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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter1 不浄の聖女
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不浄の聖女(1)

 山登りの翌日、材料調達担当の野盗達を捕らえて香料の調合を阻止しただけの成果しか挙げられなかった私達はウィリアムさんのメッセージでいつもより早い起床をし、アーテストタウンのカフェで注文した朝食を待っていた。

 

「ふぁぁ・・・・・・ なんだいウィリアム?

 こんな朝っぱらから呼び出して」


 ナーシャさんは本当に朝が弱いらしく、アリアちゃんが頬を引っ張って無いと顔を沈めて睡眠欲に負けそうになっていた。


「すみません、お呼び立てして。

 どうしても早朝に共有したい事がございましたので」

 

「ウィリアムが謝る必要は無い。

 ナーシャが朝に弱過ぎるだけ。

 さっさと本題話す」


 ウィリアムさんが唐突に理不尽に襲われた漂流者を助ける為の剣を取り出す。

 しかしその剣先には落ち着いた銀色とミスマッチの薄ピンクの匂いが付着しており、それでこの場の全員が朝早くに呼ばれた理由を察した。

 

『ウィリアム殿・・・・・・ そいつは』


 前持って香りが抜けるギリギリまで薄め、摂取後の効果を発動させないよう処理されているが視認出来る異質な香料は神隠しに使用された危険物であると同時に探し求めた物でもあった。


「はい。勇敢なる人間の力添えによって掴んだ進展への鍵です」

 

 ひとたび嗅げば使用者の信頼に応じた幻覚を見せ、手元から離れれば(もや)に隠された様に記憶を封印される闇の歴史が生み出した欲望の産物、ヴァニタス。

 犯人と思しき人物 "サリッサ・アマス" から直接、採取したという香りはヴァニタスの強烈な甘さだけで無く、衣服に染み付く洗剤の微香が複雑に混ざっているらしい。

 身体全身に記憶させるよう剣先を嗅ぐウィンドノートがこの匂いを辿れば鎮魂同盟の力を持ってしても暴けなかった犯人の根城を探知出来る。


『ウィリアム殿の功績、霊獣としてUNdead社員として決して無駄にはしない。

 必ずや俺が案内してみせよう』


 ようやくアーテストタウンの子供を攫い、ぺーシェイちゃんやダスカ君、そして彼の師匠である華仙さんを傷付けた事件に終止符を打つ時が刻一刻と迫って来たって訳だ。

 それに犯人は野盗に自分の秘密を話すだけで殺す誓約を刻める程の残酷な人物。

 悪い事をしてる人達とは言えこれは明らかに人の命を軽く見てる根拠。野放しにする訳にもいかない。

 

「ウィリアムって一周回って怖いよね。

 いつもそんな先回りが出来るの」

 

「勿論、地道な業務も継続しておりますが時には偶然を大胆に活用するんです。

 それが仕事の成功の一歩です」

 

「偶然は毎回起きる物じゃ無いって」

 

 先輩達の話ではウィリアムさんがこうした功績を残すのは珍しい訳では無いらしい。

 思えばアーテストタウンに到着するまで完璧な準備もしてたし簡易的だったけど料理も出来るし戦闘面でもめっちゃ強い。

 ウィリアムさんって完全無欠って感じの幽霊って印象だから毎回活躍してるのも納得出来る。

 あのフェリさんやヘルちゃんが一目置いていたし、彼みたいなのを仕事が出来る男って言うのかね?

 そんな事を頭の中で考えている合間に待ちかねたレッドスムージーと苺と生クリームがたっぷりのったパンケーキがテーブルに置かれた。

 

 

「・・・・・・うわぁ、これは」

 

『霧が出てるな』

 

 ウィンドノートと先を進みながら私は病室での会話を振り返る。

 犯人と相対する緊張が近付いた事への報告と地元民だから知ってるであろう特別な情報を聞こうと私達は入院しているぺーシェイちゃんとダスカ君、それから見舞いに訪れてるであろう華仙さんがいる医務室にやって来た。


「おはようございます。二人共、調子はどう?」


「あぁ、キタザトさん。わざわざありがとう。

 だいぶ俺も調子が戻って来たよ」


「私はあと少しで退院出来ます。

 これもキタザトさん達のお陰です」


 良かった、二人共経過は順調みたいだな。

 お見舞品のちょっと高価なチョコ菓子を置きながら安堵してると医務室の扉がまた開き、華仙さんが入室した。

 あれから休息を取ったのか顔色には血色が戻っている。


「おはようございます。華仙さん」


「あぁ、おはよ翠ちゃん。

 二人の見舞いに来てくれたの?」


「はい、それと色々聞きたい事もありまして」


 医務室の人に用意してもらった椅子を借りて私は本題を切り出す。


「うちの先輩が証拠を手に入れたんです。

 準備が済み次第、私達は犯人との対峙に向かいます」


 華仙さんの顔が一瞬鋭くなる。

 ようやく犯人に近付けたのだから正体が気になるのだろうけどすぐに冷静を取り戻し椅子に戻った。


「そっか、本当は私もぶっ飛ばしに行きたいけどまだ疲労が抜け切れてないからね。

 みんながいない間は私が街を守るから」


『ウィリアム殿の話ではサリッサ・アマスと名乗っていたらしい』


「・・・・・・ 聞いた事はあるよ。ドキュメンタリー番組の特集でやってた」


 一部、脚色は加えられているがサリッサ・アマスの犯した罪はとんでもなかった。

 元は保育園で働いていた心優しい女性だったそうだがある時、ふとしたきっかけで園児を無理矢理、拘束し自宅に軟禁していたそうだ。

 以来、共通性の無い四、五人の子供を誘拐。

 警察の捜査の末、証拠を発見されたサリッサは逮捕となり無期懲役を言い渡され、その後の生涯を牢内で過ごしたらしい。


「そんな奴がアーテストタウンの近くにいるなんて・・・・・・

 で、奴は何処にいるって言うの!?」


「ウィンドノートが言うに匂いは北の方に繋がってるらしいんですけど」


 パイプ椅子に腰掛ける華仙さんが唸って考えた後、広大な自然領域の名を口にする。


「アーテストタウンの北って言ったらクジツボ|ヶ(がはら)だけど、あまり力になれそうな情報は無いわよ?」

 

  "クジツボヶ原" は古来日本で勃発した大戦の戦場となった平野であり三日三晩に渡って燃え続けた戦火の跡によってクジツボヶ原全域は灰に覆われているみたいと華仙さんが聞き伝で説明する。

 

『貴殿は足を運んでないのか?』

 

「私だけじゃないわよ。アーテストタウンに住んでる霊体はみんな近付こうとさえしない」

 

 クジツボヶ原は初代アーテストタウン町長の指示のもと一度だけ調査が行われており記録に纏まった事で不気味な自然領域の全貌を知識として誰もが知る事が出来、誰もが立ち入る勇気を奮い立たせる意味は無いと熟知されている。

 薄い霧に包まれまともに周囲が見えない中、武士の嘆きが語り掛けて来る。それに怯えて逃げ道を探し回った隊員は命がすり減った。

 確かにそんな恐怖体験が本に書かれてたら誰も立ち入ろうとは思わないね。

 

「てな訳で、私達でも分からない事が多過ぎるから調査には充分注意する事!! いいね!?」

 

 ・・・・・・おかしいぞ?

 ここはまだクジツボヶ原に入る前の坂の道。

 傍にはまだ元気に並ぶ森だってあるのに別世界へ誘うカーテンの様に先の道が霧が充満しているのだ。

 

「サリッサ・アマスは僕達、UNdeadが向かって来る事を把握していました。

 この霧もきっと彼女なりの戦略でしょう」

 

「けど、逆に言えば向こうもやるしか無いって腹括ってんでしょ!!」

 

 ナーシャさんが左手に拳を打ち付ける。

 戦術を練り迎撃する準備を整えているのなら向こうにも戦意があると言ってるような物。

 私達を待ち構えているのだったら好都合。

 こっちはお前を捕まえて事件を終わらせる気で来たんだ。

 抵抗する意思があるのなら付き合ってやろうと私達は霧の奥へと進んで行く。


『どうしたキタザト? 突然立ち止まって』


「ごめん、ちょっとだけ待って」


 ・・・・・・ウィリアムさんが言ってた勇敢な人間って。

 私は隅に転がっていたボールペンを拾ってすぐにみんなと合流する。


 更に濃くなってゆく霧の道を進んで行くと靴が踏む感触が変わる。

 雪と違いあまりにも軽く踏み砕け、辺りに充満するついさっき焼かれた様な焦げ臭い匂い。

 エマさんの槍が摩擦で灯した火でも周囲を見通せない程、霧の阻害は酷いけどクジツボヶ原に踏み入る事は出来たらしい。

 空気中の霧と大地に積もった草木だった灰。

 それらの共演で作られたこの自然領域はモノクロームの世界とも言える。


「大丈夫、ウィンドノート?

 これだけ濃いと匂いも分かりにくいんじゃ」


 心配になってウィンドノートをちらりと見るけどどうやら神話で語られる力を持つ霊獣様には杞憂だったらしい。


『奴はこの霧で誤魔化してるつもりだろうが心配いらん。

 あんな独特の匂いをそう簡単に見失う訳が無いだろう』

 

 皆、はぐれるなと嗅覚に対する絶対的自信を掲げウィンドノートはサリッサが辿った道筋を匂いで導き濃霧の中を迷い無く進む。

 ここまで軌道から外れれば不思議な霊力で追い出されるという霧の影響を受けずに進んだ私達だけどクジツボヶ原で起こる何かを忘れかけた気がして思い出そうとした時、不意におぞましい声が聞こえて来た。


『うぅ・・・・・・ 口惜しや・・・・・・』

 

『おのれ隣国めぇ・・・・・・ 俺の家族をぉぉ・・・・・・』

 

 視覚が閉ざされた四方から低く響いてくる男の人達の声。

 これが華仙さんの言っていた武士の嘆きって奴だろう。

 どの声も戦争中に受けた傷や痛みに苦しんでいるのか喉を絞るのも命懸けで掠れて発する言葉も度々混ざっている。

 呪言を聞き入れてしまうと武士が体験した過去がフラッシュバックする。

 雨の様に降り注ぐ矢、刀や槍で裂かれる自身の肉体、草木を媒体に燃え上がる戦火。

 家族も自分自身も死に、生者に同じ苦しみを与える執念に囚われた武士達が映画の場面が切り替わる様に一人一人が受けた苦しみを順番に見せつけてくる。

 こうやってサリッサは自分と救済対象以外の部外者を阻んでいたのだろうか。


「んああ〜!! 頭が痛い!!

 どうなってんの、この自然領域!?」


 エマさんを初め、殆どの霊体が頭部を半分に割られる様な痛みに襲われ、歩くスピードが落ちて行くが普段と変わらないポーカーフェイスのアリアちゃんだけは霧の向こうを見つめている。


「これのメカニズム、分かったかも」

 

 とアリアちゃんの鎌が紫閃を煌めかせ一瞬だけ霧を晴らす。

 その先にあるのはこの世の憎悪を鍋にぶち込み強火でじっくり煮込んだ様なゲテモノ料理風の紫色の沼。

 ゲームで出てくる毒沼よりもおぞましい水から沸き上がるのは湯気、では無く "憎い" や "殺す" などの恨み辛みの言霊。

 温泉から湯が湧き出る様に武士の嘆きもここから発されている。


「多分、武士達の流した血が怨恨と混ざって毒の沼みたいになってる。

 入ったら "精神崩壊" なんて生温い状態なんかじゃ済まない」

 

 アリアちゃんは首にかけた十字架のネックレスを手に取りぶつぶつと唱え始めた。

 どうやら彼女が唱えているのはお祓いの呪文らしく全て暗唱しきると武士の魂は浄化され頭の痛みも引いていた。

 出会った当初のアリアちゃんは幼少時代の記憶を持っていないけど唯一残っていたのは一流の神父よりも含有している神教の知識。

 魂の抱えた苦悶に理解を示し、いるべき場所はここでは無いと優しく諭せば恐ろしい毒の沼に集っていた武士達の嘆きは天へ登っていき多少の危険度が下がった。

 鎮魂同盟で度々受ける心霊系の依頼をこなした時と同じく除霊を終えたアリアちゃんは十字架のネックレスを掛け直し立ち上がる。


「じゃ、再開」

 

 不浄の聖女(1) (終)

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