【1-7】絡まれてた
男子に話しかけられて何やら困り顔の小柄女子……の横を通り過ぎ教室を出て廊下を進むと声が聞こえてきた。外への扉の向こう、校庭のやや奥まったところに人が集まっていた。声はそこからのもので、荒々しい。
「てめぇ、よくもパアナ様に恥をかかせてくれたな!」
数は男女合わせて十数人にも及び、そのうちの一人が例のあのメイという女生徒だ。ただ御覧の通り友好的という感じは全くなく、明らかに彼女一人が壁際に押しやられ絡まれているという結構危険な状況なのだが……
「イッキシ!」
「きったねぇな!」
メイは返事をする代わりにくしゃみで返してた。しかも全く覆うこともしなかったのでそのまま飛沫が凄んでる男子生徒に降りかかる。
「……誰かに噂されてる?まあ怖い、寒気がしてきますね」
メイは自身の体を抱きかかえぶるぶると震えてみせるが、いやそれ単にさっきので冷えただけなんじゃ?
「そんなこと気にする状況じゃねえの見てわかんねえのかよ」
「え、でも面と向かわれるより陰口叩かれる方が嫌じゃないですか?」
「……まあそれはわからんでもないけど」
「ですよね。それじゃあ私は陰湿アホ女を突き止めに行きますのでこれにて失礼」
何で女って断定できるんだろう。
メイはすすっとその場から立ち去ろうとするものさすがに上手くいかずに通せんぼされる。
「逃がすわけねえだろ!」
「ええそうです逃がすわけにはいきません。我々の悪口を言うような奴にはどうなるか思い知らせてやる必要があります」
「何で俺たちまでいっしょくたになってんだよ!」
「だって飛沫をぶつけ合う仲ですし」
「てめえが一方的にやったんだろ!」
そもそもそんなもんぶつけあったからってなんやねんって話だと思うけど。
にしても、思ったより展開がコミカルだった。やっぱりこの子が絡むと重苦しい雰囲気にはならないのかな、などと考えた瞬間だった――
「だったら拳もぶつけ合おうじゃねえか。良いだろ?俺たちの仲なんだからさ」
別の男がにやにやしながら前に出てきた。よりガタイの良い奴だ。そして同時に、洒落も通じなさそうである。
「……グータッチというやつですね。勿論、犯人を捜し出した暁には互いに健闘を称え……」
「今ここで、だ。嫌とは言わせねえぞ?さっきのお返しだ。今度はこっちが一方的にぶつけてやる」
やばいことを言いだすデカい奴。取り巻きも笑い出す奴と引いてる奴の半々で、単なる脅しか本気かはちょっと判断つかない状況だ。
軽口を封じられたメイも少したじろいでいる。
ちなみにグータッチは前世の海外ではフィスト・バンプと呼ばれているが……なんて今はそんなうんちく垂れ流してるどころではなさそうだ。
しゃーない、これ以上見過ごすわけにはいかんしいっちょ助けるとするか。
――俺の望みのためにも。
「おい」
「あ?何だ、こっちは取り込み中なんだ引っ込んでろよ」
「それともお前もこいつの仲間か?」
声をかけた俺に対しても連中は凄んできた。俺が高貴な出自だったらどうすんだよと思わなくもないご挨拶だったが、まあ一目で下級所属なことを見抜いたのだろう。
これは何も連中が初めから俺に目を付けていたとかモブ顔の貴族なんているわけがないとかそういうことを言いたいのではなく、普通に襟元のエンブレムで判断できるようになっているのだ。
ちなみに大講堂でパアナがアフォーナのクラスに気づかなかったのは彼女がコートを羽織っていたからだろうし、逆にアフォーナがパアナに食って掛かれたのは……単純にあいつがアホだっただけだろう。
とまあ、そんなことはさておき俺は連中に尋ねることにした。
「良いのか?オーテンバー家の取り巻きがこんなことして。まさか命令でやってるのか?」
「そんなことお前には関係ないだろーがよ!」
「さっきそこで王子を見かけたぞ」
「……げっ」
ふむ……こいつらのこのリアクションからすると騙りでもなんでもなく本当にパアナの取り巻き連中だったようだ。
「見つかったらまずいんじゃないのか?命令であっても、あんたらの先走りだったとしても」
「チッ……命拾いしたな」
捨て台詞と共に取り巻き共が走り去っていく。どうやら事なきを得たようだ、とりあえずのところは。
解放された形となるメイが何やら自身のサイドテールをいじり始めた。
「まさか王子様がわたしを追って来てくれるだなんて思いもしませんでした」
表情はほとんど変わってないがどことなく嬉しそうだ。そういやこの子「王子になら抱かれてもいい」とか言ってたもんな。まあ確かにイケメンだし地位もあるし間違いなく金もあるし、真っ当な女子なら誰もが憧れそうではある。だからこそ、助けてあげたにもかかわらずそこはかとなく申し訳ない気分になった。
「ご期待を裏切るようで悪いけど、あれはただのハッタリだから王子はそこにいないよ」
そう白状すると彼女は俺の目をじーっと見てきた。怒った?でもあの方法以外この窮地を脱する方法って他にないだろ?俺は他所様の無双系転生者とはわけが違うんだぞ。
「では、あなたは一体?」
「……名前はヒリア・キョロットル。あんたと同じ下級所属だから、よろしく」
「ヒリア……様?どうしてあなたはわたしのことを御存じなのですか?」
彼女がぐいっと距離を詰めてきた。
……実はさっきから彼女には違和感があった。それが何かははっきりとはわからないのだが、何かがおかしいのだ。今の彼女の行動もその一つではあるのだが。
その目から真意は読めないが、突然知らない男からこんなこと言われたら事情を確認したくなる気持ちもわからなくはない。けど、それにしても近すぎないか?もう顔がくっつきそうな距離なんだけど?普通はどっちかっていうと警戒して距離開ける方じゃない?
まあもともと彼女は何するのかわからんところがあるのでこれもその類の奇行なだけか?
「……メイ、さんっていうんだろ?ヤッチャネン伯爵令嬢の付き人の。話、結構聞こえてたからさ」
俺が後ずさりしながら答えると、今度は盛大にため息を漏らすメイ。
「あ、聞いてちゃまずかった?」
「いえ、そういうわけではありません。ありませんから」
そういいつつも彼女はやたらと不服そうだ。そうはいっても、あれを見て見ぬふりしろってのも酷じゃない?第一知らなかったらあんなやり方で窮地を脱しようなんて思いつかなかったわけだからな。
今度は少し距離を取って彼女が頭を下げた。
「……何にせよ、危ない所を助けていただきありがとうございました。改めて自己紹介させていただきますが、わたしはメイ・ドーザー。もうご存じでしょうがあのアホ女の御側付きをしております。真に不本意ながら」
「まあ何というか、苦労が偲ばれるよ」
正直どっちにも、だけど。
「ですが、何故わたしなんかを助けたのですか?さっきの連中も下級でしたから、嘘ついてたことがバレたらあなたも目を付けられかねませんよ」
「確かにそうだよな。だからさ、恩着せがましいようだけどさっきの見返りが欲しいんだよ。なあに、大したことじゃない」
彼女は相変わらず表情に乏しいが、今度はその瞳の奥に警戒の色が灯ったのが見て取れた。
「……なるほど、わたしに近づいたのは何か理由があってのことですか。で、目的は何です?言っておきますが大したお返しは出来ませんからあまり期待しないで下さ……」
「いいや、そんなことはないさ。だって俺の望みは……」
俺は裡に秘める欲望を隠しきることが出来ず、つい口元を緩めてしまった。
実のところ、メイに近づくのは教室でカイと話をする前から決めていた事だった。そういう意味では、彼女がこうして外に連れ出される現場を目撃した時は渡りに船だとすら思った。きっと何かトラブルが起こるだろうから、それを助けて貸しを作ることができるかもしれない、と。
そんな俺の邪悪な企みを察知し危険を感じたのだろう、メイが後ずさりをするが残念ながらそこは壁際だ。
だから俺は、彼女を逃がさないよう壁ドンをして耳元に要求を呟いてやる。
「―――たいんだよ」
「―――ッ!?」
彼女の瞳が、激しく揺れた。