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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
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雷霆切り裂く狼煙(1)

 御造の過度なサメノキ地方の蹂躙を見過ごせなくなった緋袁さんと手を組み、四臣と暴雨の囚獄の統率者との一時的な共闘が実現した。

 ようやく叶った桁違いの戦力の加入と何よりかつての友と再び一緒に戦える事に不変な表情を保つ清華さんも僅かばかり嬉しそうだった。

 

「感謝します、緋袁」

 

「・・・・・・あんだ? 珍しくニヤニヤしやがって」

 

「失礼、表情が崩れていましたか?」

 

「責めた訳じゃねぇよ。

 お前がほんの少しでも口元を緩めるところは栄遠の銀峰にいた時も見てなかったからよ。

 ずっと無表情ばっか見せてたらマジで人寄り付かねぇぞ?」

 

「別に問題ありませーん。

 ご主人には雪菜達がいれば充分なんだよ〜」

 

「・・・・・・お前、こんな気の緩んだ部下、近くに置いて大丈夫か?」

 

「誰の気が緩んでるだー!?!?」

 

「普段は抜けてるところが多いですが実力は折り紙付きですよ。

 ですのであまり揶揄わないように」

 

 清華さんにとっては息抜きの会話を楽しむ中、彩さんを殺されてじっとしていられない招蘭さんは追跡を急ぎたい身体を止められて注意を受けている。

 

「招蘭、今あいつを追ってもお前の親友と同じ結果になるだけだ」

 

「で、でも今追わなきゃまたどこかで甚大な破壊が生まれるのに・・・・・・」

 

「招蘭様もご覧になったはずです。

 貴方様が投擲した扇を片手でいなした彼の者自体の実力も従わせた兵器の恐ろしさも。

 無策で挑めば返り討ちと成るだけでございます」

 

 真っ当な正論を並べられても次にいつ遭遇するか分からない仇がそう遠くない場所にいるのに準備が整ってないから見逃せなんて警告、聞き入れ難いのは共感出来る。そんな気持ちを否定せず鎮めたのは緋袁さんだった。

 

「そいつらの言うこと大人しく聞いとけ。

 好機を逃さず勇敢に諸悪を絶とうとするは立派だが、対策も無しに突っ込むのは阿呆のする事だ。

 サメノキ地方の治安を維持する為に常に冷静を意識しなきゃならない四臣(俺の後釜)らしくも無いな」

 

 被害を増やさない為に必要な御造の動向を予測出来るという緋袁さんは勝負に参加させ暴れた代価を清算する機会は必ず訪れると戦意満々の招蘭さんを落ち着かせた彼はある場所に案内してくれた。

 山中(さんちゅう)をくり抜いて造られた小規模の集落は栄遠の銀峰と同じ夜空に覆われているけど、天を貫きそうな立派な建物や街灯が並ぶあっちの都会の街並みと違って清い水が育んだ田園風景や集落のシンボルになってる色とりどりの勾玉、蝋燭を使った灯篭が随所に並べられて田舎の様な優しい温かみを感じられる素敵な人工領域だった。

 緋袁さんの一声で借りた古民家の囲炉裏に火を付けお茶を入れる湯を沸かす間に清華さんがこの人工領域について言及する。

 

「まさかサメノキ地方に未知の人工領域があったとは」

 

『清華殿はご存知なかったのか?』

 

「えぇ。この山に立ち入った事はありますが入口が絡繰の坂で隠蔽されていた事も知らなくて」

 

「知らないのも無理はねぇ。ここはいわゆる隠れ里って奴だからな」

 

 全員分の茶器と串刺し団子を持ってきた緋袁さんが障子から入り直した。

 言われてみれば里の色んな場所が鍛錬に使いそうな場所が多かったり獣人の服装も忍装束だったし雰囲気は忍者の里って感じだった。

 

「ここは "閑雅(かんが)の里" 。

 忍者の勇姿によって救われた獣人が畑仕事や畜産を営み、自らも誰かを救える忍者になるべく修行に励む住人が多くいる幻の人工領域と言われている」

 

 外の世界ではサメノキ地方自体がお伽話の様な存在なのに、この中に住む獣人ですら存在の確証を持たせないのは常に秘密の闇夜を身に纏い本当の悪を暴く本家(忍者)のリスペクトって事かな。

 そんな常人では認識も出来ない場所を何故、緋袁さんが知ってるかって話になるけどずっと雨が降り注ぎエッセンゼーレと隣合わせっていう最悪の環境に位置する暴雨の囚獄で生活が成り立っているのに関係してるらしい。

 

「偶然の形骸との交戦でここの住人と知り合った俺は互いの状況を共有する機会に恵まれた。

 暴雨の囚獄(おれたち)と閑雅の里は栄遠の銀峰と比べて良質な生活を送るのに必要な資源と物資をかき集めるのに精一杯だ。そこで提携を結んだ。

 暴雨の囚獄からは彩を筆頭に優秀な技術力で建物を丈夫にリフォームしたり便利な家電を、閑雅の里からは農作物に役立つ種子や農具を譲って貰うってな。

 円滑な取引を進めるのに人工領域の場所が分からなねぇと話になんねぇだろ? だから教えて貰ったって訳さ」

 

「ですがそんな提携、よく結べましたね?

 自然の中で生きる事を信条としていそうな里の皆様にとって科学技術が必ずしも必要とは思えませんが」

 

 忍者の生活に家電が必要だと思えない白波さんが煎れてもらったお茶(碧櫓さんが煎れてくれた)を啜る前に聞く。

 

「それに関しては正直ラッキーだったな。

 そいつの孫娘がテレビを見たいと駄々をこねてたから作れる奴がいるって言って彩が作った余り持ってったら大いに喜んでくれたぜ」

 

「彩・・・・・・」

 

 招蘭さんの顔が液晶テレビを見つめたまま曇ってしまった。

 名前が出た事で脳裏に焼き付いた彼女の最期を思い出してしまったんだから無理もないよね・・・・・・

 どれだけ高尚な身分を持っていても人の死に際に慣れる人間なんていないって事だ。

 彩さん本人にも無理矢理観客にされた私達にも共通の苦痛を齎した御造に代価を払ってもらう為にもまずは緋袁さんの意図を知らなきゃ。その役目を受け持ったのは碧櫓さんだ。

 

「緋袁よ、時間が惜しい。

 そろそろ私達をここに連れて来た目的を教えてくれないか」

 

「その前に解消するべき疑問に答えさせてもらう。

 お前らさ、どうして宝石の形骸が見つからねぇと思う?」

 

 緋袁さんの疑問で思い出したが吸吞湖月からサファイアクイーンが消失してから誰もあいつの姿を目撃してないんだよな。

 御造と遭遇した時もあいつ一人しかいなかったし。

 

「んなもん、俺達が探した場所にたまたまいなかっただけじゃねーの?」

 

 大量の団子を口に含んだ響彌さんが難色を示した。

 そこにすかさず入る雪菜さんのフォロー。

 

「でも響彌君。

 私達、兵士まで活用して限りなく全地帯を見回ったんだよ?

 それでも見つからないっておかしくない?」

 

「兵士の活用だと!?

 雪菜、かーちゃんから言われた皆の手本になれるよう、率先して行動しなさいって言葉忘れたのか!?

 手本になれるようにってのはみんなが付いて行きたくなるような背中を見せ続ける事だろ!?

 兵士をこき使うなんざ信じらんねーぞ!!」

 

 いや、解釈は間違ってないと思うけど一人で頑張れって意味じゃないような・・・・・・

 緋袁さんが呆れてぼそぼそと冷静に客観視出来る側近を付けてやれって清華さんに助言してたみたいだけど気を取り直して話を続ける。

 

「ま、半分正解で半分間違いだな。

 実際、あの人間の近くには形骸がしっかり存在していた」

 

 え? どういう事?

 あの場には貴婦人の出で立ちをした巨大宝石はおろかエッセンゼーレの一匹もいなかった。

 ランドマーク並に目立つサイズの存在がいたら確実に気付くし清華さん達も早く駆け付けられたはずだけど。

 ん? そういえば突如放たれた破壊光線、あの時ウィンドノートが声を張り上げなかったら回避出来なかったんだよな。

 はっと気付いた私は近くの相棒に振り返る。

 

「ねぇ、ウィンドノート。ひょっとして」

 

『ヒエン殿の言う通り、形骸はあの場にいたぞ。どうやらミツクリに仕えてるらしい。

 姿は完璧に遮断されていたが変わらない輪郭とギリギリ仮初の命を紡ぐ息遣い、金属の臭いまで隠し通すのは厳しかったようだな』

 

 常人じゃ気付けないそんな細かい所も手に取るように分かるなんてやっぱ相棒は凄いな。

 流石は神話と同格の霊獣様だなと褒めちぎった緋袁さんは一口お茶を煽る。

 

「宝石の形骸は景色に溶け込むように姿を隠し周囲を欺いていたんだ。

 周囲の光も慄くより協力な光度を持った光を形骸の全身に覆えば反射して俺達の目に映る本来の光は背後の景色を写し、途中に存在するはずの形骸はいないように見える。

 いわゆるメタマテリアル擬きを用いた錯覚技術だ」

 

 現世では透明に見えるマントの開発に利用された技術だけど御造が施したとなれば代わりに使ってるのは蒼電なんだろうな。

 坑道で戦った時、普通と違う澄んだ雷は一つ迸るだけで洞窟全体を白熱灯で照らした部屋全体の様に闇を切り払い、鮮烈な印象を私に与えた。

 人の心情で模造された偽物の光であれば本物の強烈な光に対して恐れをなして避けていくはず。

 絶えず動き続ける物質にすら精神が宿るエクソスバレーなら不思議な話じゃない。

 

「消失した宝石の形骸が見つからなかった原因は理解しました。

 確かに常時、透明な姿を保つ事が出来る相手を闇雲に捜索したところで見つける事は出来ませんね。

 では貴方はどうやって形骸を特定するつもりですか?

 準備が怠っていたとはいえ近くにいたのを見逃したのは勿体なかったのでは?」

 

 大きな目を覗かせる清華さん。

 はたして緋袁さんが考えるサファイアクイーンの位置特定の方法とは何だろう。

 

「青色の全身、貴婦人の様な出で立ち、極めつけに宝石の様な特徴と聞いて俺は一つの仮説を浮かばせた。

 そいつは閑雅の里の忍びと交戦し撤退を強要された奴と同一じゃねぇかとな。

 だから当時、戦った奴にハスキーが記憶した姿を見て貰って合致するか確認する。それも目的の一つだ」


 その確認して貰う人は後任の忍者を育てる先生で私達が訪ねた時、修行の指導中だって使用人さんが伝えてくれたからこうして待ってるんだよね。

 って話題に出してたら帰って来たみたいで小柄な老人の獣人が障子を開けて深々と頭を下げる。


「お待たせ致しました、お客様。

 お部屋や使用人の振る舞いに不便はございませんか?」

 

「いや、無理言って一室を貸して貰っただけでありがてぇよ。

 今日の修行は済んだのか?」

 

「はい。先程、区切りを付け解散させました。

 ところで私にご用というのは?」

 

「一つ確認したい事がある。長く時間は取らせねぇから付き合って欲しい。

 ハスキー、お前の記憶をこの空間に共有してくれ」

 

『承知した』


 ウィンドノートが目を閉じると相棒が見て体験して得た景色が投影される。

 パノラマの様に塗り変わった空間は振り積もった灰や鼻を突き刺す焦げ臭さまで御造と対峙した時の状況を完璧に再現しているがあの時と違うのは静止した御造の後ろに浮き出たサーモグラフィの様な影。

 共有されたウィンドノートの視界でも確かに姿ははっきりと映っていないが色付けされた体格だけでも背後の存在がサファイアクイーンだと分かる。

 その明瞭さは私達以外で唯一、対面した碧櫓さんと白波さんもはっきりと確信出来る程。


「この陰影は・・・・・・」

 

「間違いございません。吸吞湖月にいた形骸と相違ない存在です」


「どうだ?

 人間の背後に聳える巨大な影は過去にお前さんが戦った奴と似てるかね?」


 サファイアクイーンとの過去の激闘を思い返し、神妙な面持ちになっていたお爺さんは緋袁さんに答える。


「・・・・・・あの姿、忘れもしません。

 昔、閑雅の里の近くに出没しここを滅ぼそうとした宝石の形骸でございます」


 やっぱりかと頭を搔く緋袁さん。

 その表情は嬉しさと面倒臭いの半々ずつで占領されている。


「形骸は知性が欠落しているが痛みが伴った経験は絶対に忘れない。

 もし獣人を滅ぼしたい人間に、自分が破壊出来なかった街を教えていたとすれば奴らは高確率で侵略に向かう。

 特にサメノキ地方を多く把握していないあの人間にとっては貴重な情報になるんだからな。

 ならば俺達はここで待ち伏せして迎え撃つ方が体力も温存しつつ、GPSも埋め込める」

 

 確かに無駄に走り回って労力を消費するより襲来する可能性の高い地点で待ち構える方が御造達と再び相まみえるかもしれない。

 力を身に付けてるだけじゃなくこうして智略も練れる洞察力も兼ね備えてる緋袁さんってやっぱり群れの頭に立つ素質を持っていたんだな。

 

 雷霆を切り裂く狼煙(1) (終)

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