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アンロック・ゲフュール  作者: RynG
Chapter1 不浄の聖女
11/88

誘いの異香(1)

 平原と断崖が入り組んだ古来から存在する道を渡りアーテストタウンに到着したのは午後四時頃。

 高低差の激しい地形から不便を受けない為に全ての施設を平面で一本の塔に結集させた人工領域は、朽ちた遺跡の一部を再利用し最新技術と伝統を掛け合わせた高層建築になっている。

 多発する子供の神隠しを調査しようと出張で訪れた自然と遺跡が融合したアーテスト地方。

 途中で挟んだ休憩中、漂流したばかりの女の子、ニコールちゃん(他の人には怖がって会話をしなかったのにえらく好いてくれたのか私が尋ねるとすぐに教えてくれた)に気付いてしまった私はエッセンゼーレの群れに飛び込むけど何故かアーテスト地方の随所で増殖し続けるハンティングボアに手こずった私達を助けてくれたのは鎮魂同盟に所属するアリアちゃんとナーシャさん。

 鎮魂同盟とはエクソスバレーで行き過ぎた行為を犯した魂を咎め、刑罰を定める個人事業主を管理する組織。平たく言えば自警団みたいな感じ。

 エクソスバレーの活況が混沌に陥らないのは彼らの活動があってこそだ。

 二人も私達と同じくアーテスト地方の異常である子供達の神隠しに関する調査、犯罪を犯した霊体を発見した際の制裁を依頼されたのだそう。

 犯罪者を裁く為にエッセンゼーレすらも圧倒する力を身に付けた彼女らと救出した知的な女の子、ニコールちゃんと入った塔の一階は食料品や生活用品を取り扱う露店が並ぶバザール会場。

 ホログラムで再現した中東諸国の建築様式によって快適な温度に包まれながら海外旅行気分を楽しめるお得な内装になっている。

 

「そんじゃ、あたしら鎮魂同盟組はここらで別れるぜ。

 待ち合わせ場所を指定されてるからね」

 

「道中では大変お世話になりました。

 またご一緒する機会がありましたらよろしくお願いします」

 

 ウィリアムさんの懇切丁寧な別れの後、買い物客の雑踏に消えて行く二人を見届けると入れ替わる様に別の人物が現れる。

 

「遠路はるばるようこそお越しくださいました。UNdeadの社員様」

 

 物腰の柔らかい態度で出迎えてくれたのはコートにも似た民族衣装風ジャケットを着た男性。

 アーテストタウンの気さくな統率者、名前はリュークさん。

 私の服の裾を掴むニコールちゃんを見て事前に聞いていた来訪者と違うと分かると疑問を提示する。

 

「おや? そちらの子は?」

 

「さっき迷い込んだばかりの子なんですけど・・・・・・

 この人工領域で住まわせて貰えませんか?」

 

「勿論です。その子はアーテストタウンが責任持ってお預かりします。

 お嬢さん、名前は言える?」

 

 初対面の人間と話すのが気恥しいのか拾った本と服の裾から離さないままのニコールちゃんだったけどリュークさんに自己紹介するようお願いすると若干の怯えを交えて話す。

 

「・・・・・・ ニコール・アステル」

 

「ちょっと待っててね、ニコール。

 すぐに別の者を呼んでここに住むための準備をしよう。

 おーい、誰かいないか?」

 

 漂流したばかりの魂が人工領域に住むには書類や世話を受け持ってくれる住人を探す難しい手続きが必要だけど、係員と一緒ならすぐに受け入れて貰えるだろう。

 ぴったり私にくっ付く姿に愛おしさを覚え始めたばかりに離れるのは少し寂しいが後は任せて本題について集中しなければ。

 

「ささ、お部屋にご案内致しますので暫し休息をお取りください。

 夕餉の時に連絡しますので仕事の詳細はその時に」

 

 

 アーテストタウン五階、宴会場。

 人工領域の責任者を招いて今後のエクソスバレーの未来についても考察し合える大事な会談を開ける荘厳な室内にはスパイスをふんだんに使ったケバブやイスラム教信者も安心して口に出来る豆や野菜のみの品物が机上にぎっしり並べられている。

 

「さぁ、遠慮せず心ゆくまでお召し上がりください」

 

 先程から目の前の皿にあるメニューを取り分けて食べているがどれも絶品だ。

 本場の重要な味の要素は消していないが外国人の口にも親しみやすい工夫が施され食べる手が止まらないのだ。

 まぁ、ウィリアムさんは食事が出来ないと言えどこれだけ豪勢な品々が並んでいても静かに佇んでるだけなのはちょっと可哀想だが。

 

「僕の事は気にせず皆さんは食事を楽しんでください。

 仕事の話はこちらで引き受けますから」

 

 仲間外れみたいで気が引けるが本人がそう言うなら尊重しないと。

 有難くスパイスが奏でる最高の饗宴を楽しませてもらおう。

 

「そういえば今日は午後三時に到着予定と聞いておりましたが一体、何があったんですか? 

 道中でニコールを救助したというのも要因の一つだとは思いますが」

 

 とある羊肉料理をナイフとフォークで優雅に一口大に変えながらリュークさんが尋ねる。

 食事中の私達に変わってウィリアムさんが事情を説明する。

 

「それがハンティングボアの大群に手間取りまして・・・・・・

  異常な頻度で増殖を繰り返して、ざっと百匹くらいはいたかと」

 

 百匹、やっぱり異常な数値だな。

 ハンティングボアに限らず、死人の心に潜む影が存在する限り絶える事が無いエッセンゼーレでも短時間で多くの個体を生み出す事など出来ない。

 それに食事の手を止めてまで疑問を露わにするリュークさんの言い分を聞けば道中のハプニングすら起こり得ない事みたいだ。

 

「それはおかしいですね。

 調査班が確認した時はエッセンゼーレはいなかったと聞いていますが」

 

 私達の出張数日前にアーテスト古代都市街道の国土調査が行われたが、普段と変わりない数匹のエッセンゼーレが障害物競走をするくらいの平和な自然領域だったそうだ。

 じゃあ、なんで私達が来た途端に湧いて出てきたんだ? 偶然、にしちゃ出来過ぎだし。

 

『その原因に関してだが、俺に心当たりがある』

 

 ウィンドノートは微風を巧みに扱い食べやすい大きさに切ってからグリル野菜を口に放り込む。

 

『UNdead社員ならばキリノハ殿から伝達されてるだろう。

 ヒステリック・ラブポーションとか言う女が残したエッセンゼーレを操れる人物がいるという戯言を』

 

 私とフェリさんは実際に聞いて報告した立場だから既に知ってる物として伝達されてないけどね。

 ミネラルウォーターを含んだエマさんが眉をひそめる。

 

「聞いてるけど、あのラブポーションが言ってたんでしょ?

 あんな軽口女郎(めろう)の言う事なんか信じていいの?」

 

『・・・・・・どうやら事実だったようだ』

 

 ウィンドノートも簡単には呑み込めないと言った表情で首を振る。

 エクソスバレーで広く知れ渡る超危険人物の名は一緒に食事していたアーテストタウン側の人達を一瞬で動揺させリュークさんが一喝で止ませるまで(どよ)めきを広めていく。

 

「待ってよウィンドノート。そんな夢物語を実現させた奴がいるの?

 エッセンゼーレは同族以外の種族と信頼関係は築かないはずなのに」

 

 未だに信用出来ない私にウィンドノートは霊獣の能力を生かして透視()た絶対に信頼出来る観察結果を突きつける。

 

『キタザトがアステル殿を救助した近くの崖の上で帽子を被った初老の男を目撃した。

 ハンティングボアを周りに呼び出し、従わせていたから間違えようが無い』

 

 エッセンゼーレを操る霊体、本当にいたんだ。

 けど分かっているのはまだ存在だけ。正体も行動理念だって一つの手がかりも無い状態だからまだ対策だって取れない。迂闊な行動は避けないと。

 

『とにかく。そいつは今後も我々を狙って来る可能性が高い。今後も用心しろ』

 

 見えざる敵に一層の警戒を深めたUNdead社員達の傍ら、ワイングラスのミネラルウォーターで食べ物を流し込んだリュークさんが咳払いを挟む。

 

「皆様を狙う刺客も気掛かりでございますが、私としては話の区切りも付いたのでそろそろ本題に移りたいのですが」

 

「あぁ、すみません。子供達の神隠しを聞く為にこのような機会を設けて頂いたのに。

 リュークさん、改めて詳細をお願い出来ますか?」

 

 そうだった。エッセンゼーレの急増も問題だけど私達がここを訪れた最大の目的を見失うところだった。

 リュークさんは小皿に乗せた取り分を完食し終えるとアーテストタウンが抱える問題の詳細を話し始める。

 

「アーテスト古代都市街道はエッセンゼーレが少ない自然領域でして大人の監視の下、子供の集団散歩に良く使っていたのです。

 あの日もいつも通り大勢の保護者を付けて散歩していたのですがアーテストタウンに戻ろうとした直後、忽然と子供達が消えた事に気付いたのです。

 担当の者から青ざめた顔で報告された時は一種の冗談かと思いましたよ」

 

「忽然と? 十人だってそこそこ多いのに急にいなくなるんですか?」

 

「その場にいた大人達は皆、口を揃えてこう言うのです。

  "散歩中に漂った甘美な匂いを嗅ぐと数秒、呆然とした。そして子供達が消えたと" 」

 

 数秒の呆然は状態異常 "恍惚" によく見受けられる軽い症状の一つだ。

 本格的に "恍惚" 状態に陥ると精神以外は使用者に乗っ取られ攻撃の対象に選べなくなったり理不尽な要求にも身を尽くしてしまう可愛い響きとは裏腹に恐ろしい効能を付与する状態異常だ。

 実際、私もラブポーションの恍惚に嵌り、危うく命を捧げそうになった。

 恍惚状態はエクソスバレーの精神異常を熟知し極めた戦士だけでなくエッセンゼーレも仕掛けて来る事はあるけれど妨害系のデバフは厄介である。

 

「エッセンゼーレが相手を "恍惚" に堕とすのに香料とかは使わないはずだから人の手が加わってると考えた方がいいかもね」

 

 エマさんの言う通りエッセンゼーレの "恍惚" は擬態した容姿や仕草が中心。

 まだ発見されてない新種がいるなら話は別だけど香炉なんていう細かい調整をしなければ使えない道具を扱う知識がエッセンゼーレにあるとは思えないので今はその可能性を潰しても大丈夫だろう。

 もし霊体の誰かがこの神隠しの主導権を握っているとしたらこの事件は思ったより複雑かもしれない。

 

「このままでは安全に外へ連れ出す事が出来ません。

 かといってずっと塔の中に閉じ込めるのは子供達の自由を侵害する。

 それに監督していた子供達を無事に連れ戻す我々の責務は我々だけで果たせる程、安易な物では無いのです。

 どうかご協力頂けませんか?」

 

 私達は桐葉さんから受けた最小限の被害を食い止める勅令を果たす為にここまでやって来たのだ。

 断る理由など初めから無い。

 私達が喜んで了承するとリュークさんの最大限の笑顔をお目にかかれた。

 

「ありがとうございます!! では早速明日からの段取りを」

 

「スイちゃん!!」

 

 唐突に宴会場の扉が開かれ、肩をすくませて出入口を向くと見知った眼鏡の少女がキラキラと目を輝かせて私に駆け寄ろうとする。

 まぁ、今ここに入れる霊体は限られてるから当然、係員の人が丁重に阻止しようとするんだけど。

 

「こ、こら君!! 今は関係者以外入っちゃ駄目だよ!!」

 

「入れてあげなさい。大事な仕事相手に話があるんだから彼女も立派な関係者だ」

 

 リュークさんから短時間の滞在を許されたニコールちゃんは恋しかった私の体温を感じようとぎゅっとハグする。

 

「ニコールちゃん!? なんでここに?」

 

「だって今、会えないとスイちゃん誘えないと思ったから・・・・・・」

 

 そんなに私を慕ってくれていたのか。

 ほんとに可愛い子だな。やばい、可愛すぎて悶絶しそう。

 スカートのポケットから大事に折り畳んでしまっていた一枚の紙が広がると新聞に挟まれていそうなチラシに変形していき、表面は神殿のイラストと共に脱出ゲームがデカデカと宣伝されていた。

 

「アーテストタウンから少し離れたところに現存する神殿をそのまま生かした本格脱出ゲームがあるんだって!!

 スイちゃんの空いてる予定は!?」

 

 リアル脱出ゲームか。

 前から興味はあったからぜひ行きたいけど、そうぐいっと顔を接近させても暫くは仕事があるって現実は覆らないから休暇は作れそうに無いんだよな。

 小さな子が傷つかない断りの文言を考える中、先にウィンドノートが威圧を抱擁した声色で先陣を切った。

 

『アステル殿、誘いは有難いが俺達にも都合という物があってな。

 暫くは貴殿に合わせた日程を用意出来そうに無い』

 

「それってお仕事があるってこと? なんとかしてお休み貰えない?」

 

 ん、んな無茶な・・・・・・

 私達だって仕事があってここに来てるから簡単に都合を捻じ曲げられないよ。

 困っているとリュークさんが宥めに入ってくれた。

 

「無理を言ってはいけないよ、ニコール。

 君の要望である沢山の古書を用意するからキタザト様が空く日を少し待ちなさい」

 

 満面の笑みから一転、何度も味わっていたであろう思い描いた楽しい予定が実現出来そうに無い絶望を顕現しかけるも、ニコールちゃんは次なる望みを賭けて早口で聞く。

 

「・・・・・・空く日って、いつ? ちゃんと用意出来るの? 急にお仕事が入ったなんて誤魔化したり」

 

「これ以上、客人を困らせるな。ニコール」

 

 ドーム型の宴会場にリュークさんの落ち着きながらも厳しい怒りが響く。

 

「彼らはアーテストタウンの問題を解決する為に御足労をかけて頂いた勇士であって、君の提案に付き合ってくれる友達では無いのだぞ。

 八歳を迎えた賢明な君ならすぐに理解」

 

「・・・・・・ふざけないでよ!!」

 

 か細く消え入りそうな声で話していたニコールちゃんから発されたとは思えない張り裂けそうな心の痛みが爆弾が起動したみたいに室内を壊す勢いで炸裂する。

 その着火源の目には大粒の涙がじわりと浮かんでいた。

 

「なんで大人ってみんな自分の事しか考えて無いの!?

 仕事に没頭するばかりで子供を放置して、食べたい物も公園に連れて行って欲しいって微かな望みすら叶えてくれない!!

 私が入院した時だってパパとママは・・・・・・」

 

 慌てて彼女の名を呼んで高揚する怒りを抑えようと試みるが、救済の手は拒絶されてしまう。

 

「ごめん、スイちゃん・・・・・・ さっきの忘れて」

 

 普段と違う発声に疲れちゃったのかいつもより小さくなった声を残してニコールちゃんは宴会場を走って出ていった。

 

「大変な無礼をお許しください、キタザト様。ニコールにはメンタルケアをこちらで施しますので。

 これはニコールの自分勝手な期待が当然の反発を受けただけ。貴方様が気に病むことはありません」

 

 誘いの異香(1) (終)

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