【2-14】エリーの処遇
蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくアーク一同をつまらなそうに眺めながらパアナは零した。
「全く、地方貴族は常識知らずばかりで困ります。宮廷作法の義務化も検討すべきですわ」
「あ、あはは……」
柳眉を寄せるパアナに苦笑するオウル。
だがパアナの眉間は未だ寄せられたままだ。
「それにしても殿下、あの程度の小物相手に何を手間取っていたのです?あなたならばもっと簡単に如何様にもできたでしょう?」
「それって家の名前を使えばってことだろ?そういうのはなるべく最後の手段にしたかったからさ」
「昨日わたくしにはすぐ出した癖に」
「まあそれはね……実のところ僕の考えを皆に伝える良い機会でもあったからさ」
「やっぱり、そんなことだろうと思いましたわ。殿下もお人が悪い」
「ごめんね。でもパアナならわかってくれると思ったから」
オウルに謝られ、少しパアナの頬に朱が差す。
「まあそれは当然ですけれど。殿下があんな素性の知れない田舎貴族の娘のためにわざわざ首を突っ込んでくるだなんておかしいと思ってましたから」
「いやそれはさすがに語弊があるでしょ!」
抗議するオウルに、再びパアナが鋭い視線を向ける。
「そうですわね、語弊がありました。今日もまた同じように何処の者とも知れぬ娘のために首を突っ込んでいらしてるんですから」
「い、いやあ……それは別にそういうわけじゃ……」
「ですわよね。首以外にも突っ込んでるモノがありますものね」
「そ、そんなわけないじゃないか!パアナ一体ナニイッてんの!?」
慌てふためくオウルに、パアナは首を傾げた。
「殿下こそ今更何を仰っておられるの?代わりに弁償など、既に首どころか片足を突っ込んでおいででしょう?」
「あ、ああそう言う事ね……確かにそう言われちゃそうかもしれないな」
「……前言撤回ですわ、殿下のお人よし」
照れた様に自身の後頭部を撫でるオウルにため息を吐き、パアナは続けた。
「それで殿下、この娘とは一体どういったご関係ですの?」
ゴターと何やら話をしているエリーを横目で睨みながら言うパアナ。
「えっと、だから……エリーは友達だよ」
今度は本当に照れながら言うオウルに、パアナは眉をつり上げた。
「へえ?と・も・だ・ち・ですの?仲よしこよしの殿下はただのご学友のために金銭を融通するばかりかお姫様だっこまでしてあげたりするんですねそんなのわたくしにもしてくださったことありませんのに!」
「え、いやちょっと待って!パアナ何か勘違いしてるよ!?」
オウルは慌てて宥めようとするが、パアナは既に暴走してしまっていた。
「誤解などしておりませんわ!わたくし向こうで聞いておりましたのよ、この娘のために肩代わりすると!肩を貸すのなら背負ってあげれば良かったではないですか!それをよりにもよってお、おおお、お姫様だっこだなんて!」
「いやいやパアナそれ色々違ってわけわかんなくなってるから!」
二人のやり取りにパアナの付き人がおろおろし始める。
エリーもまた、何事かとゴターとの会話を中断し間に入ろうとするもやはりパアナは止まらない。
「違いませんわ全然違いませんわ!さっきだってこの娘殿下のことをオ、オオオ、オウル君と!婚約者のわたくしにもそんなフランクに呼ばせてくださったことありませんのに二人はもうどこまでイッてるんですか正直に申してくださいチューですの!?チューなんですの!?お口とお口でシちゃったんですの!?」
「何もやってない!それに、だっこされたのは…………ぼ、僕の方……」
「……は?」
照れるどころか恥ずかしそうに顔を覆うオウル。目を白黒させるパアナにエリーが彼を庇うようにして弁解する。
「あ、あの!実はさっきオウル……じさまとぶつかった時怪我させたかもと思って!それで急いで医務室連れて行かなきゃって慌ててたんでつい……」
一瞬間が空く。
何やら首を捻ったり目を瞬かせた眉間を抓ったりした後、パアナはピシッとエリーを閉じた扇子で差し断言した。
「……不敬罪で死刑」
「「ええええええ!?」」
狼狽える二人に向かって面倒くさそうに手を振るパアナ。
「冗談ですわ。冗談ですが……殿下、お怪我はありませんの?」
「うん大丈夫、全然なんともないよ。ちょっと尻もちついただけだからさ」
また照れ笑いを浮かべるオウル。そしてパアナもまた眉間に皺を寄せた。
「……何事も無かったから良かったものの、やはりお一人で行動するのは危険すぎます。せめてお付きを一人つけてくださいませ」
「いや、でもそれじゃ……」
まだ何か言い訳しようとするオウルに再びパアナは声を荒げた。
「女性のご学友とお二人で行動することは出来るのに身を守るためのお付き一人つけられないと仰いますの!?」
「い、いやわかった!つける、つけるから!」
とりあえずオウルの合意を取り付けたものの、パアナはまだ納得いってないようだった。
「……それでそこのご・が・く・ゆ・う・を!どうなさるおつもりです?」
「どうって……いや絶対罰を与えるとかそういうことしないよ!?」
「そういうことを申してるのではありません。聞けばその娘、誰の庇護下にもない様子。このままではまた何らかのトラブルに巻き込まれるかもしれませんわよ?」
「確かに……それはそうだね」
エリーの前に半身を入れ身を挺すような恰好のまま悩むオウルに、パアナは少し下唇を出した。
「その……やはり殿下の従者という形を取られるのですか?」
不満げな、というよりおそるおそるといった様子のパアナに対し、オウルは軽い調子で頭を振る。
「いや、それはないよ。仮に形式だけだとしても、それじゃあ対等な友人関係とは言えなくなる」
「対等……ですか……庶民の娘と。殿下のお戯れにはほとほと困らされますわ」
「君の言いたいことはわかるけど、これが僕の望みなんだ。わかってくれ」
パアナとオウル、二人の視線が交差する。どちらも真剣な表情だった。その様子をはらはらと見守る事しかできないエリー。
暫く見つめ合った後、パアナは観念したように大きく息を吐き、自分の取り巻きの方を振り返った。
「……キーマさん、こちらに」
「はい」
パアナに名前を呼ばれ前に出たのは一人の女性だった。黒髪を頭頂部付近でお団子状に結っている彼女の額は見事に露出しており、その目には細長い眼鏡が掛けられていた。唇は一直線に結ばれていて非常に真面目な様子が伝わってくる。
「この人は?」
オウルが問うと、パアナは彼女を紹介した。
「彼女はジーメ男爵家のご令嬢、キーマさんです。ジーメ家は近年授爵なされた新興貴族ではございますが、それ故大変勤勉な態度で作法を習得され宮廷にも早々と馴染んでおられます。その博識ぶりや、最早わたくしですら舌を巻くほどですわ」
「それはすごいね」
オウルは感嘆するものの、キーマは控えめに首を振るだけだった。
パアナは続ける。
「ですので、よろしければそこの方をキーマさんの下につけ、殿下に粗相のないよう色々とお勉強していただこうと思うのですが、如何です?」
「……いやいや!それじゃ貴族を相手にするのと変わらなくなっちゃうよ!」
パアナの提案に、オウルは難色を示した。
だがパアナもまた譲らない。
「ですが殿下、いくらあなたがよろしくとも公衆の面前で庶民の娘からオウル君♪などと呼ばれるなど、先ほどのドーイ伯爵子息ではありませんが周囲に示しがつきませんわ。何せわたくしですら呼ばせていただいたことがないのにそのような親密な様子を見せつけられた日にはあれやこれや噂され引いてはわたくし達の関係にも亀裂が走りいつの日にか婚約解消の憂き目に!?殿下!わたくしはぜ~ったいに認めませんわよ!」
「いやいやいや!そんなことにはならないから!君呼びも二人っきりの時だけって決めてるし」
「二人っきりの時にどーするおつもりですの!?オウル君♡エリーちゃん♡でナニするおつもりなんですの!?」
「だからナニもしないって!」
たじたじになるオウルにずずいっと詰め寄っていたパアナだったが、今回は意外にも冷静になるのが早かった。
こほんっと拳に一つせき込んだ後、襟を正す。
「……まあそこは殿下を信頼致します。ですが、やはり周囲の目がある時に礼節を欠いた態度では問題がありますわ」
「うーん……エリーはどうしたい?」
「あたし……ですか?あたしは……」
話を振られ悩むエリー、すると彼女の隣にいたゴターが挙手した。
「あ、あの!エリーと一緒に俺も従者に加えていただくことはできないでしょうか!?」
「あら、あなたは?」
そこにずっといたにもかかわらず初めて認識したかのようにパアナから問われるゴター。
彼は跪き、答えた。
「ゴター・シーロコと申します!ムレハ子爵家の騎士の息子で、そっちのエリーとは同郷です!」
「ドーイさんに切られたからこちらにすり寄るおつもり?」
パアナからじろりと睨まれるものの、ゴターは動じなかった。
「……そう捉えられても仕方ありませんが、エリーに迷惑をかけた償いをしたいんです。俺、この学園に入学する直前にアーク様に声をかけていただいて伯爵家の従者になれるって息巻いちゃったんですけど、その条件として最低一人下級から引っ張って来いって言われて、それで顔見知りのエリーに無理言ってついてきてもらったんです」
「入学前の勧誘はルール違反なんだけどな。初めから関係性が構築されてるのなら別だけど、大抵は他の貴族の関係者なんだから」
ゴターの証言を聞き複雑な表情を浮かべるオウル。
パアナもまた同様だった。
「少しでもこの学園で優位に立ちたいという思いがあったのでしょうが、やはり彼も問題児ですわね」
しかしこの言葉に引っかかりを覚えたオウルはパアナに尋ねる。
「も、と言うと?他に誰か?」
「ヤッチャネンさんに決まってますわ」
「な、なるほど……」
「ですが、事情は分かりました。そういう心意気なら買ってあげましょう。同郷ならエリーさんも心強いでしょうし、あなたも彼女に色々教えてあげなさい」
「は、はい!」
パアナに認めてもらうことが出来、ゴターは破顔する。
「……何ならそのまま懇ろになってもよろしくてよ?いえ、むしろその方がいいですわ。即行そうなさい、これはオーテンバー家からの命令です!」
「は、は!……い?」
「ちょっとパアナ、それはダメでしょ!?」
これにオウルは抗議するものの、これが余計に火に油を注いだ。
「何がダメですの!?あ!やっぱり殿下はこの女を狙っておりますのね!?側室に迎える気満々ですのね!?ヤッチャネンさんとこの侍女といい、殿下はどうして平民娘に目が無いんですの!?」
「いやだからそれ全部誤解だから!」
やいのやいのと痴話喧嘩が止まらない二人。
――そこに、別方向から声が飛んだ。
「うちのメイが何だって?」
その場にいる全員の視線がそちらに向かう。
「アフォーナ!」
「ヤッチャネン様!」
オウルとエリーが声を上げる。
そう、そこにいたのはアフォーナ・ヤッチャネンとその取り巻き二名の姿だった。
パアナは努めて冷静に彼女に尋ねる。
「……あら、ヤッチャネンさんではないですか。どうしてこちらに?」
「さっきそっちでドーイとかいう伯爵家の息子に教えてもらったのよ」
自身の背後を親指で差す彼女にオウルが声をかけた。
「謝罪は受けたかい?」
「まあ一応。クリーニング代払うのやたら渋られたけど。ほんっとケチな奴よねアイツ」
「呆れた……とても貴族の会話とは思えませんわ」
そんなパアナの苦言を無視し、アフォーナはビシッと彼女達の方を扇子で指し示す。
「まあそれはともかくとして、そこの女!……えーっと、名前……」
「エリーっす。確かエリー・クァンジ」
彼女の隣に控えていた取り巻きの一人、ヒリアが耳打ちするとアフォーナは頷いた。
「そうそうエリー!あんたいつまでもそんなところにいないでさっさとこっちに戻ってらっしゃい!」
「……え?」
突然呼ばれ困惑するエリー。
そしてそれはオウルも同じだったのか、怪訝そうに尋ねる。
「アフォーナ、それどういうこと?」
「どうも何も、そいつアタシの従者だから」
「「ええ!?」」
さも当然と言った様子で胸を張って答えるアフォーナを前に、オウルとエリーは目を白黒させることしかできなかった。




