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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
37/88

黄金山の大将(4)

 きょ、拒絶!?

 言い間違いかとも期待したけど堂々と言い切ったその態度から見るに本気っぽかった。

 自分たちの命もかかってるのに協力を拒むなんて・・・・・・


「おいふざけんなお前!! かーちゃん自ら出向いてんのにあっさり一蹴とかどういう頭してんだ!!」


 拒否権は無いはずの囚人から偉そうに返された "嫌" に腹立ち今にも殴りかかりそうな響彌さんを必死に抑えつつ緋袁の話す時を待つと彼は溜め息混じりに答える。


「・・・・・・あのなぁ、俺はお前らに暴雨の囚獄に来いと要求した覚えは無い。宝石の形骸を倒す為に力を貸して欲しいって自らの意思で直談判しに来たんだろ?

 勝手に押しかけて来たんだからよ、あっさり断られるのも想定出来たんじゃねぇのか?」


 緋袁の言い分は的確だった。

 清華さんがわざわざ厳しい道程を通り、峡谷にある暴雨の囚獄を訪れたのはサファイアクイーンに対抗出来る切り札となり得る緋袁と協力を結ぶ為の自分勝手だ。当然、緋袁達囚人の気持ちや現状など考慮していない。いきなりやって来て、文字通り手足となって働けなんて言われたら誰だって気に食わないだろう。

 緋袁の指摘は自分勝手という観点を更に深入りした物になっていく。


「それに自分の手でこんな危険な辺境に追放しておいて都合の悪い時だけ手を借りるなんてよ、ちょっと虫の良い話じゃねぇか?」


「自分勝手な犯罪者が何を偉そうに」


「お、落ち着いてください招蘭さん!!」


 今の境遇に置かれたのは自分の欲を優先して他人を蔑ろにしたからである囚人が薄ら笑いで自分勝手を指摘する事に対して次に怒りの火が着いた招蘭さんを止めようとするも働き始めの平社員と長年、統主の傍に立った四臣では実力が違いすぎて簡単に振りほどかれそうになる。

 助けてくれたのは杖の取っ手で前進を遮った統主だった。


「心を沈めなさい、招蘭。

 身分が著しく低くなったとはいえ囚人も意思ある一人の獣人。尊重しなさい」


 清華さんから見れば簡素な注意だと思うけどちょっとだけ交えた威圧に押され招蘭さんは口惜しそうに手を引く。

 緋袁が見張りを帰らせる際の感情の入れ方や口調に似通ってる点もあったしひょっとしたら彼の統率力も清華さんの方法を模倣してるのかもしれない。

 招蘭さんと入れ替わり緋袁の前に立つ清華さん。

 傍から見ればサメノキ地方の未来を賭けた大事な場面、過去の事情を知る私達には旧友との語らいにも見える交渉が始まった。


「先程は私の部下達が粗相を働きました。申し訳ありません」


「ったく、なんで小(うるさ)いの連れて来たんだ。いつも隣にいる堅物の蛇はどうした?」


「碧櫓ならば別の問題に当たっています」


「へっ、有能な奴は大変だねぇ」


「緋袁さん。

 まずは何故、こちらの要請を拒否したのか理由を教えて戴けませんか?

 我々に協力する事は囚人に向けられた偏見を僅かに変えられる貴重な機会でもあるのですよ。

 それに暴雨の囚獄を取り巻く不況を考えれば報酬を捨ててまで断る理由は無いと思いますが・・・・・・」


 緋袁はやれやれと言った感じで首を振った。


野生側(俺達)は餌に釣られて躾を守るペット(お前ら)と違って自分の気持ちを優先しているんだ。

 気に食わねぇ栄遠の銀峰と手を取り合うなんて二度目の命日以上に受け入れたくねぇな。

 犯罪に至るまでの経緯を知ろうともせず表面上の嫌悪だけすくって見放した浅はかな連中がどうなろうと俺達には関係ない。打つ手がねぇなら仲良く死にやがれってんだ。

 それともあの判決を取り消し、再び町民として迎え入れてくれるなら考えてもいいが?」


「私は統主として相応の判決を下しただけです。あの判決に間違いも後悔も一切ありません。

 経験した過去がどれだけ悲惨な物だとしても貴方は共存すべき多くの人間の思い出を奪い、現在に双方に不安を齎した。永久に雪げない罪を持つ以上、貴方に栄遠の銀峰に住む資格はありません」


「・・・・・・ けっ、あれから何年も経っているが野生側の境遇を理解すらしようとしてないなんてな。これだから飼育下の奴は」


「他に思い付く代価はありますか?

 金や地位は不要と言えど家族を思いやる貴方なら彼らが抱える問題も貴方の問題だと思いますが」


「あぁ、一つ思いついた。

 栄遠の銀峰の連中が今すぐその場を去り二度とその面を見せない事だ。

 これならお互い気分を害さないし何より一番簡単に実行出来る謝礼だ。

 分かったらとっとと失せろ。でなければ強硬手段を使わせて貰う」


 情に訴えかけても報酬でも靡かない頑固さを前に清華さんは一息吐く。

 と同時に周りの緋袁の舎弟も各々の武器を取り出し暴力沙汰を起こす気満々。

 どうやらもう穏便な対話で解決出来る空気じゃ無くなったらしい。


「・・・・・・栄遠の銀峰、統主として私はどんな手段を用いてでも市民を護らなくてはなりません。

 本来ならば同意の許で協力を得たかったのですがやはり貴方の好きな方法で従属させるしか無いみたいですね」


「それ気付くの遅いっすよ、統主」


「よーやく殴って良いんだな!? かーちゃん!!」


 食卓に好物の料理が並び食べていいと許可された時みたいに憎き囚人に対し大人しく見守る事を窮屈に感じていた四臣の二人は待ちきれないと戦闘準備を始めている。

 けど緋袁が一喝で勢いを止めた。


「ちょっと待て。俺の好きな方法は秩序が入り乱れたこんな大乱闘じゃねぇよ。

 猫は三日で恩を忘れるとか言うがこいつは随分忘れっぽいみてぇだな?」


「・・・・・・確かに、久しく忘れていました。なにせ十年以上も前の事で滅多に起こりませんでしたから」


「俺が好きなのは正々堂々の一騎討ちだ。

 このまま全員相手にしても構わねぇが多勢の雑魚いたぶったところで俺の充足感は満たされねぇ。

 誰の介入も入らず公正に見守る観衆の前で全力の相手を叩き潰す。それこそ俺の望む喧嘩の様式美だ」


 変なところでスポーツマンシップがあるんだな・・・・・・ この人。

 獲物を吟味する様に首を動かす緋袁の視線が私に止まった。


「人間、お前が付き合え。

 ここまで来れてるんだ。戦いだっていける口だろ?」


 ・・・・・・へ? 気の所為、じゃないよね? しっかりと指も刺されてるし。

 なんの因縁も無いはずのご指名に思わず素っ頓狂な声が出ちゃった。


「待ちなさい緋袁、わざわざ人間を選ぶ理由など無いはずです。

 貴方の闘争心を満たす相手なら私が」


「理由か。出せって言うなら興味があるからだ。人嫌いの市民の為に外と交流を隔てるお前が信頼して連れてくる程だ。その実力をぜひ確かめたい。

 後、単純にお前とやるのは飽きたからな。

 それと一緒にいる霊獣も同伴して良いぞ。戦う際は人間に憑依するサポートタイプだろうしな」


 一瞬で戦法まで見抜くなんて流石は武力を司った元英雄といったところだろうか。

 喧嘩に相応しい舞台まで案内すると再び立ち上がった緋袁が私の傍をすれすれで通る時、耳打ちしてきた。


「俺は加減が出来るほど器用じゃねぇからな。

 半殺しになりたくなけりゃ殺す気で来い」


 冗談などではない本気の殺気。

 心が弱ければ腰が抜け足が凍り付く恐怖の警告。

 俗世から弾かれた異常の囚人を暴君の様なカリスマと武勇を持って膝下に置いた彼の強さを耳元で流し込まれ私は緋袁という人物を敵に回すとどれだけ厄介なのか身を持って理解する事が出来た。

 招蘭さんと響彌さんからエールを受けた気がするけど正直、緋袁の存在に支配され半分の内容も聞こえなかった。



 連れてこられたのは洞穴の地下に建てられた大きなホール。

 対人戦を想定した器具に加えて中央には石だけで出来たドッジボールコートみたいなのもある。

 内部では演奏の合間にMCの感想が入っているミクスチャーロックの曲が流れているので常にFMラジオがかかっているのだろう。

 明るい音楽をかけるのはポジティブな感情と活況を苦手とするエッセンゼーレへの対策としてどの年代にも広く知られているからね。


「俺が修練に使う場所だ。

 適度な広さは喧嘩で縦横無尽に振る舞う為の動きの研究に、場に降り立つ閑静は瞑想の集中に最適なお気に入りの空間になっている。

 白猫。お前は審判をやれ。お前の実力と慧眼なら悪質な小細工も見抜けるし乱入しそうな俺の手下やそそっかしいお付きも止められるだろ?」


 緋袁の蔑称でもう殴り掛かりそうになっている四臣の二人だけど清華さんがきつく止めてくれ、サファイアクイーンへの対策に間に合わせる為にも渋々了承した彼女は戦いの影響が及ばないコートの外に立つ。

 贔屓されるかもしれないのに敵陣営に審判を委ねていいのかと聞いてみたけど緋袁は "敵から見ても文句のつけようがない程、叩き潰すから問題ねぇ" と自信を表していた。

 私とウィンドノートはコートの内側に入り緋袁を見据える。虚空から棍棒を携え蓄えた力で豪快に緻密に回し持ち直す元英雄と改めて対面すると罪人に成り下がってから磨かれた侠気と衰えない強者の貫禄からフィギュアの大会以上のプレッシャーが襲いかかって来る。


「俺は最初から全てを出力するぞ。せいぜい踏ん張ってみせろ」


 氷剣を取り出し私も戦意を固める。緋袁の圧力に呑まれないように反抗心を強く滾らせてウィンドノートも身に纏う。


「両者準備は宜しいようで。それでは、始め」


 開幕と同時に音も時間も置き去った一陣の風が衝突しその数秒後、重い緋袁の棍棒が私の頭上に降りかかる。

 緋袁の主戦能力は近距離で本領を発揮するパワー型だが彼の破壊力を高熱と目眩しで補助する高圧縮の光と棍棒のリーチを味方にして近距離から少し離れてもパフォーマンスを落としていない。

 一振りすれば空を切った後に残る振動で身体が痙攣し、石柱に当たれば刀で首を飛ばされた様に跳ねた半身は粉々に砕け散っている。

 光と合わせて繰り出す打撃技を緋袁は "光塵(こうじん)衝破(しょうは)" とまとめて呼んでおり派生の一つである "光塵衝破 覇山(はざん)" は素早い動きと忙しない棍棒の回転を利用し相手に連撃を与える常用の技。

 光を両端に宿しブーメランの様に投げ飛ばす "光塵衝破 揺鳴(ようめい)" は遠くの獲物を狩る際に用いる投擲技としても対処に追われる相手の隙を突いて接近したり追撃にも活用してきた。

 全霊の力が入った無骨でありながら的確に急所を狙う打撃の雨も本当に鎧みたいに頑丈な筋肉を背負っているのか疑問に思う程、俊敏な身体運びも霊獣の力を持ってしても完全に把握出来ず前半は緋袁がペースを握っていた。試合前に叩いていた大口も自惚れじゃなくて確かな実力で裏付けられた自信なのは疑いようがない。

 緋袁が私を追い詰める度に遠くで見ている舎弟達が歓声をあげて彼の力を高めていく。コロッセオの戦いってこんな気分なのかなとちょっと思ってしまった。

 防御だけで半分の体力を削られた私と違い、まだまだ準備運動だと言わんばかりに余裕な態度を崩さない緋袁は距離を取った。


「その太刀筋、UNdeadの剣技か。

 てことはお前、桐葉の部下なんだな」


『キリノハ殿を周知しているのか?』


「忘れたのか、ハスキー?

 俺は今は罪人だがそこの白猫と一緒にあの|栄遠の銀峰(クソ国)を創ったメンバーの一人だ。当然、桐葉とも面識はあるし修行をつけてもらった事もある」


「桐葉さんの、修行?」


「まぁ、手合わせで勝った事は一度も無かったがな」


 六時間以上はぶっ通しで動けるバトルジャンキーのヘルちゃんに付き合えるって聞いた事はあるけど未熟だった緋袁に立ち塞がる壁の様な役割も出来たとあれば流石と言わざるを得ない。

 研修中はエマさん(一度フェリさんに見てもらった事もあったけど)としか関わってなかったから桐葉さんに鍛えて貰った事は一度も無い。一体、どんな修行を課していたんだろう?


「あいつは強いだけでなく野生側の境遇も俺の過去も真摯に同情してくれた義理堅い男だった。

 俺はあいつ以上に尊敬出来る人間を見い出せねぇ。そんな奴の仲間がどんなものかと思えば正直、肩透かしだな」


 その場に立ち尽くしていただけの緋袁は予備動作も無しに光塵衝破 覇山の一部をその場の回転に合わせて繰り出した。

 慌ててウィンドノートの憑依で上がっていた身体能力を駆使し間一髪で避けると光の衝撃波は当たるはずの対象が消えた空白の空間を通り抜け床の石材に亀裂を生み出した。あと少しでも反応が遅れていれば黄金の裂傷に打ちひしがれていた。

 束の間のハーフタイムも終了を告げ後半戦も再び緋袁の優勢から始まった。


「おいおいどうしたぁ!? もっと踏ん張らねぇとせっかくの喧嘩が楽しめねぇじゃねぇか!!」


 それぞれの武器による激しい応酬を何度か繰り返した後、私はずっとぼかされていた行動原理を聞いてみた。


「・・・・・・なんで被害者達を殺したんですか?」


「人間に言ったところで俺の行動を理解出来るのか?」


「話してくれなきゃ理解も出来ませんよ」


 そう真剣に返すと緋袁は軽く呆れていた。


「お前は俺の事を知ろうとしてるみたいだが人間と動物が分かり合えると本気で思っているのか?

 それは現実の見えない子供が目を輝かせて語る実現不可能な理想であり遠い幻想(・・)だ。

 今みたいに言葉が通じなくても要求を聞き入れ吠える裏で隠された彼らの真意を汲み取れたと断言出来るか?」


「・・・・・・私は出来ると思っています。

 向ける視線、僅かな仕草を見落とさず大事にする習性を尊重すれば絆は育まれ替えのきかない家族になる。

 野生側だって一緒です。抱える責任を共有し双方にとって望ましい解決策を考えればお互い幸せになれるはずです」


「甘ったれた空論、言ってんじゃねぇ!!」


 エクソスバレーの特色は緋袁が蓄積した鬱憤に比例して氷剣で抑え込んでいた棍棒に更に力を与える。

 じりじりと鍔迫り合いを制す押し込みによってウィンドノートで強化している腕がひび割れていく薄氷みたいに力を削がれていき負ければ私の霊体が押し潰されてしまう危機に陥れる。

 劣勢の私達を援護しようと自然と身体が動いていた四臣の二人が横目で見えたけど前持って取り付けていた緋袁との約束に従い、清華さんが行くなと牽制していた。


「だったら何故、俺達の故郷は奪われた!?

 仲間と一緒に叫んだ必死の懇願も温泉開発に勤しむ人間は耳障りな雑音としか認識していなかった!!

 何が双方にとって望ましいだ!? てめぇら人間は自分達の事しか考えてねぇじゃねぇか!!」


 緋袁が受けた怒りが防御する剣の振動と一緒に手に伝わってくる。

 残念ながら緋袁の言葉を完全に否定する事は出来ない。

 人間は自分達の安全の為や私利私欲の為に動物の命と領域を壊してしまう。

 そのせいで被害を被った子達が多くいるのは暴雨の囚獄に住む獣人を見れば分かる。

 だけど全てを肯定する事は出来ない。


「うちの猫のルミはブラッシングとシャンプーをする私を見ては一目散に逃げ、近付こうとしないのに他三人には好意的に擦り寄る我儘な女王様でした。

 綺麗な毛並みでいられるよう献身的にお世話したのに全く懐いてくれないあの子に落胆を覚えた事もあります。

 それでもあの子を嫌った事など一度もありません」


「は? いきなり何言ってんだ?」


「私一人の頭を下げたところで怒りが収まらないのは重々承知しています。

 でもあなたには知って欲しいんです。全ての人間が動物を虐げているんじゃないって。

 野生で生きる子達を保護する為に特別な条例を作ったり家族の一員として迎えて大事に育てたり、そうやって本気で動物との共存を願う人間も少なからずいるんです。

 ・・・・・・ですから疑いの中に少しだけ信用を混ぜて欲しいんです」


 動物と話す事が出来るなんて現実では思いもしなかった。

 けどこの非現実のお陰で彼らの本当の気持ちを受け止める事は出来た。

 ここまで来たら霊体の奉仕活動を主とするUNdead社員として彼らの心の苦しみも解放してみせる。


「それで? お前はどうやって俺から信用を得ようとする?」


 鼻を鳴らして挑発気味に眉をひそめる緋袁に対し、私の答えはただ剣を構え直すだけだ。


「あなたが認めた桐葉さんのやり方を倣います。

 この勝負の、次の一撃で」


 黄金山の大将(4) (終)

 

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