【1-2】入学した
俺ことヒリア・キョロットルが通うことになった学園イータヴはシメトール王国の首都にある。前世の基準で言うと「高校」に該当する機関だが、一方で俺の年齢は18歳。
いや、別に浪人したとかそういうわけじゃない。この学園の入学資格が原則18歳からなだけだ。
何故18歳から?そりゃ知らん。だけど重要なのは、この場所で起きることは基本的に18歳以上の人達によってお送りされるということだ。ここんとこよく覚えといて欲しい。
それにしても……と、俺は思う。周りにいるのはどいつもこいつも裕福そうな奴らばかりだ。総じて美男美女、というわけではないが皆実に健康的な風貌。そして上品、所作もしっかりしていて、女子達は「ごきげんよう」的な挨拶をしている。うーむ、実にハイソ。
服装は学園指定の制服だ。これを見ると前世の学生時代よりも漫画やゲームの世界を思い出す。ひょっとしたらここは、俺の知らない既存作品の世界なのかもしれないな。
「オッホッホッホッ!ここがアタシの新しい城ね、メイ?」
「左様でございます、お嬢様」
突然、どこぞのやんごとなき雅なマロを彷彿とさせる高笑いが聞こえた。
驚いて目をやると、黒の手袋越しに持った扇子で口元を覆いながらカラカラと笑い続けている女子がいた。見るからにヤベー奴だった。
あ、こいつらが何言ってるかわからんだろうからテキトーに意訳しておくと……え?普通に日本語で認識できてる?しかも新しい城がどうとかって……ちゃんと俺が翻訳しようとした通りに伝わってるのか。どういう理屈か知らんがとりあえず手間が省けて助かる。
で、話を戻すとそいつは地面を擦りそうな……というかぶっちゃけ擦ってる毛皮のロングコートを羽織った女だった。言っとくけど今は春であんなクソ暑そうなものを着る時期じゃない。勿論他は誰も着ていない。だけどその隙間から覗くのは学園指定の制服だった。つまりこいつも同じ生徒ということらしい。
茶色の髪はいかにも中世ヨーロッパ的な巻き髪で……といいたいところだがこりゃどっちかっていうとキャバ嬢みたいな盛り髪だな。まさかこんな夜の蝶みたいなんに日中の異世界で遭遇するとは思わなかった。しかもお日様に弱いのかサングラスをかけてる。ていうかこの国にそんなもんあったん?
他の女子達がしずしずと歩いているのを後目に、キャバ嬢は一人コツコツと尖った音を立てながら歩く。それはこいつだけヒールを履いているからだった。
言うまでも無い事だが、この女は相当目立ってる。勿論悪い意味で。みんな何か珍獣でも見るような目を向けている。キャバ嬢の視線はサングラスで覆われているためわからないが、お高く留まっている様子だけは余裕で伝わってきた。
彼女のすぐ後ろには控えめな態度で一人の女子が付き従っている。栗色の髪の毛をサイドテールにしている彼女は、先ほどの様子からすると名前はメイというのだろうか?両手で二つの鞄を抱えていた。おそらく前を歩くキャバ嬢の分も持たされているのだろう。
「あ」
「あ」
歩調が合わなかったのだろうか、先ほどメイと呼ばれた女子がロングコートの裾を踏みつけた。そのせいでそれまで悠然と闊歩していたキャバ嬢がひっくり返る。大股おっぴろげてのすってんころりんだったのでパンツが見えた……トラ柄だった。一種のラッキースケベ現象なのに、どういうわけか驚くほど興味をそそられないっちゃ。
「まあわたしったらなんてことを」
棒読みのようにも聞こえたが、サイドテール女子が両手で口元を覆った。当然、それまで持っていた鞄が二つとも落ちる。下には転んだキャバ嬢の顔があった。直撃した。「ぐえっ」とひしゃげた悲鳴がした。
どっちかっていうとこの事の方に興味がそそられてきた。
「あんたどこに目ぇつけてんのよ!?」
すぐに立ち上がり、怒りの形相でお付き女子の胸倉を掴むキャバ嬢。一触即発の様子だが、語尾が「っちゃ」じゃないだけで安心感がすごい。
「申し訳ございません、お嬢様」
メイは素直に謝る。が、特に慌ててる様子はない。怯えている様子もない、それどころか反省している様子すら見えない。
「謝って済む問題だと思ってんの?」
凄むキャバ嬢、だがメイはあくまでしれっとしている。
「お嬢様のあまりにもの美しさ、神々しさが眩しく少々目がくらんでしまったもので」
「……ならしゃーないわね」
しゃーないんかい。
どっちにしろ鞄を顔面に落とした言い訳にはなっとらんと思うけど?
「次は気を付けなさい?」
「はい、勿論です。あ」
「あ」
手を離し再び歩きだそうとしたキャバ嬢。と、今度は落ちた鞄を拾おうとしたのか屈んだメイがロングコートの裾を掴み、またキャバ嬢を転ばせる。
……いや、あれわざとじゃね?
「まあわたしったらなんてことを」
「ぐええ」
しかもメイは鞄を二つ拾った後、またわざわざさっきと同じようにキャバ嬢の顔面に鞄をドサドサ落とした。いやもうこれ完全にわざとでしょ。
「……」
「申し訳ございませんお嬢様、まだ目がくらんでいて手元が狂ってしまいました」
青筋を立てながら胸倉を掴むキャバ嬢に、あくまで飄々とした態度で言い訳するサイドテール。
「……だったらアタシから離れなさい!いいわね!」
「はい」
「全く……」
吐き捨てたキャバ嬢はメイを残し一人先行する。
「あ」
が、感情が昂っていたせいか今度は自分でコートの裾を踏んでしまい、顔面をしたたか地面に打ち付けた。
「……アホなん?」
それが俺の、彼女に対する第一印象だった。
ちなみにサイドテールは助けもせずスタスタ去って行った。鞄を一つ元の場所に置いたまま。