幻想の侵略者(1)
御造達が逃げた西の方へ急ぐと鉄と融合した断崖絶壁が聳え立った。
地形は似てるけど光と雨に溢れていた暴雨の囚獄の天国みたいな周辺環境と違う地獄を体現した様な雷鳴に覆われた山の一角は巨大な工場、或いは軍事目的で活用される秘密基地って感じの近寄り難い厳つさを持っていながら自然と同化するように巧妙に隠されていた。
"秘匿の鉱柱" と名付けられたこの洞窟住居みたいな天然の岩山は碧櫓さんの遠征調査によって最近、存在を承認された未開の地で調査があまり進展してないけど唯一、分かっているのは迷宮のように入り組んだ異質な構造と内外問わずエッセンゼーレで溢れかえっている自然領域らしい危険な場所だって事だけだった。
『この雰囲気・・・・・・ 覚えがあるな』
鉄塊から吹き出る緊迫した空気に当てられてピリピリした殺気を見せるウィンドノート。
彼にここまで険悪な表情を引き出させる雰囲気ってなんだろう? 興味も交えて聞いてみる。
「覚えがあるって、似た物を感じた事あるの?」
『戦場だ。
あの岩壁は互いが憎み合い息の根を止めるまで醜く争う忌むべき行為を促す恐ろしき場と同じ空気で充満している』
おぉっ・・・・・・
思ったより重いのが来たな。
秘匿の鉱柱がやるかやられるかの危険な死地になってるのは軍人の御造が敵国に向けていた殺気が介入してるからかな。
てかウィンドノートは犬なのに戦場を経験してるって壮絶な生前だったのか。
数秒、漆黒の塊を眺めてると緋袁さんが発破をかける。
「どれだけ緊迫と過酷で溢れてようが構わねぇ。
俺達は大事な故郷を守る為にここまで来たんだ。
今更怖気づいた奴なんてここにはいないだろ?」
否定する人なんてこの場にはいなかった。
みんな、御造が獣人に齎した報いを払わせる為、大事な故郷を守る為にここまで戦意を滾らせて来たんだ。
岩壁の中で何が待ち受けているのかは分からないけど立ち止まってはいられない。
絶対に御造を許せない僅かな正義感を竦んだ足を動かす原動力に変えて、暴雨の囚獄に向かう時にすっかり慣れた崖登りで着いた高所の入口から張り詰めた暗闇を暫く進むと緑の蛍光灯が狭い空洞の一部を照らし出す。
岩壁はがらんどうな筈なのに未だ機械が稼働し続けてる轟音が耳を刺激する無機質な鋼鉄の部屋、鉱石に侵食された通路、雷が降り注ぐ崖の三つの要素が複雑に入り組んだ内外を行き来する構造になってて少し進んだ調査の報告通り侵入者を惑わせる厄介な造りになっていた。
内外問わず襲いかかる物質型と幻獣型のエッセンゼーレ達を対処しながら制御室らしき少し広い部屋に突入しかけた時、忙しく製造を進めてる代償に付随する公害の様な障害が否応無しに顔を変形させる。
「にしても気分わりぃ空間だな~
変な臭いもするし」
「音だけでは無い。
血や腐敗の進んだ死体と違う人工の臭いも否応無しに私達、獣人の防衛本能を発動させる。
人間はこのような臭気に満ちた場所で生活出来るのか?」
「金属や薬品、ゴムといった臭いが多くあるのはこの工場のように物を作る場所だけです。
このような臭いが外にまで散布すれば人間にも健康被害が出ますから」
猫耳を畳んで轟音を遮断しようする響彌さん。
工業関係で発生する独特の臭いに顔をしかめる碧櫓さん。
怯む姿を見せない為、 "心頭滅却すれば火もまた涼し" って感じに我慢を続ける清華さん。
人間の私ですら我慢は出来ても決して心地良いとは言えない環境は聴覚も嗅覚も人間より敏感な獣人の皆さんの前進する気概を着実に削り取り、御造達が潜む階層に辿り着くまでの時間稼ぎとしてこれ以上無い役割を果たしている。
実質的に聴覚と嗅覚を封じられてる以上、エッセンゼーレとの戦闘は気配や勘といった音や匂いに縛られない情報を活用しないと。
そう決意して暗闇と張り巡らされた電気で見えない底を架ける鉄橋を渡った時だった。
『全員、今すぐ橋から離れろ!!』
ウィンドノートが緊迫した声を上げた理由は突然、天井の一部を切り取った様な巨大な欠片が落下したからだった。
落下した破片は鉄橋の中心を有り得ない力で分断し先行していた私達と碧櫓さんと白波さんと雪菜さん。後ろを歩いていた清華さん、響彌さん、招蘭さん、緋袁さんを離別させてしまった。
「統主!! ご無事ですか!?」
碧櫓さんが荒げて向こう側にいる清華さんを心配するけどウィンドノートの神通力によって迅速に避難出来たので幸い、全員無事だ。
「もー、なんでこういう時に限って落ちてくんだよ。
この自然領域、相当古いのか?」
文句を言う響彌さんをウィンドノートが否定した。
『これは老朽による偶然ではなく彼の形骸が施した妨害だ。
どうやら俺達の侵入を勘付かれたらしい』
なるほど、あっちも迎撃体制に入ったって事だね。
これからの探索は施設内部を使った妨害もエッセンゼーレの扇動も頻繁に出てきそうだし一層、警戒しないと。
「ねぇ、どうやって合流する?
橋が真っ二つに垂れ下がって使い物にならなくなったけど」
元々、耐久面に不安があったのに作為的に破壊された事で力無くぶら下がるだけの鉄橋だった物を眺めながら次の行動に悩む招蘭さん。
秘匿の鉱柱の構造を思い出し打開策を提案したのは緋袁さんだった。
「内部は無理になったが外を経由すれば上の階で合流出来る筈だ」
鉱石の洞窟みたいな通路と外の崖を使うなら大変な崖登りも沢山のエッセンゼーレも待ち構える厳しい長距離になるけど選ばれた精鋭である私達なら難なく乗り越えられる。
緋袁さんの激励に同意した私達は再会を約束して先を急いだ。
紫水晶が一面に広がる通路で雪菜さんが嬉しそうに昔話を持ち出す。
「にしても久しぶりじゃない? 碧櫓君と白波ちゃんと一緒に仕事するなんて〜」
「そうですね。
四臣に就いたばかりの頃は雪菜様の下で研鑽を積みましたが、その期間も修了してからは兵を率いる単独の仕事が中心で共同で行動する事は稀有ですからね」
四臣や清華さんの側近である雪菜さんは一人で無数の軍隊に匹敵する力を秘めてる指揮官以上の重要な役割だって言ってたし、各地で起きる国家規模の業務を効率良く片付ける為に一緒に仕事する事なんてそうそう無いよね。
敵の本拠地にいてもポジティブな考えを真っ先に思い付けるのは他人と一緒に行動した方が本来の力を発揮しやすい雪菜さんなりの景気付けや余裕である。
『疑問なのだが四臣のメンバーはどのようにして決めているんだ?
統主と同じく栄遠の銀峰の命運を背負う生半可では無い役職である以上、選考も厳しいとは思うが』
「UNdeadみたいに素質がある人をスカウトする事もあるけど、一般兵士から志願者を募って面接や戦闘実技なんかの試験もするよ〜
純粋に国の役に立ちたい碧櫓君とか友達との再会を願った招蘭ちゃんとかは試験を通過した人で、白波ちゃんと響彌君はご主人自らがスカウトしたんだ〜」
「入隊したばかりで右も左も認識出来なかった私がここにいるのはお前が指南してくれたからだ。感謝している」
「何言ってんのさ〜
私は必要最低限を教えただけで後は碧櫓君の頑張りだよ〜」
それから雪菜さんは四臣に就いてからの一年間も教えてくれた。
雪菜さんや特別講師の指導によって必要な知識と合格当時より遥かに屈強な実力を身に付けたら後は雪菜さんと一緒に実地に赴き、ひたすら苛烈な現場を反復させる。
こうしてふるいにかけて国民の命を預けるに値すると判断された人が今の四臣。なんだかある程度成長した子供を突き放す野生動物の育成方針に似てるなぁ。
四臣の過酷な実態も知れて通路を進む途中で碧櫓さんが止まらない歩みを牽制した。
充分に得物を振るえない狭い通路には両目の小型ライトを光らせた三体の "オオカミ型地上駆動機" がサファイアクイーンの命令を受けて巡回を強めている。
こいつは秘匿の鉱柱内で警備員みたいに多く徘徊してるエッセンゼーレでモデルになった狼らしく俊敏な動きが厄介な相手だ。
生物を凌駕した脚力で接近し鋼の牙で霊体を粉砕しようとするし背中部分に搭載された光線銃も撃ってくるしで単体なら簡単に対処出来るものの複数に増えると四方八方から攻撃が高速で飛び交って面倒臭い。
ちょっと億劫に影に隠れてると白波さんがお願いしてくる。
「私に一任して戴けますか?
出来るだけ手早く済ませられる策を思い付きました」
「御造を追い詰めるまであまり消耗したくない。
お前自身の力の調整は出来るか?」
勿論ですと碧櫓さんの前で刀を構えた白波さんは理想に近い刀の振り方を実現させる為、目を閉じて集中力を高める。
「呑め、刀の切っ先。 "純白波浪" 」
狙う先は天井に生成された巨大な紫水晶。
ほんの一瞬、刀を抜いて鞘にしまう所しか見えなかった端正な動作の後、水の斬撃の渦は紫水晶を滴り落とし凄まじい音を立てながらオオカミ型地上駆動機達と衝突した。
オオカミ型地上駆動機は頭上に強烈な衝撃を与えると視覚代用で使う小型ライトを一時的に無力化出来る。
広い視野が消灯し立ち呆ける間に仕留められれば俊敏な動きも封じられるし、こいつのもう一つの特性であるサイレンでの援軍招集もされない。
機能が復旧する前に急いで攻撃を仕掛け、まずは一体撃破。
他の皆さんも大振りな攻撃を使わずに手際良くオオカミ型地上駆動機を倒し、ほぼ万全の状態で戦いを終えようとした時だった。
私が戦士の直感を信じて振り向きざまに剣で防御すると別のオオカミ型地上駆動機が喉元を食いちぎろうと迫っていた。
「あっぶな!!」
壁の穴や高台からもオオカミ型地上駆動機が続々と現れモデルになった狼と変わらない規律正しい群れが形成されていく。
どうやら個体の内の一匹が虚しい影に還る前に通信で仲間を集めていたらしい。集まってるのは大した事ない雑魚とは言え、この数は少しだけ力を解放しないと逆に時間がかかって消耗してしまう。
相手は私の隙を隈なく潰そうと一斉に襲いかかって来る構えを取っている。
だったら一気に多数にダメージを与えつつ体力の消耗も抑えやすいカウンター技で行くか。緋袁さんの時にようやく完成した技なんだし、今の内に反復練習して無意識に発動出来るようにしとかなきゃ。
オオカミ型地上駆動機の群れが飛び込んで来た。
動きを見切れなければ飛び交う弾丸の様に一瞬で命を奪う素早い連携だけど、これまでの道中でこいつらの動きは予習済み。
奴らの動きが重なるタイミングとまとめて攻撃をいなせる方向を計算し、空いた隙にすかさず攻撃を打ち込む。
「唸れ、氷傷。 "シャープネス・バイト"」
獲物の身も心も食いちぎった確信を持ってたであろうオオカミ型地上駆動機達は一斉に機械内部に入った低温に苦しんでいく。
何故、攻撃を受けたのか知性の無い偽物の頭で考えても思い付く事は無く、霜に覆われた胴長の鋼鉄体はそのまま機能が損壊し影へと還っていった。
私の分が終わったタイミングで他の皆さんも丁度、エッセンゼーレの群れを討伐し終えていてこの場の掃討は最低限の消耗だけで切り抜く事が出来た。
「みんなお疲れ〜 怪我は無い?」
真剣な軍人の面持ちから開放された雪菜さんの質問に無事だと答えたところで、白波さんがこの先の道程を憂う。
「心做しか警備の厳重度も上昇しましたね。
形骸の凶暴性も数も更に増しているようですし」
「それだけこの自然領域の核心に近付いたと考えて良いはずだ。
皆、くれぐれも油断せぬよう気を引き締めてくれ」
そういえば清華さん達は大丈夫かな。
エッセンゼーレに負ける事は無いと思うけどギスギスしてないかが唯一の懸念点だからなぁ。
幻想の侵略者(1) (終)