【1-6】解説してもらった
「「イッキシ!」」
くしゃみがはもった。
出所はメイと、アフォーナからの巻き込み被害にあっていた例の小柄な女子生徒だった。というかあの子まだ生きてたんだな、良かった良かった。
「お、やっぱりお前もこのクラスだったか」
そう俺に声をかけて来たのはさっき講堂でも隣にいた奴だ。
「やっぱりってどういうことだよ?」
「何だか親近感が湧く顔をしてたからさ」
「……奇遇だな、俺もお前が高貴な出自だとはとても思えなかった」
俺の皮肉にニヤリと笑うモブ仲間は手をスッと差し出してきた。
「俺の名前はカイ。カイ・セッタント、文官の家系だ。お前は?」
俺も手を握り返す。
「ヒリア・キョロットル。親父が騎士」
「と、いうことは跡継ぎじゃないってことか。大変だな」
「本当に」
「で、もう決めたのか?奉公先は」
握手を終えたもののカイはまだ話を振ってきた。
それにしても、奉公先?就職先じゃなくてか?確かにどこかのお貴族様のもとに仕えるとなるとそういう表現になるのかもしれないが、俺は別に条件さえあえばどこだっていいんだけどな。
ま、親と同じ職種につくと思われるのも仕方ないか。
「いやいくら何でも早すぎるだろ。3年後の卒業までの間に身の振りを考えるよ」
「お前、ひょっとして知らないのか?この学園の伝統をさ」
俺は適当に話を流す気だったが、カイがよくわからないことを言ってきた。
伝統?どういうことだ?
どうにも話がかみ合っていない気がする。
「……卒業までに人脈作っておくってことじゃなくて?」
これにカイがやれやれと言わんばかりに呆れた表情を浮かべる。おい、その顔をやって良いのは主人公様だけだぞ。
「この学園に、何でお貴族様どころか王家の人間まで集まるか理由がわかるか?逆に言うと、どうしてそんなところに俺達みたいなのが一緒に通えると思う?」
言われてみれば確かにそうだ。何か勝手にふわっとした設定の世界に転生したものだと思い込んでいたからどういう事情があるとか考えもしてなかった。
「何か役割があるのか」
「この学園はお貴族様たちの模擬訓練の場でもあるんだよ。いずれ独立し臣下を従えて他の領地や国と渡り合っていくためのな」
「なるほど、俺たちはそのための駒ってわけだ」
俺のシニカルな発想に、カイが苦笑した。
「ま、大昔ならいざ知らず今はそんなに深刻な話でもないらしいけどな。早い話、どっかの派閥に属しておけってぐらいのことだ。但し同学年限定で」
「それには何か理由が?」
「じゃないと上級生の卒業で関係がリセットされちゃう人も出るだろ?それに、単純に他の学年の校舎とは距離がある」
実はこの学園は前世でいうところの大学に近く、学部が違うかのように学年別で校舎のある場所が違うのだ。これはひょっとしたらそういう伝統があってのことなのかもしれない。
「ちなみに所属しなかったらどうなるんだ?」
「特にそれで退学になるとかはないみたいだけど、協調性がないってことで内申点は最悪。将来の進路もかなり限定されるって聞いてるぞ。元々就職先が決まってるとかなら別だけど、それでも試験の資料が回ってこないとか色々あるって話だ」
「でもそうだとすると、今年は王子がいるわけだし一強だろ。何なら上級の連中だって全員王子のもとに下りそうじゃないか?」
ちなみに同学年も三つのクラスにわけられていて、それぞれ校舎も違う。王室、大公そして公爵家といった原則として王族関係者が所属するのが上級、それ以外の貴族階級が中級、そして貴族ではない俺達みたいなのが下級となっている。中には例外もあるそうなのだが、それにしてもあまりにあからさま過ぎるわけ方だと思わんかね?
そんなわけでこの教室には例の伯爵令嬢や公爵令嬢達の姿はない。アフォーナは中級の、そしてパアナやオウル殿下は上級にいる筈だ。
逆にいうとクシャミ組のメイや小柄女子がこのクラスにいるということは、彼女達が平民であることを意味している。
もっとも一口に平民といっても色々ある。俺やカイのような事実上の準貴族或いは士族の家系のものもいれば何らかに秀でた力(献金を含む)で入学を許可された本当の意味での庶民もいるだろう。
だが俺の予測にカイがかぶりを振る。
「二つ上の世代には第一王子が、一つ上にも第一王女がいるけどどっちもそんなことにはなってないみたいだぜ?もっともお二方とも側室の子だからっていう面もあるかもしれないけど、事実上の王太子でもある第二王子もあんな調子だったからな。まずやる気自体が感じられない」
これもちょっとややこしい決め事で申し訳ないんだが、第一や第二というのは産まれた順を示しているだけで、単に長男や次男を言い換えているに過ぎない。
その一方で王家や貴族は一夫多妻制を導入してはいるものの正妻が優遇されるためその嫡男の継承権が優先されることになる。つまり、先ほどのオウル・シメトール殿下が次期国王に一番近い位置にいるというわけだ。
すると同時に、彼の婚約者でもあるパアナ・オーテンバーが後の国母ということになる。彼女が当初からあれだけの取り巻きを擁しているのはそういうことも理由なのだろう。
「王子が天下を平定してくれたらそれで話は終わる気もするけど」
上級が全員王子のもとに下らなくても王子の威光が強く発揮されれば結果的に殿下の求める対等が実現されるんじゃないか。
しかしこれもカイは否定する。
「それがそうはならないっぽいんだよ。この派閥争いは原則的に上級は上級内で、中級は中級内で競うことになるらしいから」
「仮に中級が全員王子のもとに下っていたとしても、それで中級内での対立がなくなるわけではないということか」
「そういうこと。もし王子が一方的に全員仲良くしなさいって号令をかけたとしても、不満が溜まればそれは王子自身の求心力が下がることにも繋がる。これはあくまで模擬戦だけど、卒業後に人間関係が全てリセットされるわけじゃない」
「なるほど、王子だからって必ずしも独裁者のように振舞うわけにはいかないわけか」
「その辺は実際の政治と同じだな。あの人達はあの人達で将来がかかっているんだよ」
ところで俺とカイがこうやって話をしているうちに、他でもちょろちょろとグループが出来始めていた。さっき講堂で立ち上がった連中の何人かも固まり出している。
例の小柄な女子にも男子が近づいているが……これも面識があるからなのか単なるナンパ目的なのかは判断しづらい。
「……さて、どうしたもんか」
「全くだよな。そもそも上級が俺たち下級を直接召し抱えるつもりがあるのかどうかもわからんし、ここはとりあえず中級のめぼしいところを当たって……って、おい?どこ行くんだよ」
「悪い、ちょっと用事が出来たから話はまた今度」
「え?あ……そう?」
カイはまだ話足りなそうにしていたが、俺は席を立つことにした。