幻想の侵略者(2)
緊急事態を知らせるサイレンが稼働し続ける製造工程の部屋を行く清華達の間は重苦しい沈黙が支配していた。
栄遠の銀峰の上位に立つ統主と四臣所属の二人、暴雨の囚獄を統べる元英雄の実力であれば絶体絶命の危機に囲まれてない限り、戦いの最中に軽口を叩きあうくらいの余裕が生まれるはずなのに道中でも言葉を用いた会話は無く、互いに内に溜め込んだ鬱憤を目の前の形骸で発散している。
「なー、なんでみんな黙って・・・・・・」
沈黙に耐えきれなくなった響彌の純粋な質問は継続される固い沈黙で遮られた。
完全に静か過ぎる環境を嫌う響彌にとってこれほど気まずい事は無い。
北里の活躍で即席の協力を結べる程度に敵対関係は薄められたものの過去の因縁は浄化されずに深く響彌以外の当人達の心に渦巻いていた。
緋袁の残虐な事件をきっかけに徐々に親交を繋ぎ、受け入れる準備を進めていた人間から獣人という枠組みごと拒絶されてしまった清華。
再び手にした故郷の為に起こした防衛を功績と認めて貰えなかったうえ、英雄の称号を剥奪され全てを失った緋袁。
同情し助力を申し出ようと街を飛び出す大胆な行動を取った友人を突き動かす原因となった緋袁を許せない招蘭。
妥協を譲り合わない対立は形骸との戦闘でも支障を来たし最低限の配慮をも拒んだ結果、戦闘が終了する度、攻撃の巻き添えに対する責任を追及し合っている。
「ちょっと緋袁!!
あんた、攻撃が大振り過ぎてこっちに当たりそうになんのよ、もう少し範囲をコントロール出来ないの!?」
「あぁ!?
手加減なんざしてたら一発で倒せねぇんだから、余計に時間食って俺らが不利になんだろ!?
そもそも俺は手加減が出来るほど器用じゃねぇ!!」
二人の間を流れる空気感はさながら僅かな火で惨事を起こしかねない火薬庫。
起因は緋袁の棍棒。勢いを付ける為、大振りな動作を振るう必要がある緋袁は遠慮せず空間を堂々と使用する。
昔、共に戦っていた清華は遠隔でのサポートが中心だったので戦闘中もあまり動かず緋袁の間合いも完全に把握していた為、彼の邪魔になる事は一切無かったが四臣になってからの日が浅い招蘭は違う。
友人を奪われた嫉妬を抱え、見聞きしていた情報を参考にした程度で共闘に適応出来る程、緋袁のスペックは低くない。
加えて招蘭の扇はリーチ、投擲性能、威力が緋袁の棍棒よりも明確に劣っている。
強力な攻撃を叩き込む為に誰よりも前衛に立ち敵に接近したりブーメランの様に投げてもその場所は緋袁が振るう棍棒の範囲の為、毎回巻き添えを喰らいそうになり調和の取れない囚人がと招蘭が怒る悪循環が戦いの後に毎回起こってしまう。
「招蘭、歩幅を揃えるべきは貴方です。
大雑把な緋袁に強要させるよりも柔軟に動ける貴方が合わせた方が合理的でしょう?」
何故、徹底的に規則を再興させなければならない囚人に自由が許されるのか納得いかないと不満げな招蘭。
不貞腐れる彼女を軽く窘め早く北里との合流を果たすべく、落ち着いた敵襲の波を掻い潜った一行は地図で獲得した情報を頼りに細長い製造部屋に到着した。
見渡す限りに連なる数々の機械と眠りにつくベルトコンベア地帯。
かつては売り出す商品を大量に生産する為のフロアである事が容易に推測出来るが、形骸の気配も感じられないこの部屋は何故か何者かに殺気を向けられているかの様な緊迫感に満ちている。
「この部屋、異様な雰囲気に満ちておりますね・・・・・・
皆、警戒は怠らないように」
「それくらい言わなくても分かんだろ?
てめぇんとこの部下は忠告しねぇと勘を鋭くさせねぇのか?」
国の上に立つ獣人に相応しくない緩さを遠回しで指摘する緋袁に再び睨みを向ける招蘭。
秩序から離れた囚人に見下されるなど我慢ならないが物申す前に響彌の脳天気な確認が招蘭を躊躇させた。
「かーちゃん。ここのボタン押さねーと進めないみたいだぞ?」
「確かに先を進むにはそのボタン開閉式のドアしかなさそうですね。
敵の罠としか思えませんが、飛び込むしかありませんね」
如何なる困難にも対処出来るよう準備を終えた後、響彌がボタンを深く押した。
しかし固めた警戒を嘲笑うかのようにボタンを押した後の変化は扉が自動で静かに開いただけだった。
清華達が勘づいた敵意は杞憂だったのだろうか。
不完全燃焼の疑心を抱えたまま一行が扉を潜る時だった。
冷徹な視線を察知したのち突如、部屋の全ての設備が起動する。
こうなった以上、エッセンゼーレがどこから奇襲して来てもおかしくない。
「 "ヤヒサの枝よ。我らに守護を" 」
不測の事態に備えて既に植えていた植物を呼び寄せようと清華が杖を地に叩いた時だった。
巨大なファンが放った抗い難い風圧は清華だけを狙い撃ち、詠唱を中断させるだけでなく扉の向こうに連行し部屋に残っていたメンバーと分断された。
「かーちゃん!! くそっ、ボタン反応しねーんだけど!!」
「ちっ、かなり頑丈な鉱石で造られてやがる。
坊主の拳でも俺の力を持ってしても強引な破壊は無理だな」
事態の悪化はまだ止まらない。
稼働停止を装っていた機械の一部から飛び出た雨傘サイズのドリルが完全に機能が停止したドアに注視する彼らの頭上で唸る。
急いで察知した緋袁の端的な呼びかけとドリルを繋ぐ鋼鉄のチューブを切り落とした招蘭の機転により先手を阻止する事は出来たが擬態を解いて現れた敵が厄介極まりない相手だった。
三人を無表情かつ高圧的に見下ろす形骸はサメノキ地方で未知数のサファイアクイーンよりも最も危険と伝えられてきた "荒ぶり穿つキラーネック" 。
長らく実在の確証も取れなかった存在なのだが、まさか連携もまともに発動出来ない最悪な三人の前に出現するとは誰もが思っていなかった。
二階建ての建物に相当する巨大な機械の形骸から滑らかに飛び出た九本のドリルはヒュドラーの頭を彷彿させる様にそれぞれが自由意思を持ち、多方向から獲物と認定した三人を破壊し尽くそうと出力を全開にしている。
一行は理解した。
暗く閉ざされたこの部屋に満ちたただならぬ視線の正体は荒ぶり穿つキラーネックがこの場で排除すべき強者を選別する為の行為。
そしてこの部屋は上の階を目指す構造上、絶対に通る必要があることも考慮すれば交戦を避けるべき形骸が住み着いていたのは偶然では無く宝石の形骸で追い払わせた御造の手配により確実に戦力を削ぐ為の策であるという事も。
「来る気!? 上等!! 帰集回旋!!」
「待て、奴の首を無闇に切断すんな!!」
緋袁の制止も虚しく招蘭が生み出した輪廻の渦中にいるかの如く逆巻く竜巻が攻撃を仕掛けた更なる首の一本を切った事で早速、荒ぶり穿つキラーネックを強者たらしめる要因の一つが披露される。
本体である下の機械には自身を討伐した英雄ヘラクレスに対する復讐心にも劣らぬ負の感情が無尽蔵に募っており、それを凝縮させる事でヒュドラーの伝説の様に招蘭が切り落としたチューブから二本のドリルが形成される。
無闇に首を切り落とせば不利になっていくのは対峙する者だ。
「良いかてめぇら? 鋼鉄の首が出てる箱を叩き込め。極力、チューブには攻撃すんな。
でなけりゃガトリングガンより激しい攻撃を避け続ける羽目になるぜ」
「この足場でかぁ〜!? 流石に無理って!!」
荒ぶり穿つキラーネックが目覚め全ての設備に電力が張り巡らされた事で足下のベルトコンベアも稼働を始めている。
絶えず動き続ける足場に抗いつつ降り注ぐ素早い攻撃を避けて本体の機械まで接近するなど至難の業。
清華がいれば植物を従属させ、ドリルの頭を倒さずに拘束出来るが強制的に解離させられた現状では行使出来ない手段である。
狡猾な罠を仕掛けた御造はそこも計算して彼女を除外したのかもしれない。
回転を開始したドリルの頭が寸分の切れ間も与えずに降り注ぎ、三人の動きを惑わすベルトコンベアを壊さない精密な塩梅で床を抉っていく。
体を燃焼させるかの如く苛烈に蝕むヒュドラーの猛毒のような蒼電を活用した怒涛の攻撃は三人に武器を用いた防御を余儀なくさせた。
「おい、緋袁!!
これじゃぼーせん一方じゃねぇか!! どうやってあのガラクタ蛇のとこまで接近すんだ!?」
「今必死に考えてんだろーが!!
お前もねぇ頭絞って考えろ!!」
御造の援助を受け、半ば暴走する荒ぶり穿つキラーネックに疲労が蓄積することは無い。
このまま起死回生の策が思い付かなければ三人が圧倒的手数の多さに潰れるのも時間の問題だ。
「だったらあたしが行く」
「お、おい。考え無しに突っ込む」
緋袁の制止も虚しくドリルに触れないよう器用にチューブを踏み抜き、荒ぶり穿つキラーネックと繋がる機械の下まで接近した招蘭。
多くの首が跳躍した彼女の追跡に労力を割いた為に生まれた扇を打ち込める道筋を視界に捉え鋭く投げ付けた。
「華風麗閃、マハラピャティス」
威力だけでなく魅せる事にも重きを置いた華美な風を纏わせた一撃。
機械に致命傷を負わせるはずだった招蘭の投擲は吸い込まれるように戻った首の一本が身を呈した事で威力が半減し虚しく終わるどころか荒ぶり穿つキラーネックの首を増やして更なる危機に深めただけだった。
この恐るべき俊敏性も荒ぶり穿つキラーネックの脅威を底上げする要素の一つ。
生物の熱源を探知、最先端の演算によって対抗者の次の動きをシミュレーションし数秒先の未来を擬似的に予知。それを阻止出来る機能性を併せ持つ荒ぶり穿つキラーネックは本体の機械部分に関してはほぼ無敵と言っても過言では無い。
この形骸にダメージを与える為に重要なポイントとなるのは九つの首を殺さずに無力化させ機械の命令を遂行する手足を無くす事である。
「何先走ってやがんだ、孔雀!!
異次元の反射神経を持ってるのは寸分も狂ってねぇこの連撃で分かんだろうが!!
おかげで奴の脅威が上昇しちまったよ!!」
「はぁ? せめてもの活路を開こうとやったのにそんな言い草ある!?
元英雄様だかなんだか知らないけど人の尊厳を踏み躙ってる囚人に威張って怒る権利がどこにあんの!?」
「雑魚を相手してるんじゃねぇんだぞ!!
死にたくなけりゃそういう因果は今は忘却しろ!!」
「忘却しろって?
呆れた。常識が欠落した囚人はそんな物言いしか出来ないんだ」
二人の口論は油を注いだ火の様に衰える気配は無い。
丈夫な紐の代わりになるような物も北里の剣が得意とする冷気での凍結による単独での拘束も不可能な以上、首の無力化には三人の結託が必須。
しかし招蘭が忌み嫌う囚人に属する緋袁に対して強情な態度を示す間は絶対に実現しないだろう。
緋袁は文句を甘受しつつも方針を変え、比較的従順な響彌を活用するか最悪、一人でも荒ぶり穿つキラーネックを倒す作戦を考え続ける。
互いの首を固結びした紐の様に絡ませ動きを封じるか?
しかし知能の少ない形骸でありながら機械と同等の高性能を持つ強力な個体がそんなつまらない失態に陥るとは思えない。
手っ取り早くショートさせるにしても引き起こす原因の埃と水もこの部屋には一切存在しない。
秘匿の鉱柱を形成した心情の中に潔癖志向か工場の手入れが面倒くさいからずっと清潔なまま保てば良いのにと願った思いが入っているのだろう。
「緋袁、これ以上耐久してたら部屋自体もたねぇぞ」
軽く接触するだけで硬質すらも抉るドリルの先端を避けて拳で弾く響彌の警告を受け、部屋を見れば並んでいた機械は半壊、壁やベルトコンベアを敷いていた床も三人が避け続けた弊害で地表が剥き出ている。
長くは保てない部屋の中を観察した緋袁はある物に目を付け、敵を倒す為の奇策に至ると確信した。
それは壊れた機械から噴き出ている火災。
火の大きさから秘匿の鉱柱全域を焼き尽くす程には成長しないだろうが作戦で使うには充分な大きさである。
しかし実現させるには大多数の首から注目を集め、緋袁よりも速く動ける意地っ張りな招蘭を説得し彼女に協力して貰う必要がある。
「孔雀、耳を傾ける余裕は」
緋袁が様子を見ると招蘭は掠った右腕を抑えた疲労困憊の状態で柱の影に身を潜めていた。
時間にして十五分間、休まずに十二本の首を相手に扇動していたのだ。余力も多くは残っていないだろう。
「・・・・・・なに? あんたの助けなんか必要ないんだけど」
途切れ途切れの息を交えながらも招蘭は未だ強がる。
「おい、招蘭」
響彌が宥めようとするが緋袁は無言で気にするなと体現した。
「違ぇよ。栄遠の銀峰の四臣として民を護るお前にしか出来ない仕事を頼みたいんだ」
「・・・・・・囚人の分際で頼み事をするなんて図々しいにも程があるでしょ」
「お前なぁ。今、意地張ってる場合じゃねぇだろ?」
「意地? それはあんたが自分の過ちを再認識していないから言える言葉。
あたしが怒ってるのは彩だけじゃない。統主に対してもなの。
暴雨の囚獄に送られたあんたは知らないでしょうけど、あんたが犯した大罪のせいで統主はずっと尻拭いをし続けて来たんだよ。五年間も!! ずっと!!」
招蘭の口から語られた人知れぬ清華の苦労。
殺された鉱夫達の遺族に誠心誠意の謝罪をするも激しいバッシングを受けた事。
信頼されていた多くの人間側から援助を打ち切られ、一時期は国として維持する事が難しかった事。
あまりにも多過ぎる後処理に追われたせいで不眠不休を幾つか強いられ僅かな休息の時を確保しても緋袁が起こした事件の凄惨な光景を思い出し眠れない夜を過ごした清華は日に日に体調を悪化させ、寝たきりにもなったという。
その窮地を救ったのはかつて栄遠の銀峰の設立を手伝ってくれたUNdeadの桐葉であった。
だからこそ彼女は多大な恩を返せるようにと人間との隔離を選択してもUNdeadの社員だけには信頼を見せているのである。
全て聞き終わった緋袁は反論せず何か思うところがあるのかただ静かに考えていた。
「これで理解したでしょ?
あんたが良かれと思ってやった行いが却って大事な人を苦しめてるって。
自分の大罪と向き合うつもりの無い奴と手を組むなんてあたしはごめんだから」
「いつまでカッカしてやがんだ招蘭!!」
毅然とした態度を崩さない招蘭に響彌が痺れを切らして叫んだ。
「お前もかーちゃんを支える四臣ならいつまでも個人の感情を優先してる場合じゃねーだろーが!!
それともなんだ!? ここで死にたいのか!?
罪を問い質すのなんてちょっと我慢して協力してあいつぶっ倒せばすぐにでもゆっくり出来んだろ!?
後、かーちゃんが過労で倒れた原因を緋袁にばっか押し付けんなって。俺達が手伝い申し出たって自分で責任果たさないとって頑なに断られたんだし」
最もな言い分である。
生死がかかっている戦いの最中で勝手な嫌悪感を理由に自分の力だけでは勝てない敵を共闘で倒す提案を拒否するなど、ここで断念すると宣言しているような物。
囚人と手を組む妥協はどうにも捨て切る事は出来そうに無いがここで倒れれば北里達との合流も清華の後を追う事も出来ない。
招蘭はひたすらに心を殺して尋ねる。
「・・・・・・で、何すればいいの」
「もう少しだけ首共を引き付けてあの炎の中を通った瞬間に奴のチューブを斬ってくれ」
「本気で言ってんの?」
招蘭が躊躇を見せたのは清華に苦労を背負わせ友人を引き込み死なせた囚人から命令されたからでは無い。
強いられたその内容が誰にとっても困難な部類に分けられる苦行だったからだ。
火の中に飛び込めと詳細に指示するのは首が追跡する際の特徴であるターゲットの進路を後先考えずにそのまま進む性質を利用しているからだろう。
だからといって最初に火の扱いを覚えた人間にとっても自殺に近い行動を取れと言われては躊躇うのも仕方ない。
しかし緋袁は僅かばかりの信頼を表す。
「・・・・・・孔雀!!
お前が誇り高い四臣の一人として民を、かけがえのないたった一人の友に向けてあの街を護りたいって言うならその覚悟を示して欲しい。
謝罪は後で幾らでもする。だから今は、一瞬だけでいいから俺を信頼してくれ」
招蘭は囚人への憎悪で忘れかけていた本分を思い出した。
招蘭は暴雨の囚獄に行った友人の彩を再び引き戻せる強さを手に入れる為、四臣になったが彼女の中にも栄遠の銀峰を護りたい信念は存在する。
緋袁に敵対の目を向けるのはいつでも出来る。だが的外れな大義で罪の無い獣人を殺し回る御造と呼ばれた人間は囚人よりも危険。迅速に止めなければ犠牲は更に増える。
ならば重大な危機を止める為、今は憎い囚人の一角と協力するべきであろう。
「招蘭。多分、かーちゃんもずっと待ってるだろうしここは折れとこうぜ?」
やるべき事に整理が付いた招蘭は大きな溜め息と同時に疲れを吐き出した。
「やりゃ良いんでしょ。もう少しだけ踏ん張るから首斬った後は任せる」
彼女の決意と同時に熱源探知で招蘭を掘り当てた荒ぶり穿つキラーネックの一部の首達が上層から見下ろす。
素早く飛び出た招蘭は首達に炎が目的である事を悟らせない遠回りで撹乱しドリルの洪水から逃げて行く。
いよいよ炎の中に飛び込む時、招蘭の足は少し減速するが再び強く蹴り攻撃だけでなく自身を浮遊させ高速での移動の補助も出来る帰集回旋を纏わせ更に速度を高める。
「これくらい越えてやるっての!!」
身を蝕む高温に包まれ皮膚のひりつきを乗り越えてもまだ安心は出来ない。
交差した腕を解除した招蘭が振り向くと荒ぶり穿つキラーネックの首は招蘭が通った道順に従って炎の中を横断する。
チューブが炎に炙られる瞬間を逃さず扇で斬り離すと荒ぶり穿つキラーネックが苦しみ始め、持ち味の再生も起こらない。
荒ぶり穿つキラーネックの再生は本体に貯蓄された負の感情をチューブに流し調節する事で行う。
なので水が流れるホースを途中で強く握れば放出出来ない様に壊れた機械から噴き出る炎でチューブ内部を焼失させれば負の感情が堰き止められ再生も出来ず、抱えたエネルギーの膨張に苦しむ事になると考えた緋袁の推測は的中した。
これで機動可能な首は四本。
緋袁と響彌にかかれば充分、本体の機械を叩ける隙間が生まれ、共に叩き込んだ攻撃は荒ぶり穿つキラーネックの本体に致命傷を与えた。
現存する首は項垂れもう稼働する事は出来ない。彼らは勝利を掴んだのである。
「・・・・・・すまん。お前達の主の苦労もお前の友を死なす原因を作ったのも俺の浅はかな愚行のせいだ」
頭を深く下げる緋袁に招蘭は釘を刺すように言った。
「まぁ、二人に関しては当人の意思もある訳だし緋袁ばっかり攻めるのはもうやめる。
でも、人を殺したあんたの事はまだ許してない」
「それで頼む。俺が齎した罪をずっと覚えてられるようにな」
幻想の侵略者(2) (終)