【1-9】着衣は基本だった
「ちょっとお嬢様、一体何やってるんですか?」
と、メイの突っ込み。いやほんと、何やってんすかw
一方のアフォーナ嬢はというと、きょとん顔。どういうことかわかってないらしい。
「何って……脱いでんだけど」
「誰もお嬢様のだらしない贅肉なんか見たくありませんよ」
あ、やっぱだらしないのな。食生活偏ってそうだもんな。
暴言を吐かれたせいか、アフォーナがいきり立つ。
「ぬ……脱げっていったのあんたじゃない!それに脱がなきゃ出来ないでしょ!?」
「何言ってるんです?必要最低限で良いに決まってるじゃないですか」
「あ……あんたそういう趣味なの?」
そう言ってゴミでも見るかのように俺の方を見てくるアフォーナ嬢。
どうも何か誤解されてるみたいだしここは俺としても一つ誠実に答えるとしよう。
「まあ、着衣は基本だと思いますけど」
「……都会の男はヘンタイね」
聞き捨てならないことを言いながらアフォーナがスカートの中に手を入れる。そしてするすると例のトラ柄を下げ……
「いやいやいや、ヘンタイはお嬢様でしょ。そんなシミつきまくったばっちいもん取っ払ってどういうつもりなんです?ヒリア様をバター犬にでもする気ですか?」
と、再びメイの突っ込み。いやほんと、ヘンタイはあんたでしょうよ。
「いやだってさすがにこれは脱がないと出来ないじゃない!?後、シミつきまくってなんかないから!」
ところがアフォーナは相変わらずよくわからんことをのたまう。まあさすがにシミつきまくってはいないんだろうがそう信じたいんだが。
メイが眉間に皺をよせ、彼女に尋ねる。
「……お嬢様、ナニするつもりなんです?」
「ナニってそりゃ……ナニでしょ?」
アフォーナはそう言いながら、左手親指と人差し指で作ったわっかの中に、右手の人差し指をズポズポと出し入れさせた。というかさっきのバター犬といい何でこんな卑猥な文化がこっちの世界にもあんの?
とにもかくにも俺とメイ、二人が呆気にとられたのは言うまでもない。
「お嬢様……わたしはドン引きしております。まさかわたしがシモの世話までするとでも思ってたんですか?」
「え、ちょっと待ってどういうこと!?アタシが何か間違ってるの!?」
「むしろ、何であってると思えるんです?常識的に考えて」
「アタシとシたいって言ったのはそっちじゃない!?」
「はい。ですから彼はお嬢様を主君として戴くための儀式がしたいと仰っているのです」
「……主君として?」
そらそうよ。というか、他に何があるというんよ?
「だから初めに言ったじゃないですか気を確かに持ってお聞きくださいって。お嬢様みたいな者にお仕えしたいなんて人が現れたんですよ?天地がひっくり返ってもありえないことが起きたってもっと自覚してください」
「じゃ、じゃあ体で払えってのは?」
「わたしを助けたことで彼も目を付けられた可能性がありますから、今後は主たるお嬢様が体張って敵を追っ払えということです」
「え、物理的に?」
「他に何ができます?」
「いや、そりゃ伯爵家の威光を使って……」
そうアフォーナが言った途端、メイは皮肉げに嘲笑った。
「残~念、相手はパアラ様のところの取り巻きで~す。お嬢様では太刀打ちできませ~ん」
「ぐぬっ……」
「で、肝心の儀式についてなのですが、正式な臣従儀礼を執り行うわけではないので今回代わりにキスで誓いを立ててもらいます」
「え!?アタシのファーストキスこいつに捧げんの!?」
「どうしたら唇にすると思えるんですか飢えてるんですか?第一そんなそんなしょうもないもの貰ってもヒリア様が迷惑するだけって少し考えたらわかるでしょう?」
「伯爵令嬢の純潔なのよ!どう考えても価値ありまくりでしょ!?」
「最後まで奪ってもらう気満々じゃないですか飢えまくってるじゃないですか」
埒が明かないのでこの辺で俺が助け舟を出すことにする。
「アレですよ、手の甲とかにするやつですよ」
ようするに前世の歴史もの海外ドラマや日本のファンタジーものでよく見るやつだ。それが当たり前のようにこの世界にもある。
実はここに向かう途中でメイから話を聞いていた。仮とはいえ、一応何らかの儀式が必要となるから体のどこかへの――おそらくは甲の部分へのキスで代用することになるだろう、と。ただ彼女はその部分も衣で覆っているため脱がせる必要があるということを。
アフォーナもようやくそれまで言われていたことを理解したのか、肘付近まであるオペラグローブっぽいものに手をかけた。
「……何よもう、脱げっていうの手袋のことだったの?なら最初からそう言いなさいよ」
いやだから他に何があると……
「いえ、違います」
「「え?」」
俺とアフォーナの声がはもった。え、違う?どういうこと?
するとメイの指がすすっとアフォーナの足元に向けられる。
「脱ぐのはそっちです」
「「……靴?」」
「それと、タイツも」
「「足にすんの!?」」
メイの指はアフォーナの足の甲を指し示していた。
た、確かにそこも甲といえば甲だけど普通やらんぞそんなとこに別の意味での女王様以外には。
俺が躊躇していると、メイはふっとため息をついて代替案を提示してきた。
「ご不満ですか?でしたらお嬢様のモッサモサに生い茂った蜜林付近の湿地帯に隠されしダンジョンに眠る小さく黒ずんだ宝玉ならどうでしょう?幸いにも周辺一帯を守護する猛獣は現在ぶっとい太もも辺りでぐるぐる回ってバターのようになってますし、ヤるなら今がチャンスです」
色々突っ込みたいところだが……ああいやダンジョンの方にはナニも突っ込む気はないんだが……いやいやそれも含めて表現自体に突っ込みどころが満載なんだが……とりあえずこっちの世界にもあの有名童話あんの?
あ、ちなみに余談だけど「ダンジョン」って言葉は本来「監獄」とか「地下牢」を意味するらしいんだよね。はてさてアフォーナのダンジョンは一体ナニを捕らえて離さないんやろなあ。
うんちくついでにもう一つ、蜜林というか密林というか森林を形成する木々の一種にマングローブというカタカナで書けばこれはこれでいかにもバットでうちこまれたタマをつかみとるかのような名称のものがあるんだけど、でもそれってマレー語のマンギ・マンギを語源としてるらしいから全く関係ないんだよね。だから彼女の蜜林がマン木マン木だとかそういうことじゃ全然ないから安心してくれ。
以上、こぼれ話でした。
ああいやちょっと現実逃避してしまった。とてもじゃないがそんなところにキスするつもりは更々ない。俺はバター犬になりに来たわけじゃないんだ。あ、だからずっとこいつのトラ柄に興味がわかなかったのかも。
「あ、足にしときなさい!あんたなんかそれで充分よ!後何言ってるのかよくわかんないけどとりあえず黒ずんでなんかいないから!」
いやそれは怪しい。ナニが怪しいとは言わんが。
ともかくアフォーナはようやくバター……じゃなくてパンツを降ろしたままということに気づいたようで、それを捲し上げる代わりに右足のタイツを脱ぎ出した。再び椅子に腰かけ、恥じらいも減ったくそも無しに脚をおっぴろげて脱ぎやがるため秘宝の守護猛獣がこちらを威嚇してきて怖い怖い。というかむしろ不快不快。もう見るだけで胃がムカムカしてくる。
「それじゃ……早くシてちょうだい」
無駄に煽情的な声色でアフォーナがスッと生足を伸ばしてきた。意外にもスラリとしていてなまめかしい。何だかそれが逆に腹立つ。
「それでは彼、ヒリア・キョロットルをアフォーナ・ヤッチャネン嬢の従者とする儀を始めます。ヒリア様、どうぞお嬢様の前に跪いてください」
「それじゃ、ま、お言葉に従い……」
まあしょうがない。バター犬になるよりはマシだと軽く嘆息した後、俺は跪いた。