【2-13】静かに怒る婚約者
「パ、パアナ様!?」
背の高い庭木の陰から静かな足取りでやってきたのはパアナだった。無論、彼女一人ではなく大勢の取り巻き達を連れての登場である。どういうわけかパアナ以外は一様にやたらと汗だくだったが。
突然のことに慌てるアーク、しかしそれはオウルもまた同じだった。
「パアナ!?いつからそこに?」
オウルの隣――つまりエリーとは逆隣りに陣取るパアナ。
「最初の方からあちらで聞き耳を立てておりました。殿下の真意を見届けたく隠れていたことについてはお詫び申し上げます」
「それは別に良いんだけど……真意って?」
「殿下にお尋ねしたいことは山ほどありますが、その前にこの者たちに言っておかねばならないことがありますのでしばしお待ちください」
「う、うん……」
たじろぐオウルに悠然と会釈したパアナは、まずはじろりとその瞳だけをテーブルを囲む貴族たちへと向けた。
「こ、これはこれは……まさかいらしていたとは露知らず」
「そ、そうですわ。パアナ様もお人が悪い」
「我々はただ殿下によかれと思ってご提案したまでで……」
「決してオーテンバー家に盾突くつもりがあったわけではありません!その事は何卒信じていただきたく……」
明らかにばつが悪そうな様子で口々に言い訳がましいことを言う貴族たち。
パアナは顎を上げ、氷のような視線で彼らをねめつけた。
「あなた方、どちらの家の方か存じ上げませんが、随分と良いご身分ですわね。殿下をご起立させたまま、そちらは実にごゆるりと着席しておられるのですから」
この嫌味に今度は慌てて立ち上がる一同。
アークが代表して弁明する。
「あ、いえこれは……で、殿下が椅子はいらないと仰られたので……」
「かといってあなた方が寛いで良い理由にはなりませんわ」
「……っ!?」
正論に絶句するアーク。
パアナの嫌味は続く。
「殿下の御前でそのような態度を取れるだなんて、どうやらあなた方は肝の方までどっしり座っておられるようですね。ああ、我が国の未来も安泰ですわ。戦が始まったとしても、真っ先に最前線でご活躍してくれる方々がここにおわすのですから」
俯き傾聴する彼等の顔からはテーブルへと落ちんばかりに汗が噴き出ている。一方のパアナは涼しい顔で笑顔の一つも浮かべずに頬に人差し指を当てた。そしてつい先ほど自分の意向が想定された事を引き合いにだす。
「それで、何の話でしたかしら?……ああそうですそうです、わたくしの殿下に対する見解でしたわね。いえ実に素晴らしい、我が身を挺して同級生とはいえ下々の者すら庇おうとするその姿勢、大変お見事でしたわ」
これには顔を上げ目を見開く貴族たち。
「なっ!?本気で仰っておられるのですか!?」
アークの問いに、愚問とばかりにパアナは声を張った。
「勿論ですわ。殿下は常々この学園に在籍中は誰しも平等であると宣言しておられましたから。とはいえわたくしも、本当にそんなことが出来るのか少々疑問ではありましたが確かに有言実行なされました。わたくし、痛く感服しております」
「いやあ~それほどでも……」
「と・は・い・え!その者とのご関係について二三お伺いしたいことはございますけれど!」
「「ひっ!?」」
一時は褒められ照れたように自身の後頭部を撫でたオウルだが、パアナからガン見されてしまい隣に控える女子共々萎縮してしまう。
と、そんなパアナにじろじろ見られ縮こまっているエリーを指差しアーク達は異を唱えた。
「しかし、その女は平民ですぞ!?それも農家の娘、そのような下賤の者相手に未来の王が取るべき態度とは全く思えません!」
「そうです!殿下が身分差を無視してご交遊なされるなど、周囲に示しが付きませんわ!」
これに面倒そうに再び視線だけを貴族たちへ向けるパアナ。
「示し……ようするに毅然とした態度を取れ、そう仰っておられるの?」
「その通りです!これでは、あたかも余のような貴族階級を軽んじているかのようで全く受け入れがたい!」
我が意を得たりとばかりに鼻息荒くふくよかな腹を張るアークに、パアナはあくまで冷徹に答えた。
「では、殿下ら王家の方に不敬を働いた罪によりあなた方を処分するよう陛下に献言致しましょう」
「「「「なっ!?」」」」
絶句した貴族たち、わなわなと震えながらアークが唾を飛ばす。
「ふ、不敬!?余らが一体何をしたと言うのです!?」
「第一に、殿下を軽んじた事。第二に、殿下を愚弄した事。挙句の果てには恐れ多くも陛下の御心を勝手に臆断したこと。わたくしは全て確と耳にしました。ここに控えるわたくしの付き人達も一緒に」
パアナは後ろにずらりと控えるお供の者達を閉じた扇子で差しながら言うと、貴族たちは青ざめながらも反論する。
「わ、我々はただ殿下に良かれと思って進言したまでですわ!」
「陛下とて、殿下が庶民の女風情に本気になってると知ればきっとお怒りになられます!」
しかしパアナには取り付く島もない。
「だからそのようにあなた方如きが勝手に決めつけた事を言っているのです」
「しかし我々に王家の方々を貶める意図があったわけではありません!」
「あら、それが故意であるか否かが何か関係ありまして?」
口ごもる貴族たち。それはまさに、彼らが庶民であるエリーに言ったことでもあった。
だがアークはこの状況を打開するかのように怒声を上げた。
「そもそも!何故被害者である余がそのような仕打ちを受けねばならんのだ!?」
「周囲に示しをつけなければなりませんから。あなた方自身が仰ったことですわ」
しかしそれでもあくまでひややかに答えるパアナに、激しく首を振って抗議するアーク。
「それはこの女について言ったのであって我々にではない!」
ついにパアナは呆れたように一つ息を吐くと、諭すように語り掛ける。
「……あなた方、貴族階級と仰いましたが、まさか自分達が王族と対等、とでも思っておられるのではないでしょうね?」
「そ、そのような事は思っておりません!」
「そうですか。ならばあなた方と王族との身分差は、貴族と平民の身分差とほとんど変わらないということは?」
「まさか!そんな!?」
面喰ったように目を白黒させるアーク、これにパアナは軽く片側の口角を上げた。
「宮廷では常識なのですが、あなた方はご存じなかったようですわね。ですがそれが事実です。この学園のクラスが上級・中級・下級の三つに別れているのは、まさにそこに埋めがたい身分の差があることを示しているのです。ところであなた方の中に上級、つまり王族の方はおられますか?あら、おられませんわね」
「……っ!」
わざとらしく周囲を見やる素振りをするパアナはさらに続ける。
「では上級にあなた方の寄親となられてる方は?……やはりいませんわよね?先ほど殿下にあのような申し出をしていたぐらいなのですから。まあ、あなた方程面の皮が厚ければそれもありえたかもしれませんが」
パアナに言われても貴族たちは黙ったままだった。
一呼吸だけ間を開けた後、パアナがゆっくりと口を開く。
「ならばこれでもう言うことはないでしょう。あなた方は不遜にも殿下を何度も虚仮にしました。特に……何ですかあの下品な物言いは!わたくし、あちらで聞いていて怒りで頭がどうにかなりそうでしたわよ!」
「「「「ひっ!」」」」
しかし、彼女が冷静さを保っていたのはそこまでだった。発言の途中でこめかみに青筋が浮かび上がり、同時に縦ロールも再び宙に舞う。
更にはゴゴゴと地響きが鳴り始め、彼女の体に稲光が走り、背後には業火がのぼった……かのように錯覚した。ただ少なくとも、彼女の取り巻き達の発汗量が増えたことだけは事実だ。
「覚悟なさい。軽い沙汰で済むなどと、ゆめゆめ思わない事ですわ」
そして、彼女の怒りもまた本物だった。その怒気に気圧されたのか、アークの腰が抜けてしまう。しかも椅子に着地すること叶わず、地面にへたり込む形となった。
見るに見かねた様子で、未だ怒らせる彼女の肩にオウルはぽんと手を添えた。
「……パアナ、その辺でもういいだろう」
「殿下、しかしですね……」
パアナの発言を遮り、オウルは腰砕けたアークに向かって口を開いた。
「ドーイ君」
「は、ははぁ!」
慌てて土下座するアーク。他の貴族たちもそれに倣う。
「君の損失についてはちゃんと弁償する。だから君もエリーを許して、アフォーナにも謝ってあげて欲しい。それで手を打たないか?」
「手、手打ち……ということで?ならそれで余の罪は……」
「不問に付す。元々この学園は生徒同士の諍いに関して家の格を持ち込んではいけないしね」
これに不満げにパアナは口を尖らせた。
「よほどの事がない限り、ですわ。わたくしはよほどの事が起こったと考えておりますが」
「ま、まあ……こう考える人もいるから次からは気を付けて」
「は、ははぁ!殿下の寛大なご処置に感謝いたします!」
額を地面に擦りつける勢いでアーク等貴族達は縮こまった。
この様子にオウルはほっと一息吐いた後、隣りにいる友人に笑いかける。
「良かったね、エリー。これでもう大丈夫だ」
「ありがとう……オウル君、本当にありがとう……」
「パアナもこれで良いよね?」
今度は逆隣りの婚約者に確認するオウル。
パアナはふんと一息吐いた後、首肯した。
「良いのではないでしょうか?ヤッチャネンさんについてはわたくしも色々と思うところはありますが、冤罪をかけてまで貶めようなどとは考えておりません。むしろそのような卑劣な手を使う方に嫌悪感を覚えますわ」
ぎろりと睨まれ肩を震わせる貴族たち。
「そ、それでは我々はこの辺で……」
我先にと立ち上がったかと思うと、逃げるように立ち去ろうとするアーク達。
しかしパアナはそれを見逃さなかった。
「あら、もう行かれるの?もっとゆっくりなさればよろしいのに。わたくし、あなた方とお話したいことがまだまだ山ほどありますのよ?」
「いえ!お心遣い痛み入りますが、少し急用を……そ、そう!少しでも早くヤッチャネン女史に謝罪しなければと考えまして!」
「あらそうですの。ではごきげんよう、次こそはババを引かないようお気をつけあそばせ」
「め、滅相もございません!失礼致しました!」
顔面蒼白にして逃げていく貴族たち。
その様子に互いの顔を見合わせながらも彼らの取り巻き達が追いかけた。
「ア、アーク様!?待ってくださ……」
「貴様はもういい!破門だ!」
「そ、そんな……」
ゴターも後を追おうとしたものの、アークに拒絶されてしまい呆然とその場に佇んでしまう。
「ゴターさん……」
エリーがゴターに近寄り心配そうに声をかけると、彼は苦笑いを浮かべた。
「いや、これで良かったのかもしれない。俺が無理やりお前を引っ張ってきたりしなきゃこんな事にはならなかったんだ。責任者として、何らかの罰は必要だったんだ」
「ごめんなさい、あたしのせいで……」
「気にすんな。それもこれも含めて俺の蒔いた種だからな」
ゴターはそう言ってエリーの肩に手を置いた。
エリーは驚いたように彼の顔を見て、そして言った。
「え?じゃああの汁もゴターさんの種由来だったんですか?」
「いやお前何言ってんの?」
「だったらもっと早くにイッてくれたら怒られずに済んだのに~」
「だからお前何言ってんの?」
話は少々かみ合わなかったようだが、唇を尖らせ拗ねた様に言うエリーはとても可愛らしかったとさ。




