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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
43/87

悲報は唐突に素っ気なく(4)

 ワープで栄遠の銀峰近辺に降り立った彩は蒼い月夜が差し込み始めた枯れ木の群生地を進む。

 もう分かり合う事は無いと諦め、招蘭への未練を断ち切る意味でワープ地点から栄遠の銀峰を削除した彼女が街に接近する方法は警戒中の衛兵と疎らなエッセンゼーレに見つからないよう影に潜めながら進む隠密行動であった。

 過去の感覚を頼りに測ったかつての故郷まで後、半分といった所で彩は違和感を察する。

 現在の統主の方針と彩の記憶が相違ないならこの辺りは専門の職員を動員して適切に管理された森林地帯のはずだったのにやけに焦げた木が多すぎるのだ。

 しかも随分と時が経っている訳では無く、未だ焦げ跡から昇る煙がつい最近、この植物達の命が無惨に奪われた事を遺したダイイングメッセージの様に示し彩の不安を煽る。

 

 (焼け落ちた葉の灰すら残らない程の破壊工作なんて、獣人にも出来ないはず・・・・・・

 こんな恐ろしい芸当、誰がやり遂げたというの? )

 

 答えの主をすぐに見つけ手頃な草木に隠れた瞬間、蒼いレーザーが森林を撃ち抜き豊かに生い茂っていた生命の在り処を忽ち焦土に塗り替えてしまった。

 こっそりと窺った彩の両眼に映ったのは一見は豪華なドレスを身に纏う貴婦人。

 しかし振り返れば顔にはあるべき部分は無くフリルがあったであろう下半身と左腕はひびで覆われ接着剤の様な役割を果たす蒼電が迸る。

 豪華な装いに身を包んだ女性を模した石の怪物。

 暴雨の囚獄の斥候部隊から聞いた特徴と一致し宝石の形骸だと判明する。

 如何なる攻撃も遮断する強固な義体である事は聞いていたが小規模の核兵器並の威力を誇る爆破まで出来る予想外の情報を認知していない彩の焦りは更に増していく。

 

 (あんなのが栄遠の銀峰に命中したら獣人の命が消し飛んでしまう・・・・・・!! )

 

 実現に至りかねない悲劇が脳内に浮かびかける中、彩の注目は形骸の右肩に集まった。

 機動する破壊兵器を操る操縦士として形骸の肩に直立する幼げな顔立ちの軍人。

 獣人の子供と見紛う体のどこを見ても獣の特色が無い人間の男、御造 桃八はただ真っ直ぐに見つめ続け目的を探れないが巨大で物騒な形骸を従えて手当たり次第、地形を破壊している以上ろくでない目的なのは間違いない。

 

 (人間? 翠以外にもいたの? )

 

 人嫌いが多く緋袁が起こした惨い事件を二度と発生させない戒めも兼ねて人間との交流の機会を極端に減らしているサメノキ地方で複数の人間が数日、滞在するなど最早、異変の一種である。

 北里の場合は崩落するメデルセ鉱脈を守った御礼と救出の為、統主自らが招き入れたと言っていたがあの男の入場に際しては誰も関与していないはず。

 偶然、解放したまま放置された空間の裂傷に入って迷い込んだか。

 第三者が悪意を持って自分よりも濃い悪意の塊を手引きしたのか。

 考えうる幾つかのパターンを彩が浮かばせる中、蹂躙を繰り返していた軍人が人に頼む態度として相応しくないきつめの口調で呼び掛ける。

 

「そこに隠れている畜生。姿を見せて俺の問いに答えろ」

 

 ここで息を潜め続けても形骸の力を以て無理矢理引きずり出される。

 周囲の地形と軍人の気が変わる前に彩は潔く姿を現す事にした。

 

「あなたどこから来たの? ただの迷子、じゃないよね」

 

「畜生風情が質問で返すな。

 本来ならば貴様など問答無用で切り捨てていたものを必要だと思って生かしてやってるんだ。

 畜生が大勢群がる巣窟、知っているなら教えてもらう」

 

 なるほど。この人、ただの動物嫌いなんだ。だから抹消しようとしてるんだと直感的に納得した彩。

 人間に信頼を寄せられない少数思想を拒絶され、同じように理解を得られなかった緋袁に寄り添おうと囚人に堕ちた彼女だが普通の生活を過ごす人々の命を見過ごす程、落ちぶれてはいない。

 生前でも稀に見ない横暴な人間に獣人の運命を握らせる訳にはいかない。そう決心した彩が取る行動は至極単純な拒否である。

 

「生憎、私も人間嫌いなんだよね。

 もう少し誠意のある言葉遣いが出来たら教えてあげても良かったけどそんな乱暴に振る舞うなら”答える義理は無い”って返すね」

 

「ならば貴様の存在価値などもう無い」

 

 慈悲の問いかけに対する答えを聞いた御造は憎き獣を排除する為だけに磨き続けた刀を静かに抜く。

 電光石火の単純な動きで彩の両眼から消えると御造は既に背後を陣取り、蒼電を纏い激しく煌めく刀は彩の首を切り飛ばそうと寸前の距離まで接近していた。

 獣人特有の桁離れの瞬発力によって被害を蒼電の熱気に触れただけで済ませた彩は距離を離し、虚空から取り出した弓で爆弾の矢を数発放つ。

 風を読み必中する距離を目測して放った一寸の狂いも無い音無き射撃は常人では決して捉えきれない速度で飛来するが、獣に遅れを取らない肉体と戦法を狂気の特訓で積んだ御造も平然と順応し無傷で迎撃すると刀で(くう)を斬り蒼電の衝撃波を設置した。

 獣人と遜色ない動きを繰り出し本当に人間なのかと彩が驚嘆する間もなく襲い来る衝撃波には設置されてから即座に射出されたり間が空いてから攻撃を開始する時限式が入り乱れ、息つく暇が無い彩が回避に使った遮蔽の大木を灰に変える。

 物陰に隠れながら敵を狙い撃つ戦法を常套とするスナイパーにとって遮蔽物が減少するのは一枚一枚、花弁を千切られていく花と同義で合理性がありながらも残酷な手法でもある。彩が丸裸の窮地に陥るのは時間の問題だった。

 それでも刀の届かない距離から執拗に矢を撃ち続け、もう一度旧友との再会を果たそうと懸命に生を守り続ける彩に対し、御造は露骨に不機嫌を見せる。

 

「面倒に抗いやがって。

 長時間、毛深い耳と不必要に揺らす尻尾を見せられるこちらの身にもなって欲しいものだ」

 

「見るだけで気分が悪くなるなら、そっちが先に去ればいい」

 

「今すぐにでもそうしたいが畜生を目撃した以上、撤退に移す事は出来ん。

 先延ばしにしたい面倒な仕事を締切寸前に慌ててこなすよりも好機に満ちた今の内に完成させた方が楽であり気の重さも軽減されるからな。

 討伐対象である貴様と再び会える確証が無い以上、ここで始末しなければ余計面倒になる」

 

 呆れるほどの徹底ぶりである。

 ここで獣人の命を奪っても完全に消滅させられず徒労に終わってしまうのに何が御造を搔き立てるのか。

 北里達に報告する為の情報の収集と見た事無い人間の憎悪に湧いたほんの興味で彩は彼の行動原理を探ろうとする。

 

「・・・・・・正直言って、異常だよ? あなた。

 どうしてそこまで動物を目の敵にするのさ」

 

「どうして、だと?」

 

 御造の眉間がより一層深くなる。

 その憤りは自分が何をしたのか覚えてないのかと問いかけてるようだった。

 

「貴様ら畜生は俺の、村のみんなの全てを奪った。

 貴様らが引き起こした鮮血と業火によって貧しくも充分な幸せに満ち足りた俺の故郷は一夜にして歴史の彼方へ消えた。

 村の中で悲劇に見舞われた人々の無念と辛苦を全ての畜生に味合わせるまでこの復讐を止めるつもりはない」

 

「・・・・・・ふぅん。気持ちは分からなくないけど、対象はもっと絞るべきだと思うよ。

 好んで人を襲う子なんて多くはいないはずなんだし」

 

「畜生の分際で我が方針に口を挟むか。

 余程、苦しみたいようだな」

 

 御造の刀に蒼電が強く滾る。

 残された一時の交渉が終わりを告げ、生死を賭けた激戦の再開が告げられた合図である。

 

 

『随分込み入っていたようだな』

 

 会議室の前に戻るとウィンドノートだけが待っていた。

 彼の報告によると会議は数分前に終わり他のメンバーも打倒サファイアクイーンを掲げ、監視映像のチェックや偵察、戦力補強などそれぞれ行動を開始したそうだ。

 

「じゃあ私達も迅速に動き始めな・・・・・・」

 

 と意気込んで見たものの隠しきれない疲労がのしかかり自分の霊体を倒しかける。

 

『無理も無い。緋袁との戦闘が齎した影響はほんの数時間で俺達を元に戻せる程、浅くは無いからな。

 清華殿からの伝言にもあったが特に主力となって戦場に出ていたお前は念入りに安静した方が良い』


 あはは、相棒の言う通りだな。

 力強い一撃を何度も全身で受け止めた上に霊体への負担が大きい霊獣の憑依まで使用したから、ここらで休まないと却って足を引っ張ってしまう。

 

「じゃあ適当なソファに行こう。

 気楽な気分に浸る間にウィンドノートさんが聞いた会議の内容を教えてくれる?」

 

『無論だ。では早速参ろう』

 

 熱く湧き出て入りやすく調整された温泉みたいに疲れた身体に染み渡るふかふかのソファで落ち着くとウィンドノートが会議の内容を簡潔にまとめてくれる。

 まずは碧櫓さんと白波さんからの報告。

 傷だらけの兵士の救難信号を受け、吸吞湖月前の砦に向かった際の惨状と兵士の現状を教えてくれた。

 砦の入口は既に二度目の命日を強要され霊体が溶けきっていたコーギーの女性兵士の鎧が転がっていて、彼女が守っていた門は刀で何度か斬った様な焦げ跡が残った状態で強引に突破されていたらしい。

 砦内はあちこちで肩や腕、脚をずらした切っ先で斬られた兵士全員が止まらない流血と痛みに耐え抜いており、"地獄絵図" なんて題名を想定して作品を創ったかの様に飛び散った血が壁や床を染めていたそうだ。想像しただけでも恐ろしい。

 幸い命日送りはあの兵士の報告通り、二名までに抑えられた(それでも死者が二人も出たのがやりきれないな・・・・・・)と言っていたので残りの兵士達は迅速に治療を施され最低限の被害で留まったのだろう。

 吸吞湖月を再調査した碧櫓さんは改めて飲料を保管している倉庫群に赴き、サファイアクイーンのその場の消失を確認したそうだ。

 エッセンゼーレの威勢が前回よりも弱まっている事から薄々察してはいたそうだが自分の目で確かめてもその衝撃は抑えきれなかったと言っていた。

 続いてサファイアクイーンの動向を探っていた雪菜さんと響彌さん。

 これに関してはどちらも実を結んでおらず、未だ見つかっていないらしい。

 あの巨体ならすぐ見つけられると思っていたけど甘い考えだったか。

 その後、暴雨の囚獄で起きた出来事を説明してから現時点での報告は終わり。

 囚人達の交渉は続けて行い、サファイアクイーンの捜索は別視点での方法を検討すると結論付け、会議はお開きとなった。


『以上が今回の会議で話された内容だ』


 静かに全てを聞き終えた招蘭さんは短く唸る。


「なるほど、ありがとう。

 その内容を聞く限りあたし達はまだ不利な状態に立ってるみたいだよね」

 

 屈強な兵士達は蹴散らされ、囚人は蚊帳の外で傍観してて、サファイアクイーンの調査は足跡すら見つかってない現状。

 私達は未だ強風に阻まれて前を進めない難航中だけど、どう活路を見出すべきだろう?

 考えてると招蘭さんが強い決意を秘めて顔を上げた。


「・・・・・・あたし、彩に会いに行こうと思う。

 あの子が罪人を忌み嫌ってたあたしの事、許してくれるなんて甘っちょろい考えは無いけど誠意を込めて頭を下げれば緋袁を説得する為の鍵になってくれるはずだから。

 ・・・・・・それにあれだけスイさんに言われて友達と仲直りを試みない程、あたしも図太く無いし」

 

「自信持ってください。招蘭さんなら絶対成功しますよ」

 

「そう言ってくれると心強いわ。

 後、暫く兵士達にそこのソファ使わないよう注意しとくから寝そべって使っちゃって」


 私にちゃんと休むよう釘を刺して夢見心地から立ち上がった招蘭さんは栄遠の銀峰、一つの難題である囚人の勧誘を果たそうと行動を開始しようとするけど、そこに慌ててやってきた兵士がこれまた落ち着かない素振りで報告する。

 

「し、招蘭様!! 栄遠の銀峰の近郊にて暴雨の囚獄の者が人間のオスと交戦しております!!

 統主も他の四臣の皆様も既に向かっておられます!! お急ぎを!!」

 

『詳細な戦況は無いか?』

 

「現在、暴雨の囚獄の者が若干押され気味との報告が」

 

「オッケー。すぐに向かう」

 

 大事な人々が危機に陥ってるのに休んでる訳にはいかない。

 すぐに立ち上がった私も招蘭さんについて行く意思を伝える。

 

 

 宮殿の専属給仕が管理している森林は見るも無惨な炭の羅列となっていて、焼き焦げた周囲は命のあった場所とは思えない景観に変わり果てていた。

 人工の高温を受けて無理矢理、灰色に変えられたばかりの道を優先して招蘭さんと一緒に現場を捜索する中、兵士の報告で駆け付けた白波さんと合流した。


「北里様が万全の体調を取り戻すまで、微力ながらお守り致します。どうか離れませんように」

 

 有り難き気遣いに感謝してると爆音が響く。

 音量で目安を立てたそこそこ遠い場所に行くと二つの人影があった。

 一人は力の衰えた相手の頭部を掴んで圧倒的優位に立つ軍人の男、メデルセ鉱脈で私が戦った滅星のリーダーを務める御造 桃八。

 何故、この人がサメノキ地方にいるのか気になるけど私にとってもっと気にかけないといけないのはもう一方の霊体の方だ。

 押し潰される苦悶を浮かべながらも振りほどこうと腕を掴み続ける彼女が私にも招蘭さんにも馴染みのある人物だったから。

 

「彩!!」


 仲直りしたい友達が危機に陥っている招蘭さんはすぐ助けようとするけど御造が彩さんの首元に刀を添えた卑怯なやり口により動きを封じられた。


「それ以上動けば、この畜生を殺す」

 

 悲報は唐突に素っ気なく(4) (終)

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