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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
52/88

獣人の向かう先

 突発のサメノキ地方の出張から一週間後。

 帰還した私は栄遠の銀峰で買った多種多様のお土産を会議室の机に並べていた。

 

「これがエマさんので、こっちはウィリアムさんです」

 

 まずは個人経営のメルヘンな雑貨屋さんで買った物から。

 画家で独特の美的感覚を持つエマさんにはマスコット化した猫のキーホルダー。

 コートのみで判別可能な守護亡霊、ウィリアムさんには前々から所望されてた写真立てを贈った。

 

「おぉっ!! めっちゃ可愛いね、このキャラクター!!

 スマホに付けてみるよ。ありがと、スイちゃん!!」

 

「まさか随分、前に話していた僕の欲しかった物を覚えてくださっていたとは。

 ありがとうございます。北里さん」

 

 それから生前、プロのバンドマンで現在は他のミュージシャンのプロデュースや楽曲提供にも携わるタクトさんには彼が扱う雷属性を助長するサファイアクイーンの宝石を加工して作った指輪と獣人の音楽グループが売り込み用に渡してきたサンプルのCD。

 運動する事が多いヘルちゃんには美しい和の柄が入った高品質のタオルをあげた。

 

「へぇ、獣人の音楽グループも幅が広いんだな。

 こんだけあれば有望株もかなりいそうだ。

 近々、こっちに呼び込む準備もしねぇとな」

 

「丁度、変えようかな〜 って思ってたところだったんだよ!!

 なんか普通の奴よりふわっふわだし気持ちいい〜」

 

 うんうん、個人宛のお土産は中々好感触。

 けどお土産はこれだけじゃないよ。

 みんなにも栄遠の銀峰の銘菓を味わって貰おうと色んな種類を買ってきた。

 初日のティーパーティーに出てきたケーキ達もそうだけど暴雨の囚獄で味わった水饅頭も美味しかったからね。帰る前によって多めに購入したんだ。

 和菓子と洋菓子、どっちもあるし全部個包装だから好きなだけ選んで食べられるよ。

 みんなが思い思いにお菓子を摘む和やかなムードの傍ら、寡黙なフェリさんが会議室に入ってくる。

 

「・・・・・・ なんの騒ぎ?」

 

 相変わらずの無表情で聞いてきたフェリさんに私は恐る恐るラズベリー味のマカロンを一つ取り出し差し出してみた。

 

「サメノキ地方に出張していたのでその、お土産を。

 甘いのが嫌いでなければ・・・・・・」

 

 毎秒、不機嫌なんじゃないかなと錯覚する程に口調が一定なこの人と話す時、いつも緊張してしまうんだよな。

 もし本当に怒らせるような選択をしてしまったらどうしようかと内心、ドキドキしながら反応を待ってるとフェリさんは優しくマカロンを受け取ってくれた。

 

「ありがと、お菓子は好物だから。

 余ってるならもう何個か貰っていい?」

 

「はっ、はい。どうぞ」

 

 あっ、甘いの好きで良かった〜・・・・・・

 今度から彼女と話す時は毎回、お菓子を携帯しようかな。

 また会議室に入ってくる人物が現れた。

 UNdeadを創立した現社長でありながら先頭に立ち奉仕にも取り組む桐葉さんだ。

 

「やぁ、北里さん。約束と違う大規模な仕事を押し付けて申し訳なかった。本当に無事でなによりだ」

 

「もう、何度も謝らないでくださいよ。

 メデルセ鉱脈もサメノキ地方も両方、守護出来ましたし御造も護送出来た。仕事は円満に完結したんですよ。

 あ、お土産あるんで良かったらどうぞ」

 

 赤い和紙に包まれた桜餅を渡すと桐葉さんは柔和な笑みを向けてくる。

 

「ご丁寧にありがとう。

 自室に戻ったら暖かいお茶と一緒に戴くよ」

 

「えーっ!? なにその綺麗なおやつ!!

 アタシにもちょーだい、シューイチ!!」

 

 異郷のお菓子に目を引かれたヘルちゃんが桐葉さんに制御されながらも獣みたいな唸り声をあげている。

 これ五個入りだから分け合えない心配はいらないんだけどな。

 

「さて、残りのお土産は招集した本来の目的が終わってからにしよう。

 北里さん達。今回の出張の過程でいくつか共有したい情報があるんだよね?」

 

『あぁ、順を追って報告させてもらおう』

 

 

 秘匿の鉱柱での戦いの後、サメノキ地方は目まぐるしく変わっていった。

 まず暴雨の囚獄に関しては本物の罪人も匿う関係上、待遇を根底から変える事は出来ないが緋袁さんの健闘を称え、より豊かで健康的な生活を送れる物資や人材の派遣を栄遠の銀峰が約束してくれた。

 今後は住民達に暴雨の囚獄に暮らす人々の偏見の改善に取り組みたいって言ってた清華さん。

 サメノキ地方を救った今回の偉業により全ての獣人達に緋袁さんの中の義勇がまだ灯っていた事は広く知られたし、そんな彼が罪滅ぼしとして暴雨の囚獄を直々に罪を犯した軟弱者を鍛え直してやる地に変貌させるとも誓ってたから、もう獣人同士でお互いいがみ合う仲になる事はないだろう。

 それと私と御造の対比を見た一部の獣人が人間に対するイメージを変えたそうだ。

 人間にも悪い奴もいれば良い奴もいるんだと認識した獣人達はこれから人間に対していい意味での緊張感と親しみを込めてもっと色んな人間と接していきたいと清華さんに申したらしく出立を決意した人も増え、清華さんもこれからは外との交流も徐々に増やす方針を決めた。

 ずっと外との関わりを拒み孤立し続けてきた幻想の国はどんな種族も歓迎し誰からも受け入れられる外向的な国に一歩、踏み出そうとしている。もしかしたらUNdeadの事業にも良い影響が起きるかもしれないね。

 ちなみにサファイアクイーンに決死の信託を施し、息も絶え絶えだった御造は厳重な態勢での治療によりなんとか一命を取り留めた。

 連行出来るまでの体力に回復させるまで三日もかかったが彼が引き起こした罪を生きて償わせる事が出来るならそんな長時間、いくらでも待てた。

 そして別れの時が来た。

 ちゃっかり最後の観光とお土産探しも済まし、困難と波乱がほとんどだったけど充実感に満ちた思い出と拘束した御造を背負い、私はスマホに届いたメッセージを確認する。

 

「そろそろ坑道の入り口に鎮魂同盟が到着するみたいです」

 

「北里 翠さん、ウィンドノートさん。

 この地方が滅亡の危機から脱し、向き合うべき外部との問題に対しより良い方向性に転化出来たのは貴方達の活躍があったからに他なりません。本当にありがとうございます」

 

 そう美しい姿勢で頭を下げた清華さんは少し萎縮していた。

 

「堂々と発表してから言うのもなんですが・・・・・・

 やはり一抹の不安が解消されません。手始めに旅行先と移住先を桐葉 透一さんがいるテツカシティに絞ったとしても私達、獣人が市民の方々に受け入れて貰えるかどうか・・・・・・」

 

 そこで強く励ましたのはウィンドノート。

 

『憂う必要は無い。

 貴殿らの築き上げた自慢の故郷を語れば他者からの尊敬と興味は自ずと集まる。

 本社に戻ったら俺達がキリノハ殿に工面して貰うよう持ち掛ける。彼なら快く応じてくれるはずだ』

 

 相棒の言う通りだ。

 獣人達はサメノキ地方の僅かな恩恵を貰ってから自分達の力だけで独自の文化を大成させた。その努力を馬鹿にする人などいない。

 それに桐葉さんの影響力を生かせば瞬く間に他の人工領域でも獣人を迎え入れる準備が始まるだろうし馴染むのに時間はかからないと思う。

 そう説得しても今回の御造を見て、また人間とのいざこざが起こらないか危惧している清華さんに溜め息をつく人がいた。

 発したのはサファイアクイーンを一緒に倒した緋袁さんだ。

 

「けっ、あんな大胆な決断の後にしおらしくなりやがって。

 元飼い猫のお前が人間を信じてやれなくてどうすんだ?」

 

「私は統主として民達の安全を侵食しうる危機を想定しているだけで」

 

「今回の件で人間にも良い奴と悪い奴もいるって市民の奴らも理解したんだ。

 他人に対して直情的になる事も少なくなるだろうし信じたい奴を選ぶ自由くらいあげてやれ。

 助けんのは悲しそうな顔してたり求められた時で充分だろ」

 

 言い終わるや否や緋袁さんは私の方に向く。

 

「それに人間の中には本気で動物との共存を願う奴もいるんだろ?」

 

「・・・・・・信じてもらえるんですか?」

 

「俺に勝ったからな。もう一度、人間を深く観察して本当に信頼に値するか検討しようと考えている」

 

 考えを示した緋袁さんに四臣の皆さんが揶揄い始め、別れの間際は少しだけ明るい雰囲気に変わった。

 言葉が通じない人間と動物の間を繋げるのは互いの大小の仕草だけ。

 でもそれを紐解いて求める物を理解すれば人間と動物の共存は幻想で終わらず実現に一歩、近づく。

 今回の試みの遠出がその実現の補助になってくれるなら嬉しい。

 

「スイちゃ~ん。そろそろ行こっか~」

 

 既にワープホールを開き、送迎の準備している雪菜さんがゆるーく呼び掛けて来た。

 もう時間か。一緒に命を懸けて戦ったみんなともう少し話したかったけど永遠の別れって訳じゃないし御造を鎮魂同盟に引き渡す最後の大仕事も果たさなきゃ。

 手荷物をまとめていると清華さんが呼び止めた。

 

「娘に伝言をお願いします。たまには顔を見せに来なさいと」

 

「はい。しかとお伝えします。

 それでは皆さん、お世話になりました」

 

『向こうに来る事があれば遠慮なく連絡してくれ』

 

 感謝、再会と再訪の約束を背に受け、私達は獣人の楽園を後にする。

 少しの浮遊感に包まれ元の世界に戻る途中、私の左手が滲むような温かさを感じ、咄嗟に反応した。

 

「どうしたの、スイちゃん?」

 

「驚かせてすみません。左手がなにかに掴まれた感覚がして」

 

「そっか~ あまりにも異常に感じたらお医者さんに診てもらうんだよ~」

 

 

「・・・・・・獣人の平穏を脅かした御造は脱出した部下同様、坑道の入り口で鎮魂同盟に確保され重い罰を下されると言っていました。

 滅星は事実上の解散となるでしょう。

 それと先程、伝えた統主の意向の影響でテツカシティに多くの獣人が訪れます。

 彼らに快適な生活を送ってもらう為にも市民の皆さんと協力して早めに準備しましょう」

 

 サメノキ地方で体験した全ての報告を終えると桐葉さんが細かくメモした資料を丁寧にまとめていた。

 

「報告ありがとう。この会議が終わったら早速、手配を始めるよ。

 それにしてもまた未確認のエッセンゼーレか。

 今回は古くからサメノキ地方に棲みついていたようだが、最近は新種の報告も増えて来たな」

 

「だね。もっと救助を円滑に進める為にも調査範囲を広げないとね」

 

 ”宝石のエッセンゼーレ” のページに載っているサファイアクイーンの写真を眺めながらエマさんが危機感を感じている。ちなみに耳打ちでよく撮れてるとも褒めてくれた。

 データに載っていないエッセンゼーレと遭遇した場合、出来る限り複数枚の写真を撮るのがUNdeadの社則として叩き込まれている。

 それを忘失していない私は吸吞湖月の地底で初めてサファイアクイーンと遭遇した際、鉄骨で致命傷を与える作戦を実行しようと移動する前に何枚か撮っておいた。勿論、全員の身の安全を確保してからだ。

 もう少し議論を重ねてから終了した会議の後、色んな人から資料の完成度について褒めてもらい夜遅くまで作った甲斐を実感しながら自室へと戻る。

 今回の仕事は予期していなかった大規模な奉仕で緊張も凄かったけど得られた物も多かった。

 けど戻る途中に感じた左手の感触は今でも私の疑問として付き纏っている。

 痛みや痺れに発展していないから病気の類じゃないと思うけど、どこか懐かしさも感じた安心感を与える温かさ。

 まるで誰かに手を握られた(・・・・・・)ような・・・・・・

 

 

 都内某所。

 中央で横たわる人物に近付く女性が一人。

 あんなことが起きてから彼女はフィギュアスケートの練習の合間を縫って毎日、欠かさず様子を見に来ているが目覚める様子は一向に無い。

 返答が返るはずの無い人物に対しスレンダーな女性は一つにまとめた銀氷の髪をほどき真面目な好印象を与える姿から真摯に向き合う姉に変わる。

 

「今日、あんたを交通事故に巻き込ませた男の裁判があったよ。

 判決は文句なく有罪。

 必要な費用も全部、あいつが受け持つことになって免許も剥奪されたから」

 

 不注意で赤信号を無視し人の命を軽んじた男が辿るべき当然の末路であった。

 しかしそんな朗報が耳に入っても返答が返ってくることは無かった。

 それでも女性は一縷の望みを信じ、手を優しく握る。

 

「早く目、覚ましなよ。父さんも母さんもルミもあんたの友達だってみんな待ってるんだからさ。

 ()

 

 獣人の向かう先 (終)

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