悲報は唐突に素っ気なく(2)
彩さんから暴雨の囚獄再興の依頼を受け、栄遠の銀峰に戻った私はスマホに受信した清華さんからのメッセージを確認する。
『北里 翠さん』
『戻りましたか?』
送信時間は今から五分前。
彩さんと別れ、栄遠の銀峰付近と暴雨の囚獄を簡単に行き来出来るワープ地点を設定して貰った時かな。
清水茶房に設置されてた古いWiFiは外部からのメッセージを受け取りにくい仕様だったから栄遠の銀峰にワープした瞬間、受信したようだ。
『今、栄遠の銀峰に到着しました』
手早く戻って来た事を伝えるとすぐに返事が返ってくる。
『何事も無くて一安心です』
『四臣と雪菜が戻って来たので、これから会議を始めるのですが』
『宝石の形骸に関する続報や暴雨の囚獄での報告もありますのでぜひ北里 翠さんとウィンドノートさんにもご参加戴ければと』
本当に踏み入り過ぎてはならない深刻な問題だと感じた場合、いつでも獣人の国を発てる配慮としてただ遊びに来ただけの統主の重大な友人って名目になってる以上、国造りに関わる会議の参入は私達の自由となってるけどサメノキ地方の脅威の動向を知るのも暴雨の囚獄で知った囚人達の内情と望む展開を伝えるのも私達の義務だ。
サメノキ地方全体の平和的な解決を果たすべくこの会議を投げ出す訳にはいかない。
『少ししたら宮殿に向かいます』
初日の晩餐会でも利用された大規模の会議室に入ると高尚な顔ぶれが席に揃っていた。
少しの間、顔を見ていないだけなのに何故か心情は安心に満たされたその直後、人目も気にせず泣きじゃくる雪菜さんが全てを包み込める女体で私の全身を縛りつけてくる。
「うわ〜ん!! スイちゃ〜ん、ウィンドノートく〜ん!! 無事で良かった〜!!」
「ちょ、ちょっと・・・・・・ く、苦し、い・・・・・・」
ウィ、ウィンドノートだけずるい、ぞ。
強烈な抱擁が来るって分かった瞬間、風となってすり抜けやがって。
一蓮托生の相棒を名乗るならキツく縛られるボンレスハムの気持ちが理解出来そうなこの締め付けの痛みを共有しろってんだ。
「雪菜、その辺で打ち止めなさい。
安堵の気持ちは理解出来ますがそれ以上は北里 翠さんの負荷になりますよ」
清華さんの優しい声掛けで私の顔はようやく呼吸出来るようになった。
もう少し力が強かったら限界までウィンドノートを憑依した緋袁戦の後みたいになってたよ。
「雪菜は北里様が暴雨の囚獄の副長に付き添われたと聞いてからずっと不安に駆られていたのだ。
囚人は目的の為にどんな手段を用いるか分からない連中だから何が起こっても不思議ではない。
貴方の身を保護する責任も担ってる故、許してやって欲しい」
『どうやら多大な心配をかけたようだ。申し訳ない』
四臣を束ねる碧櫓さんが困り眉を添えて謝罪してくれる。
私達にどれだけ心配が集まっていたのかは部屋に入った直後から分かった。
スマホや仕事、個人の趣味など私達が来るまでの効率的な過ごし方を持ってる筈なのに一様にしてみんな祈りながら座っていたんだもん。
でも逆に言えば暴雨の囚獄には危険な人物しかいないって警戒されてる訳だよね。
緋袁さんの案内で初めて入った時や帰る前にも暴雨の囚獄の街並みを覗いてきたが囚人の中には畑仕事で作物を育てたり周囲に張り巡らせた拙い技術を整備していたりと真剣に贖罪に取り組んでる人もいればこの集落に集う人々が罪を犯したことも知らずに過ごす子供だっているのに蔓延した悪人の偏見に阻まれて距離を置いてしまっている。
まずはそこから改善させないとな。
「ねぇ、二人とも。あいつらに変な事されてないよね?
あることないこと吹き込まれたとか集団で喧嘩を仕掛けてきたとか、そういうのあったら迷わず報告して」
当面の目標が確立した時、招蘭さんが矢継ぎ早に疑いを浴びせる。
今すぐにでも彩さんの罪悪感を代弁したいけど真意は自分で伝えたい、それを伝えた後に向けられる感情を他者を通してではなく自分自身が真っ向から受け止めたい。と固く口を噤まされたので暴雨の囚獄自体の考えを必要最低限に伝えて疑いを晴らす事にする。
「えっとですね、本当に危険な目には遭ってないです。
普通にお茶しながら暴雨の囚獄の現状やそれを解決させる為の依頼について相談していました。
そもそも資金難が解消された以上、暴雨の囚獄にここと争う意思は無いとのことで」
「依頼・・・・・・?
スイさん、他者を陥れる事しか考えてないあの粗暴な奴らの手助けをするの?
辞退した方が良い。有利に戦局を進める手駒にされて千切り捨てられるだけだよ」
友人の彩さんを暴雨の囚獄に引き込んだ囚人に対して激しく敵意が湧くのは分かるけど些かやり過ぎだ。
分厚く覆い隠された囚人の人情すらも疑ってるとはいえそれ以上、依頼人を侮辱するなら私だって黙ってはいられない。
「暴雨の囚獄では罪を犯した過去を顧み、真剣に更生に取り組み、勝手だった自分を直そうと奮闘する方々がいます。
少しでも前に進もうとする方がいるなら全力でささやかな援助する。UNdeadの方針に従っただけです。
懸念も分かりますが前を向いて努力する方の格を落とす言い方は控えてください」
それだけを伝えると響彌さんと白波さんも囚人が真っ当に変わるなど有り得ないと決め付ける招蘭さんを咎めようとする。
「幾らなんでも気が立ち過ぎだろ。
今日のお前、らしくねーぞ。招蘭」
「響彌様の言葉にも一理あります。
北里様は自らの意思と責任を賭けてUNdeadとしての仕事を受注したのです。それ以上の言葉は北里様の強さを侮辱する事に繋がりかねません」
「なんで囚人に対してそんな寛容になれんのさ?
あいつらは秩序の維持に必要な規則を平然と破って、狡猾に作った偽りの過去で無実の獣人を引き込むんだよ?
そんな連中に生まれ変わる気があるなんて考えられないね。信頼すれば取り返しのつかないしっぺ返しを喰らうだけだ」
彩さんと出会ってから招蘭さんの怒りは膨れ上がっている。
だけどその矛先は囚人が大部分では無くて囚人に抗える実力を持っていない自分に対して向けているようにも思えるがここまで激昂した状態じゃ話し合いに参加するのは厳しくないだろうか。
それは清華さんも同じ考えだったらしい。
「招蘭、外に出て頭を冷やしなさい。その状態で会議に参加されては足でまといです」
「統主まで囚人を庇うんですか!?
あなただって緋袁のせいでどれだけ大変な思いをさせられたのか忘れてませんよね!?
あいつらを許したら被害者やその遺族がどんな気持ちを抱くと」
「頭を冷やしなさい。これは命令です」
「・・・・・・さーせん」
変化しない感情の中に込められた威圧に押され、すたすたと部屋から出ていく招蘭さんの背中は抑えきれない怒りに震え、小さくしぼんでいた。
静まり返った部屋の中、一刻も早く始めたい会議の行方を固唾を呑んで見守ってると決断は一瞬で下された。
「席を外した招蘭には悪いですが今から始めましょう」
「え? 欠員でやって大丈夫ですか?」
国の重要な会議で四臣の一人がいないままやって大丈夫なのかと清華さんに聞いてみるが他のメンバーにも異存は無いみたい。
「今は一刻を争う事態でございます。すぐにでも会議を始めるべきかと。
招蘭様への概要の共有に関しては私が簡潔にまとめお伝えしましょう」
大事な刀と霊魂の美恵を大切に抱える白波さんがさざ波の様に落ち着いた声で申し出てくれた。
続けてウィンドノートが私に声をかける。
『暴雨の囚獄での報告なら俺だけでも可能だ。
お前は招蘭殿を追いかけクールダウンに付きやってやるといい』
清華さんがいるかもしれないと予測していたベランダに招蘭さんは佇んでいた。
街の街灯と繊細な夜風に浸っていた彼女は気配だけで私に気付き、手すりに身を預けたままある程度冷めた口調で会話の先陣を切る。
「・・・・・・その迎え、統主のお願い?
ごめん、手間かけさせたね。
囚人への怒りに熱中して心無いことばら撒いちゃった」
「本当に怒っているのは自分自身じゃないですか?」
少し距離を置いた隣に寄り添い、道中で買ったジュースを渡した後も私は続ける。
「大事な親友が危険な大罪人の緋袁さんの下に行くと頑なに言い張って、力及ばず止められなかった自分に苛立ってそれを変える為にどうすればいいのか迷っている。
その気持ち、共感できますよ」
「凄いね。全部見透かされてるみたい」
「大まかな仕草から大体、読み取れますよ。
フィギュアは指先の仕草にも気を使わないと綺麗な演技にならないんで」
戦闘の動きだけでなく人の気持ちを汲み取るにも応用出来たんだからフィギュアをやってて本当に良かった。それと国語の勉強も。
私の予測が図星だったのかジュースを一口付け人工的甘味料で心を落ち着かせた後、誤魔化し続けた本音を吐露する。
「前から気付いてたさ。
社会から外れたからどう扱っても文句は無いって自分の中で誤認させた罪人のせいにして彩を止められなかった自分の弱さをひた隠しにし続けてることを。
でもスイさんの言う通り、罪人の中にも真っ当に生きようと努力してる人がいるのは疑いようがなく認めるべき善行だもんね」
悪役の出る物語なら懲らしめたり倒したりすればハッピーエンドだけど現実はそうもいかない。
相応の裁きを受けてすぐに終わり、ではなく罪を清算し終えたその後の時間も流れていく。
だからこそ支えてくれる環境と人物は私達一般人よりも一層、重要になる。
複雑な感情に突き動かされるまま多くの霊体を殺した緋袁さんだって本来なら自然領域に追放された後も孤独なその後を過ごすはずだったが、共感し寄り添う支柱になろうと暴雨の囚獄に押しかけた彩さんによって穏やかな生活を送っている。
嫌厭される肩書に恐れず心配する彼女の強さによって緋袁さんはこれ以上、道を外さずに済んだのだ。
奥手な自分と違い臆さず行動した彩さんと比べ、招蘭さんは自身の不甲斐なさを垂れ流す。
「はぁ、こんなみみっちい度量じゃ彩に会わせる顔がないよ。
かといって面と向かって話してもまた喧嘩になりそうだし・・・・・・」
「でもこのまま喧嘩別れでいいんですか?」
我に返ったように招蘭さんが顔を上げた。
「皆さんって話をする前から相手を決めつける傾向がありますよね?
どうせ理解してもらえないって。
なんで外からの情報だけで全てを知ろうと思うんですか?」
人間を拒む態度も囚人全員を悪者だと思うのも過去の経験上、仕方のないことではあるが僅かに話をする勇気だって同じくらい必要なはずだ。
排斥だけを繰り返していれば残るのは満たされない充実感だけなんだから。
「だ、だって、見ただけで深入りしちゃダメな奴とか話しかけようと思わないし」
「ま、過去の私も言えた事じゃありませんけどね。
仲良くなった友達も大抵の子は万人受けするような子ではなかったので最初、関わる時はそれは怖かったですよ」
今ではかけがえのない親友である清水さんと初めて話したのは高校に入学したばかりの体育の準備運動の時だった。
今よりも派手な容姿に染まっていた当時の彼女は男遊びにはまっている、なんてつまらない噂が尾を引いていて同じ女子から疎外され、異性にも彼女に話しかけようとする勇者はいなかった。恥ずかしながら私にもなかった。
彼女が私に声をかけてきたのはペアの定番だった子が病気で欠席してしまい誰と組もうか悩んでいた時だった。
『あの、北里さん。
ペアいないなら、一緒に組んでほしいなー・・・・・・なんて』
同年代に接しているとは思えないほど遠慮気味な彼女と話してみるとスポーツ好き、愛読のファッション雑誌が同じ、中学卒業までにフィギュアと卓球を辞めざるを得なかった事情があった共通点が発覚し私達の仲はどんどん深化していった。
勿論、あり得ないって顔で見る人も多かったけど気にはならなかった。大切な友達と一緒に過ごす事の何が悪いっていうんだ。
「彼女は勇気をもって未知数の私に声をかけ、私にもかけがえのない友人を齎してくれました。
未知に怯えてばかりいては良い未来もやってきませんから。招蘭さんに彩さんと仲直りしたい気があるなら結果を恐れずに面と向かって話すべきです」
「・・・・・・そうだね、いつまでも逃げてたらずっと心残りになるだけだし真面目にあの子と向き合って話したい。
そこで彩の決意を受け止めて今度こそ頑張れって送り届けたい」
決意を示すかのように最後までジュースを飲み切った招蘭さん。
缶と一緒に誤魔化した弱さをゴミ箱に捨て、晴れやかになった彼女を支配する怒りはそこに無かった。
「さ、戻りましょ。スイさん」
悲報は唐突に素っ気なく(2) (終)