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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter1 不浄の聖女
22/88

追憶 必要とされる私で在り続けるには

 気持ち悪い


 奇怪な見た目


 近付かないで


 ゾンビ女

 

 産まれた時から顔の左半分に付き纏う永久不滅の皮膚病は誰もが平等に与えられる筈の幸福を遠ざけた。


「あーあ、ゾンビ女が使ったせいで酷く汚れちまったよ。可哀想な椅子と机」


「友達になって欲しい? お断りよ。

 アンタと一緒に過ごしてると私まで奇怪な目で見られるじゃない」


「ねぇあの女の子、顔の左半分凄い怪我だけど大丈夫かしら?」


「あれ怪我なの? てっきりハロウィン用の特殊メイクだと思ってた」


 学校、家周りの近所。

 外に出てる間、絶え間無く浴びせられる容姿の指摘と最悪な評価。

 物心ついた記憶を振り返り内側から流れ出てくる言葉は侮蔑の言葉ばかり。

 クラスメイトは浮世離れした醜い容姿から汚い化け物扱いし、わざと聞こえる声量で悪口を言って笑いの種にしたり付き合いも断られる。

 近所の大人は密かに戸惑い気味悪がり、いつしか私に話しかけられるだけで不運な一日になるなんて根も葉もない噂まで広まっていった。


「サリッサ、ご近所さんが貴方を恐れているわ。

 休日は極力、家から出ないで」


 本当に苦しい毎日だった。

 今の医術では治せない持病を抱えただけで友達の申し出も拒絶され気ままに好きな所へ外出する事も出来ない。

 これだけの苦悩を訴えても学校の先生も近所の大人も両親も目の前に辛い思いをしている子供がいるのに誰一人として親身に寄り添う味方になってくれない。

 次第に居場所は減少し社会が私を受け止める器は狭まった。

 ねぇ、神様。貴方はどうして私に残酷な事をするの?

 前世で拭えきれない罪を犯した? にしてもここまでする必要は無かったじゃない。

 返してよ、私が受けるはずだった幸福を。

 そう罰当たりな愚痴を残しても気にも留めないし戒めも無いんでしょうね。

 唯一の居場所、自宅に執着するようになった私はミドルスクールを卒業してからは学校には通わなくなり、近所のスーパーで買い物する事も億劫になると母や弟に任せてずっと安寧に閉じ籠っていた。

 このまま誰にも必要とされずに私の一生は朽ちていくと思っていた。

 けど運命が変わったあの日は何故か外に出たい気分だった。

 長く閉じ籠ってたから新鮮な空気でも吸いたかったのかしら。

 ゆったりしたパジャマから数少ない私服に着替えリビングに降りると母はおらず、弟がいたので彼に外出の旨を彼に伝えた。

 

「レイル、お姉ちゃんちょっと出かけてくる」


 雑誌を読んでいたレイルが私とは正反対の傷知らずの整った顔を上げる。


「もうすぐ母さんが帰ってくるのにどこに行くんだい?」


「近所の公園。心配しなくても十七時までには帰るわ」


 そう伝えるとレイルは気を付けてと送り出しかけるけど、ドアノブを回しかける前にソファから身を乗り出して慌てて呼び止めた。

 

「実はモデル仲間から沢山、化粧品を貰ったんだ。

 女性用もあるからぜひ姉さんも使って」

 

「いらない」


 きつく簡素に拒絶した私にレイルは心配してそうな振りを交えて小言を言い始めた。


「・・・・・・僕もあまり人の趣向に兎や角言いたくは無いが姉さんが化粧に関心を持てば顔の傷も気にならない程、美しくなれるのに。

 そうなれば気軽に遠出だって」

 

 気が付くと怒りに身を任せて外へ飛び出していた。

 何よレイルの奴、自分は有名校への入学が決まってファッション雑誌の表紙を飾って絶賛、幸せの真っ只中だから不幸せなお姉ちゃんにおこぼれを恵んでやろうっての? 腹立つわね。

 社会で成功した奴から施し受けたってこっちは惨めになるだけよ。

 そんな苛立ちを抱え公園のベンチに座ると私はあの女の子と出会い、これからの生き方、必要とされる私で在る指針を得て必要な技能を習得した。

 ユニバーシティーを卒業し実家から離れた都市部の小規模保育園に勤務する事になった私は容姿で判断される事無く多くの子供、保育士、保護者から聖女の様に優しく勤勉だと認められ、遂に望んだ居場所を手に入れた。

 でも心身共に充実した日々も突然、破壊された。

 

「ちょっとマークス君、おもちゃはみんなで仲良く使わないと駄目でしょ」


 この日はいかにもお坊ちゃんって感じの生意気な男の子、マークス君がいつも遊ぶおもちゃを取ってしまった別の子にキレて喧嘩し始めたので個別で注意していた。

 日頃から威張り散らし傲慢に振る舞う彼の態度は横暴その物で周りの子だけで無く他の保育士からもあまり関わらない方が良いと言われる典型的な問題児だが、誰一人忘れずに園児と向き合いたい私は恐れずに対応した。


「仕方ねーじゃん。

 あれ以外のおもちゃ、安物で気に入らねーもん」

 

「だからって順番守らないで奪うのは悪い事だよ」

 

 同じ目線に合わせ優しく諭す。

 大事なのは小さな子供では無く一人の立派な人間として扱う事。

 研修で学んだ方法はこれまでも色んな子供達に通用し心を開かせた実績を誇っている。

 だからマークス君の心にも響かせられると思ったけど彼は先程の喧嘩を反省する様子は見せず私のお話に対してうざったい態度を露骨に見せていた。

 

「順番とか意味分かんねぇ。

 なんで俺が貧乏臭い奴らに合わせないといけないんだよ。

 俺の親父は町長だ。

 必死に努力したご褒美で手にした地位は俺を育てる為に使ってくれた。

 だから俺は生まれた時から権力の席に着いてる。

 他の奴らとは生まれ持った居場所が違うんだ。

 気を遣うべきは俺じゃなくて目下の奴らなんだよ」

 

「そんな言い方は許さないよ。

 この保育園にいる限り、身分を振りかざしちゃ駄目。

 貴方もみんなも平等な人間と思って仲良くして」

 

「ちっ、うぜぇ・・・・・・」

 

 マークス君に注意した翌日、園長先生に呼び出された。

 園児の親御さんや大事な賓客を招くある程度の広さと高級感を持つ談話室にいたのはマークス君と彼のお父さん、町長のヴナムートさんだった。

 自ら要望した天然水を一口煽ってからヴナムートさんが厳格に話し始める。


「聞いたよ。

 おたくの先生がマークスに生意気な指導をしたそうだね」

 

「も、申し訳ございません。

 今後このような事が再発しないよう充分言い聞かせますので」

 

 この保育園は町長の支援によって経営が成立している公営施設。

 子供の将来に役立てる心構えの形成よりも支援の打ち切りを恐れる弱気な老年の女園長先生は只々腰を低くして機嫌を取ることに必死になってる。


「マークスに対しては他の園児よりも特別な優遇をして欲しいと通常よりも多めの金を積んでお願いしたはずだ。

 まさか他の先生方に伝達をしていなかったのか?」


「そ、それは有り得ません。

 町長きっての要望は全職員にしっかり言いつけておりこちらのアマスも承知しております」


 確かにクラスを受け持つ前にヴナムートさんの息子さんは丁重に扱えと言われたけど、そんな指導で子供達が成長すると思えなかった私はまともに取り合っていなかったしどの子供も平等に接して来た。

 園長先生は謝りなさいって慌ててるけど間違った事をしたと思ってない私はきっぱりと間違った選択に踏み入ってしまった。

 

「私はマークス君が悪い事をしたから咎めただけです。

 決して理不尽な言いがかりを付けてはいません」


 その一言を機に私の居場所は奪われていく。

 マークス君の手を握り席から離れたヴナムートさんは一切の躊躇いなく言い放った。


「そうか、私の息子を叱っておきながら謝罪の一つも無いのであれば支援は今日限りで終了だ。

 ついでにマークスもこの保育園から退園させて頂こう」

 

「ま、待ってください町長!!

 それではうちの保育園が!!」


 あれくらいで機嫌を損ねる保護者の顔を二度と見なくて済むなら清々すると甘く考えていた私だったが、ヴナムートさんから出てきた忘れかけていた発言で心にひびが走った。


「良く考えれば人と接する仕事なのに|醜い(・・・)を持った奴を新規で雇った時点で品性を疑うべきだった」


「俺も不思議に思ってたんだよ、お父さん。

 周りの連中あいつの顔を見ても何にも言わないんだよな。

 俺、視界に映るだけで気分悪かったからお父さんの力で辞めさせてやろうかと思ってたもん」


 

 醜い・・・・・・面?

 保育園で勤務してからずっと言われなかった容姿批判は平穏だった心をぐるぐると掻き乱した。

 

「では園長先生、品性の欠片も無い貧相家庭の子供達と過ごす残り数ヶ月を精々励むといい」

 

「へっ、俺に刃向かうからこうなるんだよ。ばーか」

 

 支援が無くなった数ヶ月後、保育園は経営不振になり閉園になった。

 しかもヴナムートさんが保育園への支援を打ち切った理由を皮膚の半分を失った保育士の対応が酷すぎたと偽って報告した事で野次馬や路頭に迷った園児の保護者達から批判の対象にされ、野次馬に関しては昔の奴らみたいに容姿を弄った批判も飛んで来る。

 ・・・・・・あの時、保育士を志さなければなじられる痛みもずっと消えない傷による苦しみも受けずに済んだ。そしたらこんな復讐をする必要も無かったはずなんだ。

 私の存在を否定して居場所を奪っておいて自分達はのうのうと生きてるなど絶対許さない。

 別の保育園に通いながら情報収集していた私はある事に勤しんでいた。

 

「サ、サリッサ様ぁ・・・・・・ お腹空いたよぉ。ご飯を・・・・・・」


「はい。今作るから待ってて」


「サリッサ様ぁ、分からない所があるの。教えてぇ・・・・・・」


「少し待ってね。すぐに行くからね」


 見た目を非難し私の居場所を奪っていった生意気な子供を睡眠薬で眠らせ、街から離れた家に連れて行く。

 逃げないように片手、片脚それぞれに手錠を着け多少の恐怖を感じさせた後で奉仕の優しさを見せる。

 するとあら不思議、ずっと反抗ばかりしていた子供達は私を求め続ける様になり存在していい理由を与えてくれる。

 これが私なりの調教。

 これが私なりの復讐。

 これが私なりの必要とされる私で在り続ける方法だった。


 追憶 必要とされる私で在り続けるには(終)

 

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