黄金山の大将(6)
『理由を説明してもらいます。緋袁』
滴る鮮血と溶けた霊体に溢れた惨劇の後、緋袁は清華の個室に呼ばれた。
理由など鈍くても予測出来る。
ポータルの近くで派手に虐殺したお陰で異変に気付いた清華が酷く汚れた緋袁を見て何故、多くの霊体を殺す残虐な行為に走ったのか問い詰める為だ。
蛇の様に鋭く開いた瞳孔が張り詰めた尋問の空気を生み出し部屋中に淀む。
臆病な心の持ち主がこの場にいれば全身の穴から汗が吹き出る冷たい空間だったが緋袁は揺らぐことの無い炎の様に毅然と答えた。
『俺は栄遠の銀峰を脅かす障害を前持って排除した、つまり仕事しただけだ。
それになにか問題でも?』
『大ありに決まっているでしょう!!』
清華が激しく机を叩いた。
感情表現が苦手な小さな人間体の彼女から発生したとは思えない衝撃は狭い部屋に大音量と振動を響かせるも緋袁は一切動揺しない。
『何故、人間を殺したのですか!? 彼らは生活の為に最低限の範囲で採掘していただけであって命を脅かされる謂れは無いはずです!!
それに有無を言わさず襲うなど言語道断です!! 私は怪しい者を見かけたらまずは質疑から入れと』
さすがは人間と獣人との共存を望むお優しい統主。
あの鉱夫達が善人だと本気で思っているらしい。
微笑みを模った仮面しか見せていない人間の恩寵の下で過ごした飼い猫らしい純粋な偏見に緋袁は多量の脂を摂取したような胃もたれを感じていた。
『・・・・・・相変わらずあまっちょろいんだよ、お前は』
『貴方にそんな返答をする資格があるとでも?
弁明は貴方自身がどれだけ取り返しのつかないことをしたのかを明確にしてからで』
『遠目から人間を見ただけで全てを知った気になってんじゃねぇって言いてぇんだよ』
一触即発の危険な空気は緋袁の返答で更に尋問は激化していく。
『お前が思ってる以上に人間の内部は複雑だ。
奴らは社会という厳しい世界で適応する為に秩序に従った表面上を保ちつつも結局はどれだけを犠牲にしてでも得してやるっててめぇの野心のことしか考えてねぇ。それ故に同族と争うことにも躊躇わない。
別種となりゃ尚更だ。言葉の通じねぇ奴らに容赦や慈悲をかけることなど有り得ない。友好関係を望む誠実な振りに騙されてこっちが付け入る隙を晒してしまえばそのまま滅ぼされる未来にも繋がる。
だったら先手を打って潰すのがこの国の繁栄の為だと思わないか?
もしそいつらを仕留め損ね、栄遠の銀峰に危機が訪れたらお前はちゃんと責任取れんのか?』
話を共有する人物が二人しかいないこの場で緋袁は余さず心根を言い放った。
人間が抱える醜い本性。
緋袁の生前でそれを知っても尚、積極的に人間と関わり友好を結ぼうとする清華への警告。
表の人間の姿しか見ていない清華が外面に騙された際、栄遠の銀峰が辿る悲惨な結末。
悪意の塊でしかない人間によって半生を翻弄された過去を思い出しながら緋袁はこれだけは心に留めろと強めに進言する。
『お前の腑抜けた温情一つで栄遠の銀峰が、全ての国民の運命が左右されるんだ。
民の上に立つ以上、無情になれ。人間も敵と思え。
血腥いのが嫌ならばお前の号令を受けた俺がやる』
緋袁は決して罪逃れの為に言葉を並べている訳では無かった。
自分が辿った悲惨な末路を他の獣人に味わって欲しくないからと過敏に人間を敵視し己が手を血で染める覚悟を固めていただけであった。
お世辞にも緋袁の行動は万人にとって正しいとは言えないが、これからの栄遠の銀峰が立派に豊かに発展するために必要な厳しい一因だと彼自身、強く信じ清華にも了承してもらえると思っていた。
しかし清華に納得する素振りはなかった。
『兵士よ、今すぐこの罪人を追放しなさい』
清華の呼びかけで鳥の兵士が忍者のように迅速に忍び寄り緋袁を拘束する。
持ち前の怪力で振りほどこうにも身体の付け根を的確に縛られ動かすことも適わない。
『おい清華!! てめぇ、なんのつもりだ!?』
手荒な判決に必死に不服を訴える緋袁に対し疑心暗鬼の存在しない人間との完全な平和な対等を望む清華は、暴虐でしか活路を見出せないかつての友人に確定した罰を言い渡した。
『大勢の霊体の記憶を奪った罪により今日を以て貴方の権限、栄遠の銀峰に属する籍を剝奪し北の山へ追放とします。
これは決して覆らない判決です。
二度とこの街に足を踏み入れられると思わないことです』
『お前・・・・・・本気かよ?
栄遠の銀峰を、俺達の故郷を潰す気か!?』
『貴方の忠告は慎んで受け取らせて戴きます。
ですが力を振るうだけでしか国を保てないと思う危険思想の持ち主に、私達の国造りは任せられません。
来る者を受け入れる深い懐と悪しき企みを抱く邪な者への猜疑心。理想である両立を果たすには過激に寄り過ぎた貴方は危険過ぎる。
連れていきなさい』
清華の短い指示で身体が部屋の外へ、戦友だった清華との距離が遠ざかっていく。
最後に見た清華の姿は悔しそうに呟いていた。
『・・・・・・許してください。一度、乱れを認めてしまえば規律は立て直せなくなるのです』
「・・・・・・スイさん!!」
「・・・・・・おーい、キタザトー」
強引に引きずり込まれた疲労の闇の中で霊体が空を泳ぐ様に漂っている。
緋袁との激しい戦いを切り抜ける為に相棒の力を使い過ぎた代償として強制的に身体が如何なる反応も許さない状態に陥ったが多少の回復が確認出来たのか招蘭さんと響彌さんの導く声が薄らと聞こえるようになった。
徐々に意識が浮上する中、私は新たな発見を学んだ。
霊獣の力を使い過ぎると昏睡みたいな感じになるんだなと。
反動が怖かったから可能な限り、憑依の使用を避けてきたけど、強力な技にありがちな調整の後隙と言えど確かにこれは危険過ぎる。
普通の人なら命が燃え尽きてもおかしくない代償を私はなんとか無意識に寝息を立てて微動だにしない程度に収まってるけど相手がその気だったら簡単にとどめをさせれるから。
今後もウィンドノートの憑依は極力使用しないようにしよう。
意識が霊体に戻ると視界には倒れた時と変わらない石の修練場。私の周りには容態を心配する清華さん達が覗き込んでいて目を開けると安堵の息をあげていた。
気絶してから何時間経ってるのか聞くと”二時間”と言われた。逆にあれだけ力を使い果たしたのにそれだけしか経ってないことに驚きだよ。
『無理をさせてしまったな』
ウィンドノートが吹かす優美な癒しの風が横たわった霊体に染み渡る。おかげで上体だけ起き上がることが出来た。
相棒が申し訳なさそうにしているので気にしないでと伝える。
「君が全力を出してくれなかったら緋袁から一本なんて取れなかったし」
必死になって傷を付けられた相手は柄の悪い態度で地面に座り込み、ちらりと私を見るとまたそっぽを向いて悪態をつきはじめる。
「よう、やっと目を覚ましたか。人間。
お前らの一撃、中々効いた」
あれだけ凍傷を受けても緋袁は平然としている。
私に追い打ちをかけるには絶好のチャンスが舞い降りてるはずだが、緋袁が動こうとしないところを見ると勝負は既に決してるみたいだけど結果はどうなったのだろうか?
地上に続く階段から速足で降りてくる存在があった。
全身をくるめそうな青いパーカーに黄土のサロペットを着た小柄な狼耳の少女は顔に付いた煤を手で拭いながらコートに近付いてくる。
「緋袁様。今宵の襲撃についてご相談が」
今宵の襲撃で私はさっきの勝負に秘められた重大な役割を思い出した。
サメノキ地方を脅かすサファイアクイーンを倒す為に緋袁の協力を取り付けつつ栄遠の銀峰への襲撃を阻止する。
全ての獣人の命がかかったこの勝負は死力を賭した一撃に耐えられた以上、緋袁の勝ちとしか言えない訳で・・・・・・
どうしよう。みんな信じて送り出してくれたのにこんな不甲斐ない結果で終わるなんて。
響彌さんが元英雄に食らいつくのだって大変なんだからもっと誇れって励ましてくれるがそれでも緋袁の足下にすら及ばなかったのが悔しい。
しかもやばいのは招蘭さんと狼耳の子が対面した時、険悪な雰囲気になってることだ。
「・・・・・・サラン? なんでこんなところにいるの?」
「はぁ、あんたにだけは会いたくなかった。彩」
狼耳の彼女に注目してみると機械いじりに向いている道具が服のポケットに常備されている。白熱灯を見た時の招蘭さんの表情が曇った原因ってもしかして・・・・・・
かたや親の仇を見るようなキツイ目、かたや深い溜め息。
彼女達には一言で済ませられない複雑な因縁が存在しているようだ。
場が凍り付きそうになる後一歩のところで緋袁が遮って予想に反する事を告げた。
「彩、全員に伝えとけ。
襲撃はなしだ。っていうかしばらくやる気もない」
「なっ!? ど、どういうことですか!?」
彩という子に対し緋袁は肩をすくめて続ける。
「さっきそこの人間と喧嘩をしたんだが負けちまってよ、結果に則って襲撃を禁止せざるを得なくなった。
つー訳で片づけて休むように」
なんて強引な言いくるめ方・・・・・・
観客がめっちゃ言いたそうだったけど一睨みで制圧させてしまったし、私自身は納得いかない結末だけど勝者がそう望むのなら甘んじて受け入れるしかない。
「緋袁、それならば」
と清華さんが協力を受け入れてくれると続けて言おうとすると、緋袁は手を差し出して先の発言を封じてきた。
「思い上がんな。
俺は力を示した、名前なんだっけ?」
「北里 翠です」
「力を示した北里に相応の敬意を表して取り敢えずの妥協案を飲むってだけだ。
お前らが俺の攻撃を捌いた防御と俺に入れた一撃の分として、暫く栄遠の銀峰に干渉しないこと。宝石の形骸を倒す共同作戦への受諾を拒否ではなく保留に変えさせてもらう。
最終的な暴雨の囚獄の回答は以上だ」
はぁ~ぁ、取り敢えずは延命出来たってことでいいのかな。
共闘とまではいかなかったけど囚人達が栄遠の銀峰を攻撃しないことを確約してくれたしこれでサファイアクイーンとの対決に集中できる。戻って他の四臣の皆さんと合流して作戦会議しなきゃ。
「貴重なお時間を拝借戴き感謝します。緋袁さん」
「頼むからしばらく顔を見せんじゃねーぞ」
律儀に礼を残す清華さんにさっさと行けとジェスチャーする緋袁さん。
この時だけは微かに昔の友人関係に戻ったようにも見えた。
友好の修復の兆しを見たところで私も踵を返そうと階段に向かおうとした時、乱暴に肩を掴まれてしまう。相手は狼耳の少女、彩さんである。
「ねぇ人間。ちょっとお茶に付き合いなよ」
黄金山の大将(6) (終)