【2-17】罪なことをした
「はあ?あんた誰よ?」
唐突な彼の行為に胡散臭げなお嬢。だがそんな事お構いなしに男はきりりと凛々しい表情で続ける。
「ゴターと申します!そこのエリーと同郷にして騎士の倅。俺はその子にかけた迷惑の借りを返したいんです!」
「却下」
「何で!?」
が、あっさり拒絶され顔が崩れる。
「何かあんたの顔、タイプじゃないから」
「んなっ!」
お嬢にそんなことを言われてさらに顔面崩壊するゴターの肩を俺は力強く叩いてやった。
「おいお前、良かったじゃないか!お嬢に目をつけられずに済んだんだぞ!?これ喜ぶところだぞ!?」
「何てこと言うのあんた」
お嬢は納得いかなそうな顔をしているが事実だからしょうがない。
「いや、俺はエリーと一緒に……!」
だがそれでも引き下がろうとしないゴター。
あ、そういえば思い出した。こいつって昨日教室でパイセンをナンパしてた奴じゃないか。相当しつこかったように記憶しているけどよっぽど好みのタイプなのだろうか。
同じことを想ったのか先輩がエリーを指差して言う。正確には彼女の胸部を。
「お嬢様、どうやら彼はこのおっぱい狙いのようです」
「ええっ!?」
「ち、ちがっ!」
慌てて胸元を手で覆い隠す彼女と狼狽えるゴター。でもそれしか考えられないんだよなあ。
そしてお嬢は眉間に皺を寄せた。
「不潔。男ってそんなことばかり考えてるのね。恥を知りなさい!」
「誰が言うとんねん誰が」
「それにおっぱい狙いってことは、こいつなんかよりも遥かに美乳で弾力もあるアタシの乳も狙うに決まってるわ!そんなケダモノ身近に置くわけないでしょ!」
俺の突っ込みを無視してお嬢もまた胸元を隠すが、美乳とか弾力とか比べてもいないのに断定するのはおかしいと心の中で突っ込んでおこう。
「天地神明に誓って、あなた様には決してやましい目を向けません!」
「あんたアタシの事侮辱してんの!?」
「何でそうなるんですか!?」
ゴターも同じことを思ったのだろう、きっと崩れてるであろうお嬢のバストには見向きもしない宣言をして理不尽にも怒られた。
「ゴターさんはそう仰いますが、うちのお嬢様はムチムチしててそれなりにエロい体してますし何より押せばすぐにヤレますよ」
と、何故かゴターを煽るメイにお嬢が吼える。
「何でアタシを狙わせようとしてんのよ!?ていうかアタシそんなに軽い女じゃないから!」
「だよな。重い女だよな」
「それはそれで嫌なんだけど!?」
突っ込みを入れた俺に食って掛かるお嬢を後目に、ゴターは微苦笑を浮かべた。
「ああいや、どれだけエロくてもその人はマジ勘弁」
「あんたも本気で従者になる気あんの!?」
怒るお嬢を他所に、ゴターの視点が先輩の方へと向けられる。
「どっちかっていうとむしろあんたの方が……」
「な」
唐突に自分に矛先が向いたことに無表情ながらやや驚いた様子の先輩。
これにお嬢が鼻で笑う。
「はあ?メイが良いって?見ての通り、そこの公爵令嬢様と大差ないと思うけど」
「何がですの何が!」
これまた唐突に矛先を向けられたパアナ様が怒る。
ゴターもまた相槌を打つかのように声を荒げた。
「だから俺は胸で選んでるわけじゃないんですってば!」
「あなたもあなたでよく言えましたわね!」
「だったら何で選んでんだ?」
パアナ様の突っ込みを流して俺が問うと、ゴターは微笑みはっきりと答えた。
「清潔感」
「「「「「あー」」」」」
俺、先輩、パイセン、殿下、パアナ様の声がはもる。後ろの方でパアナ様の取り巻き達も納得げだ。
お嬢は地団駄を踏む。
「あーって何よあーって!アタシがメイどころかそこの平民よりばっちいってこと!?んなことあるわけないでしょ!」
「「「「「「ハハハ、ご冗談を」」」」」」
「もしガチなら冗談にもならんわ!」
さっきの5人に加えてゴターも加わって失笑する。後ろの取り巻き達も吹いている。
実際冗談じゃないんだよなあ。
とはいえ、お嬢が何故彼を従者に迎えたがらないのかは疑問だ。確かにゴターは人物描写する気にもならないぐらいこれといって特徴のない地味な様相だが、それなら髪の色指定すらされていない俺も似たようなもんである。ただでさえ取り巻きの数が少ないのだからタイプがどうとか贅沢なこと言ってないで一人でも多く人員を囲い込んだ方が得策だと思うのだが。
実際、ゴターはやる気だった。少なくともその目は俺のように死んではいない。
「お願いします!俺も従者にお加えください!今お連れしているリアルが充実してなさそうな奴より役に立つことを証明してみせますから!」
「誰が非リアや。あ、俺や」
ちなみにキョロ充ではないつもりではいる。ないよな?俺。
「だからダメって言ってるじゃ……」
縋りつくゴターを押しのける勢いのお嬢に、先輩が一声かけた。
「お嬢様、彼に一度チャンスを与えてみては?」
「は?なんでわざわざそんな事を」
訝し気な表情を浮かべるお嬢に先輩が答える。
「お嬢様みたいなもんに仕えたいという大変キトクな方なのです。そんな人のコンジョウの願いをあまり無碍に扱うものではありません」
「何か色々引っかかる言い方だけど、何?まさかあんたこいつに興味あるの?」
「そうですね。彼のお嬢様への忠誠心が如何ほどのものか、という点に関しては」
お嬢はにやにやと下劣な表情を浮かべるものの、先輩はあくまで冷ややかなままである。
「うーん、あんたがそこまで言うなら考えてあげなくもないけれど、一体何させる気?」
そう問うお嬢に、先輩が即答した。
「臣従儀礼を執り行うのです」
俺に戦慄が走る。
「なっ!?それはいくら何でも……」
「ま、まさかそれって……」
慌てたのは俺だけじゃなくパイセンもだった。俺達は彼女が何をさせようとしているのか気づいたのだ。
だが、先輩は能面のような表情のままゴターに告げた。
「ゴターさん。お嬢様の従者となるためには儀式を成し遂げる必要があるのですが、その覚悟はありますか?」
「勿論!何だってやる所存だ!」
意気込むゴター。だがあれだけは決してやってはならない事を俺達は知っている。
「だ、駄目ですゴターさん!やめてください!」
「そうだ!あまりにも危険すぎる!命がいくらあっても足りないぞ!」
「え?そんなに危険なのか?い、一体何をやらされるんだ?」
パイセンと俺が必死に止めるとゴターもさすがに嫌な予感がしたのか少し気持ちが揺らいだようだ。
「ゴターさんにやっていただくのはお嬢様のおみ足へのキスです」
「キ、キス?足に?」
そして先輩からの宣告に、ゴターの顔から血の気が失せる。わかるぞ、見るからにばっちそうだもんな。
「えー?こいつに口付けられるの?何かヤダ」
一方、お嬢はお嬢で気乗りしていない様子。だがメイは見下すようにゴターの方を見て言った。
「心配なさらずともどうせ出来っこありませんから」
だが逆にこれがゴターの闘争心に火をつけたようだ。一時青ざめた彼の顔が一気に紅潮した。
「見くびるな!確かに足にキスなんて正直気が引けるが……エリーのためなら、俺は必ずやり遂げると誓う!」
いきり立つゴターに、メイが微かに口角を上げたのを俺は見逃さなかった。
「素晴らしい決意です。ではお嬢様、ご用意を」
「はいはいわかったわよ。出しゃいいんでしょ出しゃ」
言われ、お嬢はしぶしぶ靴を脱ぎ、例の如く無駄になまめかしいむっちりした生足をゴターの前に差し出す。タイツを履いてなかったお陰で今回はピリがチラつくシーンは割愛された。良かった。
昨日俺達は――俺も少なくとも一時は――お嬢の虎すらも仕留める猛烈な悪臭のお陰で足に口を付ける前に断念し大事に至らずに済んだ。が、その後の俺はお嬢の足を掴んでいたことを失念し口元を拭ってしまったせいで実に半日近く――体感では10か月以上――生死の境を彷徨ってしまった。
その観点からすれば、お嬢の悪臭は危険のシグナルと判断することもできる。
腐った肉が何故ああも臭いのか?それは人間が進化の過程で得た生存本能に基づくものと考えていいだろう。これを食べたら危険だと体がわかっているからこそ臭く感じる。もし腐肉があの独特の臭いを発しなければ、俺達はうっかりそれを口に運んでしまい大変な目にあってしまう。……まあ、臭っていたとしてもそれ以上に衝撃的な出来事があったりすると気づかなくなることもあるのだが……。
お嬢の足がまだ臭っているのは先立ってのパイセンのリアクションで明らかだ。体を洗った直後であるにもかかわわらず、足を近づけられただけで彼女は顔をそむけてしまっていた。
よって、ゴターがこの試練を達成することは事実上不可能であるということだ。あの臭いに耐えきれる人間などこの世にいる筈がない。先輩もそれがわかっているからこその提案だろう。これはあくまで、ゴターに諦めさせるための茶番に過ぎないのだ。
だがこれはむしろ彼のためである。そして彼にとっての幸運でもある。もし仮に、洗浄によってお嬢の足が臭わなくなっていたらどうなっていただろうか。パイセンの時のようにタイツ越しならいざ知らず、俺のように生足の成分を口に含んでしまえば待ち受けているのは死、或いはそこまでいかなくとも(体感)10か月間にも及ぶ昏睡である。
まあ俺としては同じ境遇の被害者が増えて欲しいという思いもないわけではないのだが、いずれにしろアレは意志の力でどうこうなるレベルのものではない。足にキスする前の長々としたお題目を唱えているうちに限界が来るのは確実だ。
少なくとも俺はそう考えていたのだが、先輩の宣言は耳を疑うものだった。
「それでは執り行います。尚注意点として、お嬢様のおみ足に口を付けたらそのまま舌をベロンベロン這わせてください」
「「汚ったな!」」
お嬢とゴターが同時に叫んだ。
「ちょ……あんたが言う台詞じゃないでしょそれ!」
「いやいやいや!いくら何でもそりゃないですって!こんな足に口付けるだけでもすっげえ嫌なのに!」
「だから嫌なのはこっちだっつの!てか、こんなってなによこんなって!あんたアタシの事ナメてんの!?」
「まだ舐めてないですよ!俺だって舐めたくなんかないですよ!」
ぎゃーぎゃーとお嬢とゴターが口論を始めた。
だが、俺の耳にはその言葉はほとんど入ってこなかった。
「……どういうつもりだ?」
俺の疑問は当然のものだった。何故なら、そもそもこれはお嬢の足に到達する前に終わることが前提の儀式の筈だからだ。なのに何故、先輩はあえてこんなディティールを用意したのだろうか。
一方の彼女はというと、実にしれっとしていた。
「嫌ならやめていただいて結構です。それではご縁がなかったといことでお引き取りを」
先輩があっさりと引き下がろうとすると、ゴターが慌てる。
「ちょ、ちょっとまってくれ!これ以外の方法はないのか?っていうか、あんたらも本当にこんなことしたってのかよ!?」
俺の方を向いてきたので答えようとすると、それより先に先輩が口を開く。
「お忘れかもしれませんが、あなたは先ほどお嬢様から直々に拒絶されております。にもかかわらず従者となることを志すのであれば当然それなりの代償を支払って頂かねばなりません。この儀式は主君の一部を体内に取り入れることで一体となる事を表したもの、好まれていないあなたはあえて屈辱的な行為をもって忠誠心を示す必要があるのです」
これまた微妙に説得力のある理由を言われてしまいゴターも言葉に詰まってしまった。
俺は一応ちらりとお嬢の表情を伺ったが、はえ~、せやったんかみたいな様子で感心している。間違いなく知らなかったに違いない。そもそも先輩の嘘なんだろうが。
だが俺は思った。先輩はひょっとしたら、儀式の手順すら踏ませずに諦めさせようとしているのかもしれないと。お嬢の足をぺろぺろするなどという常人なら絶対に避けるであろう苦行をあえて課すことにより、彼をマイクロお嬢波攻撃に晒さないようにしているのではないか。
実際、ゴターはかなり悩んでいるようだった。もし自主的に彼の方から引けば、結果的にお嬢の望み通りとなりウィンウィンということになるだろう。
「ねえもういいでしょ?諦めなさいよ」
しびれを切らしたのか、お嬢も脚を引こうとする。
「い、いえ!やります!やらせてください!」
が、逆にその行為がゴターの腹をくくらせてしまったようだ。
お嬢は顔をしかめ、先輩は興味なさげにあくび交じりに口を開く。
「やるんならちゃっちゃとおっぱじめちゃってください。それと、コトが済んだらお嬢様に忠誠を誓う宣言をお忘れなく。それを言わなければお嬢様に仕える意志無しとして失格扱いになります」
「それはいいが、何・ヤッチャネン様だったかな?」
ゴターからの確認に、先輩は少し斜め上に視線を送った。
「あー、それじゃ……アホな、で」
「わかった。アホなヤッチャネン様だな。覚えたぞ」
「アフォーナよ!」
力強く頷くゴターにお嬢が突っ込む。
「似たようなもんだからセーフです」
「アウトよ!」
先輩は果敢にチャレンジするものの、結局ご破算のダブルプレイ判定は覆らなかった。まあ審判がアホだとこういうこともあるのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。それどころの話じゃない。
「ちょ、ちょっと待てよ。普通宣誓の方が先だろ?実際俺の時もそうやって……」
「それでは儀式を始めます!お嬢様、ゴターさん、よろしくお願いします!」
だが再び先輩は、俺の言葉をかき消すように一際大きな声を出してそう宣言する。
俺は、この時になってようやく気付くことが出来た。
「……殺す気か!?」
これはゴターの生命健康に配慮されたものではない。ハナから……いやクチから彼を殺めるための私刑だったのだ。だから一息で足まで辿り着けるよう宣誓を後回しにしたのだ。お題目事態にこだわっていないのがその証拠だ。俺の時もそうだったが、あれはあくまで鼻腔にマイクロお嬢を届けるための時間稼ぎに過ぎないのだから。
しかし先輩は一体何の怨みがあってここまでするのだ?まさかさっき性的な目を向けられたから?この女はたったそれだけの事で人を殺そうとするのだろうか。
「ピーヘンは臣従儀礼まで変わっておりますのね」
「そんな文化あそこにあったかなあ……」
悠長にパアナ様と殿下がそんな事言ってるが、このままでは本当に目の前で人が死んでしまう!何とかしなければ!
しかし俺の心配を他所に、ゴターはお嬢の足を手に取ろうと顔を近づける。
が――
「……クッッッサッッッ!?」
――やはり、彼は顔を背けた。
俺は安堵した。やはりマイクロお嬢波は健在だったのだ。
今となっては、お嬢は自分の足で人を殺めぬようあえて腐臭を発生させているように思えてきた。その姿は、まるで聖女のようにすら見えてくる。
「しっつれいな奴ね!あんた、ある事ない事言ってアタシの事貶めようとしてんの!?」
「いや……マジで……これは……いくらなんでも……」
怒る聖お嬢に、ある事しか言っていないゴターは涙を流す。
――もういい、お前は充分に戦ったさ……。
いつの間にか、俺の目にも涙が溢れていた。彼の苦しみが痛いほどよくわかるからだ。
これ以上彼に辛い思いをして欲しくない俺は、ゴターの肩をぽんと叩いた。
「なあ、もういいじゃないか。パイセ……エリーへの借りは教室でも返せるだろ。何も無理してお嬢の従者になんかなる必要ないって」
俺はあくまで心配して言ってるだけなのに、何故かこいつは鋭い視線を向けてくる。
「……お前やけに俺が加わるのを嫌がるよな……ははーん、さてはお前!俺の目の届かないところでエリーに手を出すつもりだな!?」
「なんでそうなる!?」
「そうです。ヒリア様は既に彼女の体を思う存分揉みしだいております」
「ちょっ!?言い方!」
俺が弁明するよりも先に先輩が余計に焚きつけてきた。
いや確かに揉んだのは事実だけど、その言い方だとあらぬ誤解を生んじゃうだろうが!
事実、ゴターは動転した様子でパイセンに尋ねる。
「なっ!?エリー、それは本当なのか!?」
「あ、はい。そうですね」
しかもパイセンはあっけらかんと首肯したのでゴターは更に狼狽した。
「だ、大丈夫だったのか!?嫌だったろうに!」
するとパイセンは何故かうっとりした面持ちで人差し指を唇にあて俺の方を流し見る。
「確かに最初は痛かったですけど、段々と気持ちよくなって忘れられない素敵な初体験になりました」
「ああああああああ!きっさまああああ!」
「お、落ち着け!お前が思ってるようなところは揉んでない!」
剣を持ってたら抜刀するであろう勢いでゴターが食って掛かってくるので何とか宥めようとするもののこいつは聞く耳を持たない。
「信用できるか!エリーを前にして揉みたいと思うところなんて一つしかないだろ!」
「二つあるだろ!」
「てめー!どっちも揉みやがったなあ!?そういやさっき両手でモミモミ仕草ヤッてやがったもんなあ!」
さて問題です。俺達はどこの事を指して言ってるでしょーか?
「揉みたいと思うところ……うーん、肩かな?結構凝ってそうだし。でもあと一つはどこだろ?」
「脚なのでは?先ほどフットマッサージがどうとうか仰ってましたし」
後ろで俺の心を読んだかのようにのんびりと答える殿下とパアナ様。良かった二人は健全だ。ていうかパアナ様よくそんな事覚えてたね、さすが。
ちなみに正解は気と能力だ。正直この子の疎いとこ見てたらヤキモキするし、多少は世の中で通用するよう鍛えてあげたくもなる。もっともゴターが言ってるのは間違いなくおっぱい(左右)のことだろうけどね。
そんなおっぱい星からの転生者(決めつけ)がぐっと拳を握りしめて高らかに宣言した。
「決めた!俺は何としてでもその儀式をやり遂げる。そしてエリーをこの男の魔の手から守り抜く!」
俺の魔の手から守り、ヌクだと?
こいつ、そこまでしてすっきりしたいのか……。
一方、おかずにされるのが嫌なのか、パイセンも不安げな表情で彼を止めようとする。
「あの、ゴターさん……あたしは大丈夫なんで本当にやめといた方が……」
「エリー、お前はこいつに弄ばれているんだ。大丈夫、俺が傍にいる限りこいつの好きにはさせないからな」
しかしゴターはどうしてもヌキたくてたまらないのか、彼女の意志を無視してあくまで自分の好きにしようとする。
こうなってしまった男は、もうどうにも止まらない。
だがエアロゾルお嬢が発生している以上、儀式を完遂することなど不可能だ。気持ちよくなる前に気持ち悪くなってえずき散らかすこと必至だろう。
とはいうものの、同時に一つの疑念が俺の中に湧いていた。先ほどのゴターの取り乱し方、あれほどの近距離にもかかわらずあんな程度で済むものだろうかと。昨日のタイツ越しだったエリーはともかく、生足を直に嗅いだ俺と先輩はもんどりうってえずきまくったというのに、彼はただ涙目になって顔をしかめているだけ。
そういえば今日のエリーもあんな感じだったし、やはり多少なりとも体を洗った事が功を奏していたのだろうか。
だとすると、これはまずい。実質お嬢を守る第二障壁、或いはウォール・スメル、これが崩れかかっているのだ。つまり、これを突破してお嬢を舐めることが出来る状態かもしれないのである。(*1)
俺にはもう祈ることしかできなかった。どうか、どうかお嬢のAbsolute Terror FETIDが迫りくる彼の鼻をひん曲げますように、と。(*2)
手を組む俺に対して何を思ったのか、ゴターが不敵に笑った。
「舐めさえすりゃ、俺の勝ちだ」
そういうと、彼は深呼吸を始めた。何度も、何度も、肺の中に新鮮な空気をため込むかのように。
俺に怖気が走る。
まさか……それは……だ、駄目だ!そいつは、悪手だ!
「待っ……」
良心に苛まれた俺はやはり儀式を止めようとした。
が、その事を見越していたかのようにメイが俺に耳打ちしてくる。
「彼、リア充らしいですね」
その魔法の言葉で、俺の熱意は急速に冷凍された。
そうだ。あいつが俺を非リア扱いするのなら、あいつはきっと充実してるんだ。
その上で更にパイセンと同じ空間で働かせる?
職場できゃっきゃうふふと愉しくいちゃつく二人の絵が、俺の脳裏に浮かぶ。
激しい嫉妬が俺を支配し、
俺は、リア充を、助けることを、やめた。
ニコッと笑う先輩に、俺も微笑み返す。
俺はきっと、悪魔に魂を売ったんだ。
だけど、それでも、良かった。
――リア充氏ね。それが俺の、前世から持ち続けている信条なのだから。
一方でゴターもまた微笑んだ。顔面蒼白にしているエリーに向かって。
「これで俺は、もう一度エリーと一緒に……今度こそ守るんだ。彼女の……騎士として」
人が死地に赴く姿は、かくも美しい。
俺はその雄姿を目に焼き付けることにした。それが俺の、せめてもの贖罪であり、同時に報いでもあるのだから。
ゴターは最後に一つ大きく息を吸い込むと、頬をハムスターのようにぷくっと膨らませた。
そしてお嬢の踵を手に取り、勢いよくその甲――それも指付近に口を付け、舌を這わせようとして――
――その姿勢のまま、硬直した。
この様子に何も知らないパアナ様が眉間に皺を寄せた。
「ちょっと、いつまでやってますの?さすがにナメ過ぎでは……」
「おや、どうしました?このままでは儀式を放棄したとみなされますが……ゴターさん?返事を」
一方で事情を知りながらいけしゃあしゃあとわかり切った事を聞く先輩。
当然ゴターは、言葉を返すことはなく、ぶっ倒れる事をもって返事とした。
「きゃあああああ!!!だから言ったのに!!!」
「ちょ!泡吹いてるじゃない!?きったないわね!」
慌てふためくパイセンとお嬢。二人の心配事は正反対だが。
突然のことに泡を食ったのはパアナ様や殿下達もだった。
「ちょっと!大丈夫ですの!?」
「だ、誰か救護を!」
殿下の呼びかけでパアナ様の配下の者が駆け寄ってゴターの容体をチェックする。
「駄目です!瞳孔が開いてます!」
「危険な状態だ!医者を呼べ!」
「いや、呼びに行く時間がもったいない。すぐに医務室へ運ぶんだ!早く!」
わちゃわちゃとゴターの前で半狂乱状態に陥っているパアナ様の取り巻き達を殿下が指揮している。
「一体何が起こったというのです……?」
そしてそんな様子を心配そうに見守るパアナ様のすぐ近くで先輩が口を開く。
「どうやらお嬢様に忠誠を誓う事に心から納得できず、拒絶反応を起こしてしまったようです。これではとてもではありませんが従者として迎え入れることは出来そうにありません」
「そうね、そいつは落第」
失神したゴターの事など全く意に介さないお嬢は更に続けた。
「それじゃ後の事はよろしく。あんた達、ずらかるわよ」
「え!?で、でも……」
「「アらホらサッサー」」
渋るパイセンを両脇で抱えるようにして俺とパイセンは駆け足でお嬢の後を追い、この場を後にした。
「ちょ!?待ちなさいヤッチャネンさん!……ヤッチャネンさーん!?」
後方でパアナ様が呼んでいるが、当然待つわけなかった。
(*1)(*2)
第二障壁→元ネタ・Final Fantasy 15
ウォール・スメル→元ネタ・進撃の巨人 ウォール・マリア等のもじり
Absolute Terror FETID→元ネタ・エヴァンゲリオン Absolute Terror FIELD(A.T.フィールド)のもじり。尚、FETIDの意味は「悪臭を放つ」等の形容詞ですが、つづりが近いだけで採用しました。
第二話は次回でラストとなります。




