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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
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悲報は唐突に素っ気なく(1)

 狼耳の少女、彩さんに無理矢理連れられ玉座が併設された洞窟からまた無秩序の街へ向かう、はずなんだけど現在、密集した住宅街から外れた崖に近い道を通っている。

 しかもかなり深い所まで降りて来たらしく最低限の設備しかない無骨な岩道の周囲は黄金の(もや)と猛々しい清流の唸りが充満している。

 清華さん達には先に下山してもらったけど去り際に招蘭さんから ”彩、狼の特色を持つ暴雨の囚獄に魂売った狂人に気を許したら駄目だ” と警告された。

 エッセンゼーレの干渉を受けそうな人気(ひとけ)の少ない道に連れ込まれた時点で油断はしていないけど、お茶という名目でこんな辺鄙な所まで連れて来た彩さんを最も訝しんでいるのはウィンドノートである。

 

『おい、どこへ連れていく気だ?』

 

「さっき言ったでしょ? お茶に付き合ってって。

 喫茶店みたいに立派な所では無いけど私らにとっての数少ない憩いの場は喧噪から離れた所にあんの。

 創作に浸りたい人にはもってこいの場所だから邪魔も入りにくいって保障する」

 

 人っ子一人もおらずエッセンゼーレもちらほらいる周辺にゆったり寛げるお店なんて本当にあるのかな。

 邪魔が入りにくいって言葉も、自分達のボスを屈服させた報復として今からやるリンチの邪魔が入らないの方がまだ意味が通ってるように思えるし緋袁さんを崇拝してる囚人ならやりかねない。

 そんな疑念が隠しきれてなかったのか彩さんがピタリと止まって振り返ると鋭いアイラインで囲ったとろんと溶けた大きな目でこちらを覗き込んだ。

 

「緋袁様がやられたからその仇討ちでボコボコにしようって訳じゃない。

 それに一度決まった勝負にいちゃもん付けて勝者に侮辱を与えるの、彼がこの世で一番嫌いな事だから私達もそれを遵守してる」

 

 どうやら過剰な杞憂だったらしい。

 思い返せば緋袁さんは審判の目を置いた一対一の決闘を好んだり、どんな相手も偏見で決め付けず最初から全力で来てくれたり、力尽きた私に対してもとどめを指す事はしなかった正々堂々とした男。

 その姿勢は勝負を終えた後も変わらず、勝者が掴んだ喜びを台無しにしないように自身の奮闘の原動力に変える為の貴重な敗北を余計な茶々を入れて無駄にしないようにそういった行動も禁止させてるのか。

 こういうストイックなところを持つ緋袁さんっていい意味で罪人っぽくない。元フィギュアスケーターの私の見立てだけど多分、緋袁さんってスポーツ選手に向いてる性格だと思うんだよね。

 それに緋袁さんとの戦いを通じてその性格は作られた偽りでは無いことであるのは分かっている。だからこそ最低限の信頼が生まれた。

 

「分かりました。一戦を交わした緋袁さんを信じ、一応は付いていきます」

 

「それで充分。私もあなたのこと、心から信頼してないし」

 

 端的に言うと彩さんは案内を再開する。

 うーん、人間嫌いが多いと聞いていたから好意的な目を向けられるのは少ないと覚悟してたけど真っ向から言われるとちょっと複雑かも・・・・・・

 なんて苦笑いを浮かべるとウィンドノートの声が染み入って来る。

 

『おい、キタザト!!』

 

 気付けばそこそこ大きな岩が崩落しかけていた。

 致命傷とまでは至らないが当たれば十分な痛みが発生し今後の戦闘に影響が出る。

 すぐに躱す準備を始め、ウィンドノートが矛先を逸らす風圧を生み出すけど彩さんが手出ししないでと言った瞬間、岩は空中で爆散した。その原因は彩さんの手元に現れていた。

 手首のスナップ一つで開閉可能な丈夫で軽い黒の機械仕掛けの弓と特殊な薬品を装填したジュラルミン製の矢。

 エッセンゼーレと遭遇しない道を選んでいたから道中でお目にかかれなかった彩さんの戦闘は自身の脳で処理した緻密な計算により見定めた精度を活かして遠距離から様々な現象を操作するトリッキーな射撃手。

 コンパクトな造形の弓から放たれた爆薬を詰んだ矢は黒い箒星の様に軌道が一切ブレず、刺さった先で仕掛けを的確に発動させ岩を粉砕した。

 

「ご、ごめんなさい。お手を煩わせてしまって」

 

「手間なんて思ってないよ。もてなす以上はちゃんと護衛もする。

 ツイてないね。あなたが通った時に限って岩壁促進が始まるなんて」

 

『岩壁促進?』

 

「十年に一度、ここらの岩山は強度を更新させる為に古くなった表層の岩を削ぎ落とすの。

 頻繁に岩が落ちてくるから茶屋も合わせて休業するんだけどこんな時に落ちるなんてね。もしかしたらこの先も落ちてくる可能性あるし用心は心掛けて」

 

 じゃあ、この落石も悪趣味な偶然?

 忌々しい不運め・・・・・・ どこまで私に付きまとえば気が済むんだ。

 

『しかしあの刹那で岩を撃ち抜くとは。貴殿も中々手慣れた武人と見える』

 

 確かに狙いを定めて発射するまでの流れが一瞬だった。

 彩さんって技術職の立ち位置に在籍してそうな方だけどこれは護衛なんてレベルじゃなくて相当、鍛錬や戦場を経験しないと出来ない芸当だよ。

 その強さに至った経緯を彩さんは素っ気なく答える。

 

「ある程度は強くないといけないの。一応、緋袁様の右腕みたいな役職だから」

 

 

 崖の最果てに本当にあったのはこぢんまりしたお店。

 小さな木造住宅を暖める照明や雨の影響を受けないよう用意されたテラスの和傘などある程度の営業を補助してくれる技術は内蔵されているけど全体的な佇まいは時代劇に出てきそうな旅路の途中の茶店みたい。

 名前は清水茶房っていうらしい。

 獣人の店員さんしかいない店内だったので注文はスムーズに進み、頼んだ飲食を持ってテラス席に腰を下ろす。

 私と彩さんの前には澄んだ緑茶と竹串が当たる度に柔らかく揺れる水饅頭が三つ。甘い物の気分じゃなかったウィンドノートには食事メニューの紫蘇おろしうどんが置かれている。

 暴雨の囚獄は恵まれない環境に囲まれている為、食物はお世辞にも品質が良いとは言えないけど清流から直接汲み取りろ過した水は絶品でここの特産品だと自慢された。

 そのままの水を紙コップに入れて持ってきて貰ったので試しに飲んでみると水道水とは比べ物にならない口当たりと後を引く仄かな甘さがミネラルウォーターを彷彿させた。

 当然、これを使った料理達も絶品で水饅頭は高級品みたいな奥深くしつこくもない甘さに仕上がり、緑茶も少ない茶葉に含まれる旨味と香りを無駄なく吸収し喉越しも滑らか。

 

『このうどんも素晴らしい味だ。

 紫蘇の天ぷら、大根おろしも手打ちのうどんも臭み無く抽出された鯖の出汁とよく合う』

 

 降り注ぐ雨を細やかな音量に調節した天然のBGMと美味しいお茶とお菓子。

 彩さんの言う通り、程よい閑静と作業の補給が充実した隠れた名店は創作人にとって好ましい場所と言える。

 

「ゆっくり味わうといいよ。この店だって決して安くは無いから」

 

「奢ってもらってばかりでは悪いですし後でお返しさせてください。いくらですか?」

 

「現在の日本円に換算すると、このお茶一杯で六百円。水饅頭は九百円。ウィンドノートが食べてるうどんは八百五十円ね」


 ふむふむ、緑茶は二杯だから千二百円で水饅頭は二つで千八百円のウィンドノートのうどんが八百五十円だから合計で三千八百五十円か。そこから割り勘の千九百二十五円を彩さんに渡す。

 少数精鋭で全商品が手作りと考えるとこの値段が高いとは思わないけれど三人分のファミレス代金みたいに値が張るのはやっぱり材料が手に入りにくいからだろう。

 ただでさえ少ない食料を部外者の私達に振る舞ってくれた事に感謝を示す為なら二千円近くのお金、喜んで払おう。

 未だに熱を保つ緑茶で手を暖め、彩さんが口を開く。いよいよ私達をここに連れて来た本題を切り込むようだ。


「緋袁様の話は聞いたことあるよね?

 栄遠の銀峰を建国した英雄でありながら多くの霊体を殺した大罪人だって」


 感情の歯止めが効かず巡回中にメデルセ鉱脈で人々を殺した話は暴雨の囚獄に向かう前に雪菜さんから聞いている。

 理由を語られてないせいで隠された事情を理解出来ないが今のままだと殆どの人が緋袁さんは極悪な殺人犯って答えると思う。

 けど彩さんの面持ちを見る限り、単純に付けられた烙印ではないようだ。


「けどそれだけで緋袁様を根っからの悪だと決め付けて欲しくない。

 確かに緋袁様は人の生死に介入した。それは許される事じゃない。

 でも彼にはあの行動を取らざるを得ない理由があったの。それまで否定したら彼は本当に孤立してしまう」


 どうやら思うよりも複雑な心境があったようだ。

 けど重大な過去を話して貰う前に疑問があった。


「なんで私達にだけ教えてくれるんですか?」


「あなたなら栄遠の銀峰と暴雨の囚獄の関係を緩和出来るかもしれないから」


 物静かな喋りとは相反する速度でぱっと答え、続きが連ねられる。


「翠、獣人の今後を変えるかもしれないあなたには知って欲しいの。彼が歩んだ苦境を。

 その上で暴雨の囚獄に手を差し伸べて欲しい」


 彩さんの重々しい口から語られた緋袁さんの過去。

 過疎化した地域に人を呼び込もうと大事にしていた温泉を観光地に加工しようとした人間に身勝手な立ち退きを強制された事。

 再発するかもしれない恐怖と第二の故郷を失いたくない後悔が脳内を支配し人を信じられなかったが故に排除を選んだ事。

 決して善行とは言えないが国を存続させる為にこういった無情も必要でありその役目を彼が担うと伝えても暴力思考を嫌う清華さんに理解して貰えず追放された事。

 色んな流れに振り回された緋袁さんの道程を語り終え、彩さんの湯呑みを握る手が少し強くなった。


「栄遠の銀峰で開発に勤しんでた当時、同僚の子達の隠しきれなかった会話からその噂を聞いた時、私はいてもたっても居られなくなった。

 ニホンオオカミも人間の勝手で滅んだ種族だから人間と共存出来た子達から人間不信の気持ちを共感してくれない寂しい気持ちは私も痛感出来た」


「・・・・・・だから栄遠の銀峰から離れて緋袁さんの下に行ったんですか?」


「緋袁様の後を追うって決めた時、酷く対立した子がいてね。

 それは翠も察してる通り、今は四臣の招蘭。私のかつての友人だったサランだよ。

 人間不信を患った緋袁様に寄り添いたいって言ったら命をなんとも思っていない大罪人に好んで近付くなんて命取りにも程がある。って激しく止められてね、結局、強引に押し通してここに来た。

 以前の関係を取り戻そうにも私は暴雨の囚獄にとって必要な存在になった裏切り者だからもう無理だろうね」


「まだ挽回の余地はあります」


 諦めかけている彩さんに即座にそう返す。

 研究施設で分かり合えないまま喧嘩別れした事を酷く後悔していた話を聞き、私は合点がいった。

 招蘭さんも彩さんが開発した白熱灯を見て物憂げな表情を浮かべていた。

 あれはきっと無我夢中で全てを捨てて緋袁さんの唯一の理解者になろうと手を差し伸ばそうとした彩さんを思い返していたんだ。

 さっき久々の再会を果たした時、気まずい雰囲気だったから招蘭さんが彩さんにどんな気持ちを抱いてるのか分からないけど彼女と同じ後悔を思っているならまだ仲直りは出来る。


「お二人の中には "どうせ理解出来ない" って思い込みを抱えていると思うんです。

 だから会話する勇気も起きないんです。

 一度、全ての偏見を置いて腹を割って話す機会を作ってみてください。

 案外、すんなり上手く行きますから」


 学校の友達と喧嘩した時の対処を思い出しながら提案したアドバイスを彩さんはじっくりと噛み締めてるように見えた。


「前置きが長くなってごめん、本題に入るね。

 緋袁様に変わって正式にUNdeadに依頼したい。

 今、暴雨の囚獄は重大な財政難に陥っている。

 けど行動理念すら否定された緋袁様は強情になって支援も素直に受け取れなくなって暴挙に出なければお金を稼げない深刻な状態なんだ。

 だけど住民の中には家族を持って真剣に更生に取り組む人々だっている。そんな彼らにもう二度と金品や命を奪って欲しくない。それに暴雨の囚獄の副長としてこれ以上、栄遠の銀峰との溝を深めたくない。

 あなた達が来た今こそ集落を真っ当に変貌させる機会だと思ってるんだ。手伝って戴けないかしら?」


「勿論です」


『俺達に任せてくれ』


 サファイアクイーンの討伐に加え、両国の関係の取りまとめか。

 サメノキ地方での依頼もスケールと難易度がでかくなったなぁ。


 悲報は唐突に素っ気なく(1) (終)

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