表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/30

【1-3】揉め事起こった

 これから入学式を控えた俺たちは大講堂に集められていた。

 新入生の正確な人数はわからないが、会場のキャパから考えておよそ300人前後だろうか。

 そしてそのほとんどが席につき、静かに式が始まるのを待っている。さすがは上流階級の集まる学校、生徒の質が違う。


「おっそい。一体いつになったら始まるの?」


 と、そんな中一人だけ愚痴っている奴がいた。さっきのアホだ。


「お嬢様、もう暫くご辛抱ください」

「大体ここ暑くない?空調管理も出来ないとか、なってないわね」


 そりゃお前がそんな分厚いコート着込んでるからだろうよ、と隣のサイドテールが突っ込んでくれると思ったがそんなことはなかった。


 キャバ嬢は自前の扇子でぱたぱたと自身を扇いでいたが、突如靴を脱ぎ両脚を前の席の背もたれに投げ出した。


「ひっ」


 悲鳴を上げたのはその席に座っていた小柄な女の子だ。

 背もたれがやや低いこともあって丁度彼女の頭部を挟み込むように両脚がにょきっと伸びた形となった。

 しかもキャバ嬢は黒のタイツだかストッキングだがを太もも付近まで覆っているため見ようによってはジェットコースターの安全バーのようでもある。なるほど、確かに尖ったヒールは脱いでるようなので安心安全……って問題じゃないか。


 懸念通り、被害者の女子がぷるぷると小刻みに震えている。顔は青ざめ、顔を手で覆って。

 どえらいもんに目ぇつけられたといった感じだろう。まあどっからどうみてもヤンキーの所業だし当然だろうな。


「暑い、もう無理、耐えられない。ちょっとメイ、代わりに扇いで頂戴」

「かしこまりました、お嬢様」


 キャバ嬢の無茶ぶりにも嫌な顔一つせずサイドテールは立ち上がると、どっから取り出したか巨大な扇を仰ぎ始めた。ちなみに彼女の席はちょうど縦通路の隣にあるためスペースに問題はない。


「あー、涼しい。いい気分よ」


 ばっさばっさと仰がれ、せっかくセットしたであろうキャバ嬢の髪が崩れる。ついでに脚を上げているせいでスカートから例のトラがチラチラこちらの様子を伺ってくるがやっぱり全く興味が湧いてこない。


「……いい加減にしてください!」


 ついに怒って立ち上がったのは前の席の女子……ではなくキャバ嬢の逆隣りにいた女性だった。彼女も風の煽りを受け、煌めく金髪がやや崩れかけている。こちらも髪を巻いているが縦ロールなので正真正銘のお嬢様といった様相だった。


「はあ?何か文句でもあんの?」


 キャバ嬢がだらしない姿勢のまま金髪縦ロールを睨みつける。ちなみに例のサングラスはかけたままだが歪んでいる上に割れているため瞳が見えるのだ。さっきこけたり鞄を落とされまくったせいだろう……もう取れば?


「あなたのせいでこちらが迷惑してますの!暑いのなら外套を脱げば良いでしょう!?」


 ついに正論が飛び出た。いや全く仰る通り。


「アタシがどんな格好をしようと勝手でしょ。あんたにとやかく言われる筋合いは無いわ」

「なっ!?」


 キャバ嬢の変わらない傍若無人な態度に縦ロールが絶句した。


「あいつ、さっきも目立ってた変な奴だよな」


 そう喋りかけてきたのは俺の隣にいる男子だ。黒髪で普通の顔立ち、実にモブの素質がありそうな奴だ。親近感が湧いたので答えることにしよう。


「みたいだな」

「一体どこの家の奴なんだろうな。ま、きっと甘やかされて育った豪商の娘ってとこだろうけど」


 この学園に進学を希望するのは何も俺のような就職先を探している奴ばかりじゃない。というよりその多くは上流階級の子女によって占められている。

 実のところ、この学園が狭き門なのはあくまで俺のような階級の低い家の話である。高位のお貴族様であればあるほど入学は容易になり、そうでなければ高い能力、少なくとも一芸に秀でていることを示さなくてはならない。


 で、その一芸の一つにどうやら「献金」も含まれているらしい。ようするに金を積めば合格できるという、何とも文字通り現金な話だ。

 だからあのキャバ嬢のような場違いな奴が含まれていてもおかしくはない、そう隣の男子は言いたいのだろう。


「あ……あなた、一体どこのどなたですの!?」


 まるで俺達の話を聞いていたかのように縦ロールが追及する。

 一応言っておくがそこそこ距離があるから聞こえていたとは思えないし、話の流れからいっても彼女がそう尋ねたとしても不思議じゃないだろう。


 するとあいつはまた例のクセの強いみやびな高笑いを始めた。


「オッホッホッホッ!まさかあんた、アタシのことを知らずに突っかかってきたの?」

「これはこれは……とんだおバカさんですね」


 厭味ったらしく言うキャバ嬢に同調しサイドテール側近女も苦笑する。

 これに縦ロールが少し怯み、身構えた様子が伺えた。


「メイ、答えてあげて」

「それでは失礼して……」


 サイドテールがコホンッと咳払いをした。


「おうおう!こちらにおわすお方をどなたと心得る!恐れ多くもかのド辺境ピーヘンが領主ヤッチャネン伯爵の(まな)メスガキ、アフォーナ様にあらせられるぞ!者ども頭が高い、控えい!控えおろう~」


 会場がし~んと静まり返った。突然の啖呵に皆が唖然としたのだ。俺も含めて。

 その凍り付いた空気を感じ取ったのか。メイが再び咳払いを一つ。


「失礼、メスガキは言い過ぎました。ご覧の通り結構ババアです」

「喧嘩売ってんの!?」


 力が入ったのか前の席の女子の首元に脚をまきつけたアホーナ……じゃなくてアフォーナ嬢。締め上げられた前席の子の顔色がどす黒くなってきてるけど、やばくない?


「大人の魅力に溢れてると言いたかったのです」

「……ならええわ」


 ええんかい。

 前も似たようなことがあったけどこいつ結構懐深いのか?それともやっぱ単にアホなだけ?


 そこに、縦ロールがおずおずと口を挟む。


「あなた……その……浪人でもされましたの?今おいくつなのですか?」

「まあまあスタンダードに入学なされた18歳ですが」

「ならババアなわけないでしょう!?まだまだ余裕でうら若き乙女真っ盛りですわ!」


 縦ロールの叫びに会場の女子のほぼ全員がうんうんと頷く。男子も半数が頷いていた……ん?じゃあ残りは?まさかロリコンってことはあるまいな。おいおい頼むぞそういうのって前世の世間的にあんまり良くないだからやめてくれよ。


 ちなみに前の席の子は頷くどころかぐったりしてるけど。


 メイがくすりと笑い、アフォーナを指差した。


「でもこいつ、もうすぐ19歳になるんですよ?ウケますよね」

「何もおかしくありません!何ならわたくしももうすぐです!あなただって時間の問題なのですよ!?」

「どーでもいいけどあんた今こいつって言った?」

「ああお嬢様おいたわしや……もう耳も遠くなられたのですね」


 はらはらと泣き崩れる(振りをしている)けど……はっきり言っとったぞ、こいつって。

アフォーナはメイの胸倉を掴もうとするが、足がひっかかって届かないでいる。そろそろ前の席の女子の命にかかわるから助けてやれよ。


 と、今度は縦ロールが不敵に笑った。パンツ丸出しのアフォーナの醜態を嗤ったのかと思ったがどうやらそれだけが理由ではないようだ。


「それにしても、あなたあのピーヘン出身なのですね。なるほど、色々と常識知らずなのはそのためですか」

「あん?何が言いたいわけ?」


 キャバ嬢がメイを掴まえることを諦め、彼女と向き合う。

 座った状態のアフォーナを見下すかのように見下ろしている縦ロールは鼻を鳴らした。


「いえ、他意はありませんの。ピーヘンは三つもの国境に面した要地、わたくしども宮廷貴族とは違って大事な社交行事に参加する余裕などなかったのでしょう?それなら何も学んでおられなくても致し方なし、と察した次第ですわ」


「随分とご挨拶じゃない。だったら社交で学べる常識とやらを教えてもらおうじゃないかしら」


 アホなりに嫌味を言われてることは理解したのか、ついに立ち上がった彼女はサングラスを取り縦ロールにメンチを切る。二人の鼻と鼻が接触するくらいの距離になったが縦ロールは動じない。尚、前席の女子も動かない。いやほんと大丈夫?


 どうでもいいけどこの縦ロールめっちゃ綺麗だな。細身で、遠目からでもわかる透き通るような白い肌に心を奪われそうになる。

 一方のアフォーナの方はというとそれなりに肉付きが良い反面、肌荒れも目立っている。なんというか、食生活の違いが伺われる。


 二人は正反対の存在のように見えた。方や正統派令嬢、そしてもう一方は悪役令嬢と言ったところか。少なくとも見た目だけで言えば。


 縦ロールは不敵に笑うとスカートを摘み一礼した。元の世界でカーテシーと呼ばれる礼法がこの世界にもあるのだ。でも結構なミニスカなんだからほどほどにね。


「そういえばご挨拶がまだでしたわね。わたくし、パアナ・オーテンバーと申しますの。以後お見知りおきを」


「オーテンバーって……やっぱりあの子、オーテンバー公爵家のご令嬢だったのか!」


 隣の男子が驚いている。彼だけでなく、会場全体がどよめいていた。

 ちなみにオーテンバー家については俺も知っている。というかこの国に住む人間で知らない人などまずいないだろう。それぐらい有名で、そして有力なお貴族様だ。

 ただ、ご息女である彼女に関しては名前ぐらいしか知らなかったが。


 あ、ちなみに余談だけどこの国では爵位は領地名ではなく家名に与えられる。こういうのは領地につけるのがお約束なんじゃねーのかよというご指摘もあるかもしれんが俺に言われても困る。家が没落したり断絶したりしたらどうすんの?領地ごと変えるの?みたいな事聞かれても俺は知らん。言っとくが調べる気にもならない。苦情はこの制度を作った奴に送ってくれ。一体誰が決めたんやろなあ。(*1)


 と、アフォーナとメイがひそひそと耳打ちし出した。


「オーテンバー?あんた知ってる?」

「はい。お嬢様なんかより家柄も育ちもは・る・かに良い公爵家の方です」

「……何でそれをもっと早くに言わないの」

「だって聞かれませんでしたし」

「だからってあんた……」

「あれ、お嬢様ひょっとしてビビってます?」

「はあ!?そ、そそそんなわけあるわけないわけないでしょ!」


 ややこしいけどそれだとビビってることになるんじゃないか?


「その割には顔からダバダバ冷や汗かいてるじゃないですか、まるで滝のようですよ」


 実際、メイの指摘通りさっきまでの傲慢な態度は鳴りを潜め、今や生まれたての小鹿のようにキョドっている。


「こ、これはアレよ!暑いからに決まってるでしょ!あーあっつぅ~あっついわあ~」

「申し訳ありませんお嬢様、わたしとしたことが手を止めておりました。今から全身全霊で扇ぎ散らかしますんで心行くまで涼んで下さいませ」

「肝まで冷えるからやめて!これ以上波風立てないで!」


 最早囁きでも何でもない声量でもめ出す二人。もう耳をそばだてなくても普通に聞こえるようになっている。つまり、パアナ自身もこの会話を聞いているということだ。


「どうやら、勝負あったみたいだな」


 隣の男子がそう呟いた。会場全体もまた、同様の空気に包まれる。

 伯爵家というのも随分と地位が高いが、相手は公爵家だ。さすがに分が悪い。


 パアナも自分の優位を完全に自覚しているのだろう。口調自体はやわらかいものの、あからさまに睥睨して諭し出す。


「そうですわ、ヤッチャネンさん。それが常識というものです。そして、良家の淑女たるもの過ちを犯せば正式に謝罪をする、いい勉強になるのではございませんこと?」

「ぐぬぬぬ……」


 ギリギリと歯噛みする音がこっちにまで聞こえてきそうなぐらいに悔しそうな表情のアフォーナ。

 だが結局、言い返すことなく項垂れてしまう。


「え、お嬢様謝るんですか?引いちゃうんですか?」

「……しょうがないじゃない。相手はうちよりも上なんでしょ?」

「私は家柄と育ちと容姿と知能に関してしか言ってませんが」


 いや後半二つはさっきも言ってなかったぞ?

 いずれにしろ何故か煽るメイだが、さすがのアフォーナもこれには取り合うつもりはないようだ。

 と、パアナの視線がアフォーナからメイへと移された。そして不愉快げな表情を隠そうともせず苦言を呈し出す。


「それにしても、そちらの従者があなたにきちんと進言していればこのような事態にならなかったでしょうに」

「ですよねー仰る通り!こいつってばほんっと使えなくってぇ~」


 とても伯爵令嬢とは思えぬ揉み手で公爵令嬢にすり寄り始めたアフォーナ。

 一方、勝利を確信したせいか急に態度が大きくなったパアナもパアナで少し品位に欠けると思わなくもないが、言ってること自体は的を得ていた。


 先ほどの二人の会話でメイが「だって聞かれませんでしたし」と答えたところから見ても、彼女はパアナが公爵令嬢であることを知っていたのだろう。にもかかわらず何故かアフォーナに伝えなかったのだ。それどころかむしろ対立を煽ろうとする始末、一体どんな腹積もりがあるかは知らないが状況を悪化させたこと自体に間違いはない。

 パアナの嫌味が終わらないのもそれが原因だろう。


「それはあなたの教育がなってないからではありませんの?先ほどから見ていても主を主とも思わぬ態度、わたくしどもの世界では考えられませんわ」

「いやー、全く返す言葉もないですハイ」


 とはいえ、あくまでへらへら愛想笑いを浮かべながらぺこぺこする伯爵令嬢というのもどうかと思うけど。なんというか、貴族でも格付けが終わったらこんなもんなんだな。


「そのような出来損ない、さっさと暇を与えることをお勧めしますわ。何でしたら家柄のしっかりした代わりの者を何人か紹介してさしあげますので……」


 この後も暫くはパアナの辛辣な言葉を甘んじて受け入れるアフォーナの絵が続く、

 ――そう思った矢先の事だった。


「アタシの家族のこと悪く言ってんじゃねーよ馬の骨、熱湯にぶち込まれてスープ取られたくなかったらその臭い口を閉じな」


 アフォーナの態度が文字通り急変した。

 今までとは比べ物にならないほどの暴言と圧力にさすがのパアナも動転を隠せない。


「な、ななななんてことを!あ、あなた!わたくしを侮辱しましたわね!」

「別に?本当の事を言ったまでだけど?」


 先ほどまでの小物臭は鳴りを潜め、持前のふてぶてしい態度で軽くいなすアフォーナが再び主導権を握った。筈だったのだが。


「お嬢様はもっと臭いと思いますが」


 と、まさかの味方からの横やりが。

 思わずズッコケた後にアフォーナが文句を言う。


「何で今そんなこと言うの!誰のために体張ってると思ってんの!」

「申し訳ございません。本当のことなら言っても良いのかと」

「え、本当に臭いの!?嘘でしょ?嘘って言って!?」

「お嬢様のご命令とあらば、私は自分を偽ってでも嘘って嘘つきます」

「それもう本当やん!やっぱ口臭いんやん!」


 パアナそっちのけで漫才を始めたメイとアフォーナ。このことが余計に癇に障ったのだろう、パアナは全身を細かく震わせ、みるみるとその透き通った肌を赤く染めていった。


「……あなた達、本当にいい度胸してますわね。わたくし、ここまでコケにされたのは人生で初めてですわ」


 明らかな怒気を浴びても尚、アフォーナは動じない。それどころかパアナに蔑みの目を向けたかと思うと、皮肉げに顎を上げた。


「ふうん?また随分と長い間ぬくぬく薄っぺらい人生を送って来たようね。そんなんだからちょっと()()()()()だけで風当たり強く感じちゃうのよ。ペラッペラはプライド吹き飛ばされないようずっとお家の箱ん中でうずくまってな!」


 ずずいっと距離を詰めたアフォーナは自身の胸を張ると同時にパアラの胸部を扇子で突く。確かにパアナ嬢は態度以外に控えめなところもあるけどペラッペラは言い過ぎやろ。というかペラッペラの何があかんのや。


 パチンッ


 という音は何かがキレた音なのか。

 いや、パアナが鳴らした指の音だった。同時にそこかしこで一斉に生徒が立ち上がった。総数は約30人ほどもいるか。おそらく全員、彼女の取り巻きだ。


「どうやらあなたには少々上流階級の作法というものを教えてさしあげねばならないようです。いいでしょう、何も知らない片田舎のじゃじゃ馬風情が身の程知らずにもノコノコ中央に出てきたこと後悔させてあげま……!」


 まさに一触即発の事態、そこに一つの声が割り込んだ。


「ちょっとまって!二人とも落ち着いて!」

一部矛盾点のように捉えられる箇所があったので訂正しました。


(*1)尚、設定上ピーヘンは「地名」でありチャッチャネンは「領名」ということになります。なのであえてここでヒリアの疑問に答えるとすると、領主が変わっても地名は変わりませんが領名は変わることになります。


ちなみにピーヘンという地名をわざわざ出した理由は、単に辺鄙なところと思わせたかっただけです……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ