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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter1 不浄の聖女
12/88

誘いの異香(2)

 「はぁ、はぁ・・・・・・」

 

 感情を制御出来ずスイちゃんに怒鳴ってしまった私、ニコール・アステルは逃げるように誰もいない家を駆け抜け二階の自室に逃げ込みました。

 電気もついていない暗い部屋の中では目を真っ赤にしてすすり泣く私の嗚咽しか響きません。

 

「ど、どうしよう・・・・・・

 スイちゃんを、怒らせてしまった・・・・・・」

 

 なんでこんな馬鹿な事をしてしまったのでしょう。普段ならあんな我儘、絶対言わないはずなのに。

 思い当たる原因を探ってみますが恐らくスイちゃんと別れてからの行動だと考えました。

 スイちゃんと別れてから私は係員さんと一緒に受け入れ先の家族を探していたのですが、みんな仕事の多忙さや見え透いた既に家族がいる言い訳を盾にして誰も受け入れてくれませんでした。

 私は死後の世界でも必要ない子なのかな。

 そう影を募らせながら探し続け、気付けば仮初の夕陽が沈む時間帯になり途方に暮れていたところをある女性が拾ってくれました。

 

『おや、レミー夫人じゃないですか。

 今日はブティックの営業は一区切り付けたんですか?』

 

 レミー夫人と呼ばれた女性は見たところ四十代前半のマダムって感じの風貌をしていて高そうなお召し物からも少し気難しさを感じます。

 彼女は係員さんと私を交互に見ながら話に付き合い始めました。

 

『あら、リュークさんとこの。

 えぇ、今帰るところですけど・・・・・・ そこの女の子は?』

 

『今日、UNdead社員と鎮魂同盟の人達に保護されたニコール・アステルさんです。

 保護を受け入れてくれる家族を探しているのですが皆さん、事情があるみたいでしてねぇ・・・・・・

 レミー夫人はいかがですか? 最近、家をリフォームしたばかりだと伺いましたし子供一人くらい伸び伸びと生活させられるのでは?』

 

『仕方ないですね。貴方方には出店の際にどこよりも多額の負担をしてもらいましたし引き受けましょう』

 

 なんだか含みがあるような言い方をされた気がしますが係員さんの事情を聞いたレミーさんは渋々、承諾してくれご自宅に招いてくれました。

 しかし簡単な家の案内が終わった後、勇気を持って今日のご飯の内容と一緒に食べられるかと聞くとレミーさんはとんでもない言動を言い放ちます。

 

『私はアイデアを形にしたいので一度、お店に戻ります。

 遅くなるでしょうし先に食べてください。

 食事は出かける前に作って冷蔵庫に入れておくので温め直して食べるように』

 

 有無を言わさず自室から出ていった彼女を見ながら私は呆然としていました。

 仕事だけに興味を向け情熱を注ぐその姿に生前の両親と重なる部分を感じた私は、数秒前まで無縁だった孤独が再びのしかかります。

 どうして私は親に恵まれないのか。己が不幸を恨みながら私の気持ちはどんどん沈んでいきます。

 その寂しさを紛らわす為にネットに飛び込みリアル脱出ゲームの広告を見つけ、スイちゃんを誘おうと係員の会話を盗み聞き、宴会場での出来事を経て現在に至ります。

 初めて大きな声で発したからか今まで我慢した分、涙を流したからかいつの間にか掠れた喉で私はボソッと呟きました。

 

「やっぱり、私は、悪い子なんだ・・・・・・

 どこにも、いちゃダメなんだ・・・・・・」

 

 

 斬り上げた氷閃が偽りの鋼鉄ボディを貫き、鳥の頭みたいなカメラが折れてファルコン型空中偵察機が影に還る。

 剣を虚空にしまった時、意識していない溜め息が漏れていて一週間も経っているニコールちゃんを邪険に扱ったあの日が心の中で尾を引いている事に気付いた。

 機械仕掛けの客室でゆっくり休んだのに暫くやけにキレが悪いと思ったら罪悪感というデバフを自ら背負ってたみたい。

 

「ニコールちゃんに何も言えなかった事、後悔してるんですか?」

 

 溜め息が大きかったかと聞き返すと頼れる歴戦の先輩は剣筋だけですぐに分かったと言う。

 流石は同じ剣の使い手と言ったところか、信念の緩い太刀筋じゃ心の迷いをすぐに見抜かれてしまう。

 あれからニコールちゃんは私と遭遇しても気まずそうに顔を背け、逃げる様に離れていく。

 UNdead社員では無く一人の友達として彼女の背景を知って受け止めたいけど人見知りに戻ったあの状態だとそれは難しい。

 

『気に病むなキタザト。子供を甘やかし過ぎると我儘に育って成長した時、困るのは彼女だぞ』

 

 曖昧な返事をしながらニコールちゃんの叫びを想起させる。

 大人は自分の事しか考えて無い、か。

 ずっと家を空けてたり構って貰えない時間が多ければ子供にはそう見えても仕方ないかも。

 食べたい物や公園に連れて行って欲しいって些細な願いも叶えて貰えなかったって事は食卓や余暇の時も過ごせない程、忙しい職種に就いてたのかな。

 ニコールちゃんはまだまだ甘え足りない八歳の子供。

 仕事の都合や勤務後の疲労があるとは言えお願いを何度も拒否されては寂しさを覚えてあんな考えに至るのも当然だけど、両親だって子供に不自由無い生活を送らせる為に疲れる程、仕事して給料を貰わないといけないのを理解して貰うのも難しいよな。

 そう考えると新作スポーツシューズの納期が近い時、げっそりした顔で夜更けに帰ってきてもフィギュアの大会で応援してくれたりドライブに連れて行ってくれたりと家族に時間を割いてくれた会社員の父さんは偉大な人なんだな。

 父さんみたいな行動は出来ないがせめて彼女が生前に受けられなかった温もりを私が与えられないだろうか?

 リュークさんは別依頼を受け持ってる私達の手を煩わせるなって言ってたけど、地元民との交流もUNdeadの奉仕活動(しごと)ですから。

 

『どうした? 霊獣みたいに唸って』

 

 ウィンドノートに率直に思い付いた所感を伝えた。

 

「子育てしてる親御さんって大変だな・・・・・・的な?」

 

 

 神隠しに遭った現場は散歩目的で子供達でも行ける距離って条件を満たさないといけないので大人である私達の徒歩なら五分くらいで到着した。

 狭い正方形程度の敷地には野晒になった神殿の様な建物しか無いけど半壊した壁には当時使われたタペストリーが砂埃の下で当時のまま残っていて室内には褪せた本棚や水道みたいな暮らしの跡がはっきりと覗ける。

 現世なら世界遺産に選ばれる貴重な遺物になっていただろう。

 周囲には思わず摘みたくなる色とりどりの花も生えていて景観も良いし吹き抜ける清涼な風を浴びると気分転換にもなる。

 名前は確か、 "アッテム講堂跡" だったかな。

 

「どう? ウィンドノート。証拠は残ってそう?」

 

 外気が我が物顔で通る煉瓦と砂地が融合したかつての廊下を慎重に進みながらウィンドノートは鼻に全神経を集中させている。

 ウィンドノートの状況把握に利用されているのは最も優れた感性、嗅覚。

 千里眼にも似た広範囲の詮索は遥か先を見通す視力も一役買ってるけど結構、異常な匂いを感知してから目を向けるってのも多いみたい。

 そんなウィンドノートの神力を持ってしても手掛かりは得られていないようで長時間、気を張っていても彼は険しい顔をしていた。

 

『何も感じない。

 日が経ちすぎてるのもあるだろうが、使われた物があまりにも薄い香料だからかこの場所に残っているのは古びた石材の香りだけだ』

 

 マジかー・・・・・・

 ウィリアムさんと一緒に探しても物的証拠は残ってないのに頼みの匂いすら無いとは結構手詰まりですな。

 まぁ、すぐに手掛かりが見つかるとは思ってないし巡るべき場所はここだけじゃない。

 次の史跡を目指してここを発とうと結論付けた時、別の匂いを察知したウィンドノートが原因を手繰り寄せようと鼻をヒクヒクさせる。

 

『おい待て。俺達とは別の匂いが付近にある』

 

「僕にも分かりました。これは・・・・・・ 嗅ぎ慣れた臭いですよ」

 

 二人に導かれるままアッテム講堂跡を出立し昔は花鳥風月に満ちたと予測出来る噴水広場に駆け足で着くが人影も無ければエッセンゼーレもいない。

 無人にしか見えないかつての憩いの場でウィンドノートは天に向けて見えない何かに呼び掛ける。

 

『俺達は誘拐犯の味方では無い。

 貴殿を捕縛するつもりは毛頭存在しないからどうか安心して顔を現してくれ』

 

「・・・・・・多分無理だと思うよ」

 

 私が差した上方向からは文字通りの弾幕の雨が古ぼけたタイルを穿っていく。

 射手の正体は黒いフードコートで霊体を隠し、手を覆った長い袖を振り子みたいにゆらゆらさせるウィリアムさんの親戚っぽい悪魔型エッセンゼーレ "バレットファントム" 。

 オマケに汚染された泥を生気無い顔と手にして固めたおぞましい無機物型エッセンゼーレ、"損壊の土壌" 二匹が地中を掘って這い出て来た。

 霊体を発見して襲わないエッセンゼーレはいないが目の前の奴らは更に戦意に満ち溢れている。

 別の言い方をするなら必死と言った所か。

 

「あちらさん随分と血走ってますね。僕達、彼らに何かしましたっけ?」

 

「考察は後にしましょう、ウィリアムさん。来ますよ」

 

 開戦の合図代わりにバレットファントムの暗い袖口から連射されたのは名前の由来になった弾丸の様に素早く射出され障害を貫く怨念の炎。

 私達が回避する程、劣化によってボロボロになっていたタイルや木製の花壇の一部は青白い火種の成長を援助させる。

 あんなのに当たれば身体に穴を空けられながら火達磨になってしまう。ウィリアムさんはコートを翻しながらの空中浮遊、私はウィンドノートの防御壁に包まれながらの素早い移動で回避して行く。

 でも危惧すべき攻撃はこれだけじゃない。

 

「うおっと」

 

 咄嗟に剣から生み出した冷気で地面を凍らせ滑って躱した損壊の土壌のパンチも当たれば軽傷で済まない。

 有害物質が含まれた泥を凝固させた手は格闘家の拳と同じ破壊力を保有し、地脈から追加の泥を呼び集め更に手を大きくさせて威力を上げてくるので思いがけない一撃でピンチになりやすい危険な奴だ。

 でも、私達にとってこれくらいの相手は恐れるに足らない。

 

「では浮遊出来る僕がバレットファントムの相手をします」

 

 ウィリアムさんが飾り気の無い装飾の銀剣を投げると唯一存在を確認出来るピーコートが消えたと思いきや剣の回転が弱まると同時にマジックみたいに再び姿を現し剣の柄を掴む。

 これはウィリアムさんが守護亡霊になった時に覚醒した特殊能力、 "トラベリングレイ" と言って投擲可能な物質に不可視の光を付与して投げる事で道筋を作り自身の装着物を如何なる影響をも遮断させる光で保護しながら物質の近くまで移動させる怪奇現象。

 簡単に言えば投擲先にワープしている瞬間移動。

 一応、誰でも使えるらしいけど光が守護し運搬出来るのは物質限定で霊体までは運べない上に戦場の状況、道筋を作る投擲物の速度や角度を考慮した計算を一瞬で出来る頭脳が無ければ実践で扱えないのでコートを憑代に魂を付着させ、必要条件を実現出来る技量を持つウィリアムさん専用の能力と言っても過言じゃない。

 路傍の石から小さい椅子まで、手軽に投げれる物なら発動の起因になるけどウィリアムさんは剣の方が馴染んでるらしい。

 空中という名のアドバンテージな戦場に居座れるのは自分だけだと完全に油断していたバレットファントムはフードを固定する紐すれすれで迫った剣先をゆったり波打つ動きで躱し、慌てて距離を取り、宙に浮くウィリアムさんに怨念の炎を打つ。

 

『さぁ、こちらも片付けるぞ』

 

 おっとそうだった。ウィリアムさんが優雅な追走で空爆を引き付けてる間に地上の敵も掃討しなくちゃ。

 まずはすぐ近くの損壊の土壌からだ。ゾンビみたいに苦悶の唸りを喉から震わせ握った土塊を鉄槌代わりに振り下ろす前に冷気を纏った剣で斬り落とし懐に潜ったらすかさず二連撃。

 僅かに含んだ水分が凍結し、ゲル状の土を取り込めなくなった個体が再び形成する事は叶わず敗北の霧がアーテストの清涼な風に流されていく。

 次の標的は剣先が届かない少し離れた場所いる。

 グレールエッジで狙い撃ちするのも良いけど相手は既にこちらを認識している。損壊の土壌ってノロマそうに見えて割と動けるタイプだから比較的短い準備中に阻害されてしまう。

 ここはあいつよりも凌駕する速度で接近しつつ先制攻撃をしてやろうか。

 

「写せ、氷鏡。アイシクルロード」

 

 刀身を優しく撫でながら零度の剣先が貫く標的を定め、リンクを滑る感覚で剣が生み出した勝利へ導く氷河の上を勢いよく通り抜ける。

 ウィンドノートの追い風を受けた一点突破の砕撃は擬似吹雪を召喚し雪霰と旋風で吹き飛ばしながら敵に凍傷を負わせる。

 フィギュア時代に培った瞬発力とウィンドノートの風を活用した突進技は始動が速いし一気に距離を詰めれるから接近戦がメインの私と相性が良いんだ。

 今回も損壊の土壌がギリギリで持ち堪えているから威力はまだ改善余地有りだけど相手は既に虫の息。リンクで振り付けを披露する様に低温と鋭い斬撃が共存する繊美のワルツを軽く踊ればいっちょ上がりっと。

 

「お、流石ですね。そろそろこちらも終わらせなくては」

 

 気品溢れる優雅な立ち回りで避けたり流麗な剣捌きで打ち払ったり、粗雑とは程遠い姿勢を保ちバレットファントムとの距離を詰めるウィリアムさん。

 銃みたいな袖は無制限でリロード不要のとんでもない性能だけど病むことの無い怨念の炎を避け続けても傍から疲労の一片も窺わせないのは流石だ。

 恨み辛みの雨を遊ぶ様に隙間を縫い見逃さなかった平坦な道に向けてトラベリングレイを連続発動させたウィリアムさんはジグザグに点滅し、バレットファントムを捕捉した銀剣は主と共に悪を滅する十字を結ぶ。

 

「トラベリングレイ : シルバークロス」

 

 生前の過ごし方を映した様な高貴の象徴、光の紋章を規律正しく斬撃で作れば神聖なる威光がバレットファントムの偽体を焼き尽くし、乾涸(ひから)びた噴水に墜落する頃にはぶかぶかな上着ごと浄化されていた。

 身体に染み付いた周囲の確認をしても追加は無し。

 これで襲撃してきたエッセンゼーレ達は全て倒した訳だが、ウィンドノートが呼び掛けた存在は私達の前に現れるだろうか。

 

「・・・・・・強いんだな、あんたら」

 

 主戦場から少し離れた花壇の裏側から慎重に顔を見せたのはアーテストタウンに住んでる人と同じ伝統模様の服を着た切り揃えた短髪が特徴のスポーツやってそうな爽やかな男の子。

 しかし男の子の姿を一目見た時、私達は呑気に会話をする暇は無いと悟り、急いで駆け寄った。

 

「酷い怪我・・・・・・ ここまで我慢して来たの?」

 

 男の子の身体は歩くのもやっとと言うほどの怪我と衰弱を刻まれていて、極めつけは左腕や口から絶えず流出する血。

 仮の止血で使っている右手は既に真っ赤に塗り変わり、余程の暴力を受けたのか長引く痛みから伴う吐血を何度も繰り返している。

 でも、男の子は限界に抗おうと必死に言葉を吐き出し助けを乞う。

 

「俺なら、平気だ・・・・・・ それより、助けて欲しい奴が」

 

 口から血吐いてて大丈夫なんて強がりが通用する訳無いだろ。

 問答無用で担ぐと服で血が汚れるとか男の子は慌ててたけど命の灯火が消えそうな瀬戸際でそんなのは気にしてられない。

 ちゃんと全快して色々話してもらうんだから。

 

「北里さん、その子を早く人工領域まで連れて行ってください。場所は分かりましたから」

 

 また血の匂いで察知してしまったのか噴水広場を越えた方向に剣を投げてウィリアムさんがその場を去った後、事前に登録しておいたアーテストタウンにワープしようとブレスレットを起動させる間、男の子が怪我の元になった悪夢にうなされながら必死に警告してくれた。

 

「気を付けろ・・・・・・ この地には、恐ろしい、聖女がいる」

 

 誘いの異香(2) (終)

 

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