の命日から霊体が甦る時間は力尽きてから早くて二週間、遅くとも一ヶ月後らしい。

 俺はあいつがいつ帰ってきてもいいようにほぼ毎日、定期的に様子を見に行っているがその時はまだ来ていねぇ」

 

 招蘭の顔に真偽を探る表情が走った。

 

「かけがえねぇ友人を出迎える準備をしな」

 

 緋袁の言葉を待っていたのか彼が言い終わった時、小丘の上で歓喜の瞬間が訪れる。

 月光に照らされた人魂が降り立つ場所を選定し揺らぎを止めるとそれは一瞬の淡い光を生み出し、人型の霊体を形成する。

 その姿はまごうことなきニホンオオカミの獣人、彩。

 ほどけた黒髪、獣の耳、顔の輪郭、愛らしくも美しい小柄の人間の女性の裸身、尾骨から生えた艶やかな尻尾も以前に見た彼女と以前変わりない容姿である。

 とある一点を除いて。

 残酷にそれが突き付けられたのは招蘭が大粒の涙を溜めながら一糸纏わぬ彼女を暖めるよう強く抱きしめた時だった。

 

「・・・・・・誰、あなた? なんで泣いてるの?」

 

 エクソスバレーで死に値する事象に見舞われた者が甦るには生前に築いた思い出と人間関係を全て忘却しなければならない。

 当然、彩も栄遠の銀峰で肩身の狭い生活を送っていたことも、それを支えてくれた友人の存在も、自らが助けになりたいと願った偉大な人物も、一緒に造った暴雨の囚獄に関する記憶は代償として綺麗さっぱり消去された。

 しかし命あっての物種。招蘭はその程度でショックを受けたりはしない。

 一片の感情が閉じ込められた思い出と頼れる人間を忘れてもまた一から積み重ねれば良いのだ。

 

「やっとあなたと出会えたのが、嬉しいからだよ・・・・・・!!」

 

 名前の知らない女性からの熱烈な歓迎に呆然と満更でもない照れを感じる彩だったが興味の一点は招蘭の腰に携えた器具に向いた。

 

「ねぇ、それ」

 

「これ? これはスパナって言ってボルトとか閉めたりする奴で」

 

「知ってる。私、何故か機械系が好きだったみたいだから」

 

「・・・・・・そっか。

 じゃあ、これあげる。あたし機械いじりとかしないから」

 

 そう言って招蘭は常に持ち歩いていた彩の工具箱を押し付けるようにあげた。

 

「ありがと、優しいんだね。あなたとは仲良くできそうだよ。えっと」

 

「あっ、自己紹介まだだったよね。

 あたしの事はサランって呼んで。友達志望なら喜んでなるよ」

 

「私は、あれ? ごめんなさい。

 自分の名前、どころか出身も生活様式も大事にしていた思い出すら忘れちゃったみたいで」

 

「じゃあ、名前を付けねぇとな。

 つーことで今日からお前は(あや)って名乗りな。

 忘れちまったならこれから()ってきゃ良いだろ」

 

 二人は事前に打ち合わせた結果に合わせてほぼ白紙になった彩を勧誘する。

 

「俺は緋袁。

 暴雨の囚獄という小規模の集落で囚人の更生や罪とは無関係な子供の教育をしている。

 当分の身の回りの世話は俺らが受け持つ。付いてきてくれ」

 

「あっ、待って。

 連絡先交換しよ。気軽に会う約束が出来るように」

 

 

『スイさん』

 

『理想と違う形式になっちゃったけど』

 

『また一から彩との友情を築けそうだよ』

 

 奪われる命と芽生える命 (終)

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