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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter2 幻想の侵略者
36/87

黄金山の大将(3)

 私達を牽制する様に冷たい刃先と視線が突き付けられる。

 理由は勿論、排他的なこの地に土足で踏み入った不法者を問い質す為。

 他の見張りもそれぞれの武器を取り出し強引に不法者を追い払う準備が整っている。

 下手に刺激すればすぐに交戦せざるを得なくなる。


『俺達に敵意は無い。この地方の滅亡が懸かった緊急事態を貴殿らのボスに伝えたいのだ』


 先の戦闘で僅かに荒れた花畑を見た豹の特色を持つ女が溜め息混じりに返答する。


「焼けてたり散ってる花がある以上、こちらは喧嘩を売られてるとしか汲み取れないわ」


「そもそも緋袁様に用があるって言うんなら見張りの俺達にもお前らの情報は共有されるはずだろ?

 緋袁様はお客を大事にされる方なんだからよぉ」


 も・・・・・・ 尤もです。

 急だとはいえ事前連絡も無しにお邪魔すれば誰だって不審になるし故意ではないとはいえエッセンゼーレとの戦闘でちょっとだけ花畑も荒らしちゃったし怒り心頭に発するのは当然だ。

 簡単に消化出来ない彼らの憤怒を鎮めようと見張りの前に立ちはだかったのはずっと花畑にいて事の顛末を眺めていた兎耳の女の子だ。


「待って!! この人達は形骸を倒した善良な人達なの!!

 花畑も悪意を持って荒らしてないし私は平気だよ。だからその牙を抑えて!!」


「突然の訪問という無礼な形式になった事は申し訳ありません。

 花畑の損害は近日中に賠償する事をお約束します。今は心を落ち着け私のお話を聞いていただけませんか?」


 栄遠の銀峰の代表者である清華さんも隣に立って宥めようとするけどそれは火に油を注ぐだけだった。

 かつて清華さんと肩を並べ戦った英雄でありながら何の落ち度も無い数十人の人間を殺害した大罪人、緋袁を偉大なる統率者として慕う囚人達にとって奴を追放した清華さんは許せない仇。大罪を犯すに至った彼の思想すらも丸ごと賛同する盲目的な囚人ならば顔を見た瞬間、報復に走るのを考慮するべきだった。

 招蘭さんが鉄扇で受け止めなければ命を奪おうと最低でも緋袁が受けた惨めな扱いや苦痛を思い知らせようと振りかざされた武器が清華さんの華奢な体を貫いていた。


「退けよ、雉擬き。てめぇに用はねぇんだよ」


「これが仕事だから無理だね。後、あたしは孔雀ね」


 自分が使う棍棒よりも一回り小さい得物に崩す隙の無い防御で止められた鳥の男は憎悪の籠った凝視を招蘭さんに向けた。


「人に囲まれてぬくぬく生きてきた温室育ちのせいで緋袁様がどれだけ惨めな思いをしたか・・・・・・ ここでたっぷり教えてやる!!

 手加減は必要ねぇ!! 野生(・・)で培った力を叩き込んでやれ!!」


 最早、穏便に終息へ持ち込む事は出来なくなった。

 鳥の男が掛けた発破を受け、二度と出会う事は無いと思っていた憎き統主に向けて抑圧された不満を籠った波状攻撃が私達に襲いかかってくる。

 短刀、槍、勢いのある体術は洗練されてないが彼らの強さの本質は気迫にあった。

 肉食獣との対峙や子孫を残す命懸けの決闘で磨かれた死ぬ気の覚悟は心持ちで霊体の状態が変わるエクソスバレーにおいては強力なアドバンテージな訳で素人よりちょい強いくらいの見張りの攻撃力を一撃でも当たれば致命傷に成りうる強さにまで助長している。

 勿論、エクソスバレーで戦うなら地の能力も大事だがそれ以上に屈強な心も重要だ。

 自分の精神が相手に怖気付いたり圧倒されたりして負の感情に呑まれればどんな宝剣もチャンバラごっこの玩具になるし最悪、言葉通りに霊体が凍りつき為す術なく殺される事だって珍しくない。

 かくいう私も最初にエクソスバレーに来た時、このまま喰われたくないって意地を張ってエッセンゼーレに抵抗出来なければ "恐怖" に呑まれ指先一つも動かせず桐葉さんの救助も受けられなかった。

 幸い、本格的な訓練を毎日積んでいる私達なら対処は簡単だけど囚人達が大事にする花を傷付けないように意識しながらだと若干、避けづらい。

 しかもこの人達、エクソスバレーの影響か元から頑丈なのかのどっちかは分からないが武器による攻撃(勿論、手心付き)を受けてもすぐに立ち上がるから埒が明かない。


「もうお前ら下っ端じゃ話になんねぇからさっさとボス出せって〜!!」


「あたし達を納得出来ないようじゃ、緋袁様と話しても絶対成功しないわよ」


 サメノキ地方を脅かすサファイアクイーンの動向が予測出来ない以上、時間を浪費したく無いのに相手の戦意はまだまだ薄れていない。

 寧ろ攻撃を打ち込もうと躍起になっている。


「も、もうやめてって!! これ以上戦ったら淡描庭園が・・・・・・」


 兎耳の女の子の涙混じりの説得を受けても見張り達は逆切れして振り払い交戦を止めようとしない。

 身内の制止も通用しない熾烈な現況に落雷の様に威圧を降らせ辺りを静まり返らせる豪快な男の声が聞こえたのは再び私達に接近しようと見張り達が威勢を叫んだ時だった。


「ぎゃあぎゃあ騒がしいと思ったら何、油売ってんだ?」


 私達が入る時に使った出入口とは別の洞窟、恐らく暴雨の囚獄に繋がる方向から喧騒の様子を見に現れたのは目付きが鋭い猿の男。

 ちゃんと手入れされていても野性味を感じる金髪に首元を彩るネックレス、チャイナ服っぽい金の刺繍が入った臙脂の着物。

 西遊記に出てくる孫悟空っぽい細身の男は見張りの人達とは全く違う豪華な装いとはだけた胸筋から察せる意図して実らせた他者の屈服に用いる筋肉から生み出される強者の風格から囚人達の中でも高位に位置すると感覚で分かる。

 もしかしてこの人が、と考えると見張りが怯えながら私が予想立てた人物の名を呼んだ。


「ひ、緋袁様・・・・・・」


 凄い。さっきまで戦う気満々だった見張り達が武器を収め頭を下げている。

 これが元英雄にしか出せないカリスマって奴なのかな?


「お前らは戻って襲撃の準備を整えとけ」


 短い発言で見張りを撤退させた緋袁はさっきまで続いていた戦闘に怯え隅で縮こまる兎耳の女の子の側にしゃがみ、鋭さをしまった優しい声に変える。


「おぉー、(めい)

 母さんの為に花を選んでたのか。

 どうだ? 目ぼしいのは見つかったか?」


「うん!! 綺麗なの沢山ゲットしたよ」


「悪ぃな、俺のせいで不便な生活を強いちまってよ。

 もう少し我慢したらお前に沢山、贅沢させてやるからな」


「大丈夫だよ緋袁様。私、ここでの暮らしを楽しく感じてるよ。

 お母さんは暴雨の囚獄には悪い人しかいないって言うけど緋袁様もみんなも優しく接してくれるから私は信じないもん。

 きっと栄遠の銀峰が暴雨の囚獄の印象を悪くする為に流した噂だよね?」


 明ちゃんの頭に緋袁の逞しい手がふわりと乗せられた。


「・・・・・・どう思うかはお前の自由だ。

 だが、真実を知りたくなったらいつでも俺を尋ねて来い。

 包み隠さず話すと約束しよう」


 明ちゃんの満面の笑顔を添えた返事を受け取った緋袁には大罪人とは思えない人情味溢れた暖かい表情を宿していた。

 近所のお兄さんの様に子供に安心感を与える気さくな話し方によって兎耳の女の子の緊張は少しずつ解けていくけど清華さんの顔を見た瞬間、声の調子も電気を蓄え始めた雲の様に陰っていく。


「おや、これはこれは。栄遠の銀峰の統主が御足労掛けてくださるとは。

 ・・・・・・何しに来やがった?」


 清華さんが答える前に響彌さんが早とちりして前に出る。


「かーちゃんが作った国を攻撃しようなんて許される事じゃないぞ!! 覚悟しろ、緋袁!!」


 軽いフットワークで迅速に接近しショットガンから発射される銃弾みたいな拳を打ち込もうとするけど栄遠の銀峰の脅威を払い除けて来た緋袁は片腕だけでいなし攻撃の軌道を逸らした。


「落ち着けよお坊ちゃん。俺はここでお前らと争う気はねぇ。

 淡描庭園は俺達にとって数少ない憩いの場所だ。激しく喧嘩しちまったらせっかくの花が台無しだろ?

 それによ」


 緋袁の後ろで蠢く一つの影。

 倒し損ねた弦鳴甲虫が僅かな生命を振り絞り羽を震わすと突進を仕掛けてくる。

 でもそいつの決死の一撃は私達が対処する準備をする一瞬の内に緋袁が虚空から取り出した如意棒の様な長い棍棒で簡単に砕け散りカブト虫っぽく形成していた義体は紙切れの様に還ってゆく。


「淡描庭園とうちの家族を守ってくれた礼もまだ伝えてねぇからな」



 自然領域にある暴雨の囚獄の暮らしぶりはお世辞にも快適とは言えない過酷なものだった。

 ごつごつした岩肌に建つ最低限の雨風を凌ぐ小屋。

 街の景観やすれ違う囚人達に残る拭いきれていない不衛生な様。

 主要施設も商店っぽい建物で売ってる食品や衣料も栄遠の銀峰と比べれば明らかに質は充分じゃない。

 追放された囚人に手を貸す獣人が多くいるはずもなく元々人間の霊体との関与を極力減らす為に他の地方との交流を避けるサメノキ地方に存在する以上、外からの援助も受けられないのは仕方ないがそれにしても貧困過ぎる。

 あまりにも飢えているのか外からやって来た私達から恩恵を希望してそうな子供達が恐れずに寄り添って来たので携帯補給に持参していた果物味の飴玉を一人一個ずつあげた。


「スイさん? 囚人の子供に布施をあげる必要なんて無いよ?」


 どことなく招蘭さんの冷ややかな視線が痛いけど私は真っ向から行動原理をぶつけた。


「ちゃんと食べ物ある? って聞いてきたので礼儀の良い子だと思ってあげたのですが・・・・・・

 それに犯罪者の子供だからって罪を犯したとは限りませんし」


 親の教育によっては既に犯罪に加担している子もいるかもしれないが明ちゃんみたいにここが罪人の集落と知らず純真に育った子も少なからずいる。そんな彼らには相応の幸せな生活を提供するべきだ。

 現世でもたまたま身内が犯罪者だっただけで不当な扱いを受け、業を背負う人達もいたけど私は彼らが全ての責任を背負う必要は無いと思う。

 罪のけじめは犯した本人が付けるべきなんだから残された人々に追及し過ぎるのはお門違いなんじゃないかな?

 そしたらバイトの店長だってあんな清算をする必要無かったのに・・・・・・


『心配はいらん招蘭殿。

 これまでも小さな仕事を共にしてきたがキタザトは善悪のどちらかに属そうと誰彼構わず手を差し伸べる事はせぬ人間だ。

 本当に心根が腐っている相手ならば容赦無く立ち向かう勇気を持っているのはすぐ側に控える俺が保証する』


 相棒からの突然の称賛に清華さんが呼応する。


「ウィンドノートさんの発言には説得力がありますね。

 北里 翠さんがこうして私達に協力してくれるのは会社の理念よりも彼女が私達への援助を本当に必要だと判断したからでしょう」


 そんなに褒められると逆にむず痒くなってくるな。

 気まずくなってるのは招蘭さんの腑に落ちてない態度もあるけど。


「ふーん、穏やかな生活を守る為の規則に縛られるのを嫌って歩幅を揃える事を突っぱねた囚人とその関係者に優しく対応するなんてあたしには考えられないよ」


 私の考えが異質なのは自覚している。招蘭さんの反応は一般的だ。

 意図的か一時の迷いか、犯罪を起こした背景が違っても人に迷惑をかけた以上、また同じ過ちを繰り返すかもと遠巻きに嫌厭されるのは仕方ない。

 そういう警戒は他の人に任せて私は改心したと信じて迎え入れる少数に回る。それで充分だ。

 ・・・・・・視線が痛い。

 周りの囚人が漏れた招蘭さんの言葉を聞いたからではなく街に入ってから獲物を狙う肉食獣の様に鋭く尖らせる視線が自分達を追放した清華さんよりも私に対して突き刺さってる気がするんだよね。


「気を付けろよ人間。

 家族のほとんどは街に住む奴より過激な人嫌いだ。俺から離れた瞬間、リンチされるかもな」


 栄遠の銀峰にも人から虐待された子が多いって聞いてるし緋袁の殺人を容認する狂人が多い集落なら異常に血気盛んな人で溢れてるのは当然か。無事に生きて帰る為にも気を付けなきゃ。

 市街地を抜け巨大な岩の橋を渡った先に天然で形成されたとは思えない厳粛な洞穴が現れる。

 篝火で彩られた神聖な内部は緋袁が身に付けている着物と同じ金と臙脂の布で壁や床を着飾り王との謁見にしか使わない岩ばかりの殺風景な空洞に申し訳程度の華美を演出している。

 配列された舎弟とでも言うべき柄の悪い緋袁の仲間が訝しげに目を光らせる中、案内を終え大胆に王座へ胡座をかいた緋袁が頬杖を付く。


「まずは謝罪から。

 俺達の大切な家族と場所を守ってくれたにも関わらず攻撃を仕掛けた事、申し訳無かった。

 罪滅ぼしと言うつもりは無いが事前の約束も取り付けず暴雨の囚獄に訪れた無礼は不問とする。

 用件は概ね察しがつく。どうせ宝石の形骸についてだろ?」


 予知でもしてたかのようにこちらの真意を的確に当てた緋袁。

 警戒すべき罪人が何故、それを知ってるのかという意図も込め招蘭さんが静かに感心する。


「・・・・・・へぇ、もう知ってるんだ」


「うちの斥候部隊を甘く見ねぇ方が良いぞ孔雀?

 俺の指示次第でサメノキ地方の全容、栄遠の銀峰の機密情報まで盗めるよう鍛えてるからな」


「・・・・・・でしたらこちらの要求も分かりますよね?」


 過去の友人としてではなく一人の囚人として厳しく接する清華さんの強気な態度を受け、頬杖を解除すると緋袁は先生が授業を取り仕切る様な話し方で自慢の斥候から得た情報を話し始めた。


「宝石の形骸はあらゆる武器も通用しない硬度を持つ。当然、対処に当たった四臣である碧櫓と白波も例外じゃない。

 だが一点に集中した衝撃を与えれば砕けるはずだと推論を立てたそこにいる人間の知恵を拝借した事で何とか鎮静する事が出来た。

 だから力に秀で打撃武器を好んで使う俺の協力を仰ぎに来た、だろ?」


 サファイアクイーンの特徴から吸吞湖月での戦いの詳細まで筒抜けとは恐れ入った。

 でもこれだけ知ってるならサファイアクイーンがサメノキ地方に滅亡を齎すだけの凶悪の存在だって分かってるはずだよね。だったらすぐに話がつくかも。


「勿論、ただとは言いません。

 これは正式な取引の一つですから見合った謝礼も提供します。要望もある程度でしたら」


 緋袁が即座に返答した。


「謝礼はいらねぇ。暴雨の囚獄(俺達)は協力する気がねぇからな」


 黄金山の大将(3) (終)

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