幻想の侵略者(3)
『む? あれは』
階層にしてビル五階相当。
崖を使った過酷な昇り降りとエッセンゼーレの妨害を突破し、私達は遠回りの合流を果たす事が出来た。
みんなに御造の戦いに支障を来たす怪我も疲労も無かったから一安心だけど招蘭さんの右腕の切り傷が気になったので、ウィンドノートに回復して貰いこれで準備万端となった。
「ご主人~ 無事でよかったぁ」
自分よりも強いのだから道中で倒れる事は有り得ないと確信しているのに雪菜さんは迷子で一時離れ、寂しい思いをした子供を慰めるよう清華さんに抱擁を与える。
「お、大袈裟です。雪菜。
私の実力は頻繁に近くで見る貴方の方が熟知しているでしょうに」
「全く恐ろしい白猫だ。
俺達が巨大な敵を結託して倒してる一方で一人で部屋を埋め尽くす形骸を捌くなんて形骸より化けもんじゃねーか」
簡単に抗える相手じゃないエッセンゼーレが部屋を埋め尽くす程いるとか想像するだけで地獄の様な状況なのに、それを涼しい顔で乗り切るとはさすが統主と言ったところ。
普段は冷静な四臣のみんなも自慢げにしている。
この階層にあるのは円形のエレベーターのみ。多分、御造が一時的な拠点にする際、気兼ねなく安全に活用する為にエッセンゼーレも仕掛けも取っ払っているんだろう。
エレベーターに乗り込むと古い仕掛けが侵食する錆を振り払いながらゆっくり拙く私達を下ろしていく。
設定された階はエレベーターを呼び寄せる最上階と崖登りだけでは絶対辿り着けない秘密の最下層のみ。
降下がゆっくりめで少し揺れたりと年月を感じて不安が残るけどエレベーターは問題無く御造達がいる場所を目指して行く。後は静かに戦いの時を待つだけだ。
ある者は戦いに向けて心身を平静に保ち。
ある者は無惨に蹂躙された獣人の無念を晴らす為。
ある者は共通の友人が遺した意思を背負って決意する。
御造 桃八とサファイアクイーンの打倒。
狭い室内には千差万別の面持ちが混在するけど内心は一つの決意で統一されている。
しばらくするとエレベーターが止まり、最下層の部屋が姿を表した。
エレベーターと同じ円形の部屋は多くの小型エレベーターと繋がっている倉庫の様な役割を担っている場所だったらしく奥には絶賛、療養中の御造とサファイアクイーンがいた。
室内に踏み入ると鋼鉄の内装とかけ離れたどこかの洞窟の光景が映し出される。
これは絶命間際の心情の経緯を辿り、詳細を解析するとプロジェクションマッピングみたいに死ぬ数秒前の光景を展開している特殊な技術みたいな物だ。
ウィンドノートが閑雅の里で記憶を共有する為に見せたあれと似ている。
現在進行形で起きてるように音も匂いも鮮明に再現された過去の内容は女の叫ぶ声と細かく弾ける火の音、その先には設置された爆弾があった。
『ナンデ、干渉、シテクルノ? 静カニ暮ラシタイ、ダケナノニ。
ヤメ、テ。ワタシノ居場所ヲ、壊サナイデ』
ひょっとしてサファイアクイーンの声?
なんだか無情に近付いてくる破壊の時間に対して怯えてるように聞こえるけど・・・・・・
「聞こえるか?
エッセンゼーレの過去の苦しみが
故郷を簒奪する人間に乞う必死の懇願が」
静かに語る御造はサファイアクイーンに寄り添っている。
サファイアクイーンの過去を見せつけてこの男は何を理解させたいんだろう。
「確かに辿々しく "助けて" っつってるけどそれがなんだっつーんだよ?」
響彌さんの困惑に御造はこう答えた。
「鉱石のエッセンゼーレの住処が盗掘によって粉砕されたように俺も畜生共によって大事な村も家族も親しくしてくれた村人も全て歴史の彼方へ消し去られた。
云わば同じ境遇だ。
共感したからこそ力を貸し合い畜生の撲滅を目指しているのだ」
なるほど、一応は義理の通った関係らしい。
御造は嫌な思い出を無理矢理落とすように天を仰ぐ。
「・・・・・・忘れもしない、死後も尚脳裏にこびり付いた不快な臭い。
祖母の家で拗らせた風邪を療養し帰郷した子供の頃の惨劇を想起させる酷い物。
それから俺の人生は畜生を打倒する鍛練に注いできたんだ」
御造の言葉の節々から鮮明に焼き付いている悲惨な過去を感じ取れる。
嵐の様に現れた飢えた肉食獣に純粋な子供時代を踏み躙られ憎悪に駆られるまま血の滲む日々を送ったんだろう。
御造の辿った過去は理解出来たがそれを知ったところで温情を与えられる程、私達だって優しくは無い。
「あんたらの動機なんかどうでもいい。
同情に値する背景があったとしても犯した罪はきっちり精算してもらう」
彩さんの意思を受け継いだ招蘭さんを皮切りに接近する私達。
果敢に向かってくる私達を前にしても御造はさっきまでと同じ大統領がスピーチする様な威風堂々たる態度を貫いていた。
「俺の行動が美徳とかけ離れているのは重々承知している。
だが全てを奪った畜生に同じ痛み、苦しみを返し村のみんなの無念を晴らせるならば俺は残虐な手段だって喜んで使う。それだけの事だ」
御造に共鳴したサファイアクイーンがスピニング・メデューズを呼び寄せた。その数は千を超えて御造達の下まで辿り着けない陣形で固めている。
大願を果たす為なら自分の手を汚す覚悟を相当決めてるみたいだけど、それは間違ってる。
自分を正当化する大義を掲げて殺生を繰り返したって充足感が満たされる事は絶対無い。
これ以上、繰り返したって彼に残るのは後悔と虚無だけだ。
一刻も早く加速する間違いを止めないと。
「北里様、ウィンドノート様、統主、緋袁。
小物は我々が処理します。貴方方は本体を叩く事に尽力を」
碧櫓さんが一時的な隙を大剣で切り拓いてくれた。
四臣に託された私達が接近すると刀を抜いた御造が跳躍して急降下する奇襲技 "天照" (本人がそう叫んでいた)で先制を仕掛けるけど勇ましく前に出た緋袁さんが片腕で弾いた。
「貴様らが想定よりも早く妨害を乗り越えたせいで、まだ本来の力を発揮出来ないが数十分もあれば充分捻り潰せる。
宿願の一歩の為、ここで貴様らを確実に滅ぼす」
蒼電を纏った御造の刀が間近に迫る。
切っ先が対象を捉えた間合いに入ると神々の名を冠する剣技で絶え間無く追い詰めていく。
「月詠」
静かな素早い二連の横薙ぎ。
「夜刀之暴食、鹿葦津」
急所を削ぐ怒涛の攻撃に続いて花が満点に咲き誇るような広範囲攻撃で背後のリスクにも対処した御造。
刀の振り方や少し鈍い速度からしてサファイアクイーン同様、疲弊しているのが嘘ではないと分かるけど、メデルセ鉱脈で戦った時と変わらない如何なる状況でも優位に立つ汎用性の実力は衰えておらずウィンドノートのアシストが無ければ避け切れなかった一撃も多かった。
剣の衝突の影響で少し距離が空く。
本来なら立て直せる時間なんだけど私に余裕を与えまいと御造は蒼電を飛ばさず爆速で詰め寄る。
「蒼電発破 八咫烏」
蒼電を滾らせ標的に向かって接近する一点集中の突進技。
私のアイシクルロードと良く似た性質の技は余波だけでも憎き動物の屈強な肉体を真正面から粉砕する威力があり、咄嗟にガードした剣を握る手には倍以上の痺れが伝導してくる。
違うのは威力だけでなく私が身に付けていない精密性もあった。
現在の私のアイシクルロードを一言で例えると猪突猛進であり突進中に細かい調整は効かないが御造の場合は状況に応じて突進を中断しつつ別の方向にも行けるしフェイントも準備出来るだろう。
突進系の技の特徴は属性のエネルギーを大量に武器に注ぎ一気に解放させることで武器自体が推進する。
バネの弾性エネルギーに置き換えて想像してみると原理が身近に感じるかもしれない。
武器に力を預けて強力な威力を期待している分、突進数秒前は干渉出来ない力が生まれ扱う者は振り落とされないよう必死にしがみつくしかないが、御造は持ち前の筋力で強引に操作しているのだ。
動物を圧倒する格差を求めていた奴は筋トレ方法だって常軌を逸してるはず。
それにこだわってるのは肉体だけでなく刀もそうだ。通常の刀よりも一回り小さい御造の得物は技の方向を切り替えやすいよう重量にも重きを置いているはず。
極限の肉体と振り回しやすい軽さを追求した刀。
この二つの要素が動物に断罪を与える異次元の能力を作り上げているんだ。
『どうする? 付け込める機転はありそうか?』
ウィンドノートが隣でぼそっと聞いてきたのでちょっと厳しいとだけ言っとく。
今のところ、対峙する御造に死角の二文字は存在しないからなぁ。
「戦いの最中で無駄話とは余裕だな」
気付けば御造の月詠が迫っていた。
最低限の動きで回避した後、流れる斬撃が続くけどウィンドノートとの協力もあってそれも問題無く防御した。
『すまん。喋り過ぎたな』
「大丈夫だよ。これくらい」
御造にとっては反吐が出る光景、ウィンドノートと並び立つ私を見て奴は刀を下ろさぬまま尋ねる。
「・・・・・・ 理解出来ない、人間と畜生は同じ動物であっても決して相容れるなど有り得ないというのに。
何故、貴様らは隣に並ぶ事が出来るのだ?
はぁ・・・・・・ さては少女よ。そいつを従わせてるのか!? であれば君の評価を改めなければ」
人間と動物は相容れない? 従わせている?
見当違いにも程があるが御造の場合は可哀想と言える。
子供の頃に見た動物の凶暴な一面が脳裏に焼き付いてるせいで他の一面を知る機会に恵まれなかったのだから。
『くだらんことを抜かすな。
俺はキタザトに屈服されて付従してるのではない。彼女に ”信頼と期待” を寄せたからこそ自らの意思で共に戦っている。
それだけでは行動を共にする理由には足らないか?』
ウィンドノートの真っすぐな返答を御造は嘲笑する。
けどその態度には動揺が隠れていた。
「ふ、ははは。異種族に信頼と期待だと?
口から煩わしい鳴き声しか発せられない畜生が仁義を語るか。
信じる物か、そんな馬鹿げた夢物語。自分勝手な畜生が人と歩み寄るなど」
「おかしい話じゃないでしょ?
愛着を持って接すればどんな子も懐くんですから」
すっかり御造の畜生罵りに怒りが湧かなくなったからか自然と言い返していた。
「認める物か。畜生は敵なんだ。腹を空かしただけで村を襲う道徳の無い奴らなんだ。
畜生の本心を汲み取れる筈など無い。それは人間に拡大解釈された偽造の気持ちだ。分かり合うことなど出来やしないんだ」
刀の蒼電が一層強くなり御造が大技を放つ準備を整えた。
私達との対話で示唆された動物との共存を上回る力で否定しようと早めに決着を付けるつもりだ。
「二度と幻想を語れぬよう一瞬で灰に還してやろう。
万雷焦滅、鳴神」
落雷の化身と成った刀が迅速で飛び込んでくる。
御造の超越した体捌きと合わさればその威力はどんな肉体であってもあっという間に黒く変わるだろう。
でも奴は初めて焦りを見せた。今なら冷静に自分の立場を客観視することは出来ないだろう。
私はグレールエッジで御造の軌道を僅かにずらすと無防備になった空間に凍傷を刻んだ。
「唸れ、氷傷。 ”シャープネスバイト”」
御造の霊体を蝕んだ霜は細かな痛みを徐々に強めていき、暫く立てないほどのダメージを与える。
追撃せずとも御造に戦闘を続ける気力が残ってないのは一目瞭然。
後は後方に控えるサファイアクイーンだけだ。
幻想の侵略者(3) (終)