【2-6】登場予定人物紹介回だった
この学園の敷地内には多目的ホールのようなものが点在する。それぞれの使用用途は様々のようだが、三つの校舎に挟まれるようにして建っているこの宮殿のような建物に関していえば、通称サロンと呼ばれていることからも察せられるようにお貴族様たちの模擬社交界の舞台、或いはマウント合戦の戦場として利用されているようだ。
放課後である今はまさにその時だった。
そのラウンジに当たる部分には既に多くの生徒たちが集まり、賑わいをみせている。
「まさか初日からバックレるだなんてな。お前の事もっと無難な奴だと思ってたのに」
そんなサロンの壁にもたれかかりながら周囲をぼーっと眺めていた俺に、カイ・セッタントが喋りかけてくる。
俺はちらりと一瞥した後に、ぼそりと口を開いた。
「のっぴきならない事情があったんだよ」
「まさか女絡みだったりしないよな?」
「まあ女っちゃあ女だな、あれも」
カイは一瞬色めき立つものの、気だるげな俺の態度から何かを察したのか一気にテンションを下げた。
「何だよその言い方、相手はおばさんとか?」
「確かにババアとか言われてたけど」
「酷いなそいつ」
「あ、いやメスブタだっけ」
「人でなしかよ。相手はちゃんと選んだ方が良いぞ」
「まあ人は人だったからセーフだろ」
正直カイがどっちに対して言ってるのか定かではないが、少なくともどちらも人間であることに違いはない。多分。
「だけどマズったな。昨日はあれからここでお貴族様たちのお披露目があって、大半の奴はそこで所属先を決めちまったぞ」
カイがそう説明してくれているように、サロン内部では大小様々ではあるものの人の塊が出来ている。規則なのか全員制服姿で見分けはつきにくいが、どうやら一人の上級の生徒を囲むようにして数人の中級が、そしてさらにそこに控えるようにして下級の生徒が集っているようだ。おそらくこの辺は既に主従関係が出来上がってるのだろう。
「そういうお前は?」
とはいえ所在なさげにうろつく生徒の姿もちらほら見受けられる。大体は下級の生徒で、未だ所属先が見つかっていないようだった。実際俺の隣でぼっちしているカイもそうなんだろうと思ったのだが、こいつは実に得意げに鼻を鳴らしやがった。
「俺の場合は元からツテがあったからな。俺のというか親父の、だけど」
何で親のコネでそんなにドヤれるのかわからんが、まあこの感覚自体も前世由来なのかもしれない。この世界では実力云々よりも家柄の方が重視される傾向が非常に高い。
もっともこれは前世の世界であっても表向きは実力主義が叫ばれているだけで実際は必ずしもそうではなかったりもするのだが、どのみち実力も何もなかった俺みたいな人間からすれば無関係な話だ。自分で言ってて泣きそうになってくるが。
「言っとくがお前を従者に推薦してやることは出来ないからな。そんな権力俺にゃあねぇ」
「ハナから期待してねーし」
何故か哀れみを込めた視線を送ってくるカイ、まるでお前なんぞ誰からも相手にされねーぞ可哀そうにとでも言わんばかりに。
俺もちゃんと所属先決めてるから余計なお世話だと言ってやろうかとも思ったが、どちらかというと恥ずかしい気持ちの方が強いのでやめた。だって相手は誰?って聞かれたら困るし。
だがカイは俺の投げやりな態度を別の意味に捉えたようだ。
「まあ拗ねるなよ。代わりに参考になりそうな情報をお前に与えてやろう」
「情報?」
「ああ、有力貴族……つまり上級の情報や、現在の勢力図、等をな」
俺はここにきて初めてカイの話に真剣に耳を貸すことにした。
「ほう……一聴の価値はありそうだ」
昨日の件からいっても、おそらくここでのお嬢の評判は最悪だろう。何せ次期国母とも目されているパアナ様に正面切って盾突いたのだから。
だが逆の見方をするならば、パアナ様或いはオーテンバー家をあまり快く思ってない人からすればその限りではないかもしれない。ひょっとしたらその意気やあっぱれと評価してくれている可能性すらある。
お嬢も伯爵家のご息女ではあるものの、所詮は中級。いずれは上級の傘下に入らないことにはこの先やっていけなくなることが予想される。というか、何か強力なパトロンでもいない限り下手すりゃ早期追放の憂き目にあう危険性もあると俺は見ている。
個人的には最悪そうなったとしても味噌汁さえ確保できたら問題ないのだが、現状正規の従者ではない以上その時ヤッチャネン領まで一緒に連れて行ってもらえるかどうか疑問が残る。
最終手段としてはお嬢に文字通りこの身を捧げて男妾になる覚悟も無きにしも非ずなのだが、出来る限りそれは避けたい。なるべく普通に取り入って家族の一員になることが理想だ。
そのために必要なのは一日でも長く学園生活を引き延ばしその機会を増やすことであり、そしてそれを実現させるための最適解がお嬢でも受け入れてくれる上級の寄親を見つけること、俺はそう考えていた。
なので、このカイの申し出は渡りに船だった。
「じゃあ手始めに目についたところから言うと……あそこで偉そうにふんぞり返ってる女性がいるだろ。あれはケヴァン公爵家ご令嬢レディス様、多分今期の中じゃ一番の武闘派だ」
カイは顎で指した方向には大型のソファーの中央で座っている……いや、ふんぞり返っている女性の姿があった。
燃え盛るような赤髪の彼女は上級貴族とは思えないほどガラが悪く、目つきも悪い。脚も組んでいるのだが、そこでスカートの丈が他の生徒たちに比べてやたらと長いことに気づく。
「ケヴァン公爵っていうと、南の方の?」
ケヴァン公爵家が治める領地は赤道にほど近い位置にあると聞いたことがある。髪だけでなく肌もやや赤みを帯びているのも気候的な理由なのかもしれない。
「そう、南蛮国を抑える要地の方だ。そのためかレディス様ご自身も女だてらに滅茶苦茶気性が荒い。見ろ、周りの取り巻き達も皆こぞってタチ悪そうな顔してるだろ」
「お前も中々言うよな」
カイの毒舌に呆れてはみたものの、実際のところこいつの言う通りだ。取り巻きはほとんどが男性、それもほぼ全員ガタイが良く人相が悪い。どうしてこんな連中が煌びやかな当学園にたくさんいるのかはわからんが、まあうちのお嬢なんかを見てもわかるように貴族にも色々あるのだろう。
「宮廷の貴族は洗練されているけど地方の貴族はそうでないってわかる格好の事例だな。ま、それは入学式の時にはわかったことだけど、ああいうところは基本的にお勧めしない。どんな扱い受けるかわかったもんじゃないからな」
「……そうだろうなあ」
カイは明らかにうちのお嬢を示して言っているが、まあこれについても仰る通りと言わざるを得ない。実際俺は既にセクハラ三昧受けている。
「打って変わってあちらにおられるスカート達に囲まれた唯一の麗しきズボン、彼女がズカータ大公家ご令嬢カーラ様だ」
「彼女?女性なのか?」
次にカイが示した先にはやはりソファーの中央に座っている青髪ショートカットの中性的な人物が。ただ先述したケヴァン公爵令嬢とは違いその所作は実に洗練されており美しい、まるで物語の中に登場する王子様のように。彼――いやカイ曰く彼女もまた脚を組んでいるのだが、そこから覗く下衣が確かにズボンだったのだ。(*1)
俺も聞いたことがある、さる高貴な身分の淑女に男装の麗人がいると言う事を。誰かとまでは知らなかったがそれがまさか大公家のご令嬢でしかも同世代だったとは。世間とは広いようで狭いものである。
「そう。見た目男性のようでもあるけど正真正銘の女性だよ。もっともあれを見てもわかる通り、ご趣味の方は同性だと公然の噂だけどな」
「男性の従者が誰も取り巻いてないのはたまたまじゃないってことか」
ケヴァン家令嬢とは正反対に、ズカータ大公令嬢の周りには女性しかいなかった。ほとんど女性、ではない。全員女性なのだ。ひょっとしたら女装している男子生徒も混じっているのかもしれないのだが――
「カーラ様の男嫌いは筋金入りで、男性は人っ子一人身の回りにおかないらしい。多分オウル殿下であっても近づくのは簡単じゃないだろうな。どうしてもの時はガーヴ公爵家ご令嬢ラズル様が代理に立つそうだ」
――カイの言う事が正しければそれも無いのだろう。
それにしても……
「公爵令嬢が大公令嬢の下についてるのか?」
俺の疑問にカイが頷く。
「まあ表向きは対等な関係なんだろうけど、実質そんな感じらしい。今カーラ様の右隣でうっとりしてる人がラズル様なんだけど、見ろよあの表情。もう完全に落ちちゃってるだろ」
「ふうむ」
確かにカイの言う通り、カーラ様に肩を抱かれている女性はうっとりとした様子で身を委ねていた。遠目からでもその目がハートになっている様子が伺える。ちなみに、カーラ様の左隣には誰もいないところを見るとこれがラズル様の――上級の特権なのだろうか。
「というわけで大公令嬢の配下は全て女性のみで構成されているからお前があそこの輪に加わろうとしても無駄だから諦めろ」
「いやまだわからんだろ。ワンチャンハーレムが……」
「で、あっちの華やかな集団の中央におられるのがロジゴ公爵家ご令息ヨキヤ様。宮廷貴族であの通り女性人気も高いんだが、問題は既に婚約者がおられるんだよな。しかもこの学年の中級に」
俺のハーレムチャンスを完全に無視したカイが次に教えてくれた人は……正直探し当てるのに苦労した。というのも周囲の人だかりで指された人物が見えづらかったのだ。彼らは時折うぇーいうぇーいと奇声を上げて騒ぎ立てている。その一角だけクラブで盛り上がってるかのようだ。
角度をあれこれ変えてようやく発見したその人物もまたソファーで寛いでいた。ひょっとしたらソファーを使うのは上級の特権なのかもしれない。俺みたいなんが勝手に座ったら打ち首獄門されかねないので注意しよう。
「どっちの人が婚約者なんだ?」
そこにいた如何にもチャラい面持ちの茶髪男性もまた女性の肩に腕を回していた。それも両手に花。まさか二人も婚約者がいるということもあるまい。いや、この世界ではあってもおかしくないのか?
「……実はあのどちらでもない。あちらにいるのがその婚約者」
カイが顎で指した先には一人の女性が壁を背に飲み物を飲んでいた。下級と思われる取り巻き自体は従えてはいるものの、誰とも絡まずにぽつんと一人で冷めた視線をヨキヤ様に送っている。
「ご覧の通り、あまり良好な関係とは言えないらしくてな。ま、婚約って言っても家が勝手に決めたことだろうからそういうことがあっても不思議じゃないんだろうけど」
ところでヨキヤ様一派の男女比率は3対7といったところか。女性比率がやや高いがレディス様やカーラ様のところほど極端ではない。そして男女共垢ぬけた人が多く美男美女率も高いのが特徴的だ。多くの男性陣は複数の女性陣を囲っており、また中級と思われる女性陣はイケメン達を侍らせている。その一方一部のあまりパッとしない見た目の男性陣は直接的には絡まずに給仕をしていた。何というか実にわかりやすい構図で胸が苦しくなってくる。
「方やあちらのお二方も婚約者同士だが、とても仲睦まじい様子だろ?ルチーギュ公爵家ご令息ノーマ様とラァ様だ」
次にカイが説明してくれた公爵家のご子息はヨキヤ様と正反対ともいえるほど純朴な感じの好青年風だった。ソファーに座って寛いでいない点も好感がもてる彼は、かけている眼鏡越しにもわかるぐらい優しそうな眼差しを隣にいる婚約者に送っていた。
彼の周りにいる人々も男女共控えめな感じの人が多い。男女比はヨキヤ様のところとは逆に7対3といった印象で真面目そうな彼等は間違ってもうぇーいなどとは言わないだろう。何というか、実に住み分けが出来ている感じがする。
「ちなみにノーマ様は俺の主君の寄親役でもある」
「だったらお前、大ボスほったらかしにしてこんなところで油売ってて良いのか?」
俺の当然の疑問にカイは首を振った。
「俺の主君は今あそこにいらっしゃらないんだから寄子の従者が赴いてもしょうがないだろ。第一、あんなラブラブなところにお邪魔しちゃ悪いじゃないか」
カイの言う通り、ラァ様の方も実に楽し気に微笑んでいる。周囲の連中と違い……と言ってはさすがに失礼だろうが、彼女だけが他とは一線を画す美女だった。艶やかな黒髪ロングの彼女は清楚な面持ちである一方で制服越しからもわかるくらい出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという、これも言い方が悪いかもしれないが実に男好きする体形が透けて見える。彼女のような人を婚約者に迎えられるだなんて、ノーマ様は一体前世でどんな得を積んだのだろうか。俺ももっと人に優しく生きてたらこんなしょーもないモブキャラに転生せずに済んだのだろうか。悔やんでも悔やみきれない。
「で、俺としてのお勧めはあのノーマ様だな。さすがにノーマ様ご自身の従者というのは難しいだろうけど、傘下に入った中級の方々ならまだチャンスはあると思うぞ」
「おすすめの理由は?」
「ノーマ様は上級の中でも一番温和な人と言われている。というか、他は割と癖の強そうな方ばかりだからな。特にお前みたいな何の特徴もないような奴は消去法でそうなる」
えらい言われようだなと思う一方で実際その通りなのが悲しい。もっとも、誰よりも癖の強い令嬢に既に仕えてる身ではあるのだが。
「温和っていえばオウル殿下はどうなんだ?」
入学式の一件で、王子がこの学園内における身分差を撤廃しようとお考えだということがわかった。
だがこの場にオウル殿下の姿は見当たらない。
俺の問いかけにカイは肩をすくめた。
「入学式での立ち回り見ただろ?多分あの方は誰も従者にしないし傘下にもおかない」
「でもあの方にも婚約者がいただろ?少なくとも協力関係にはなってるんじゃねーの?」
そもそも誰も身の回りにおかない、などという事が王位継承権第一位の方に可能なのだろうか。言い方を変えれば、それが見過ごされるのだろうか。少なくとも、婚約者であるパアナ様からすれば全く他人事ではない筈だ。
今度は頭を掻きながら、カイは唸った。
「うーん……そこんとこはよくわからんのだよなあ。でもパアナ様もお勧めだぜ?入学式にあんなことがあったけど、本来はとてもしっかりされたお方だ。それに、現時点をもってして最大規模の勢力を誇っているのも強みだな。何かと色々便宜を図ってもらいやすい筈だ」
「ふうむ……」
やはりパアナ様が最大勢力なのか……大公家令嬢のカーラ様は女性のみということで必然的に間口が狭まってしまっており実のところ総数はそれほど多くない。これはほぼ屈強な男性しかいないレディス様のところも似たようなものだ。ヨキヤ様のところとノーマ様のところはむしろ多い部類だと思ったのだが、パアナ様傘下はこれ以上ということか。
「ま、大体そんなところだ。上級にはもう一人いらっしゃる筈だけど、あまり表に出てこられないらしいのでどうしようもない。だから実質二択……いや、せいぜい三択か。ノーマ様かパアナ様、百歩譲ってヨキヤ様傘下の誰かってとこだな」
俺の考えではまず真っ先にパアナ様は除外される。どう考えても普通に無理だし。カーラ様も男の俺がいる時点で不可能。とすれば残るはレディス様、ヨキヤ様、ノーマ様。
カイの言う通り俺としてはノーマ様の下につくのが一番落ち着きそうなのだが肝心のお嬢と折り合いがつくとは全く思えない。むしろ浮きまくって収拾がつかなくなる事必至だろう。
「ちなみにノーマ様とパアナ様は昔から大変仲がよろしいそうでな。だから何かあった時はパアナ・ノーマ連合なんてのも見られるかもしれない、それがノーマ様配下になることの強みでもある」
しかも更なるこの追加情報のお陰でノーマ様の線も実質無くなってしまい、残りは二択。
ではレディス様だが、こっちもこっちでどうなるか全く読めない。上手くいけば無二の親友のようになるかもしれないが、下手すれば犬猿の仲になっていがみ合う危険性もある。更に言えばガチムチでない俺と女性のメイ先輩がどういう扱いになるかも不透明だ。
そして最後にヨキヤ様だが、体つきだけは生意気にもエロいお嬢を気に入ってくれる可能性は高いと俺は踏んでいる。彼に手籠めにしてもらえば今後俺の身の危険も減るだろうし、是非一番にヨキヤ様を推薦したいところだ。ネックがあるとすれば俺がイケてないことなのだが、さっきの様子を見るに一部の地味な男子は小間使い役をさせられているようなので俺の居場所がないわけではなさそうだ。あかん、また自分で言ってて泣きそうになってきた。
ただ、先輩がどうなるかがわからない。彼女はそれなりに器量良しなので重宝されるだろうが本人がそれを良しとするかは全くの未知数だ。また突飛な奇行で周囲から煙たがられてしまう可能性は大いにあるし、そうなってもお嬢は先輩を嗜めなどせず高確率で彼女と一緒になって暴走してしまうだろう。だとすれば、結局居場所を失うことになる。
つまり、どこに行っても問題ありというわけだ。前途多難である。
「あ、間違ってもパアナ様やカーラ様に目を付けられるような真似はするなよ?その時点で学園生活はおしまいだと思っておいた方がいい」
実際その通りだ。正直言ってもう詰んでる感がある。
……まあ、お嬢がやべー奴だとわかった上で近づいた俺の自業自得ではあるのだが。
そんな事を考えてると、突如場がざわついた。楽し気だった雰囲気の中に、何かの異物が紛れ込んだかのように。
その異物とは、まるでキャバ嬢のような盛り髪をした、肌年齢が高めの女性――アフォーナ・ヤッチャネンその人である。
「……お、噂をすれば。あのやばい伯爵令嬢、満を持してのご登場だ」
そう、お嬢がやってきたのだ。どうやら昨日は九死に一生を得たらしい。
実のところ授業が終わった後俺もお嬢の控室へと赴こうと思ったのだが、メイ先輩にやんわり断られてしまい先に現場に入ったという事情がある。その時はもう既にお嬢はこの世にいないのだと察したのだが幸か不幸か予測は外れていた。
まあ冗談を抜きにして言えば、色々ひん曲がってはいるもののお嬢もレディーなわけなので男性の俺にノコノコついてこられても身支度等に支障が出てしまうとのことらしかったのだが。
ただぱっと見た感じ、どんな支度をしてきたのかはわからない。昨日との差は、趣味の悪いコートとダサいサングラスをつけていないことぐらいか。
……と、思ってたら何やらしきりに腰……いや尻をさすってる様子が伺えた。どうやら昨晩あれからメイにこっぴどくケツを叩かれたようだ。なるほど尻の治療の事を考えたらさすがに俺は同席できないわな。
現れたお嬢に対する周囲のリアクションは大きく二通りだ。一つはあからさまに奇異の目を向ける者、もう一つは気にしないよう振舞ってはいるもののチラチラと視線を寄こしている者。全体的に見てお嬢を全く気にしていないというものはほとんどいない、いやはやとんだ有名人だ。
その一方でお嬢に近づこうとする人物もいない。俺のように従者になることを直談判する者もいなければ、クラスメイトである筈の中級の生徒も遠巻きに眺めているだけだ。どうやら案の定、お嬢はクラスで孤立しているらしい。ひょっとしたらいじめられてるのかもしれないが、まあお嬢の性格上絶対にやり返さないわけがないだろう。何せ次期国母最右翼たるオーテンバー家のご令嬢にだって平気で喧嘩を売ってるわけだから。
そんなお嬢はガンを飛ばすかの如く厳しい視線をあちこちに送っていた。不幸にもその先にいた人はスッと目を逸らし気配を消している。さすがは難関校の試験をパスした生徒たち、獣の対処法を良く心得ておられる。
例外はレティス様とヨキア様ぐらいだった。レティス様はあからさまにお嬢に対しメンチを切っているし、ヨキヤ様は何かおもしれー女を発見したかのようにニヤニヤと笑って取り巻きの女性陣から不評を買っている。
ああもう一人いた。その人物と目が合うとお嬢はツカツカと歩み寄る。相手もまたお嬢の行動に気づくと正面を向いて迎え撃とうとしていた。
そう、その相手とはパアナ・オーテンバー公爵家令嬢。昨日の諍いは聖女の介入でうやむやになったと思っていたが、どうやら遺恨が残っていたらしい。或いは、その後の事が理由なのかもしれないが。
案の定、二人はそこで早々に言い争いを始めた。さすがはお嬢。到着するや否やすぐに問題を起こそうとする。
「うわっ、あのヤバ令嬢……まーたパアナ様に食って掛かかってるぞ。昨日ここに来てなかったから反省でもしてるのかと思ったけど、よくもまああんなふてぶてしい態度を取れるもんだ。見ろよ従者も一人しかいない、そりゃあんなところに所属しようなんてアホはそうはいないよな」
「だろうなあ」
まあそんな奴はここにいる一人だけだろうな。自分人生をアホのために捧げるようなアホは。
と、突然カイが身を竦めた。何故なら唐突にお嬢がこっちの方を睨みつけたきたからだ。
「……って、おい?何かこっち見てないか?まさか今の話聞こえた?え?あ、怒ってる?ひょっとして目ぇつけられた?やっべ!」
「終わったな」
慌てふためくカイとは対照的に俺の心は凪のようだ。もうどうにでもな~あれ♪という心境である。
「そ、そんなこと言わずに助けてくれよ!?誤解だって、あなたの悪口言ってたわけじゃないって口裏合わせてくれ!」
「やんねーよ、そんなこと」
「冷てえ奴だな!見損なったぞ!」
「いやもともと見下してただろ」
「それは否定せんけども!」
「否定しろや少しは。まあどっちみち必要ねーよ」
「何でだよ!」
カイは尚も食い下がる。どうやらこいつはまだ気づいていないらしい。
お嬢の視線が、明らかに俺に向いていた事を。
「ヒリア!そんなところで何やってんの!さっさとこっち来なさい!」
ざわりと、周囲の視線が一斉に俺へと集まった。
「だって終わったのはお前じゃくて、俺だから」
これでもう、後戻りは出来ない。
俺があのアホ役令嬢、アフォーナ・ヤッチャネンの関係者であることが羞恥の事実となってしまったのだから。
(*1)ダジャレのつもりは一切ありません。本当です。




