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⑧王と王妃の日常


「今朝のお目覚めはいかがですか、シンシア王妃。何か用があれば申し付けください」


 ルーカス王は毎朝、公務の前に挨拶にやってくる。

 そしてシンディが何も答えないのを見届けると、「では失礼」と言って去っていく。


 そして今度は公務終わりに、また挨拶にやってくる。


「本日はとどこおりなく過ごせましたか、シンシア王妃。おだやかにお休みください」


 そしてシンディが何も答えないのを見届けると「では」と去っていく。


 毎日、一言一句(たが)わず、仕事を一つこなすように告げて去っていく。

 夜を共に過ごすことなど、もちろんない。

 それどころか、二人きりになることもない。


 なんと味気ない夫婦なのだろうと、シンディはほっとしつつも少し呆れていた。


 もちろん、影武者だとばれる心配もほとんどない。

 シンディの方に顔を向けてはいるが、目が合うことはない。

 どこかうつろな赤い瞳に、シンディなど映ってはいない。


 初対面から十日が過ぎていたが、まだシンディは王の前で一言も話していなかった。


 このまま生涯、朝晩の挨拶だけで過ごすつもりなのだろうか。

 気の遠くなるような長く退屈で寒々しい日々だ。


 みんなが寝静まった夜中に、シリが毎晩こっそりシンディのもとにやってきてくれる。

 その時だけが、一瞬シンディに戻れる時間だった。


 シリから聞いたアーサーの話では、ルーカス王は少しも疑っていないらしい。

 ただ、最近は悪態をつくことがないと不思議がっていたようだ。

 そろそろ王に悪態の一つでもついてみた方が、信憑性しんぴょうせいが増すだろうと言われた。


 確かにヒルミも大人し過ぎるシンディに少し疑問を持ち始めているようだ。


「でも悪態といっても……どうすればいいの……。怒ってもないのにいきなりキレるなんてできないわ」


 そもそもシンディは穏やかな性格で、理由もなく怒るような人間ではない。


 悩むシンディにシリが「お任せください」と自信たっぷりに答えた。

 どうするつもりだろうと思いつつ、シンディは広いベッドで眠りについた。



 翌朝、ルーカス王が定例挨拶に来る前に、なぜかシリが朝食をベッドに運んできた。


 まだ病み上がりということで、食事はベッドに運んでもらっている。

 しかし、いつも王の挨拶が終わってから食事が運ばれてきたのに。


「シリ! 何を勝手なことをしているの? 朝食は陛下の挨拶が終わってからよ!」


 ヒルミがすぐにシリを怒鳴りつけた。


「ですが、シンシア様がお腹がすいたとおっしゃったので……」

「え?」


 シンディは、はっとシリを見た。

 合わせろとシリが目で合図している。


「そ、そうよ! 毎日毎日、ルーカス様の挨拶まで朝食が食べられなくて迷惑しているの」


 強気に言うシンディを見て、ヒルミが喜びを浮かべる。


「まあ! ようやくシンシア様らしくなってこられましたわ。まったく、陛下は挨拶のお時間を考えてくださればよろしいのに」


「え、ええ。まったく気の利かない方ですこと」


 言い放ったものの、シンディの心の中は懺悔ざんげの気持ちでいっぱいだった。


(ひー、ごめんなさい。陛下のことを気が利かないだなんて……)


 わざわざ毎朝挨拶にきてくれる陛下に、そんな言い方はないだろうと自分でも思う。


「気が利かなくて悪かったな」

「?」


 その時、まさに部屋の外から声がして、ルーカス王が入ってきた。

 挨拶にやってきて、シンディの声が聞こえたらしい。

 その顔は、控えめに言っても、シンディに対する嫌悪に溢れている。


(ひーっ! 聞いていらしたの? ど、どど、どうしよう……)


 青ざめてシリを見ると、にっこりと微笑んでそのまま朝食の膳ごと「きゃああ!」と大げさに叫んで床に倒れこんだ。


 膳がひっくり返る、ガシャンガシャンという音が鳴り響き「申し訳ございません、シンシア様!」というシリの謝る声が部屋にこだました。


「え?」


 シンディは青ざめて、散らばった膳の側で土下座するシリを見つめた。


「病み上がりなのでずっと薄味にするよう料理長に申し付けておりましたが、それほどお気に召さないとは気付きませんでした。すべて私の責任でございます! 申し訳ございません」


 シリは謝りながら、シンディに「さあ来い、カモン」と目で合図を送っている。


(う、うそ……。私が膳をひっくり返したことになっているの? あんなに美味しそうなオムレツだったのに)


 泣きたい思いをぐっとこらえ、シンシアらしく言い放つ。


「ま、まったくその通りよ! こんな薄味ばかりでうんざりなの! もっと甘くしてくれと言っているじゃないの! 本当に分からない人ね!」


(ひーっ。ごめんなさい。ごめんなさい。こんな美味しい料理をひっくり返して。それに甘いオムレツより塩味のきいたオムレツの方が本当は大好きなの~!!)


 だが、シンディの心の叫びは誰にも聞こえない。


 しんと静まり返った部屋には、ルーカス王の冷ややかな顔があった。

 控えめに控えめに言っても、残飯をむさぼり喰うゴキブリを見るような軽蔑の目だ。


(ぎゃあ~。ごめんなさい!!)


 その顔を見ているのがつらくなって、ぷいと目をそらした。


 その様子をヒルミだけが満足そうに見つめている。

 ようやくいつものシンシアに戻ったと喜んでいるようだ。


「どうやらすっかり元気になられたようなので、朝の挨拶は取りやめましょう。明日からは、以前のようにダイニングで共に朝食をとりましょう。では失礼」


 ルーカス王は小さくため息をついて、それだけ言うと去っていった。


 熱病の前は、朝食だけは一緒に食べていたと聞いた。

 明日から一緒に朝食を食べるのだと思うと、気が重くなる。


 恨めしげにシリを見ると、「よくやった!」とウインクを返された。

 確かにヒルミの疑いも払拭ふっしょくできて影武者としては成功らしい。


 けれど人としては、我ながら最低だと自己嫌悪におちいるシンディだった。




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