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ようこそ世界一賑やかな壮美の幽谷へ(3)

 交通事故で命を落とし、見知らぬ世界に転移した先で怪物に食われそうになった私は、見ず知らずの救世主に助けて貰う漫画の様な一欠片の奇跡を掴み生きている。

 青年は桐葉(きりのは) 透一(しゅういち)、女の子はヘル。と名乗った恩人二人は行く宛の無い私に近くの街まで案内兼護衛をすると申し出てくれついでにここエクソスバレーについて教えてくれるらしい。

 至れり尽くせりのサービス、ほんと頭が上がりません。

 まず "エクソスバレー" とは広大な谷底に形成された数多の魂が集う地。

 分かりやすく言うと死後の世界。

 この世界の大きな特徴の一つにあるのは、今尚、新しい地形が形成されている事。

 というのもエクソスバレーは死人が絶命間際に抱いた感情や願いによって地質も環境もガラッと違う世界が生まれるんだって。

 自分を殺した相手に対して猛烈な怨みを連ねていたなら溶岩が煮え滾る火山になったり、大切な人達に見守られて幸せ気分で眠れたら花畑一帯にと死後の気持ちだけで全く正反対の大地に変わってしまうのである。

 つまりこの荒れた砂地も誰かの思いから生まれた場所の一つって事だ。

 まぁ、その思いを私は知れないが。


「ところで今、私達がいる場所には名前ってあるんですか?」


「あるよ。"残響の空谷(くうこく)" と呼ばれている小さな自然領域だ」


 自然領域?  そういえば桐葉さんが最初らへんでそんな単語を言ってたな。

 これからエクソスバレーに住むことになるんだし早めに疑問は解消するに越したことないよね。

 とか考えていたら私の少し悩ましい顔を見た桐葉さんがちょっとだけ焦って察知した。


「おっと、ごめん。北里さんは初めて来たからまずは二つの領域について説明しないとね。

 エクソスバレーでは全ての人が暮らしを営めるか、特定の技能を持っていないと一日過ごすのも厳しいかによってエリアを分割していてそれを "領域" と呼び分けてるんだ」


 偉い会社が出した簡素な定義に寄ると文明的な生活を不便無く送れる土地を "人工領域"

 厳しい環境に覆われ住むのは現実的では無いと判断された土地を "自然領域" と制定されているが大まかに街や村がある所を人工領域、それ以外が自然領域って認識でOKだと桐葉さんは説明してくれた。


「そしてここで生き抜く為に覚えて欲しい知恵が自然領域には気軽に立ち入ってはいけない、だ。

 その理由の半分を占めるのが "エッセンゼーレ" の存在だ」


「エッセン・・・・・・ ゼーレ?」


 ぽつりと呟いた謎の単語に反応したのは見かけたら戦闘していいと彼女にとって好都合の条件で周囲の安全を見ていたヘルちゃんだった。

 ルンルンとスキップしてる姿は本当に近所の子供みたいに可愛らしいのに戦闘時の態度を思い出すとそんな大それた扱いは出来なくなってしまう。


「アンタも見たでしょ〜?  あの黒ーい怪物だよ。

 ちなみにエッセンゼーレはドイツ語ね。日本語っぽく言うなら魂を喰らう者って意味」


 加えてヘルちゃんは構成する単語の詳細についても教えてくれた。

 へぇ、エッセンが食べるでゼーレが魂や霊魂って意味があるんだ。ヘルちゃんって結構、博識なんだな。

 って関心してると桐葉さんが続きの説明をする。


「エッセンゼーレも現世の生物同様に多種多様な生態を持つが、遊びや欲望の為に生気を貪り喰らう恐ろしい共通点を持つ。

 特に小賢しい小物はエクソスバレーに迷い込んだばかりの魂を狙う習性があるから毎年、被害が多発しているんだ。

 僕達が一歩でも遅れれば北里さんも危なかった」


 確かに私もあの怪物と遭遇した時、恐怖に支配され全身の力が入らなくて単純な歩きすら出来なかった。

 幸い腕だけは使えたから必死に奮って抵抗出来たけど普通なら何も出来ずにまるっと食べられてもおかしくないんだ。

 そう考えると私が桐葉さんとヘルちゃんに助けて貰い、今、魂が存在しているのは本当に奇跡なんだなと実感した。


「にしてもスイは良く生きてたよねー

 ここって辺境の地でさ。アタシら到着遅れちゃったからもうバクってされたかと思ったけど〜・・・・・・

 あ、ひょっとしてスイも戦いいける口!?」


 生き延びた小さな幸運をぎゅっと噛み締める私にヘルちゃんは大きなビー玉みたいな期待の眼差しを向けて尋ねてきた。

 ど、どう返そう?

 子供みたいに輝いた目に込められた意味って多分、戦闘可能ならヘルちゃんが飽きるまで手合わせの類いに付き合わされるって事だよね?

 正直に言えばお姉ちゃんの無限に続きそうなスケートの付き添いを思い出すので付き合いたくないのが本音だ。

 だってあの姉、体力無尽蔵過ぎて予約時間無かったら永遠に滑れそうだもん。

 どちらにしろ私にエッセンゼーレと渡り合う力は無いと判明しているし、正直に答えてもヘルちゃんのお眼鏡から外れるでしょう。


「私にそんな素質はありませんよ。

 昔から負けん気だけはあったんで少し逃げ惑いながら石投げたくらいですよ」


「へぇ〜 エクソスバレーに来たばっかなのにガッツあるじゃん、スイ〜」


 そう言ってヘルちゃんは自分よりも少し背の高い私の頭をくしゃくしゃに撫でる。

 いつも整えているセミロング丈の銀氷色の髪が少しボサっと浮き上がるがそれも生きている喜びとして許容しよう。


「・・・・・・そうか。

 初めて見た異形にも恐れず抵抗出来たのか・・・・・・」


 桐葉さんが何かぶつぶつ呟いていたけど内容はよく分からなかったので次の話題を切り出してみようと思う。


「そういえば気になる事が一つあるんですが、お二人は何故ここに来られたんですか?」


 助けて貰った事には本当に感謝しているけどずっと疑問に思っていた。

 ここには有益な鉱石資源も石油が掘れる場所とも見受けられないから商業目的で行く場所でも無いし、かと言って気分転換の散歩に使える適した地かと言われればエッセンゼーレを倒せる二人から見ても楽しい景観とは思えない。

 では、何故二人は辺境扱いしているこの場所にやって来たんだろ? 

 たまたま通った、な訳無いだろうし・・・・・・


「ここへは仕事で来ているんだ。

 業務内容を説明する前にエクソスバレーに着いたばかりの魂はエッセンゼーレに襲われやすいって話を覚えてるかい?」


 私はこくりと頷く。

 エクソスバレーに漂着して戸惑っている魂を積極的に狙うエッセンゼーレが多いから多くの魂が襲われるって話だ。


「エッセンゼーレに対抗するには武力に優れただけでは駄目だ。何事にも動じず己の意志を力に変える覚悟も必要になる。これは精神論じゃなくて目に見える形で携えなければいけないんだ。

 そしてその素質を秘めた魂は片指で数える程しかいない。

 少しでも多くの魂を人口領域に送り届けようと僕達は魂が漂着した様々な場所に赴き、保護や案内を行っているんだ」


「ま、一言でまとめりゃ慈善活動って事だよ。割と結構な頻度で戦えるからアタシは満足してるよ」


 聞く限りでは戦闘が目的の事業では無い気がするが・・・・・・

 まぁ、ヘルちゃんがやり甲斐を持って働いてるならいっか。

 エクソスバレーについての講義を吸収しながら歩み進めるとスニーカーが踏んだ音がざらざらした砂地から慣れ親しんだ固い土に一変、いや大地だけでは無い。

 残響の空谷で自生していた灰色の木々は葉や小さな果実が生えた恵みの大樹に移り変わり、私を歓迎する空も毒々しい紫から清々しい青と純白の雲が眩しい青空へ広がった。

 人が死ぬ間際の感情の影響力だけで光の刺さない室内から外へ出た様に変わっちゃうのか。

 凄いな、エクソスバレー。


「ここから先は多くのエッセンゼーレも出没する。

 戦闘の大半はヘルが受け持ってくれるが、万が一も考えられる。

 決して僕から離れない様にして欲しい」


 桐葉さんの警告をしっかりと胸に刻み、私達はそよ風が辺りを揺らす見晴らし抜群の自然領域 "フレンス草原" に踏み入れた。



 色とりどりの花があちこちに咲く花畑と気持ちいい陽射しが満ちるフレンス草原はピクニックしたくなる長閑(のどか)な場所だと思っていたが、跋扈するエッセンゼーレの存在だけであまっちょろい希望だと打ちのめされた。

 私を襲ったミニマムボーイは勿論、異常に発達した腕を槌や盾の様に用いて獲物を追い詰めるキノコ戦士、 "マッシュナイト"

 腹部が丸ごと鋼鉄をも貫く工事用ドリルになっている好戦的なやばい虫 "ドリルバチ"

 森の色合いに似たマントフードとヒビ割れ仮面から片目をぎょろりと覗かせ、矢で狡猾に獲物を仕留める小さな亜人型の "アーチャーハーミット" などが我が物顔で歩いており、素人では短時間の探検も危険な場所となっていた。

 恐るべし、エクソスバレー。

 広さは残響の空谷より少し広いくらいなのに戦時中の町みたいな緊迫に包まれている。

 少しでも桐葉さんと距離を取れば死が確定する。


「はぐれないでね。北里さん」


「は、はい!!」


 必死に桐葉さんに付いていく私の耳横をアーチャーハーミットの矢がかすり、マッシュナイトが大きく振りかぶってにじり寄る。

 このままはまずいと目の前の危機を知らせようと本能が悲鳴をあげる。


「うわぁぁぁ!!」


 あ、あれ? 思わず足を出しちゃったら偶然、蹴りに変わっていたらしくヘルちゃんが一刀両断出来る隙になる程、軽く後ろに下がっていた。

 そんな強く蹴った覚えはないんだけどなぁ・・・・・・


「おい、ヘル。

 今回は人口領域まで送り届ける方がいらっしゃるんだ。不必要な戦闘をするな」


「むー・・・・・・ 分かったよ。

 また次の護衛対象も来たっぽいし」


 口を尖らせてミニマムボーイとマッシュナイトを蹴り飛ばしたヘルちゃんは草原の中央に聳え立つ似つかわしく無い大樹を刃で示した。


「あそこがアタシ達の目的地。

 入口の目印になってる木製のアーチを潜り抜けたらエッセンゼーレも入って来ないからパッパと行くよ」


 エッセンゼーレが人工領域に入れないのは人が集まることによって生まれる活気のお陰らしい。

 そもそもエッセンゼーレは負の感情を司る因果がある以上、人が持つ楽しいや喜びなどのポジティブな感情に適応する事が出来ずそれらが介入しない自然領域でしか生きられない。だから戦闘能力を持たない一般人にとって人工領域はまさに聖域といっていい。

 周りのエッセンゼーレが途切れたタイミングを見計らい、ヘルちゃんの案内に従って一気に草原を渡って行く。

 走り続けるとヘルちゃんが言ってた通りに田舎の農村なんかにありそうな "緑黄系都市 テツカシティ" と蛍光色で書かれた木製のアーチが見えてくる。

 エッセンゼーレの侵入を拒むブロンズ色の扉を越えた先は包み込むミントの様な自然由来の爽やかな香料。

 そして、ライトグリーンとビタミンイエローを基調とした私にとっても馴染み深い日本の都会みたいな街並み。

 今まで見た事無いはずの光景なのにどこか安心感が入り交じった別世界に思わず魅入ってしまう。


「じゃ、アタシは次の仕事行くぜ。

 まだ見ぬエッセンゼーレがアタシを待つ!! ってね」


「・・・・・・戦闘よりも救護を優先してくれ」


 テツカシティに着いて休む間も無く次の現場へ向かって行くヘルちゃん。

 エッセンゼーレに迷い込む魂は一日で亡くなった生物に比例すると言っていたしやっぱり忙しい仕事なんだろうなぁ。


「さて、本来なら相談所まで案内して僕達の仕事はここまでだが北里さんに一つ提案があるんだ」


 提案?  一体なんだろ?

 桐葉さんがじっと私の顔を見据える。


「実は前々から新規社員を雇いたかったところでね。

 はっきり言うが僕は北里さんをスカウトしたいんだ」


「わ、私をですか!?」


 それはつまり、桐葉さんの会社に入社しエッセンゼーレと戦う仕事を手伝って欲しいって事だよね?

 正直、嬉しさや誇らしさよりも困惑しか無い。何故エクソスバレーに来たばかりの私が戦闘職にスカウトされたんだろ?


「本来、恐怖に呑まれた魂は全てが摩耗され立ち尽くす事しか出来ない。

 でも一握りの替え難い精神を備えた君は生きる事を諦めず、更にエッセンゼーレにもダメージを与えていた。

 これはこの世界で戦う為に必要な数少ない精神力を持つ何よりの証拠だ。

 君にはエッセンゼーレと戦える素質が眠っている。僕はそう考えているよ」


 冗談やからかいなんかでは無く桐葉さんは本気で説いていた。

 精一杯生き残る為、がむしゃらにやっていた行為を褒めて貰え期待も寄せられるのは少しこそばゆいが桐葉さんの言葉は君なら出来るって錯覚しそうな自信を湧かせてくれる情熱その物だった。


「勿論、ただでとは言わない。エクソスバレー全域で使える通貨も支払うし専属のゴーストによる衣食住も提供しよう」


 生活出来る環境が貰えるのも決め手の一つ。

 けど最大の理由は助けになれると言ってくれたからだった。

 私はエッセンゼーレに襲われ桐葉さん達が来るまで恐怖に押し潰されそうになった。

 生き残ってやるって僅かな意地があったからこうして無事に街にいる訳だが、見知らぬ世界に飛ばされてそんな行動を取れる方が稀有だ。

 寧ろ身をちぢこませて泣く人の方が多いだろう。

 そんな人達を助けられるかもしれないと桐葉さんは私に可能性を見出してくれた。

 だったら私でも知らないその可能性を困った誰かの為に使ってみたい。

 一人でも私みたいにエッセンゼーレに怯える人を減らす為に桐葉さんと働いてみよう。

 そう思い浮かんだ私は迷わず答えた。


「ぜひ、私にも魂を助けるお手伝いをさせてください。

 お役に立てるのであれば何でもします」


「応じてくれてありがとう。

 では、早速会社まで案内するよ」


 案内されたのはフレンス草原からでも見えたテツカシティのシンボルツリーにもなっている中心の大樹。

 近くまで寄って見るとそれは大樹を模した高層ビルになっており、幹の表面上を流れるLEDライトなどハイテク化の進歩が垣間見える建物は全ての階層が桐葉さんが代表取締役を務める会社 "UNdead(アンデッド)" の主要施設でもあった。

 自動ドアが開通されると一階、エントランスに繋がる。

 街並みと同じ明るい緑と黄色を用いた昼間の植物庭園みたいな円形の正面玄関に到着早々、今し方横断しようとした神秘的な背景にも負けない派手な容姿の女の子がこちらに気付いてヒラヒラと手を振る。


「あっ、社長!! お疲れ〜」


 駆け寄って来た女の子は接近する程に派手な全貌が明らかになる。

 前面がカラースプレーで創った一つの作品になってる黒いキャップ帽の下には活力が宿った橙と黄のショートボブ。

 膝までの長さを持った大きなフードジャンパーに左右の指に嵌めた数々の指輪。

 まさにストリートアーティストみたいな服装である。


「お疲れ様。今日からここに住む事になった社員を紹介するよ」


「北里 翠です。本日からお世話になります」


 いつも通りの自己紹介を終えると、彼女はニコニコ笑顔を携えて返してくれた。


「エマ・クレイストンでーす。仲良くしようね♪」


 な、なるほど・・・・・・

 服装も話し方も完全に陽キャの人だ。

 クラスではある程度の女子と仲は良いけどここまで明るい知り合いはいないから新鮮な付き合いになりそうだ・・・・・・


「北里さんの研修はエマさんにお願いしたいと思ってるんだが引き受けて貰えないか?」


「良いよ〜 なんなら今からでも行こうか?

 ゴーストもまだ部屋の準備出来てないだろうし。必要な準備をしてから行くって事でスイちゃん良い?」


「は、はい。分かりました」


 こうして、エマさんプレゼンツのUNdead社員研修が幕を開けたのである。


 プロローグ ようこそ世界一賑やかな壮美の幽谷へ(3) (終)

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