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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
44/87

悲報は唐突に素っ気なく(5)

 道中、招蘭さんは喧嘩別れした際の詳しい事を教えてくれた。

 カフェでお茶した時、思い詰めた様な態度を不審に感じた招蘭さんは一週間後の休日に彩さんが勤務する研究所を尋ねていた。

 差し入れたい物があると半分嘘の混じった事情を受付に通し、彼女を管理する側の狐の獣人、ラルクさんの部屋へ案内された招蘭さんは衝撃の事実を聞かされた。

 

『えっ? 辞めた?』

 

『三日前に退職届を突き付けられた時は私もびっくりしたよ。

 周囲と違う思想で彼女が研究所内で半ば孤立していた事は把握していたし他の所員にも寛容に理解して欲しいと注意していたが、それでも彼女の安心出来る居場所にする事は出来なかったようだ。

 辞める一因に研究所の雰囲気のせいでは無く一身上の都合だと慰めてくれたがそれでも自分の力不足を呪うよ』

 

『そう・・・・・・でしたか』

 

『遠路はるばる来てくれたのに不甲斐ない結果を用意してすまないね、お客人』

 

 退室後、招蘭さんは彩さんの同僚と思われる研究者達に片っ端から今後の予定を尋ね、意外と早い段階で今日から旅に出る為に栄遠の銀峰を発つ事を掴むと根気強く待ち続け旅立つ直前の彩さんと遂に対峙した時、彼女達の決別に繋がる出来事になる。

 

『彩、その大荷物は何?』

 

『・・・・・・これから暫く栄遠の銀峰を離れるんだし、何があるか分からないからこの量になっても変じゃないでしょ?』

 

『あたしには夜逃げにしか見えないんだけど。

 正直に言ってよ、あたしを信頼に足る友達だと思っているなら』

 

『・・・・・・サランは絶対分かってくれないから』

 

 最初から期待を投げ捨てた彩さんの呟きは招蘭さんに鮮烈な印象を残した。

 当時の素っ気ない言い方に少しだけ頭に来てしまった招蘭さんはいつもと同じ態度で振る舞えなかった事を猛省していた。

 

『な、何言ってんのさ。あたしが理解出来ないって』

 

『インドの動物園で価値観を形成されて、人間を敵視出来ないサランじゃ私の行動も()の苦しみだって理解出来ない。

 ・・・・・・友達だって言うならほっといてよ』

 

 彼。

 男性を指し示すただ一言だけで彩さんの取ろうとする行動がすぐに分かったそうだ。

 何故ならこの短期間で注目の話題になった男の獣人はたった一人しかいなかったから。

 

『彼・・・・・・って、もしかして緋袁様?

 なに馬鹿な事考えてんの!? 相手は罪人だよ!?』

 

『うん、緋袁様は尊重すべき多数の命を奪った。

 それは許されない事だけど救いを差し伸べたらいけない理由には至らない。

 同じ人間に翻弄された野生の出身である私なら緋袁様の精神的支柱になれるし、他者の目を気にせず自由に生活出来る。

 これ以上のチャンスを逃す理由は無い』

 

『だからって安定した生活を放棄してまで形骸のいる山を登って人殺しに会いに行くなんて正気じゃないって!! 命を捨てに行くような物だよ!!

 考え直して、彩。

 生活しずらいならあたしが庇って支えるよ。

 だから自己都合で人を殺した犯罪者の下に行くなんて馬鹿な事』

 

『緋袁様は己の欲望の為に殺したんじゃない!!

 全部、|ようやく手に入れた故郷《栄遠の銀峰》を護る為の行動だよ!!』

 

 零時以降の当時じゃなければ周りの目を引いていた彩から出たとは思えない大声に面食らったと語った招蘭さん。

 彼女は研究所の視察に来た緋袁さんと出会った時を話し始めた。

 

『一人、片隅で昼休憩を取っていた時、声をかけて一緒に時間を共有してくれた緋袁様は私の人間不信をサランよりも深く理解してくれてつらい過去も共有してくれた。

 あれは甦った恐怖とあの惨劇を繰り返さないようにって焦燥から街を護る為に起こした事なんだよ・・・・・・

 なのに警戒心の無い呑気な統主はそれを汲み取らず、犯罪を犯した事実だけで罰を下した。これのどこが ”公正な裁判” よ』

 

 もう取り繕う必要は無いのか貯水の責務を放棄したダムの様に抱え込んだ本心が溢れ出る彩さん。

 けどその中には招蘭さんが尊敬してやまない清華さんへの悪印象も含まれてて彼女が何よりも正しいと考える招蘭さんはとうとう我慢の限界を迎えてしまった。

 

『あんた、いい加減にしなよ。

 緋袁にどれだけの恩義を貰ったのか知らないけど心酔してる罪人を庇うのに統主の判断を批評するなんて友達でも見過ごせないんだけど?』

 

『これは私の所感じゃなくて事実を言っただけに過ぎない。

 人を信じきってるペットに付き従えばこの街はもう終わりだよ』

 

『・・・・・・ちっ、もう良いよ!!

 人殺しに味方するあんたなんか友達じゃない!!

 二度と顔、見せないで!!』

 

『・・・・・・そっか。やっぱサランはあの白猫の味方をするんだ』

 

 それだけボソっと言い残すと彩さんは栄遠の銀峰を出ていった。

 

 

 拘束された彩さんを救いたいのに冷徹な刀が彼女の命を左右する状況のせいで私達は静止を余儀なくされていた。

 四方八方を蜘蛛の糸で張り巡らせたような一部の隙もない鋭い眼光を私に見定めると顔立ちや服装を観察し残った記憶と参照し始める。

 

「ん? 君は・・・・・・

 あぁ、思い出した。汚らしい犬の霊獣に見初められてしまった不憫な少女か。

 あの時はメデルセ鉱脈の崩落に巻き込んですまなかった」

 

 おい、なんだその言い方。

 常日頃、側に寄り添いあって小さな喜びを共有し熾烈な戦いに身を投じる私の相棒を汚らしいとか言うんじゃねぇよ。と言い返そうとしたけど護衛を受け持ってた白波さんが肩に手を添えて下手に刺激したら彩さんが危機に陥るかもしれないと引き止めたので悔しいが我慢する事にした。

 

「スイさん。あの人間と知り合い?」

 

 招蘭さんから小声で聞かれたので同じように答える。

 

「外で係員を強引に排除した挙句、メデルセ鉱脈を荒らしていた横暴を止めようと戦闘になりました。

 御造 桃八。

 侵略行為を繰り返す軍事組織、滅星を統率する男で何故か動物を嫌ってます」

 

 特異な耳と尻尾以外は自分と瓜二つの構造で出来た霊体を気味悪く観察し頭部を掴む左手から伝わる厚い黒髪と繊細な皮膚の感触を通し、動物嫌いの御造の嫌悪は更に増加していく。

 

「おぞましいな。

 俗世の理からかけ離れた世界と言えど畜生に人身を宿らせるとは。

 野蛮な畜生に知恵と二足歩行を与えるなどこの世界の主が持つ心情が計り知れんな」

 

 さっきの暴言も聞き捨てならないな。

 動物の尊厳だけでなく気兼ねなく心を許せる話し相手を切実に願っていた病弱の少女まで馬鹿にしたその発言、状況が違っていたらすぐにでも言い返していたけどみんなが静かに気を窺ってる状態で私だけが自由に振る舞えばせっかくの忍耐を台無しにしてしまう。

 頼りとなるのはまだ監視の制限を受けていない清華さん達だけど彩さんが捕まった現場が決して狭くはない森林地帯である以上、広大な敷地に到着してもすぐにここを特定するのは難しい。

 いつまでも緊迫の対峙だけで時間は稼げないし頭部を締め付けられてる彩さんの表情も限界が表れている。

 好機を引き寄せる次の手段を模索する招蘭さん、白波さん、私の脳内だけに響くようウィンドノートが思念を送る。

 

『俺が風を起こし、奴の隙を作るか?』

 

 (いや、それは止めといた方が良いかも)

 

 剣を交えて実感したが奴の実力は本物の軍人だった。それはここにいる四臣のお二人と一緒に攻めても敵わない程に。

 一度叩き込まれた技は次来た時に対処出来るよう覚えてるだろうし、ウィンドノートの風撃は霊獣らしい規格外の力が充分にあるけど主な用途はハリケーン並の威力を持つ風を変幻自在に吹かすサポートであって攻撃性は皆無と言っていい。

 極めて少ない成功確率を狙ったはったりが不発に終わってしまえば能力が上の御造に軽々と返り討ちにされ、動けない僅かな間に沈黙を破った罰が執行される。

 彩さんの殺害という最悪の形で。

 それに動物嫌いの御造の事だから汚物の様に左手にへばり付いた彩さんを盾にしてこちらの攻撃を躊躇させる卑怯な手段を用いたとしてもおかしくはない。そうなれば勝ち目は絶対に無い。

 

「私の事は気にしないで・・・・・・

 業の深い罪人の、記憶が一つ消えるならそっちも都合良いでしょ?」

 

 両腕を掴んで抗い続ける彩さんが消え入りそうな声でそう言ってくるけど尻尾を巻いて逃げるなんて出来る訳ない。

 あなたがまだ諦めていないのに人助けのプロである私達が自分の身を優先して撤退するなんて自分自身が許せないんだから。

 それだけの決意で辛抱強く耐えていると御造がこちらに一方的な交渉を持ちかけてくる。

 

「そこのウミネコと孔雀。

 その出で立ちと紛いの気品から見て畜生の中でも上層の立場に属する身分であることは一目瞭然だ。畜生が多く住む場所は既知だろう?

 教えろ。詳細によってはこいつを解放しても良い」

 

 こいつに栄遠の銀峰を教えたら絶対、ろくな事にならないのに彩さんの命を秤にかけて存在を探ろうとする鬼畜な質問に重くなった二人の口は開けずにいた。

 だけど生死を握られた人質になってる彩さんが勇敢に情報を渡しちゃ駄目だと引き止める。

 

「駄目!! 彼にそんな事教えたら」

 

 必死な彩さんの叫びは再び力を込めた御造の左手による頭部の拘束で遮られる。

 尋常じゃない痛みに悲痛の叫びをあげる彩さんの姿は招蘭さんの目に敵対する囚人ではなく色褪せず思い続けた友人として映す。

 尊敬する人物、それに基づく考えの違いで別れ敵対する事になってしまった二人だけど互いを忘れきる事は出来なかった。

 招蘭さんは彩さんを取り戻す為、四臣の身分を授かるに値する能力を鍛錬で身に付け、彩さんは持ち前の技術で僅かに豊かな生活を造り上げ、招蘭さんがいる栄遠の銀峰に攻めいらないよう手を回していた。

 暴雨の囚獄にやってきてようやく境遇を知ったのにこのまま仲違いで終わらせたくない。そう思った彼女は無意識に近い形で余計な感情を消し去った声で激怒していた。

 

「あたしの友達(・・)から手ぇ離せ、クソ野郎!!」

 

 鬼気迫る表情で扇を投げつけた招蘭さん。

 けど異なる回転と輝く風が混ざり鋭い刃となった投擲は小蝿でも叩き落とす様に御造の刀で無力化され、奴の苛立ちを増すだけだった。

 

「吠えるな、耳障りだ。

 黙秘を貫くならそれで結構。

 貴様らにとって命は不要となったと受け取るからな。

 情報を引き出す為に不快な畜生を殺さず耐えていたというのにとんだ無駄骨だったな」

 

 御造が見えない何かに対して短く”やれ”と命令すると大気の焦げ付いた微かな臭いや灰色の大地に線引きされた薄い光線を霊獣の異次元能力で察知したウィンドノートの退避命令の後、映画の特殊演出でしか見た事無い大規模の爆発が辺りを飲み込んだ。

 な、なにさっきのレールガンみたいな奴!? こんなのが栄遠の銀峰に直撃したら住民みんな死んじゃうぞ!?

 そんな驚愕が命取りだった。

 私達がどこからともなく発射された破壊光線に気を取られた間、御造はあまりにも早い所作で彩さんの腹に刀を突き刺しその辺に捨てた彼女の霊体にはめていた手袋を投げ捨て新しいのを付け直す。

 灰色の大地に一筋の赤を垂れ流した御造は招蘭さんの叫びも私達の文句の一つも受け付けない速さで見えない方向に跳躍し、あっという間に姿を暗ます。

 何故、優位に立っていた場を離れたのかと思ったんだけどその答えは今しがた駆け付けて来た人達の多さと尋常じゃない実力を察して撤退した御造の冷静さを窺えた。


「北里様!! 先程、森林地帯で一際派手に上がった火炎は一体?」

 

「悪ぃ!! かーちゃんと迷って時間食っちまった!!」

 

「迷ったのは響彌の方でしょう? 私が修正しなければもっと深く迷っていましたよ」

 

「・・・・・・あれ? その子って囚人の?

 って、致命傷を負ってるじゃん!! 早く手当しないと!!」

 

 招蘭さんの腕の中にいる息絶え絶えの彩さんを見て、回復の心得がある人達が治療をし続けるけど獣人の殺害に慣れている御造が刻んだ傷の深さはウィンドノートの風でも埋められない。

 

「彩!! 気を持って!!

 あたし、まだあんたに伝えられてない事があるのにこんな形で終わるなんてやだよ!!」

 

 ずっと手を握り続け激励を注入しても必死な願いとは裏腹に彩さんの脈は徐々に弱くなっていく。

 もう生前の苦労も築いた人脈も保てないと悟ったのか彩さんは最後の言葉を静かに聞き入れて欲しいと気付いて欲しくて招蘭さんの頬にそっと触れた。


 

「・・・・・・大っ嫌いな囚人相手に、随分、健気に心配、してくれるんだ?」


「そんな皮肉言ってる余力あんなら、黙って治療を受けろって!!」


 皮肉に対して強く言い返しても彩さんの体調は回復に向かわず生の鼓動は弱まるだけだ。

 残された時間が少なくなった彩さんは途切れ途切れだけど生への渇望を一番強く輝かせて招蘭さんに聞く。


「サラン・・・・・・

 これだけ、聞かせて。

 私が全てを忘れて何もかもが新鮮に感じる状態になっても、また、友達になってくれる?」

 

「・・・・・・当たり前でしょ。あんたに比肩する友達なんて他にいないんだから」

 

 それを聞くと彩さんは安心しきって目を閉じてしまった。

 霊体での活動に必要な全機能が停止すると彩さんの女体は少しづつ液状化して招蘭さんの衣服や地面に流れ落ち、最後には主が居なくなった服とスニーカーの抜け殻だけが残る。私が初めて目撃した二度目の命日だった。

 一時的な死の感慨に耽る間もなく彩さんが着ていた服を大事に抱えた招蘭さんがゆっくりと立ち上がった。


「招蘭? どこに向かうのです?」


「決まってるでしょう。

 あの人間のオスを止めにいかないと」


 サメノキ地方の平穏を預かる四臣としての責務と殺された友達の意志が混ざった強い決意を清華さんに示した招蘭さん。

 でも無鉄砲な直行を聡明な四臣の皆さんが許すはずもなく。


「はぁ!? なんの準備もしねぇでか!?」

 

「無茶を言うな。

 そもそも向かいそうな場所だって特定出来ていないのだぞ?」


「だからってあいつの放置は出来ないでしょ!?

 友達が殺されたのに冷静になれる訳じゃん!!」


 次々に招蘭さんを戒める声が沢山聞こえるけど、どれも彼女の漲る行動力を止めるには至らない。

 そんな中、暴雨の囚獄でも聞き覚えのある穏やかな雷鳴が響いた。


「確実な場所とは言えないが行きそう場所の傾向は割り出せる」


 懸念点の一つ、御造の動向に関して解決の策を持っていると焼けた森の奥から出てきたのは過去の大罪で街の英雄を外された緋袁さんだった。

 栄遠の銀峰が敵視してる暴雨の囚獄の統率者が目の前に現れ、雪菜さんも困惑しながら戦闘態勢を取っていた。


「緋袁!?

 待ってよ、復讐する相手なら私達じゃなくて」

 

「先読みが間違ってるぞ、雪兎。

 俺は彩を殺した相手がお前らだと誤解していない。

 サファイアクイーンに跨り、行く先々で力量差のある弱者を痛ぶる人間の男は斥候部隊を通して何度も目撃していた。

 こんな傍若無人の奴のせいで傷付く奴らが増えて、大事な恩人でもある仲間も殺されたのにずっと傍観してられっかよ。

 ・・・・・・あいつには少々、お仕置きが必要だろ?」


 お、この反応はもしかして・・・・・・

 強力な味方の加入ってところか?


「暴雨の囚獄は一時的に統主と四臣の援助を約束する。

 これ以上、俺達の大事な獣人の世界を壊されないよう共に尽力するぞ」

 

 悲報は唐突に素っ気なく(5) (終)

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