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【2-16】引き抜いた

 俺達はパアナ様方の近くに移動した。正直また彼女の取り巻き達に睨まれるのは嫌だったが今回はあまりそういうことはなかった。よく見ると例の下級(ロウワー)勢がほとんどいなかったのだ。どうやら先ほどの一件のせいか外されているらしい。


「……ヤッチャネンさん。あなた今、この者があなたの従者だと……そう仰いまして?」

「そうよ。だからそいつに対する一切の権限はアタシにあるわけ。アンダスタン?」


 方眉を上げるパアナ様にどや顔で答えるお嬢。


「エリー、それは本当なの?」

「い、いえ!?あたし全然知らないですよ!」


 だが殿下の問いかけにエリー自身は首をぶんぶんと横に振った。

 お嬢がはあ~とため息を吐く。


「あのねえ、従者でもない赤の他人のためにフットマッサージしてあげたりアタシのお菓子食わせてあげたりするわけないでしょ?常識で考えなさい」

「……常識で考えましても、従者にそのような事はしませんけれども……」

「さすがアフォーナ。身分差なんて考えない平等そのものの姿勢だ」


 パアナ様は胡散臭げに、殿下は何故か目を輝かせてお嬢を見る。

 だが納得のいかない様子のエリーは尚も食い下がる。


「で、でもあたしヤッチャネン様にお会いしたのはあの時が初めてですよ?飲み物ぶっかけなきゃ、そもそもお話する機会もありませんでしたけど?」

「いえ、あなたはそれ以前にもお嬢様とお会いしている筈です」

「面と向かって、ではないけどな」


 俺達にそう言われ首を傾げるエリー。が、すぐに何かに気づいたように大きく目を見開いた。


「ま、まさかそれって!」

「そう!入学式の時、あんたはアタシの前の席にいた。そしてあなたはアタシに何をしたのか覚えてる?」

「あたし何もしてませんよ!むしろあたしはやられた側です!」

「まあ何てしらじらしい。あんたが無理言うから、アタシの脚に従者の誓いとしてキスさせてやたっというのに」

「「なっ!?」」


 パアナ様と殿下が驚きの声を上げたが、それはお嬢がしらじらしくも平気で嘘を吐いたことに対してではないようだった。


「あ、あなたヤッチャネンさんの脚にキ、キスしましたの?」


 恐る恐る問うパアナ様に、エリーはしどろもどろになる。


「い、いえあれは無理やり口元に押し付けられたから結果として唇がついただけで……うぇ……思い出したら吐き気してきた……」

「したのは……確かなんだね」

「いやでも従者とかそういうつもりがあったわけじゃなくって!」


 ドン引き気味の殿下に弁明するエリーを後目に、パアナ様は呆れたように口を開いた。


「……ま、どっちでも良いですわ。わたくしとしても別に無理してこの者を配下に加えたいわけでもありませんし、ヤッチャネンさんが面倒を見るというのならそうしていただいて構いません」

「ええっ!?」

「話が早くて助かるわ」


 絶望するエリーそっちのけで勝手に話をまとめようとするお嬢。

 が、殿下がそこに割って入って意志の確認を始めた。


「エリー自身はどうしたいの?アフォーナの下か、キーマさんの下、どっちがいい?」

「どっちがって言われるとそりゃ……」

 

 いかん、彼女の表情は明らかにお嬢に対して不信感を抱いている。ここは一つはっきりと振られるより前に取り巻きである俺達が彼女を勧誘しておく必要があるだろう。


「うちに来たらまたたっくさん可愛がってやるぜぇ~」


 というわけで俺は揉み手を作る。手を揉んでいるのではない、肉を揉む仕草をだ。見ようによってはやらしそうに見えるだろうが断じてそういうつもりはない。純粋なるフットマッサージ用のポーズであって彼女の脂肪の塊を揉みしだこうとしているわけではないのだが、彼女というか周囲が若干引いている。これはまずい。


 と、俺の窮地を救うかのように次は先輩が甘い言葉を紡ぐ。


「お菓子もたくさんありますよ。お嬢様の分が余っておりますから」

「いやそれ余ってるって言わないから」


 突っ込みを入れるお嬢に俺の方からも突っ込んでおく。


「お嬢はもうちょっとダイエットした方が良いと思いますよ」

「……ヒリアは痩せてる方が好みなの?」


 何故か上目遣いでもじもじ恥ずかしそうに聞いてくるお嬢。

 なので俺も誠意をもってはっきりと好みのタイプを伝えることにする。


「お嬢以外なら大体何でも好みっす」

「酷くない!?」


 俺らが漫才をしている横では、何やら生真面目そうな中級(ミドル)と思わしき女子生徒が眼鏡をくいと上げていた。


「……言っておきますが、私はあなたを甘やかす気は毛頭ありませんよ」


 一方のお嬢はというと、エリーにガンを飛ばす。


「うちにこないってんなら、あんたが食ったお菓子代耳を揃えて返してもらうから」


 どちらからもマイナスの提示をされたエリーは、苦渋の表情でお嬢の方を指差した。


「じゃ、じゃあ……ヤ……ヤッチャネン様の方で」

「はい決定。それじゃエリー、こっちに来なさい」


 なにはともあれエリーの引き抜きに成功したらしい。きっと俺のマッサージが忘れられなかったに違いないうんきっそうだ。


「うん、悪い決断じゃない。アフォーナ、エリーの事をよろしく頼む」


  とぼとぼと明白に気乗りしない様子でこちらにやってくるエリーを笑顔で見送りながら殿下がそんな事を言う。 が、お嬢はこれに違和感を覚えたようで殿下に問い返す。


「……何で殿下がそんなこと仰んの?」

「僕と彼女は、友達だからさ」


 嬉しそうな殿下の答えに一瞬フリーズするお嬢。かと思うとブフゥッと急に吹き出し笑みをかみ殺しながらパアナ様の方を見た。


「……ほ~ら見なさい。ボヤボヤしてるからもう寝取られた」

「ね!?取られてなどいませんわ!」

「じゃあ奪われたのは心と唇ね」

「それも奪われて……ませんわよね。殿下、ませんわよね?ね!?」

「大丈夫だから!落ち着いてパアナ!」


 縋りつくように確認するパアナ様を宥める殿下。まあ仮に奪われてたとしても正直に言うわけないわな。


 ただいずれにしろ殿下が仰った理由は謎のままだ。仮に百歩譲って本当にただの友達だとしてもお嬢のところで世話になるなんぞ不安しかないという方が人情ではないか。


「でもこれは良い事聞いたわ。たかが庶民の娘一人加えるだけで王子の弱みまで握れるだなんて」


 ほら見てみい、うちのお嬢はもうクックックとわっるい顔で下卑た笑みを浮かべて悪だくみしとるんやぞ。


「……ですがヤッチャネンさん。その者があなたの従者だとしたら、この騒ぎはあなたの身内があなたに粗相をしただけの事に過ぎませんわよ?これなら所有物を失ったドーイさんの方がよっぽど被害者ですわ」


 が、我に返ったパアナ様にそう言われると途端に焦りの色を浮かべるお嬢。


「あ……アタシの従者をあいつが断りなく使役するからこんなことになったのよ!」

「それもあなたの監督不行き届きが原因では?その者が既にあなたの従者だという事を主張していればこんなことにはならなかった筈です。あなた、その事ドーイさんに言いまして?」


 パアナ様に視線を向けられると、エリーはぶんぶん首を横に振った。


「いえ全然そんなことは……」

「言ったって言え!言ったって!」


 否定しようとするエリーに嘘をつかせようと小声でせっつくお嬢。

 だがエリーはそれに従おうとせず毅然とした態度でお嬢と向かい合う――


「ごめんなさい、あたし嘘はつきたくないんです。そもそもあなたの従者になってたつもりなんて全くなかったわけですしそれは無理筋……」

「お菓子食べ放題」

「あ……あ~~!そ、そういえば言ったような~言ってないような~やっぱり言ったような~……」


 ――が、賄賂を提示されるとあっけなく懐柔される庶民。汗だくでしどろもどろになりながらどっちともつかない曖昧な言葉で言い逃れようとする。

 うん、こいつはやっぱりダメなやつだな。これからは名前じゃなくてパイセンと呼んでやろう。


「まあいずれにしろ向こうとはもう和解が済んでるし、今更過去をほじくり返してもしょうがないわよ。うんしょうがないしょうがない」


 お嬢も汗だくの顔を扇子で扇ぎながら目を泳がせていると、パアナ様が額を抑えてため息を吐いた。


「……もうどうでもいいですわ。あなたとお話してると頭が痛くなってきます。ただ殿下、損失分はヤッチャネンさんに持たせるべきでは?」

「はあ!?何でアタシが!」


 そう殿下に提案するパアナ様にお嬢が憤慨する。が、パアナ様はあくまで落ち着いてこんこんと諭そうとする。


「彼らの失ったものは濁汁、原産はバックス・バンニン。あなたのところの家が輸入しているものでしょう?一つぐらい融通を利かせなさいな」

「え、そうなの?」

「はい、どうやらそのようで」


 お嬢に確認され首肯するメイ。だがそれでもお嬢は納得いかないようで頬をぷくっと膨らませる。ちなみに別に可愛らしくはない。


「でもヤダ!それじゃアタシも悪かったってことを認めることになりそうだからヤダ!」

「子供ですか!?」

「いえ、ババアです」

「「もういいでしょそのくだり!」」


 昨日の続きとばかりにお嬢とパアナ様が先輩に突っ込む。この時ばかりは二人の息がぴったりになるのは何故だろうか。


「ま、まあだったらそれをこっちに回してよ。ちゃんと僕からってことにするからさ」


 殿下がまあまあと間に入ってくると、お嬢がにんまりと笑って揉み手をした。


「殿下、毎度アリ~。ちゃ~んと色付けときますからね」

「ちょっと黄ばませるんすね」

「いやいやピンクの方が可愛くない?」

「え、色付けるって文字通り着色する気?何で?」


 俺達のやり取りに殿下が首を捻る。

 なので先輩が代わりに補足してくれた。


「限りなく本物に近い品質でお届けするためです」

「いや普通に本物を寄こしなさいな本物を」


 パアナ様はそう言うが、そりゃ無理ってもんでしょ。あれだけの量溜めようと思ったら汁男優何人用意しなきゃいかんかわからんぞ。まあエロ漫画の世界だったら平気でガロン単位ぶっ放してくる奴もいるかもしれんが、そもそも気色悪すぎてヤダ。

 ちなみに余談だが少々黄白色ぐらいなら普通らしいから安心していいぞ。ピンクは知らん。


 と、俺達がビジネスの話をしていると、それまで黙って控えていたどっかで見た事のある男が突然跪いた。


「ヤッチャネン様!エリーがあなた様の従者なのでしたら是非俺もお加えください!」

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