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【2-15】請求した

 ――時は少し遡って。


「いないっすね」

「こっちにもいないようです」

「ったく、どこにいったってのよ」


 俺とメイが合流すると、お嬢が苛立ったように眉間に皺を寄せる。


 現在、俺達はエリーの足取りを追っていた。

 とはいうものの、彼女がお嬢の控室を出てすぐに追いかけたというわけではない。今のお嬢はいつものように髪をしっかりとセットしており、つまりその間待たされていたわけだ。


 俺一人だけでも先に彼女を探しに行って良かったのだが、レディーには色々入用なのよとか何とか意味不明な事をのたまわれてお嬢に必要なものを調達させられたためそれは実現しなかった。先輩はお嬢のヘアメイクにかかりきりのため手が空いてなかったのだ。


 ちなみに何を探させられたかというと主に着替えの類なわけだが、そこには下着も含まれた。つまりついさっきまでお嬢はノーパンだった癖に脚を頻繁に組み替えていたのだ。俺の位置取りが悪ければ危うく目が潰れるところだった。


 指定された引き出しから大量のピリパンが出てきた時は目が回った。これ下手したら動物虐待描写にあたるんじゃないかと肝が冷えた。魔物や悪人やおっさんならいくら虐殺してもクレームは来ないだろうが可愛らしい見た目の動物に何かするのは本当にヤバイのでピリが凶悪面してたことを切に祈る。


 尚、ブラの方にはトラ柄のは一つも無かった。これに関してはホッと胸をなでおろした。


 ところで残念ながらお嬢が普段身に着けているタイツや手袋の類は用意することができなかった。どうやら丁度予備を一気に付け置き洗いしていたらしく着用できる状態になかったのだ。そりゃまあどう考えても脱臭には時間がかかる事が容易に想像できるわけで致し方ないことだった。


 そんなこんなで、今のお嬢は素手と素足を晒した状態だ。


「……?あんた何でそんなに離れて歩いてんの?」


 お嬢が訝し気に尋ねてくる。実際俺はちょっと彼女と距離を取っていたのだ。


「俺、従者っすから。お嬢の三歩後ろをおっかなびっくり付いていくのが当然かと」

「いつも堂々とでアタシの隣に陣取ってた気がするんだけど」

「まあ小さいことは気にしない気にしない」


 実際のところ何故そんな位置取りをしているかというと、そこが風上だったからだ。お嬢がタイツを履いていないということは、現在お嬢の足から漂うマイクロお嬢がそのままエアロゾルお嬢となって空気中に漂っていることを意味しており彼女の近くや風下にいることは甚だ危険だからである。


「あ、やべ風向き変わった」


 急に風が前から吹いてきたので、俺は慌ててお嬢を追い越した。


「って、今度はアタシの真ん前に来るじゃん」

「俺、従者っすから。お嬢の前で危険に対処するのが当然かと」

「さっき三歩後ろが当然って言わなかったっけ?」

「そんな事言いましたっけ?まあ小さいことは気にしない気にしない」

「向かい風になった事となんか関係あんの?」

「そんなのいつものことじゃないっすか、小さいことは気にしない気にしない」

「ふう~ん?」


 後ろからお嬢のねめつけるような視線をひしひしと感じる。これはいかん、どうやらお嬢のターゲットがあの女子から俺に移りつつあるようでこっちの風向きも変わってきた。非常に不愉快ではあるが、だからといって今はまだ逃げるわけにいかない。


 と、お嬢の隣にいる先輩が声をかけてきた。


「ヒリア様、そんなに警戒しなくても大丈夫です」

「マジ?」

「はい。もし何かあれば今お嬢様の隣にいるわたしが先にメイ運尽きております」

「確かにそうだな。気ぃ張って損した」


 やはり体を洗った事が功を奏しているのか、それともイカ臭さと相殺されたのか。どうやら少なくともエアロゾルお嬢はそれほど勢力を拡大してないらしい。


「って、今度は普通にアタシの隣に戻って来るやん」

「俺、従者っすから。お嬢にケツ向けるのはマズイと考えるのが当然かと」

「でも危険の対処はどうすんの?」

「いやだから移動したんすよ」

「油断大敵よ」


 そう言うや否や俺のケツを撫でまわすお嬢。確かに物理的に距離が短い方がリスクが高いという当たり前の事を失念していた俺のミスだった。でも後ろからいやらし~い視線をケツに向けられる気配もなかなかイヤ~な感じだったんだよなあ。


「お嬢、セクハラ止めてくれません?」

「そんなのいつものことじゃない?小さいことは気にしない気にしない」

「意趣返しも止めてくれません?あと全っ然気にしてませんから」

「殊勝な心掛けね、ご褒美にアタシが大きくしてあ・げ・る」


 段々とお嬢の手が俺の股間の方に侵入してきたせいか、ついにバットがおっ立った。 


 俺のじゃなく、先輩のだが。


「ヒリア様、今から仇をうってセンター返ししますのでしばしお待ちを」

「先輩は深刻敬遠で」


 先輩がまたどこからともなく取り出したバットでお嬢のあタマを狙いうちしようとしているので何とかそれを回避しようと試みる俺。このままだと乱闘ならまだマシな方で、下手したら死人が出てしまいかねない。


 とはいえよく考えたらそれは打者ではなくとうしゅへの指示となるわけで、かといってお嬢が先輩を敬遠するわけないしどうしたもんかなと頭を悩ませていると、前方から何やらタチの悪そうな連中がぞろぞろやってきた。ぞろぞろというか、面倒そうなのは前で肩を怒らせながら歩いている中級(ミドル)と思わしき4人だけなのだが、そいつらが俺達の方をじろじろ見てきのだ。まあ、女が男のケツを弄ってる横でバットを構える別の女がいるシーンなんか目撃したら誰だって注目したくなるだろうが。


 するとそいつらがこちらに近づいてきた。おいおい、先輩はこう見えてスイングが鋭いので向かい風だからといって前進守備し過ぎるとお嬢のドタマが頭上を越すぞ。


「……ヤッチャネン嬢か?」


 そんな他愛もない事を考えてると、そのうちの一人、小柄で小太りな男が声をかけてきた。

 お嬢は顎を上げ、持っていた扇子で口元を隠すという悪役令嬢ムーブをかます。


「そうだけど、何か用?」

「余はドーイ伯爵家が嫡男アークと申す。この度は余が使役した平民がそちらに迷惑をかけたと聞く。謹んでお詫び申し上げる」

「平民って、エリーのこと?」

「一々下々の名前まで覚えておらんが……そちらに濁汁をかけた者だ」


 あれ濁汁って言うんや。思ったよりまんまだった。


 と、お嬢が厳しい視線を小太り男に向ける。


「随分な事してくれたもんよね。タダで済むと思ってんの?」

「余がこうやって頭を下げておるのだ!何が不服か!?」

「こっちは公衆の面前であんな恥かかされたのよ?下がりもしてない頭見せられて腹の虫がおさまるわけないでしょ。っていうか頭なんて下げてないじゃない?何で下げないの?頭頂部見られたくない理由でもあんの?」


 とまあ、酷い言いようだが実際伯爵令息さんも頭を下げるどころかむしろちょっとそっくり返っているので嫌味の一つや二つ出てくるお嬢の気持ちもわからんでもない。そもそも一人称が『余』だなんてちょっと尊大すぎやしませんかね。


 とはいえあちらさんがそんなお嬢の態度に気分を害すのも当然と言えば当然で、口々にぶつぶつ文句を言い出す残りの貴族たち。


「……これだから辺境の出は」

「全く貴族にあるまじき暴言ですわ」

「このような人に謝罪する必要などなかったのでは?」


 だがお嬢はそんな中級(ミドル)勢をつまらなそうに睨みつけると鼻を鳴らした。


「何かそっちの三下取り巻き共がゴチャゴチャ言ってるけどどうすんの?全面戦争やるってんなら受けて立つわよ?」


 これにはさすがに色めき立つ三人の貴族。

 

「さ、三下!?」

「いくらなんでも無礼が過ぎる!」

「アーク卿、相手はたかが付き人二人、恐れることなどありませんわ!」


 ちなみにこの人『卿』呼びされてるが、元の世界でこの言葉はイギリスでの“ロード” (Lord) の訳語としても使われていて、公爵、侯爵、伯爵の長男も付随爵位をもつので『卿』呼びされるらしい。もっともあちらでは家名ではなく爵位名につけるという違いはあるのだが、この世界の伯爵家の嫡男である彼がこの敬称で呼ばれる事自体はおかしなことではない。ようするに何が言いたいのかというと、この『卿』呼び翻訳した俺も間違っていない筈なのだ。知らんけど。


 余談ついでに、イギリスで子爵および男爵(一代貴族を含む)の息子および娘、又は伯爵の次男以下の息子への敬称を"オナラブル" (The Honourable) というらしい。いつか声を大にして使ってみたい言葉だ。


 そんなアーク卿は中級(ミドル)勢から毅然とした態度を取るようせっつかれているのだが、彼はむしろレディーwヤッチャネンに対して及び腰になっていた。


「ま、待て。彼女はオーテンバー家相手にも平気で喧嘩を売っておるのだ。きっと何か裏があるに違いない」


 そう言われると思うところがあったのか、先ほどまでの勢いが成りを潜め後ずさりする中級(ミドル)勢。

 そして貴族たちは何やらぼそぼそと話し合いをした後、アーク卿が襟を正して再び前に出た。


「ヤッチャネン嬢、先ほどまでの無礼も含めて改めて詫びよう。この通りだ」


 そして今度はきっちり頭を下げるアーク卿。ちなみに頭頂部は普通だった。良かった。

 だがお嬢は相変わらずの塩対応を続ける。


「まさかそれだけで済むだなんて思ってないわよね?」

「……何が望みだ?」


 俺はアーク卿が拳を握りしめるところを見逃さなかったが、さすがは腐っても伯爵家の人間ということか。可能な限り感情を押し殺していた。うちの伯爵令嬢にも見習ってもらいたい姿勢だ。


 お嬢はしばし考えるそぶりを見せた後、口を開いた。


「そうね……とりあえずアタシに迷惑をかけた張本人を引き渡してもらおうかしら」

「あの娘をか。残念ながらそれは出来かねぬ」

「へぇ……」


 すっと目を細めるお嬢だが、アーク卿は慌てて両手を振る。


「いや、誤解しないで欲しい。単に余にその権限がないだけだ。というのもあの者は元々余の従者ではないのだからな」

「ふうん……従者じゃ、ないと」


 お嬢の反芻に、別の貴族が首肯した。


「あの娘はアーク卿の従者が勝手に連れてきただけの者。そしてその従者もヤッチャネン様にご迷惑をおかけした咎で既に破門されております」

「このように、本来は余の預かりしらぬ問題を事の重大性を理解した上であえて謝罪しておるのだ。その配意は汲み取っていただきたい」


 アーク卿の、やや媚びるような要請。

 お嬢は口元を広げた扇子で隠しながら問う。


「今あいつがどこにいるかわかる?」

「今ならまだあちらの庭園の方に、おそらく殿下やパアナ様と共におるだろう」

「……ちっ、目ざといわねあの女」

「何か?」


 俺にははっきり聞こえたが、扇子が邪魔してかアーク等にははっきりとは届いてなかったようだ。

 ただ、いずれにしろそれは彼らに伝えなくても良い情報だった。


「いえ、何でも。ま、そういうことならクリーニング代だけで勘弁してあげる」


 お嬢の宣言に、アーク等の表情から緊張感が消えた。


「そうか。いや、ご厚意感謝す……」

「こちらがその見積になっております」


 だが彼が全部を言い切るよりも前に、先輩が例のお盆を恭しく中級(ミドル)勢に差し出した。いつの間にかバットから持ち替えていた事については触れないでおこうと思う。


 もう一人の男性貴族がお盆を受け取ると、その上に乗せられていた一枚の紙をアークが手に取る。

 それに目を通した彼は、その目を大きく見開いた。


「……って、な、何だこれは!?桁が二つほど多いではないか!?」

「アタシの衣装はイヤッポンヌ製でお高いの。それぐらいするのよ」

「いや支給されている制服を汚されたのではないのか!?って、おいちょっとま……」

「うっさいわね装飾品とか色々あるでしょ?あんたも伯爵家の端くれならみみっちいこと言わないでど~んと支払いなさい!じゃね~」


 そう言い放ち、俺達はすたこらさっさーとその場を後にした。後ろではアーク一行が何やら喚いているが、その声も直に届かなくなっていく。


 アーク卿に教えてもらった方向への道すがら、俺は一応聞いてみる。


「お嬢、あの服本当にお高いん?」

「そりゃアタシが着たら何でも高価よ」


 同意するように先輩も頷いた。


「確かに、クリーニング代は高くつきますもんね」

「臭うからなあ」

「しかも落ちませんから」

「アタシの気分はどん底まで叩き落とされてんだけど?」


 まあそんなこんな軽口を叩き合いながら進んでいると新たな庭園が見えてきた。

 この学園はあちらこちらに庭園があるらしく、そこはそのうちの一つである。

 その場所は規模としてはやや小さめで、周囲にはやや鬱蒼とした緑地が広がっていた。


 と、先輩が指をさす。


「お嬢様、発見しました」

「うわ、本当にあの女も一緒じゃん。めんどくさ」


 お嬢が露骨に顔しかめた事からもわかる通り、エリーの近くにはパアナ様がいた。更には彼女のだと思われる大勢の取り巻きや殿下までもが一緒にガゼ……ガボ……あれ名前なんていうんだっけ?まあその近くに集まっていたのだ。


 ……あれ本当何だっけかな?……ちょっとど忘れしたけど……うーん、まあいっか。あんなもんの正式名称知ってる人なんかそうそういないだろうし仮に言っても伝わらんだろうから形状で説明すると八角形状の壁の無い小型の建物だ。前世のヨーロッパ風ファンタジー世界でもよく見かける所謂西洋風あずまやだが、実はあれが実際に導入されたのは17世紀頃からだったらしくそこが中世風とか謳ってる世界だとするとその時点でダウトだったりするんだがとにかくそんなガゼなんとかの近くにエリーはいた。


 で、丁度パアナ様が「ヤッチャネンさんとこの侍女」がどうのこうの言い出してるところだったのでお嬢が反応したわけだ。


 で、話は前回の終わりに繋がる。

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