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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter1 不浄の聖女
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不浄の聖女(5)

 隔絶の廃聖堂の広間で激しく剣が衝突する。

 速さを活かして果敢に手数を増やす度に空気を冷たくする私の氷剣はそれを上回るスピードでサリッサのレイピアに撃墜され虚しく砕破された雪華を剣から散らすだけだ。

 子供の安寧を侵食した咎人に長時間、苦痛を与える事を重視するサリッサは嗜虐の笑みを目に滾らせていて急所を狙えた一撃もわざと逸らせ静謐な痛みを蓄積させていく。

 

「行けー!! 聖女様!!」

 

「安寧を壊す侵入者を断罪してー!!」

 

 獲物を追い立て窮地に案内した肉食獣の様に優越感に浸るサリッサをいつの間にかキャットウォークみたいな場所に集まった子供達が観衆となって声援を贈っている。

 もしこれが純粋な実力で集めたのならば私も尊敬出来たのだが、洗脳して盲目的に注目する様に仕向けている非道な方法で成り立っているのだから容認も厳しい。

 それにこうでもしないと居場所を見出せないなんて虚しく無いのだろうか。

 

「見なさい、子供達の顔を。無垢に弾ける笑顔を。

 争いも苦痛も知らないあんなに幸せそうな子供達を見ても貴方はこの幻惑を壊そうと言うの? 

 夢から呼び戻して子供達に痛みを味わわせるの?

 子供から見れば貴方の方が悪い人じゃない」

 

「そうだそうだ!! 聖女様の言う通りだー!!」

 

「私達を野蛮な外の世界に連れ出そうとする悪党は消えて!!」

 

 自分で工作した護るべき子供達を一瞥し、使命を与えられた誉れと手にした充実感に打ち震えているサリッサに私は強く返す。

 

「私はどう思われようと構わない。でも言いたい事ははっきりと言わして貰う。

 これが本気で子供達の幸せだと思ってんの?

 小さな鳥籠で飼い殺して自由と選択を奪って成長の機会を剥奪するなんて子供を第一にする人の考えじゃ無いよ。

 愛情持って育てるのも大事だけど時には厳しさも教えて子供が旅立てる後押しをしてあげる。それが保護者の役割じゃないの?

 ・・・・・・やっぱりあんたは敬虔な聖女じゃない、子供にしか拠り所を作れなかったから自ら社会に弾き出されに行った可哀想な人だよ」

 

 静かに溜め息を吐いたサリッサに対し私は咄嗟に剣を構えた。

 逆手で垂らした細い刃にはサリッサの分身が放ったレイピアの突進が重く乗っかる。

 

「子供達の前だから血腥(ちなまぐさ)いのは避けたかったのだけど、更なる痛みが必要みたいね」

 

 冷酷な覇気が空気に緊張を巡らせる。

 分身の裏で聖女擬きの皮を剥がし悪魔を(あらわ)にしたサリッサに "躊躇" の二文字は無い。

 つまり戦いが苛烈さを増していく兆候。

 乱れ包む風の幻術ウィンディ・ファントム・摩天楼で多数の分身を生み出し私の近くまで派遣させると数の利を有効活用した刺突の雨で四方を埋めつくす。

 全てを剣で受け止めていると確実に私の体力が持たない。

 ここは回避と分身の各個消滅を意識していこう。

 最低限の攻撃を弾きながら素早く柱やソファの裏に隠れる。

 ぎりぎりまで引き付けていたから分身のレイピアが障害物に遮られ必ず殺すと誓った不動の息巻きも相まって深々と突き刺さる。

 抜けなくなった隙を見て設置型の罠と同じ運用で古びた床に仕掛けた "バームネージュ" に伸暢の指示を出すと氷樹は一人でに成長し分身を貫いた。

 同様の手段や剣による切り払いで分身を構成していた風を着実に散らしていくがそれは私が体勢を立て直す為の僅かな時間稼ぎにしかならない。

 分身を生み出し操る術の都合上サリッサ本人を叩かない限り分身は絶えず出現し続ける。

 

「さぁ、流しなさい!!

 愛しき子供に捧げる贖罪の血を!!」

 

 サリッサの指揮の下、分身が迅速に詰め寄る。

 分身の出現を阻止出来ない以上、祭壇で偉そうに佇むサリッサ本人を叩きたいが止まらない猛攻を躱しながら接近するのは簡単じゃない。

 例えサリッサに近付けてもコピーの大本になってる本人は悪魔の様な表情を変えずに軽く受け止め僅かなステップすらも踏まない。

 それどころか蜘蛛の巣に引っかかった哀れな獲物の様にレイピアに吸い付いた私を分身と連携してぶつける軌道を柱へ変えた。

 オマケにそこそこの大きさがある柱の一部分が乗っかる追撃付きだ。

 

「あら? この柱、もうちょっと使えると思ってたのにかなり古かったのね。ご愁傷さま」

 

 柱の一欠片と血溜まりに挟まれた私をサリッサと複数の分身がレイピアの剣尖を突き付けて囲む。

 抵抗、したいけど柱が重くてどかせそうに無いし握力もちょっと弱くなってきた。

 

「本当に愚かね、貴方。

 自ら未知に飛び込むから痛みを知る事になるのよ」

 

 観客の子供達が一斉に沸き立つ。

 天罰が下った私に対してざまぁと言わせる様にサリッサが操作してるんだろうか。

 分身に私の拘束を任せ、子供達の顔が良く見上げられる中央に立ったサリッサは教えを説き始めた。

 

「良いみんな? 外の世界は危険に痛みに満ち溢れ平等なんて物は存在しない恐ろしい場所よ。

 かつての私もそんな理不尽に呑み込まれ傷ついた人間の一人。

 でもこの教会に身を委ねる限り、私がいる限りはみんなに怖い思いなんてさせない。

 ・・・・・・だから、ずっとここにいてね?」

 

「・・・・・・いつまで現実逃避してるつもりだ?」

 

 気合いだけで絞り出した私の声に感知したサリッサが面倒くさそうな顔で振り返る。

 

「自分を分かって、貰う・・・・・・ 受け入れて貰う、努力を・・・・・・せずに。

 そうやって人と離れた容姿を持ってたら、拒絶されたまま過ごすしか無いって諦めたせいで、あんたの居場所が無くなったんだろ・・・・・・?」

 

 私もあの社会で色んな痛みを受けた。

 しょうもない事から命の危険に晒された種類もある不運。

 大好きなフィギュアを手放さざるを得なかった精神的苦痛。

 自ら遊びを遠ざけたりフィギュアスケートはお姉ちゃんに憧れるか体験だけで済ませて深く物事に入り込まなければきっとこんな痛みは感じなかった。

 だからサリッサが拭えない火傷みたいな傷を差別のネタにされ心無い扱いをされた結果、痛みは遠ざける物で知るべきでは無いなんて考えに至ったのも理解出来る。

 でも痛みが生み出すのは悲しみだけじゃ無い。

 次に繋げる為の原動力もそこに沸き立つんだ。

 だからそこで腐らずに何度でも前を向けば彼女だって愛される人材になれたはずなのに。

 若干戸惑いかけたサリッサだったが洗脳された子供達が何故、サリッサが悪いんだと異議を申し立てているアウェイな環境で自分は社会で傷付いた人間だと自分が揺るぎなく正しいんだと我を取り戻し、分身に命令する。

 

「早く黙らせなさい」

 

 本来なら命令を受理すれば迅速に処刑の刃を振り下ろす分身だが本人の精神が影響を受けてるせいか動きにラグが発生している。

 お陰で緩い一閃でも分身達を一時的に消せ、バームネージュのワープ機能で圧迫状態から脱出する事が出来た。

 分身がいない一瞬で再びサリッサに斬りかかる。

 さっきよりも動きが固いから確実に動揺が宿っている事は分かるけどそれでも奴は変わらず攻撃を捌き私との距離を離す。

 近付こうとするけれど柱に圧迫されてた霊体は既に限界。

 倒れたところを再び分身が刃で牽制し動きを封じてきた。

 

「貴方みたいな恵まれた子供の説法なんて聞きたくないわ。

 時間も惜しいし、そろそろ死になさい」

 

 サリッサが剣先にランタンを翳した。

 事前のウィリアムさんの共有によればあれは ”神罰。罪業滅却” の構えだ。

 神の息吹をランタンの炎に通して放つ事で焼き尽くす粛清の劫火と変えて主に仇なす異教徒を呑み込むらしい。

 防御出来ない今度こそ私の命は終わってしまうのだろうか。

 反撃出来ない身体に出来る事は強くなる熱風を我慢し痛みを紛らす為に目を強く瞑るだけ、と思っていたら巨大な炎の渦を一瞬で搔き消した馴染み深い風が吹く。

 研修期間の時にラブポーションに襲われ恍惚状態にされて命を差し出そうとしていたピンチを救ってくれた竜巻が荒れた広間を掃除する勢いでサリッサの分身を自身の風の糧に取り込み、ウィンドノートが合流した。

 

『まだ戦えるな? 相棒』

 

 軽傷を癒す心地好いそよ風が相棒が齎してくれた希望が霊体に活力を巡らせ剣を握る力が蘇ってくる。

 この状態で別の返答など想像もつかない。

 

「当然!!」

 

 

「なっ・・・・・・!? どうして貴方がここにいるの!? 甘い幻惑に身を委ねていたはずじゃ!?」

 

 毅然としているウィンドノートは鼻を鳴らす。

 

『初めて霊獣になった恩恵を実感したな。

 精神の有り様が力にも毒にもなるこの世界で俺自身がどう思おうとこの身は状態異常を自然と跳ね返すのだからな。

 ・・・・・・それと幻惑を打破したのは俺だけでは無い。

 先輩方もベイタロス殿もガレイド殿も(みな)、ヴァニタスを無力化しここを目指している。

 貴様に逃げ場など存在しない。尤も、俺とキタザトの返礼を受ければ立つことなど出来んだろうがな』

 

 なるほど、思うがままに服毒者の頭と心を支配し歴史に悪名を遺したヴァニタスも皆様には一切通用しないんだな。

 それとウィンドノートは滅茶苦茶怒っている。

 まだ短い付き合いだから表に出した感情を全て見た事無いけどそれでも普通とは違うキレ方をしてるのが分かる。

 

『サリッサ・アマス。俺は貴様に酷く立腹している。

 長年、苦労を乗り越える糧にしてきたお爺様とお祖母様との美しい思い出を軽々しく洗脳の材料にし穢すなど・・・・・・

 この私怨、本来の幸せを奪われた子供達の怒りも上乗せして返してやるから覚悟しろ』

 

 自分が操る風を超えた強烈な突風に気圧されながらもサリッサは荒々しい口調でレイピアを掲げる。

 

「パ、パンクデビル!!

 我が召集に応じなさい!!

 私の善行を阻む愚か者共に神罰を下すのよ!!」

 

 この教会に来てから何度も見かけたギターを持ったマスコットキャラ風のエッセンゼーレが広間の天井を一気に覆い尽くした。

 素人に毛が生えた様な技術なのに自分がナンバーワンだと過信するエレキサウンドはサリッサと奴が生み出した分身の気分を高揚させ攻撃力を増強させる。

 そんな軍勢に太刀打ちする方法など一つしか無いだろう。

 

『お前の身体も限界が近いだろう。

 ここは憑依ですぐに終わらせるぞ』

 

「了解」

 

 頭だけの大型犬から目に映らない風に変え、その風は私の周囲を漂い優しく骨身に染み渡って行く。

 やがて浮上した髪や服の装飾がゆっくりと元の位置に舞い戻り、私の中でウィンドノートとの一体を実感した時、それは特別な霊獣と契約をした者の特権、相棒を憑依出来た合図となる。

 しかし神と同等の力を持つ霊獣を人の身で宿すのは代え難い力を得る一時と同時に命をすり減らす危険行為でもある。

 今の身体で全ての敵を蹴散らし終わった後も健全な霊体を保つとならば・・・・・・三十秒が限界かな。

 でもそれだけあれば雑魚をぶっ飛ばしてサリッサを殴るには充分。

 脳内で簡単な予測を終わらせ私とウィンドノートは広間を駆ける。

 ギターで殴り掛かるパンクデビルとサリッサの分身は素早く振り抜いた剣や蹴りで在るべき姿に変えて、浮遊するパンクデビルは広間に存在する障害物を蹴って同じ領域まで到達すると風に後押しされた "グレールエッジ" で貫いた。

 余った連中を冷気の拡散力と突進スピードが格上げされた "アイシクルロード" で氷の中に閉じ込めると衰えない勢いを活用してサリッサに剣を突き付ける。

 

「っつ!? どこに行った?」

 

 真正面にしか攻撃出来ないこの技はスピードを相殺しつつ防がれてしまえば無防備を晒してしまうハイリスクな技なのだが憑依したウィンドノートの身軽さを借りれば、例え防御されても衝突の勢いを使って背後に回避すればヒットアンドアウェイを実現させる事が出来る。

 こうしてサリッサの目を欺きながら速さを活かした接近戦に持ち込めた私達は怒涛の連撃でサリッサとの立場を入れ替える。

 私単体を凌駕する捌ききれない私達の動きに今までの余裕を無くしたサリッサが喉をひしゃげて醜く罵る。

 

「どうして!? どうしてよ!?

 私の居場所で私に心無い言葉を浴びせた同級生や周りの大人みたいに拒絶しやがってぇぇ!!

 癒えない醜悪の傷があるから、私に幸福を得る権利は無いと言うの!?」

 

「何度も言わせないでよ」

 

 シンクロしたウィンドノートと共に、サリッサに大技を突き付ける準備。

 でもその前にこれだけは言っとこう。

 

「『他人の幸福を奪った|今のお(・・・・)にそんな権利があると思うな!!』」

 

 全ての怒りを込め、鋭い始動をサリッサに叩き込む。

 体勢を崩したサリッサに一つ、また一つと共同の斬撃が連鎖する度、冷たい風が集合し渦を成して行く。

 何回もシミュレーションを重ねた動きを繰り返し肥大化した冷気と風は包囲した者を切り刻み冷たく蝕む氷嵐となる。

 

「『轟け氷害、"アイスストーム"』」

 

 氷嵐が止むと教会内で雪が舞い散り、サリッサは気絶していた。

 広間の内装ごとサリッサを吹き飛ばした渾身の一撃の余波は上部にいた子供達にも届いており目覚めの寒冷を浴びた彼らはヴァニタスからの拘束を免れ、ようやく自分の意思で行動を振る舞えるようになった。

 例に漏れず記憶は全部、抹消されてたけど。

 

「スイちゃん、大丈夫!?」

 

 戦闘が終了するとエマさん達が小さな子供を連れて戻って来た。

 どうやら他にも残った子供を見つけ保護したそうで他にも話したそうにしていたけど真っ赤になった私を見て急いで傍に寄り体調を見てくれた。

 

「命に別状は無いけど応急措置で済ませられる怪我の深さじゃない。

 ごめんね、もう少し早く駆けつけれたらここまでにはならなかったのに」

 

「これくらいへっちゃらですよ。

 名誉の傷って奴です」

 

 そうやって歯を剥き出して笑うとエマさんはこんなに深刻なのを名誉の傷にしちゃ駄目だと呆れていたが、ナーシャさんが落ち着かせる。

 

「エマは心配しすぎなんだよ。

 若者の成長は早いんだから時には信じて適度に放置するのも大事なんだ。

 ありがとな、一人と一匹。あんたらのお陰で他の子供を救助出来たよ」

 

 ナーシャさん、私達が勝つって信じてくれたんだ。

 お互い、会ったばかりで別の組織に所属してるのに新米の私にそこまでの信頼を置いてくれた事が何よりも嬉しかった。

 

「いや〜 良いとこ全部もってったねぇ!!」

 

 じんわりと心を暖める安堵が湧き出る中、ナーシャさんが私とウィンドノートの背中に優しくも力強い労いを注入する。

 そういえばウィリアムさんが縛り上げてる相手は誰なんだろ? 格好からして野盗っぽいけど。

 

「少しお話すると、サリッサと繋がっていた野盗のリーダーだと判明しました。

 首謀者と一緒に彼も鎮魂同盟に突き出すべきだと判断しまして」

 

「な、何がお話だ外套野郎!?

 金目のもん漁ってた時に問答無用で投げやがって」

 

「おや? また床での就寝をご希望ですか?」

 

 余程の痛みを経験したのか野盗のおじさんはそれだけで黙ってしまう。

 気絶したサリッサもアリアちゃんが捕縛したしこれで神隠し事件は全部解決だね。

 犯人達を連れ、隔絶の廃聖堂を去る前に二度と来る事が無いであろうこの廃墟を改めて観察しようと振り返る。

 残る氷嵐の余韻と朽ちたステンドガラスから零れ落ちる復活の陽光が一瞬、かつての教会の面影を蘇らせた。

 荘厳で美しい空間は偽善の聖女を止めた私達に対する神様からの祝福だったのかも。

 

 不浄の聖女(5) (終)

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