黄金山の大将(1)
サファイアクイーン(仮)
吸吞湖月の地底湖で下僕のエッセンゼーレの能力と凶暴性を強化させ、地上の侵攻を目論んだ未知数の敵。
如何なる武器も通さない強靭な硬度と強化した下僕を無尽蔵に呼び寄せる招集力を誇る絢爛の司令塔は真っ向から挑んだって一矢も報えずに殺されるのがオチ。現に私達の武器を用いた攻撃は擦り傷の一つすら付いていなかった。
私達が勝てたのは現場に偶然あった鉄骨とそれを活かした作戦を実現出来るだけの周囲という恵まれたチートが偶然あったからなんだ。
敵を引き付ける死力と運も出し尽くし鉄骨が気取った宝石体を粉砕し完全な鎮圧を確認した時、ようやく一安心を得られたと思っていたのに何食わぬ顔で生きてるなんて、こんなに信じ難い事があるだろうか。
少なくとも祭りを過ごした時間を思い返す楽しい気分の時には聞きたくなかった。
「北里様とウィンドノート様の力添えがあって打倒出来た強大な敵が未だ存在している・・・・・・ と?
演出した冗談だとしてもこれは度を超えているでしょう?
それに私達は奴が完全に力尽き横たわる場面をこの目で確認しております」
碧櫓さんと白波さんにとっては三日間通し、苦戦して倒した奴が何故か復活している理不尽な状況。
唐突に突き付けられた不可解な現実を許容出来ない碧櫓さんも食いるように清華さんに問い質すが彼女は何一つ変わらない凛とした顔色で抑揚無く聞き返す。
「私が空気に合わせた冗談が苦手なのは貴方がよく知っているでしょう」
「・・・・・・申し訳ありません。軽率な言動でした」
「貴方がそう疑う気持ちも分かります。
自然と影に変えるはずだったタイミングで何者かが介入し新たな力を注いだのでしょう。
貴方達の落ち度ではありません」
画像で確認した限り一応、鉄骨の衝突によって粉砕された宝石はまだ癒えてないみたいだけどあんなのが更に強化されて地底湖から出てきたら為す術なく蹂躙されてサメノキ地方は本当に終わりだ。早急に対応を考えないといけないけど正直、策なんて思い付かない。
最初のサファイアクイーンとの戦闘に使った鉄骨は倉庫群を揺らす勢いの風圧が巻き起こった激しい衝突で丸まった紙みたいにぐしゃりと曲がってもう再利用出来ないし、知能の低いエッセンゼーレでも体を抉る痛い思いをすれば周囲を警戒する素振りはし始める。そうなったら不意を付いて一点の重撃をぶつけるのが至難になる。
なんて悩んでいたら正面玄関の扉が開かれると同時に道を開けて欲しい焦りが仕事中の給仕さんの行動を遠慮させる。
見れば垂れ耳を持つ男性が深い切傷を負った脇腹を必死に抑え、重い足を引き摺りながらこちらに近付いて来る。
「へ・・・・・・ 碧櫓、様。統、主・・・・・・」
命からがら逃げる際、体力も精神も使い果たしている兵士は途中で力尽き床に投げ出されそうになるが碧櫓さんや近くの給仕さんに支えられる。
「その姿は一体!? 吸吞湖月前の砦で何があったのですか!?」
「人、間・・・・・・ のオス、が急に刀を抜き、同胞達を、斬ったのです。
被害は本日、勤務の兵士十二の内、重症五人、命日送りが二人・・・・・・
至急、応、援を・・・・・・」
「状況は理解出来た。残っている体力は治療の専念に使うんだ。
統主、私は今すぐ兵士を呼び整え救援に向かいます。近辺に件の侵入者がいる可能性を考慮し、白波の助力を許可して戴けますか?」
「勿論です。くれぐれも細心の注意を払い戦闘を避けるようお願いします」
清華さんは直ぐさま了承し、吸吞湖月の砦に頼もしい存在が駆けつける事が確定したところで兵士は安らかな表情で気絶してしまう。
幸い彼に二度目の命日に繋がる致命傷は無い。適切な治療と本人の心持ち次第で回復に向かうだろう。
私達も手伝いを申し出ようと切り出す前に一番近しい距離で清華さんに仕える側近、雪菜さんが気の抜けた語尾を消した仕事モードで颯爽と近付いてきた。
「ご主人、やばい事になっちゃったよ!!
緋袁が襲撃の準備を始めちゃった!!
報復の実行はもう少しかかると思っていたのに今日の桜爛大祭で確保した恐喝野郎達を取り戻そうと予定を早めたの!!
このままじゃ明日の早朝から街が戦場になっちゃうよ!!」
「・・・・・・そう、ですか」
なんで立て続けに悪い事が起こるんだろう。
誰かの手によって蘇ったほぼ無敵のサファイアクイーンを全勢力一丸で相手にしなきゃいけないのにサメノキ地方内で反乱を起こそうと奮起してる奴がいるなんて勘弁してよ・・・・・・
『緋袁? それが暴雨の囚獄に収監されている咎人の名か?』
雪菜さんの報告を受けてから清華さんは黙り込んでしまい答えようとしない。
代わりに雪菜さんが過去の一部を語って聞かせてくれる。
「かつて "瞬光" と謳われサメノキ地方の災厄を跳ね除けた無双の怪力を誇る元英雄。
ご主人自ら、裁決を下し辺獄に送った過去の戦友だよ」
栄遠の銀峰、建国から三年後。
治安維持と防衛を担っていた緋袁は巡回中に突然、冷静さを失いメデルセ鉱脈の坑道の一つに踏み入った数十人の人間を殺してしまった。
急に豹変した理由は有耶無耶にぼかされて誰も語れなかったが討論の末、清華さんから殺人の罪を言い渡された緋袁は安定して暮らせる身分を剥奪され北の方角、絶えず光と雨が降り注ぐ険しい峡谷の狭間にある山に永久追放された。
以後その山は罪を犯した囚人、緋袁の思想に共鳴した狂人が集い文明的な牢獄へと進歩した事から周囲の気候と快適と言えない閉ざされた施設を揶揄した言い方からその山は "暴雨の囚獄" と呼ばれるようになった。
それが栄遠の銀峰に伝わる過去の逸話。
国を守護する立場にいた力自慢の元英雄でありながら多数の人間を躊躇いなく殺せる極悪人。
そんな奴が直々に指導した力も過激思考も備えた集団の襲撃は間違いなく簡単には止められない。
加えて普通の武器では傷すら付けられないサファイアクイーンも暴れ回る準備を始めている。傷が完全に癒える前にこっちだって早く手を打たないと
この危機を止めるには二手に別れて対処するのが理想だけど砦の兵士に多くの怪我人が出た以上、分散出来る程の戦力は無いと雪菜さんから慌ててつつも緩く言われてしまった。だから同時並行で両者、応戦する事は出来ない。
だけどサファイアクイーンと緋袁の襲撃、どちらかに注力して対処しても多くの命が栄遠の銀峰が終わる。
選択をしくじれない重要な場面、誰もが最適な案を生み出せず重い沈黙が場を支配する中、清華さんが淡々と言葉を紡ぎ始めた。
「・・・・・・ 一つだけこの局面を打破する手立てがあります。
私が直接、緋袁に交渉を持ちかけ我々の陣営に引き込むのです。
彼の破壊力はサファイアクイーンを倒す手段にもなりますし栄遠の銀峰の襲撃も出来なくなります」
思考の読めない罪人を引き入れる為、自分の命も厭わない提案に当然、制止の声が上がる。
『待て、清華殿。
奴は常軌から外れた大罪人なのだろう? 協力に応じるどころかまともに話すら出来るとは俺は思えないが』
「そうだよご主人〜!!
サイコな殺人犯じゃサメノキ地方の危機だって力説しても元から死んだ様な物だって自負するアイツには関係ないって突っぱねるって〜!!」
そりゃ元英雄と言われた緋袁を仲間に出来ればこれ以上無い戦力になるだろうけど危険過ぎる。
緋袁にとって清華さんは自分を牢獄に入れた憎き存在。長年の投獄を経ても殺人に対する躊躇が薄れていないかもしれない大罪人と相対したら顔を見ただけで殺しにかかる可能性もある。
それにかつて自分に酷い目を合わせた相手が不都合な時にだけ頼りに来るなど当人からすれば虫が良すぎるし聞いてて良い気分にはならない。私なら断固拒否だ。
つまり成功する確率は余りにも低過ぎる。
「皆の心配も尤もです。自分勝手で危険も伴う提案である事は充分承知しています」
相変わらず顔色の変わらない清華さんだけど小さな背中に背負わなければならない大きな覚悟が杖を握る手に強く現れる。
「ですが再起動した鉱石の形骸が異例の襲撃である以上、普通の策で勝てると私は思っていません。
統主として如何なる災厄をも祓い、平穏を維持する。その責務を果たし続ける為には恥を忍び汚く写る手段も行使します。
謝罪を求めるならば統主の身分を一時的に捨て頭を下げましょう。
金と名誉を欲するならば囚人に許される範疇で与えましょう。
殴らなければ気が晴れないのであれば一発の拳も甘んじて受けます。
この身がどんな末路を辿る事になろうとも必ずや緋袁と協力を結んでみせます。たかが囚人一人に執着する私を愚かだと思うなら付いてこなくて結構。一人で済ませますのでサファイアクイーンへの対処をお任せします」
清華さんは本気だ。
彼女と緋袁を僅かに繋ぎ止める "一緒に国を作った友人" という過去の縁を抜きにしても緋袁がいなければサファイアクイーンに勝てないと誰よりも真剣に考え、命も矜持も全て賭けて凶悪犯と対話する覚悟を示している。
ならば私も腹を括って答えないと。
「・・・・・・私は同行します。僅かな助力にしかならないかもしれませんが多少の危険は退けてみせます」
『キタザト、お前は危険しか見えぬ石橋を渡る清華殿に賛同するのか』
「じゃ、ウィンドノートはお留守番する?」
『・・・・・・相棒の本心ならば俺は文句は言わん。付いていく』
「・・・・・・あ〜あ、こうなったご主人は考えを変えないからなぁ。ご武運をお祈りします」
サファイアクイーンの動向を視察する雪菜さんを除く私達は清華さんと共に暴雨の囚獄に向かい緋袁と向き合う事を決心した。
深々とお礼をした清華さんが杖で床を軽く叩くと給仕さん達が大きな風呂敷を用意して一列に並ぶ。
「さぁ、猶予は残っていません。この弁当を持って今すぐ出発致しましょう」
暴雨の囚獄は危険人物が栄遠の銀峰に近付けないよう特殊な電波に覆われ囚人も町人も限られた地点までしかワープ出来ない。
準備を整えた私達が飛ばされた場所は微かな光すら遮り今にも雷雨を引き起こしそうな黒い曇り空と起伏の激しい坂が連なる岩山。
首を傾けて見上げると安定しない道には大きな石がごろごろ転がり順路と思われる崖には鎖が設けられていてこの山が如何に危険なのか無言で伝えてくる。
『この山は暴雨の囚獄にとってどのような役割を担っているのだ?』
「建物で言えば玄関口の様な物です」
え、この険しさで?
いや、脱獄を防ぐ為の檻みたいな役割も兼ねてるだろうからこの険しさは仕方ないけど今からプロの登山家が挑戦するタイプの山を登るの?
研修の初期でヴェクルス地方のプカク峰に登った事はあるけどただ雪の積もった坂を登るだけだったそれとは比較にならないよ。
けど清華さんの覚悟に答えるって決めたしUNdead社員として霊体はずっと鍛えている。これくらいは乗り越えないと!!
と誓った一時間後。
『キタザト、大丈夫か?』
地形の影響を受けないウィンドノートが崖登りしながら息を切らす私を心配そうに覗き込む。
「・・・・・・君が神風で運んでくれるのなら助かるんだけどなぁ?」
そう愚痴っても自然領域であるこの場所でエッセンゼーレとの戦闘に使う余力を残す為、登山中に相棒の助けを借りる事は出来ない。
驚くのは清華さんの登山の姿。
運動に適していない豪華な軍服をものともしない猫特有のしなやかな跳躍で鎖に飛び移ってはあっという間に登り切る。
主な仕事は長時間、机と向き合う事って言ってた筈なのにいつ鍛えているんだろう?
「あまり急かしたくはありませんがまだ半分にも到達していませんからね。
緋袁と会う前にサファイアクイーンが街に着くのだけは避けたい事態ですので」
「こ、心得ています・・・・・・」
登るだけならまだしも自然領域に属するこの山は当然、わんさかいるエッセンゼーレが妨害してくる。
生き血を求めて集団で飛来する小さい蝙蝠のエッセンゼーレが私に纏わりつき登山に集中させてくれないんだ。鎖で片手を固定しながら剣を振り回す慣れない体勢だから攻撃は当たらない転落しかけるで肝が冷える体験を何度もしている。
・・・・・・私、暴雨の囚獄に着いた頃には万全の状態じゃない気がする。
黄金山の大将(1) (終)