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ようこそ世界一賑やかな壮美の幽谷へ(2)

 乾いた空気が肌を撫でる砂漠から切り取られた辺境。

 人は滅多に立ち寄らないだろう過酷な環境下で幸運が舞い降りた。

 転移早々、正体不明の怪物に食われそうになった私を助けてくれたのは発砲後の硝煙を吹かす双銃を怪物に定め続ける茶髪の青年。

 袖を捲ったワイシャツに灰色のスラックスを会社員みたいにきっちり清潔に着こなした青年は、軽く私に目配せして一大事が無い事を確認すると庇う様に前に出て再び怪物の方へ視線を向ける。


「おかしいな。この自然領域でエッセンゼーレは出現しないはずだが」


 自然領域? えっせんぜーれ?

 薄々察してはいたけれど初めて聞いた二つの単語を聞き、私は確信した。

 やっぱりここは私の元いた世界では無くもっと遠くにある別の場所にいるんだと。

 国内なのか海外か、はたまた別の惑星に飛ばされたか。

 内心で様々な可能性を模索する間に青年を一目見て慌てだした怪物が新たな動きを見せた。

 小刻みにその場を飛び跳ねながら口? に当たる部分から子供の駄々より酷いノイズを掻き鳴らすとオレンジがかった砂に黒線が走り、中から招集を発令した奴と瓜二つの怪物が裂いて出てきた。

 しかも数匹程度の可愛い物では無い。

 目視で二十以上は視認出来る恐ろしい部隊だ。

 どうやら自分だけではあの青年に勝つのは厳しいと判断して援軍を呼んだらしい。

 見た目に反して結構知能は持っているようだ。


「やれやれ・・・・・・ 逃げる気無しか。後悔しても知らないぞ。ヘル」


 青年が短い人の名を呟くと閃光レベルの速さで私の頭上をアクロバットに飛び越え水色の二つの刃が踊り出る。

 私にとっては電光石火の動き、でも本人にとってはほんの小手調べでしか無いであろう一薙ぎは的確に怪物の急所に当てており、瞬間移動の様に突然、女の子が姿を表すと同時に砂の大地に倒れ込む。

 私では太刀打ちすら出来なかった怪物をいとも簡単に数匹まとめて倒したノースリーブ鎧を纏った女の子は小さな身の丈に合わない大きな刃と一体化したガントレットを振り回し、私と同じ水色メッシュを所々に入れたサラサラな金髪を揺らし妖精らしい小柄で可憐な容姿に似つかわしくない狂気の笑顔を浮かべる。


「アタシを呼んだって事は暴れて良いって事だよな?」


「既に戦況を荒らして聞く事では無い」


 青年の許可無く暴れ回るのは毎度の事なのかどう言いつければ制御出来るのか頭を悩ませている青年はいつの間にか二丁の銃から刀に持ち替えていた。


「ヘル。エッセンゼーレを出来るだけ僕らの方に近付けないよう時間稼ぎしてくれ」


 はーいって気の抜けた可愛らしい返事をした後、女の子は敵の群れに突っ込み青年の注文を忠実に守りつつも好き勝手に暴れる。

 一方の青年は刀を持っていない右手でその場にへたっていた私を(かざ)すと、手から薄緑の微弱な波動が対象者である私に優しく降り積もる。


「君に少しだけ "安らぎ" を注入した。僕達が相手する間、あの岩陰に隠れてやり過ごしてくれ」


「あ、ありがとうございます」


 不自由だった節々が柔らかくなり小走り出来る程度の体力まで回復した私は控えめにお礼を述べ急いで指差しで教えて貰った岩の後ろに隠れた。

 体の芯からじんわりと温まる感情を注入して貰った際、ふと昔を思い出した。

 フィギュアの演技前に緊張した時、コーチから激励と共に背中を叩いて貰うと強ばった心に気合いと積み重ねた自信が再び入りリラックスした状態でリンクに入る事が出来たっけ。

 さっきの感情の注入も言葉や行動とは違うけど物理的に干渉し意図した感情を相手に与えるのはこの世界の特徴だろうか?

 それとも彼自身の能力だったりするのかな?


「ねぇ、さっきの子も避難出来たんだしそろそろボコして良いでしょー?」


 私が戦闘の巻き添えにならないようずっと待ってくれていたのか戦い好きの女の子は怪物の引っ掻き攻撃を片手で軽く受け流しながら待ちきれないとばかりに青年にしかめっ面を向ける。


「はいはい。地形壊さない様に加減しろよ?」


 ゴーサインが出るや否や女の子は返事もせずに残像が残る速さの素振りで受け止めていた怪物を気絶ぐらいに留めて吹っ飛ばす。

 ようやく戦闘という楽しみにありつけた彼女の顔に浮かんでいたのは鼻歌が聞こえそうな程に上機嫌で張り切っている笑顔。


「んじゃあおっ始めますかぁ。ま、ミニマムボーイに期待なんてしてないけど」


「低級だからって油断するな。・・・・・・来るぞ!!」


 あの二人はある程度、怪物を危険視しているらしいけどその必要は無い気がする。

 弱者の私を愉快に弄んでいた怪物達は他を凌駕する威圧と共に並び立った二人に恐怖を抱き、気圧されている。勝機があるなど思えない。

 勝負事に置いて誰が相手でも負けるつもりは無いと意気込む気迫が無ければ相手に舐められるし、せっかく鍛えた自分に自信が持てなくなる。

 勝敗がはっきりと決まってしまうスポーツの世界で僅かに長くいた時に学んだ教訓の一つは目の前で起こっている命をかけた闘争ならば顕著に表れるはずだ。

 生きるか死ぬかの瀬戸際、優勝劣敗の岐路に立つ戦いで臆せず行動に移さねば怪物達に待つのは無惨な蹂躙である。

 戦う意を決した怪物達は一斉に囲むよう飛び上がり鋭い爪を首筋に突き立てようとする。

 しかし観察しなくても攻撃の軌道は把握済みなのか怪物と目を合わせずに青年が携えた刀の柄を握る。


「"美しき追想を護る為、その身を照らせ。幻灯"」


 伝統的な金模様があしらわれた工芸品レベルの朱色の鞘から全貌を披露した宝刀は大きく、煌々と砂漠を呑み込む熱気を放つ灼熱の炎その物。

 使い手の身をも焦がしそうな炎を研ぎ澄まされた剣戟の一閃で払えば忽ち烈火が虚空を彩り火傷では済まない爆風を怪物達に与える。


「取りこぼしはこちらで処理する。

 君は気にせず前線で楽しむといい」


「分かってるって〜」


 空気よりも軽い返事だけ残し女の子は身軽な跳躍だけで怪物達に切り込んで行く。

 青年の刀が静とするなら、女の子の戦法は激しい動。

 常人離れの身体能力に併せ持った無尽蔵のスタミナで戦場を自在に跳び、昔、見たカンフー映画。

 いや、それ以上のキレと芸術性がある格闘術とブレイクダンスそっくりのアクロバットな動きを合わせた一見は大胆、けれど細部まで技を忠実に守った繊細さも崩さず持った近接格闘で周りの敵をあっという間に薙ぎ倒す。

 蹴りだけでは届かない中距離を補う等身大の双刃も女の子の戦力増強に一役買っていた。

 斬れ味も然ることながら彼女自身の優れた能力で活かされる双刃は装備者が敵の気配を察知し迷い無く振り放った瞬間、胴を斬り裂き即座に怪物を戦闘不能にさせる。

 それにただ斬るだけでなく彼女は大きな刃の硬度を防御手段にも用いており怪物の攻撃を受け流した後にもう片方の刃や蹴りで返すカウンター戦術にも長けていた。

 戦闘好きなだけあってバリエーション豊富な戦い方が出来るようだ。


「きってけって〜・・・・・・ 更にきる!!」


 でも青年が悩みの種として抱えていたのも納得出来る程、常に戦闘欲求を持て余しているのが玉に瑕と言ったところか。

 ふざけているような口上を叫びながら繰り出す斬撃と蹴りの三連撃ももっと威力を出せるだろうに一秒でも長く戦闘を楽しみたいが為にわざと緩めて敵が気絶しないように調節している。

 これじゃ敵側が力の差に絶望してすぐに逃亡されそうだから逆効果な気もするけど・・・・・・

 戦いもいよいよ佳境といった中、ズボンのポケットに入ってる何か(恐らくスマホのバイブレーションだと思う)を感じた青年は女の子に鋭く指示する。


「ヘル。次の漂流者の居場所が通知された。

 そろそろここでの戦闘を切り上げるぞ」


「オッケー、そろそろここで遊ぶのも飽きて来たから素直に従ってあげる」


 そう言うと女の子は高く飛び上がった。

 残りの軍勢を一匹残らずまとめて倒すつもりの彼女は双刃を重ね、降下姿勢を取る。

 その姿は敵から見れば飛来する隕石の様に見え、降下先の対象を戦慄させる畏怖の存在として映る。

 彼女よりも格下なこの化け物達に逃げる事など出来ない。

 女の子が地上に迫るまでの速度も速いし既に体は強ばって回避の命令すら聞いてくれないんだから。

 こうして為す術なく天災級の女の子の落下攻撃、 "しゅーてぃんぐめてお" を喰らった怪物達に指示された末路は短い断末魔を遺し、黒い気体と霧散するのみ。

 凄まじい活躍により数分足らずで怪物の群れを倒し本来の静寂を取り戻す事に成功した二人。

 戦闘が終わると動きの鎮静化に感知してるのか青年のシャツ袖は真っ直ぐに折り直り、どこからともなく二人分の上着が出てきた。

 青年は任務を終えた事を確認し燃え盛った炎を灯火に弱めてから刀を納めジャケットを肩に掛ける冷静な立ち回りだったが、出てきたダウンジャケットを渋々着ている女の子は溜め息を吐いて萎えてしまっている。


「はぁ〜・・・・・・ やっぱ切りごたえ無〜い。つまんないよ、シューイチ」


 そうだよね。めっちゃ無双してたもんね。相手の怪物、殴る隙一切無くやられたもんね。

 なんなら君、反撃期待してちょっと攻撃緩めてたもんね。

 この子だけはマジで敵に回さない様にしないと。


「仕事は楽しい事ばかりでは無いと何度も言っただろう、ヘル。迷魂(めいこん)の保護を生業とするうちなら尚更だ」


 シューイチと呼ばれた青年は私が避難していた岩陰まで近付くと補助の手を差し伸べる。


「もう大丈夫だ。君の安全は保証されている」


 半ば脱力したか細い手を乗せ、暖かい男の人の大きな手を軸に疲弊した体を精一杯に持ち上げると軽い眩暈に襲われたが持ち前の負けん気で心配させないよう踏ん張る。


「本当に助けていただきありがとうございます。

 ところで ・・・・・・ここって何処でしょうか?」


 改めて助けて貰ったお礼を申し上げ、気になっていた疑問を率直にぶつけてみる。

 既に有り得ない光景ばかり目撃したから前いた世界とは違うんだろうなぁとは思っていたが彼らから立て続けに教えてくれた場所は私が見聞したどの国にも当てはまらない初めて聞く名前だった。


「ここは "エクソスバレー" だ」


「ようこそ。世界一賑やかな壮美の幽谷へ・・・・・・ってね」


 プロローグ ようこそ世界一賑やかな壮美の幽谷へ(2) (終)

 

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