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【2-4】お嬢の寝室はこっちだった

「で、ナニコレ」


 俺の顔の横ででっかいケツが喋った。

 いや、正確には俺の背中に顔をひっつけたお嬢の口から出たものなのだろうが、彼女を肩に担いでいる俺からはその様子は確認できていない。なのでケツが喋ったものとみなして俺はケツに答える。


「だっこですが」


 実際抱きかかえてることに違いはない。

 だからだろうか、お嬢も納得したようだ。


「いやこれ荷物の持ち方じゃない」

「そうじゃないんすか」

「あんたアタシのことお荷物って思ってるんじゃない」

「そうじゃないんすか」

「さっきからそれどーいう意味で言ってるのよ!はっきり否定してくれない!?結構傷つくんだからさあ!」

「重てー女だなあ」

「それもどっちの意味!?体重!?性格!?いやどっちも傷つくんだけど!?」

「だからって俺のケツ叩くの止めてもらえます?傷つくんですけど身も心も」

「わかったわよ!揉めばいいんでしょ揉めば!」

「んなわけねーだろ触るなっつてんだよ」


 泣き言言いながら俺のケツをペシペシ叩き始めたお嬢が尚もセクハラ度数を上げようとしたのでここは毅然とした態度で拒絶しておく。


 それにしてもこの「じゃない」っていうのは否定なのか肯定なのか疑問なのかわかりづらいよね。え?それも日本語の話だし翻訳の過程でお前が勝手にやってるだけじゃないかって?そうじゃない


 まあお嬢が令嬢界やヤッチャネン家のお荷物であろうがなかろうが今の俺には関係ない。とりあえず味噌汁さえ確保できりゃそれで良いのだ。そのためなら体重も性格も重くても何とか我慢できるというもの。


 とはいえお嬢の太ももはぶっといので手を回しづらく、実のところこの抱え方をするのもしんどかったりする。体勢を立て直すべく一度大きく肩でバウンドさせるとグエッという嗚咽が漏れた。


 一瞬ゲロ吐かれるじゃないかと肝が冷えた。メイ先輩曰くアルコールは入ってないようだがあれだけ重そうなものをたらふく食べた挙句あのわけのわからない液体を飲んでいるのだ、いつ何が起こるか分かったもんじゃない。だからこそ何かあった時に一番被害が及ばなそうな運び方をしているわけだが。これなら体勢の都合上、ぶちまけられることがあったとしても大半は床にそのまま落ちるだろうから。後、首を絞められるのも嫌だったし。

 

 だがお嬢からすればお世辞にも快適な状況とはいえないのだろう。背中で不服そうにブツブツと文句を垂れだした。


「全く、主君をこんな雑に運んで……一体誰があんたをあちこち運んでやったと思ってんのよ」


 言われてみて気づいた。勝手に誰か力持ちが運んでくれたものと思ってたが少なくともお嬢の下に従者は先輩しかいないのだ。


「……そういえば誰なんですか?」

「アタシしかいないでしょ」

「お嬢自ら?」


 これには正直驚いた。関係性のしっかり構築できてるメイ先輩相手ならともかく、今日出会ったばかりの、それも配下である俺のために貴族令嬢御自ら手を煩わせてくれていたとは。


「だってしょうがないじゃない。メイにそこまでの力ないんだから」

「お金も無いんでしたよね」

「あるっちゅうねん、そんなことに使う必要なかっただけ」

「まあ、それに関してはありがとうございます。助かりました」


 そもそも誰のせいであんなことになったと思ってんねんと喉まででかかったが、助けてもらったことに違いはないのでここは素直にお礼を言っておこう。


「ふん……まああんたもアタシの家族になるかもしれないんだしね」


 すると少し照れたような、そんな声色でお嬢が答える。同時に、どういうわけかケツを振り始める。これはあれか?犬が尻尾振るみたいなもんか?


「ちょっとお嬢、あんまり暴れないで下さいよ」


 ケツがボンボン俺の側頭部に当たるんだよ。


「窮屈なんだからしょうがないでしょ!言っとくけどアタシのお尻に触ったらどうなるかわかってるでしょうね!?」

「言われなくても触りませんよ」

「撫でてもダメだし、叩くだなんてもっての外よ!?」

「わーってますって」

「いい!?振りじゃないからね!?絶対に、ぜーったいにアカンからね!」


 しつこい。苛つくので思いっきりひっぱたいてやろうという衝動に駆られるが、どんな目に合わされるかわからんので自重した。


「……どーして触んないのよ!」


 にもかかわらず理不尽な事を言い出すお嬢。


「触るな言うたんあんたやろ」

「振りに決まってんでしょ!」

「振りじゃない言うたやろ」

「振ってんでしょ!こんなにもお尻を!」

「あんた本当は酔ってんだろ!」

「酔ってないわよ!」


 やっぱりアルコール入ってるやろ。素面でこんな事出来る人間が世の中にいるわけがない……などと思ってみたものの、つい半日前俺の唇に吸い付いたまま腰振ってたアホがいた事を思い出し、やっぱり本人の申告通り酔っぱらってないのだろうか。だとするとそもそも何で俺がこんな目にあってるのかよくわからんくなってくるが。


 こいつが酔っぱらってようがなかろうが仕事諸共ぶん投げてやりそうになったが、幸か不幸かもうお嬢の寝室に到着してしまったので未遂で済んだ。


 室内は薄暗い。ベッドの枕元にある小さなランプが灯ってはいるものの光量は小さく部屋全体を見渡せるほどではなかった。


「お嬢着きましたよ」

「ベッドに寝かせて頂戴」


 俺は荷物を降ろそうと少し体勢を前かがみにした。すると――


「うわっ、ちょ!?」


 ――お嬢が降り際に俺の頭を抱えたため諸共一緒にベッドへと横たわってしまう結果となる。

 俺は丁度彼女の胸元に顔をうずめる形となってしまった。思ってた以上に大きいらしく心地の良い弾力だ。ただこれが元々でかいのか寄せてあげまくった結果なのかは知らない。


「いやん、大胆ね」


 何がいやんじゃ!嫌なんはこっちじゃ!


「いや、お嬢が引きずり込んだんでしょ……って、ちょっと離してくださいよ」


 抱えられたのは頭だけじゃない。体もだ。いつの間にか足も絡められカニばさみされていた。


「アタシ言ったわよね?触ったらどうなるかわかってんでしょうねって。そん時は普通に帰してあげたのよ」

「どんなトラップだよ!」


 ていうか絶対嘘だろ。初めからこのつもりだったんだろ!


「そもそもあんたが言ったんじゃない、アタシが欲しいって」


 今更そんな(体感)10か月も前の事を言われても覚えてない。


「言ってませんよ、いただきたいって言ったんです」

「同じ意味じゃない」

「そうですよ、違う意味ですよ」

「いい加減しつこいそれ。つまんないだけ」


 なんてこと言うんや。こっちはおもろい思って言っとんねや。一人ぐらい楽しんでくれてる人おるわ。多分。

 ……とはいえあまりこのネタを引っ張り過ぎても表現上ややこしくなるだけなので「じゃない」論法はこれで終わりにする。決してしつこいしつまんないって言われて傷ついたわけじゃないんだからね。


 だがいずれにしろ違う意味というのは事実だ。


「いや本当に……大体それもう誤解ってわかったでしょ?」

「でもあんたがアタシのファーストキスを奪ったのは事実よ」


 そう言われてしまうと俺としても言葉に窮する。


 そう、残念ながらその件自体は本当なのだ。本当の本当にファーストキスだったかどうかは知らないが、腐った伯爵令嬢の唇を汚してしまったのは俺なのだ。本当の本当の本当に汚したのはさっきの油コッテコテの料理の方だったとしても、そんな拭けば元通りになる類のものでもない。さすがの俺も、この事ばかりははぐらかせない。


「そ、それは事故で……」


 とはいえ所詮は苦し紛れの言い訳、そんなものが通用するわけなくお嬢の圧は増す一方だ。


「関係ないわ、責任取りなさい」

「わかってますよ、明日からちゃんとお嬢の従者やりますから」

「駄目よ!今すぐに取りなさい!アタシの体に火をつけた責任を!」


 ほらやっぱりこうなった。

 お嬢の方が下から俺の唇を激しく求め、油まみれの唇が俺に迫る。この様子じゃ俺の背中は油汚れしてないらしい。良かった、お嬢を担いでる時服で口を拭かれないか心配してたんだ。


 だからと言って俺の口でお掃除してやるつもりもなく、首を思いっきり右に左にと動かし何とか避ける。

 というかどう見ても男女逆の絵だよねこれ。


「ちょっ!?お嬢やめてください!マジでやばいですって!」

「心配いらないわ!酔った上でのことよ!記憶なんて残らないから!」

「いやあんたさっき酔ってないっていったやん!」

「そんなの酔っ払いの戯言に決まってるでしょ!」

「都合良いな!?」


 最早本当に酔ってるのか酔ってないのかわけわからんことになってるお嬢。


「あんたみたいなもんがアタシのような若くて美しい貴族令嬢と関係持てるチャンスなのよ!?何を嫌がることがあるっての!?」

「あんたみたいなもんと関係持ちたくないから嫌がってんすよ!」

「わかる、わかるわ。恐れ多いのよね」

「めっちゃ恐えーのは確かだけども!」


 だが自分に酔ってることだけは確かなようだ。自己評価が謎に高すぎて正当な自己分析ができておらず人の気持ちがまるでわかってない。

 

「だけどこれもアタシと家族になるためには必要なコトなのよ!」

「こんな後ろ暗い家族計画間違ってるから!」

「何よ、じゃあ明るくすれば良いっての!?」

「もう何したって無理っすよ!」


 こんな状況でにこやかになれるわけねーだろ!事実お嬢が興奮のせいか変顔状態になってても全く笑えないし、アホだから避妊の用意なんかもしてないだろうから明るくなる要素が無い。


 更に言えば――

 

「お嬢マジで止めましょうって!また先輩に怒られますよ!」

「大丈夫よ、今頃あの子呑気に食事の後片付けやってるから気付きゃしないわ」

「いやもうバレてますから!」

「ないない、あの子ぼーっとしてるし」

「だからそんな話じゃないんすよ!」

「言っとくけどチクっても無駄よ。女性で主君のアタシと男で従者のあんた、どっちを信頼するかは一目瞭然でしょ」

「いやだからそんな次元の話じゃなくて!」

「じゃあ一体何なのよ!この期に及んで!」


 刻一刻と迫り狂うお嬢の唇。俺は必死の思いで彼女の顎を抑えるものの、力の差は歴然。

 このままでは逃げ切れないと判断した俺は、ついに核心に触れた。


「彼女、俺の後ろにいるんですよ!」

「……え?」


 これでようやくお嬢の動きが止まる。


「お嬢の寝室なんて知らない筈の俺がどうやってたどり着けたと思うんすか。普通に先輩に先導してもらったからに決まってるでしょ」


 お嬢が恐る恐る視線を俺の背後へと送る。


 お嬢が凝視した先にはメイ先輩がいた。ほの暗い空間で、まるで幽霊のように佇む彼女は能面のように感情の無い表情でお嬢をぼーっと見返していた。

 

 突如、お嬢が金切り声を上げた。


「……メ、メイ!丁度いい所にいたわ!助けて!ケダモノに襲われてるの!」

「ほんと清々しいぐらい当たり前に濡れ衣着せてきよるな」

「ほら見て、アタシ馬乗りにされちゃってる!恐い、恐いわ!このままじゃ乙女の大切なものが奪われちゃう!」

「あんたは既に人として大切なもの持ってねーだろ」


 既に俺はお嬢のこの虚言癖に何とも思わなくなっていた。少なくとも、冤罪を心配する必要がない現在のような状況では。


「一部始終を拝見しておりましたが、お嬢様がこうなった責任はわたしにもあると強く感じております」


 先輩が暗がりからゆらりと歩み寄って来た。徐々にではあるが、全貌が明らかになってくる。

 彼女は俺の腕を片手で掴み、お嬢から引き離してくれた。


 お嬢はこの様子に自分の主張が通ったと感じたのか、不敵ににやりと勝利の笑みを浮かべた。


「で、でしょ!?さあさっさとこの不届き者を屋敷の外へ放り出して……」


 お嬢は先輩の言う「こうなった」を自分の良いように「こうされた」と解釈したようだ。だが、彼女の逆側の手に持たれていたものを見て言葉を詰まらせる。


 先輩の手には、例の釘打ちバットが握られていた。


「ですのでわたしがヒリア様に代わって責任を取りお消ししましょう。お嬢様の命の灯を」

「ぎゃあああああ!」


 半日前に見た光景。俺は巻き添えを食らわないよう壁際に避けると、そこにあったスイッチらしきものを押した。明かりが灯った。ほら、明るくしたところで家族計画は破綻してるやろ?何ならものすごい家庭内暴力が始まっちゃったやろ。


 ブンブン丸と化した先輩から逃げ惑うお嬢を眺めながら、俺は正論を口にした。


「お嬢、俺達の距離は近いようで遠いんですよ。何せ俺達には身分の差が……」

「黙れ短小子供サイズ!悔しかったら届かせてみせろ!」


 お嬢の暴言が、俺の心にぶっ刺さる。

 ……いやだからお前は俺のナニを知ってるちゅうねん。一皮むけてなくて自信がないから拒否ってたとでも思うたか。


 俺の中で、ナニかがキレた。


「……おおそうかそこまで言うならヤッたろうやないか。俺の自慢の黒光りする大ビール瓶ナメたらあかんぞ」(*1)

「生絞りは大好物よ。そんな先細った粗末なもんベロンベロンで飲み干してもまだ口淋しいぐらいだわ」

「上等や、満足イくまでとことんツきあってやんよ!俺の立派な王冠の引っかカリが良くてもヒィヒィ言うんじゃねーぞ!」


 先輩の絶え間ない攻撃に晒されながらも気丈に煽ってくるお嬢。


 ここまで言われて引き下がったら男が廃る。

 俺はベルトを緩め、ヤル気に火をつけた。キレだけでなく、コクのあるものをぶっ放すために!


 が、その直前に先輩が突っ込んでくる。冷静に。静かに。唸るように。


「……ヒリア様、あなたが酔い痴れたいのはわたしのミソ汁?それともメスブタの〇ン汁?」

「ンマーッ!?このコはなんてクチのコキ方をするの!?」


 節子、口はコくもんやない、()くもんや。


 というか先輩も全然冷静じゃなかった。


「あの、先輩?ここではド直球な下ネタは控えてくれませんかね?場合によっては締め出される可能性もあるんで……」


 どこからとは言わんが少なくとも全年齢対象ではなくなってしまうかもしれない。だがそれは何としても避けたい。

 そもそもお嬢汁なんてマン病のもと、酔い痴れる前にピリピリジンジンして中毒死するだろ。


 実はさっき偶然どこからかピアノの旋律のようなものが聞こえてきて、それが上手い事自主規制音のように先輩の言葉に重なったため放送禁止用語が伏せられ助かったのだが、こんな幸運はそうそう起こらないだろう。


 しかし、一体どこから流れてきた音なのだろうか?近くに音楽愛好家が住んでいるのだろうか?

 少しそんな事を考えていると、先輩はお嬢を一時追い回すのをやめ不機嫌そうに言って来た。 


「それと、わたしの事は先輩ではなくメイとお呼びください」

「え?ああ、じゃあメイせんぱ……」

「メイ、と呼び捨てに」


 意外な要求をしてきた先輩。まあ同じ平民な上に同学年なので敬称で呼ばれるのはこそばゆいという気持ちはわからなくはない。よって彼女の意志を尊重することにした――


「じゃ、じゃあメイ……」

「はい、ヒリア様」


 ――だが、そうして欲しいのは俺も同じだ。


「あの、それじゃ俺の事も敬称略で……」

「却下します」

「何で?」

「詳しい話はまたいずれ。大変申し訳ありませんが本日のところはこれでお引き取りください」


 詳しい話があるのか?何だろうちょっと気になる。ま、とりあえず表立っては呼び捨てで、心の中では先輩呼びを続けようと思う。先輩が従者の先輩であるという事実は変わらないのだから。


「え?でも、大丈夫?」


 俺のいない間にドキツイ下ネタぶち込みまくったりしない?

 そういう意味で尋ねた俺に先輩が頷いた。


「問題ありません。わたしが責任をもってレーティングを上げておきますのでご心配なく」

「問題大ありじゃん、心配しかないんだけど」


 だがお嬢は何を勘違いしたのか感激している。


「ああヒリア!そんな風にアタシのことを想ってくれているだなんて!」

「お嬢様がいなくなってもお味噌汁はわたしが毎日ご用意してさしあげますが」

「困った事があったらいつでも連絡してくれ、じゃあな」


 まあそれならええかということで俺は部屋を後にすることにした。今のうちに残虐表現扱いされないような死体の処理方法を考えておいた方が良いのかもしれない。


「ヒリアァァァァァ!アタシ達家族でしょぉぉぉぉ!?」

「不届き者なもんで」


 お嬢が悲痛な叫びで俺を呼ぶが、その哀願が俺に届くことはなかった。

(*1)こちら大変下品な下ネタとなっております。以下、解説を載せますがご了承ください。


ビール瓶で喩えたのは直前にお嬢が子供サイズと言った事と、前々話で子供ビールのくだりが出たことによります。とはいえお嬢が言うようにビール瓶は通常先細っていますが、それに関しましては王冠つまり瓶の蓋と王様の被るものを掛けることにより対処しました。この場合の王冠はアーチやキャップなどの内部被覆が無い所謂サークレットタイプのものではなく、被覆部分が真っ赤かな感じのやつを想像してください。又、本文では「引っかカリ」と後半がカタカナになっておりますがこれは誤字ではありません。


尚、お嬢の言う「ベロンベロンで」は酔っぱらう事と舐める事の二つを掛けておりますが、ナニを飲み干すつもりなのかは明記しません。


本作は全年齢対象維持のためややわかりにくい比喩表現を用いております。ご迷惑をおかけしますがご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

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