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その2



○登場人物

  天使&平原瑞紗・ひらはらみずさ(天使、アジア圏の若い世代の恋愛部門を担当)

  平原清隆・ひらはらきよたか(運動以外はからっきしなダメダメくん)

  広岡志緒・ひろおかしお(清隆と小学校からの腐れ縁)

  有道ほのか・ありみちほのか(学内のマドンナ的存在)





 翌日、学校の放課後に清隆と瑞紗はこそこそと校庭の隅に寄っていた。双眼鏡を片手

に、女神の探索に励んでいく。

 「どこにいんの、清ちゃん」

 「陸上部って聞いてるから。手前の方だと思うけど」

 清隆の情報を頼りに徒競走の練習をする陸上部の集団に目を向ける。

 「こういうのってさ、事前に準備が済んでるんじゃないのかな」

 「準備、って何だよ」

 「好きな女の子がいるならさぁ、その子の情報とかリサーチするもんじゃない」

 「あぁ、そうなんじゃないの」

 「どうして、なんとなくの情報しかないのよ」

 「頭の回転が遅いからじゃねぇか」

 「なるほど」

 納得すんなよ。

 「それにしても変よ。清ちゃんぐらいの年頃なら頭の中が女の子のあらぬ妄想でいっ

ぱいになるもんでしょ」

 「そうかなぁ」

 「遠慮しなくていいのに。別に清ちゃんがエロいことばっか考えてたって嫌いになん

かなんないよ。こっちだって、これまでたっくさんの人間を見てきてるんだから。男子

がどんなこと考えてるかは分かってるつもりよ。かえって、そっちの方が健全だもん。

女子だって考えてるぐらいだし」

 「そうなの?」

 「そうよ」

 「エロいこと」

 「そう、女の子もね」

 「へぇ」何かを安心できた。

 「それに、天使は人間の考えてることが読めるから。あなたのことは事前調査の時に

いくらでも心の言葉を読ませてもらってるし」

 「マジかよ」

 「マジよ」

 「俺、何を考えてたっけ」

 「そうね・・・・・・どっちかというと、疚しいことよりも面倒くさいことからどう

やって逃げるかに頭の多くを費やしてる人っていう印象だったわ」

 正解。どうやら、本当のことみたいだ。

 「もしかして、今も俺の考えてることが分かってんの」

 「今は人間になってるから分かんないわ」

 よかった。

 「それよりもさ、女神はどこにいるのよ」

 「あぁ、あそこ。3年5組の有道って名札」

 「どれどれ・・・・・・あっ、発見」何か面白がってるのか、変に瑞紗は気があがっ

ている。「なぁに、カワユスな子じゃないの」

 どこで覚えたんだ、それ。地上界に慣れてない分、たまにおかしな言葉が飛び出して

くる。

 有道ほのかは3年のマドンナ的存在だ。艶のあるロングヘアー、細身でやや長身のお

嬢様系の美人。彼女の隣に立つべき男に似つかわしいのは秀才で長身の甘いマスクの男

といえよう。これに大抵の男子は玉砕してしまう。本人へのアプローチ以前に、イメー

ジに負けてしまうのだ。そして、清隆もその一人だった。

 「なんでまた、あんな子を好きになったの」

 「いけないのかよ」

 「いけなくはないけど。言っちゃ悪いけど、身分不相応って感じ」

 だったら言うな。

 「1年の体育祭の時、話しかけてもらったんだ。ウチの体育祭は1年・2年・3年の

同じ数のクラスの5チームに分かれる形式でな。1年1組と2年1組と3年1組で1つ

のチームになって合計5チーム。そんで、ちょうど彼女と同じチームになったんだ。俺、

誰がどの種目に出るかを決めるホームルームの日に学校サボっててさ。そういう奴って、

中々決まんない種目に勝手に入れられるんだよ。次の日、学校行ったらリレーの選手に

決められてて。他にも、ありとあらゆるマイナーな競技に遠慮なしに入れられちゃって。

まぁ、俺は運動だけは自信あるから当日は結果出してったんだけど。そういう競技って、

大体は体力ないやつらのおこぼれみたいな種目になってるから、俺なんか1位取りまく

っちゃって。勢いそのまんまに走ったリレーでも俺で2人抜いちゃって、ウチが優勝し

ちまって。俺、ヒーローぐらいの扱い受けてさ。先輩とかにもすっかり気に入られて。

そんとき、彼女からすっげぇ笑顔で「すごぉい、平原くん」って褒められて」

 「ふぅん、そうなんだ」納得したらしく何度か頷いている。「でっ、その後は」

 「その後?」

 「うん、進展とかあるでしょ」

 「廊下で擦れ違う時に挨拶してくれる」

 「うん、他には」

 「そんぐらいかな」

 「えっ、たったそんだけなの」

 「悪いか」

 「悪くはないけど・・・・・・単純すぎるよ、清ちゃん」

 「何とでも言えよ」

 「もうちょっと賢くなった方がいいと思うよ」

 「うっせぇ。恋なんて単純なんだよ」

 「あっ、なんかそれ格好いいかも」

 「そう?」

 「でも、言ってる人が格好よくない」

 この野郎。

 「ちょっと、さっきからこんなとこで何してんの」不意に後ろから大声を出されて、

清隆も瑞紗も飛び上がりそうになる。後ろには、腕組みをしてこちらの思惑を洞察する

ような広岡志緒がいた。「覗きなんて悪趣味。しかも、瑞紗ちゃんまで付き合わせるな

んて呆れるわ」

 「勝手に呆れてろ。それに、お前も後ろからこっそり近づくなんて悪趣味だろ」

 「あんたと同じにしないでよ」不快を前面に出し、息をつく。「一体、何を覗いてた

っていうの」

 「教えてほしい?」瑞紗は笑みを含めたまま、志緒に近寄る。

 「いやっ、そんなの別にどうでもいいし」また不快を前面に押し出す。彼女に憎まれ

役をやらせたら天下一品だろう。

 「清ちゃんの好きな人を見てたの」

 「バカ、お前っ」咄嗟に清隆が瑞紗の口をふさぎ、そのまま連れて逃げて行った。

 校内まで走ると、ようやく手を解く。2人とも息があがっている。なんで、逃げた後

っていうのはこんなに疲れるものなんだろう。まだ思考が走ることをよく認識してない

間に駆け出すのが負担になるのだろうか。

 「もうっ。清ちゃん、走るの早いよ」

 「お前がいきなりあんなこと言うからだろ」

 「言ったっていいじゃん。隠す理由なんてないでしょ」

 「そういう問題じゃないんだよ」

 「どういう問題なの」

 「あいつにあんなの知れたら、これからどう言われるか分かったもんじゃねぇ」

 「あの人、清ちゃんの何なの」

 「腐れ縁だよ。小学校の時から事あるごとに突っかかってくんだよ」

 「ふぅん。どっちかっていうと、有道さんとは真逆な感じだね」そう言って、瑞紗は

ちょっと笑った。


 夜、作戦を練ろうと瑞紗は清隆の部屋を訪れた。風呂上りのパジャマ姿でいる彼女に

対して、よこしまと言える感覚がよぎる。自分以外の人間は2人を兄妹と見ているが、

実際には違う。赤の他人である女の子が自分の部屋にこうしていることに、冷静になる

と違和感もあった。

 「ねぇ」

 「なぁに」

 「瑞紗はいくつなの」

 「レディに体重を聞くのは失礼よ」

 「違うよ。年齢。今は俺の一つ下ってことになってるけど、本当はいくつなの」

 「天使に年齢なんてないわよ」

 「そうなの?」

 「うん。発育はもちろんあるけど、死んだりはしないし。ある程度まで成長したら、

ピタッって止まっちゃうのよ」

 「じゃあ、瑞紗はそれ以上は成長しないってこと?」

 「うぅん。私はまだ発育の途中だから成長はするわ。でも、年齢って概念はないの」

 「そうなんだ」

 「まぁ、老いぼれたりしないのはいいけど」

 確かに。

 「でも、人間を見てて憧れることがあるの」

 「憧れる?」

 「うん。誕生日なんだけどね。私たちは年齢がないから、そういうお祝いがないの。

一人前の天使になる時ぐらいかな」

 「へぇ。一人前になると何があるの」

 「要は一人立ちってこと。地上界を観察したり、こういうふうに降りて来ては迷える

子羊を救ったりする使命を果たせるようになるの。式典の時には大天使様から直接言葉

をもらえるのよ」

 「頑張りたまえ、みたいな」

 「まぁ、簡単に言うとね」あぁ、と瑞紗は声をあげる。「こんな話じゃないの。有道

さんに近づくための作戦会議なんだから」

 はいはい。

 「清ちゃんは有道さんについて、どれぐらい知ってるの」

 「どれぐらい、って言われても」そういえば、特にといって詳しいことは知らない。

いつも遠くから見てるだけだったし。「よく知らない」

 「もうっ、とことんダメね。好きな人のことをもっと知りたいとか思わないわけ?」

 「そりゃあるけど。調べようもないし、あの人を好きだってことも誰にも言ってない

から」

 「そんなんで、恋が実ると思ってるの? まずは何事も情報から始まるのよ」分かっ

たわ、と瑞紗は立ち上がる。「私に任せておいて。ここは天使の腕の見せどころよ」


 翌日の夜、土曜日で学校はなかったのに瑞紗の姿を一度も見かけなかった。母親から

数駅向こうにあるショッピングモールに出かけてるとは聞いたが、もうそれなりに夜も

遅いのに。まさか何かトラブルにでも巻き込まれたのだろうか。まだ慣れてない部分も

あるだろうし、未知なところに戸惑ってるのかもしれない。

 「ハイホー」清隆の不安を一掃するように、目の前に瑞紗が天使の姿で現れた。急な

登場にまたも驚いてしまう。

 「お前、その突然出てくんのやめろよ」正直、体に悪い。

 「ごめんごめん、ビックリさせちゃったか」エヘヘ、と頭を掻きながら愛嬌のある笑

顔を振り撒く。

 「なんで、そんな格好してんだよ」天使が買物の袋をぶら下げてるなんて変な画だ。

「ってか、それで買物してたんじゃねぇだろうな」

 「そんなことするわけないでしょ。これはおまけよ。買物に行くって言って出てった

んだから、これがあった方がいいじゃん」

 「こんな時間まで何してたんだよ、一体」買物がおまけってことは別に理由があった

ってことだ。

 「正解。するどいねぇ」

 えっ、と清隆は虚をつかれる。瑞紗の言葉の意味がつかめなかった。

 「言ったでしょ、人間になってるとダメだけど天使の時は相手の思ってることが読め

ちゃうのだ」ふふん、と得意気な顔を見せる。

 なるほど、これは下手なことは考えられないな。

 「下手なことって何」

 「うっせぇ。いちいち人の心を読むな」

 「はいはい、もう読みませんよ」ふてったような表情で言う。「あっ、そうだ。これ

見てよ」

 そう指さした瑞紗の頭の上には天使の輪が浮かんでいた。光沢を放って綺麗に輝いて

いる。

 「それって本物?」

 「うん。通称はエンジェルクラウンって呼ばれてるの。天界ではお願いすれば普通に

配布されてるんだけど、あんま使ってる人はいないわ。前にも言ったけど、もうブーム

は過ぎてるし。清ちゃんが見たいかなぁって思って持ってきたんだけど」

 「すげぇ。写メ、撮ってもいい?」

 「いいけど、写んないよ」

 「どうして」

 「天使は基本的に地上界には存在しないものなの。だから、存在しないものを写真に

撮っても写らない。私の今の姿だって、清ちゃん以外の人には見えてないのよ」

 「そうなんだ」

 「そう。今この状況を誰かが見てたら、清ちゃんは壁に話しかけてる変な人としか映

らないわ」

 「マジかよ」清隆が言う。

 「マジかよ」瑞紗が似せて言う。

 「マネすんな」

 「ふふんだ」また得意気になって言う。「要は、これを使ったのよ」

 「使った、って何に」

 「今日一日、有道ほのかさんの行動をずっと観察してきたの。私は天使だから、彼女

に怪しまれる心配もないからね」

 なるほど、そういうことか。

 「そういうことよ」

 「おいっ」心は読まないんだろ。

 「あぁ、そうだった。今度こそ絶対読まないから」瑞紗は手を合わせて謝る。そして、

今日の有道ほのかについて説明してくれた。正午前に友人数人と会い、食事をしながら

卒業旅行の打ち合わせをし、その後は買物をしていたらしい。「ってゆうかさぁ」

 「なんだよ」

 「有道さん、3年だから卒業じゃん」

 「そうだけど」

 「そうだけど、じゃないでしょ。そんな大事なこと、なんで黙ってんの」

 「いや、てっきり知ってるもんだと思ってた」

 「知らないよ、そんなの。卒業式っていつよ」

 「明後日」

 「全然時間ないじゃん。っていうより、今まで何してたのよ。こんなんじゃ、戦いの

前に負け決定みたなもんでしょ」

 「まぁ・・・・・・しょうがねぇんじゃねぇの」

 「はぁっ」明らかに呆れた表情で強く言う。「だから、ダメダメだって言ってんの。

そんなんじゃ、いつまで経ってもそのまんまよ。死ぬまでポンコツなんだから」

 「そこまで言うことねぇだろ」

 「だったら、早く立ち上がりなさい。そんで、卒業式の日に想いを伝えるのよ」

 「卒業式の日に?」

 「そうよ。他にいつか当てでもあるっていうの」

 「ないけど」

 「じゃあ、決まり。明後日、清ちゃんは有道さんに告白するのよ」

 なんだか、瑞紗の気の高さに押されてしまった。どうやら、本当に明後日に告白する

ことになりそうだ。


 翌日、日曜日のこの日も学校は休みで清隆は瑞紗に連れてかれるがままに出かけた。

駅前の映画館には家族連れが多く、学年末試験を終えた学生の姿も多く見られた。ちな

みに、清隆の試験結果は言うまでもない。

 「清ちゃん、心の準備はいいわね」

 「別にいいけど」平静を装っていたが、本当は震えあがりそうなほど緊張していた。

気持ちの整理など出来ていないし、いくら時間をもらっても出来そうにはない。

 もうすぐ、ここに有道ほのかが来る。昨日、瑞紗が彼女の行動を追っていた時に今日

は妹と映画を観に行く約束をしていることを聞いていた。いくらなんでも、卒業式の日

にいきなり告白は唐突すぎるだろうということで、その前に良い印象を与えておこうと

行動に移すことにした。それでも無理だろうとは思ったが、こうなってしまったからに

は出来ることはやってしまおう。

 「来た」瑞紗の言葉にハッとなる。向こうから有道ほのかの姿が近づいてくるのを見

て取れた。その瞬間、スタートダッシュを始めたように緊張は増していった。「行くよ、

清ちゃん」

 「あぁ」もういい、どうにでもなれ、と覚悟を決める。それでも、鼓動の速度は全く

治まりはしないが。

 妹と映画の券を購入する列に並んだ有道に向かっていく。その後ろに位置づけると、

流暢に瑞紗が言葉を飛ばす。「あれぇ、有道さんですよね」

 「あっ、はい」後ろを振り向き、返答はしたが、瑞紗の顔は知らないから状況の把握

に時間が掛かっている。そして、隣にいる清隆を目にすると、ようやく彼女は何かしら

を紡ぐことができたらしい表情に変わった。「平原くんだ」

 「どうも」味気ない挨拶になってしまったが、ただ緊張しているだけだ。張り切ろう

とした気合いより恥ずかしさの方が勝ってしまった結果。「こんにちは」

 「こんにちは」清隆のぶっきらぼうな様とは異なり、有道は晴天をままに移したよう

な清らかな表情で微笑んでいた。それが自分のために向けられたものであるかと思うと

天にも昇りたい気になったが、いかんせん今はそれどころではない。

 えっと、と有道は視線を右に移す。そっちにいるのは瑞紗で、彼女との距離感を計り

かねているようだった。

 「あぁ、こっちは妹なんです」何か弁解してるような言い具合になっていた。言い訳

のような。妹は妹なんだけど、清隆は瑞紗が妹でないことを知っているからややこしく

なっていた。

 「へぇ、妹さんいたんだ。初耳だな」

 「瑞紗です。こんにちは」言葉は流暢なままだった。

 有道の妹とも初めましてという会話をする。女子たちは笑みを絶やさない。その場が

華やいで映る。というより、自分がいることで多少に淀ませてしまってる気さえする。

自分だけが異様な感情でここにいて、焦って顔も引きつりぎみになっている。こんなん

じゃいけない、普通でいよう、とすることで余計に力んでしまう。悪循環の極みだ。

 「妹さんはいくつなの」

 「16歳です。高校一年生。同じ高校ですよ」

 「あっ、そうなんだ。じゃあ、廊下とかで擦れ違ってたかも」

 「そうかもしれませんね」女子たちは笑い合っている。可愛い笑顔だ。自分はかなり

イケてない笑顔なんだろうことを察するのは簡単だった。

 「先輩たちは何を観るんですか」それとなく瑞紗が探りを入れる。

 「私たちは別々のを観るの。上映時間が大体一緒だから終わってから落ち合おうって

思って」

 「ふぅん。先輩は何を観るの」

 「私はね、ドラえもん」

 「あっ、私たちとおんなじだ」瑞紗の言葉はタイミングも語調も抜群だった。事前に

用意しておいた言葉とは思えないぐらいに。

 「えっ、そうなんだ」

 「はい、偶然ですねぇ」偶然なんかじゃない。今の今まで、観る映画は決まってなか

ったんだから。瑞紗の完璧な演技に拍手を送ってやりたかった。あとは、自動的に出て

くる相手の言葉を待つのみだ。

 「せっかくだからさ、一緒に観ようよ」

 来た。でかしたぞ、瑞紗。

 「いいんですか」

 「いいよ。決まってるじゃん。みんなで観た方が楽しいし」

 「そうですね。そうしようよ、清ちゃん」

 「うっ、うん」久方ぶりの登場に言葉につまづいてしまう。

 映画の券を購入し、有道の妹は目的だった洋画の方へと離れた。それぞれの映画を見

終えると、そのまま4人でファーストフード店へと移動した。こんなふうに有道と長い

時間を共にするのは体育祭以来で、緊張感を伴いながらも至福の優越感も味わえた。

 「やっぱ、ドラえもんはすごいですねぇ。小さい子からお年寄りまで幅広いもん」

 「正直、2人と一緒になれてよかった。独りぼっちじゃ、あの中に入るのはちょっと

勇気いったかも」館内にはアニメの効果で老若男女さまざまな世代が目についた。あの

場所に独りでいるのは確かに萎縮してしまうところもあるかもしれない。

 「お役に立てて嬉しいです」また女子たちは笑い合っている。一応、笑っておくこと

にする。この2時間そこそこで、すっかり瑞紗は有道と仲良くなっていた。下手な雑念

がないからだろうが、清隆にしてみれば羨ましいかぎりだ。

 「ホントに瑞紗ちゃんとは初めて会ったとは思えない。こんなことなら、もっと早く

会っとけばよかったなぁ」

 「そしたら、可愛がってくれましたか」

 「するする。後輩の中で一番仲良くしてたよ」

 「やった。嬉しい」瑞紗は軽いポーズも織り交ぜて言った。一応、笑っておくことに

する。

 「学校で遊んだりしたかったよ、瑞紗ちゃんと」

 「明日、卒業ですもんね」

 「そう。今日会ったばっかなのに、明日もうお別れだよ。なんか、悲しいね」

 「これからも会っちゃったりしませんか」

 「あぁ、いいね。そうしようよ」

 2人は共鳴するように急速に互いを理解していった。川の流れのように滑らかに。

 「瑞紗ちゃん、あとで携帯の番号教えて」

 「はい、もちろん」

 携帯の番号か。いいなぁ。

 「平原くんも」

 「えっ」急に振られ、清隆は戸惑いを隠せない。

 「教えてね、携帯」

 「あっ、はい」予想していなかった展開にまごついてしまう。動揺を押しつけるのに

必死になる。「もちろん」

 平生に整えたつもりだったが有道は笑い出してしまう。「なんか、さっきから変だよ。

どうかしたの」

 「いやっ、どうもしてないですけど」嘘八百。どうにかなってしまいそうなのが本音

なのに。

 すると、瑞紗が割って入ってきた。「清ちゃんね、有道さんが憧れなんだって」

 バカっ、何言ってんだ。

 「えっ」有道は目を丸くする。語意を読み取れずに。

 「有道さんみたいな素敵な人が理想だっていつも言ってるのよ、清ちゃん」

 もういい。それ以上は言うな。

 「あぁ・・・・・・」有道は反応に困っていた。それはそうだろう。ほとんど、好き

と言ってるようなものじゃないか。スタートの前のフライングのような。

 「どう?」瑞紗は恥ずかしさで下を向く有道を覗き込むようにして言う。「憧れられ

た気持ち」

 「どう、って・・・・・・」有道は下を向いたまま首をかしげる。こんなところで急

にそんなこと言われても、としか思えやしない。やっとの思いで顔を上げると、清隆に

目を向ける。目を合わせるのはさすがに出来ず、鼻のあたりに視線を向けるのが限界だ

った。当然、清隆もそうだった。「なんか・・・・・・ありがとね」

 「いえ、そんな・・・・・・」鼓動は治まりがきかなかったが、清隆は思ったほどの

反応は表れなかった。ここまでされてしまい、開き直るぐらいの気持ちになれたのかも

しれない。逆に、有道の方が顔を赤くしている。それを横目で見ながら笑みを浮かべる

瑞紗には怒りに近い感情があった。

 それから話は何事もなかったように進行していく。楽しい会話が続く中、有道と清隆

の目が合うことはなかった。何事もなかったようにしてるだけで、明らかに意識してし

まっていた。最後までそれが消えることはなかったが、別れ際に携帯の番号は聞いても

らえてよかった。


 「お前、あれはねぇだろ」その日の夜、清隆の部屋での作戦会議の開口一番。それは

当然の言葉だった。

 「んっ、どうしたの」

 「とぼけんなよ。あんなもん、告白してるようなもんじゃねぇか」

 あぁ、と自分の言葉を思い出す。「いいじゃんか。ジャブよ、ジャブ」

 「ジャブ?」

 「そう、ジャブ」瑞紗は立ち上がり、ジャブの真似をしてみせる。「明日の告白本番

に向けての布石」

 「なんだよ、それ」

 「確かに、あそこであんなこと言うのは間が違ってるかもしれない。それは認めるし、

分かってるわ。でもね、あれを言うことで有道さんの中に清ちゃんの存在がバーッって

広がるの。平原清隆が自分に対して意識的な感情を持っている、ってインプットされる

のよ。一回記憶しちゃったからにはもう抜け出せない。今日はきっと寝るまで清ちゃん

のことが頭から離れないわ。これまではただ廊下で擦れ違う程度の後輩だったのが一気

に格付けがジャンプアップ。これは絶対に明日の告白にプラスになるから」

 そりゃそうだろうけども。

 「有道さんは今日の夜と明日の朝、清ちゃんのことをたくさん考えるわ。それだけ意

識させといて、卒業式の後にトドメの一発を浴びせちゃうの。これで事前の備えは万全

でしょ」

 なんだか、瑞紗の言葉はどれも的を得ていて溜め息すらこぼれた。言及してやりたい

ぐらいの気持ちなのに言い返せない。これぐらいが関の山だ。「そいつはどうも」

 「あとは本人次第よ。清ちゃんが有道さんをシビれさせちゃうような告白を決めちゃ

えば、バタンキューは間違いないわ」

 「そうなのかねぇ」

 「残りの心配はその本人ね。なんせ、ダメダメくんだし」

 「うっせぇな」

 「告白とか本当に出来るの?」

 「さぁな」

 「そんなんでどうするのよ。明日の今頃には結果が出てるんだからね。告白までだら

けるつもりなの」

 「別に。そんなんじゃねぇよ。ただ、なんかよく分からないまんま決められてくから

さぁ。こっちも着いてくのがやっとなんだって」

 「そんなことはね、有道さんからしたら関係ないの。こんなに急に決まったのはこれ

まで清ちゃんが全く行動にしてこなかったツケなんだから。恨むんなら、過去の自分を

恨みなさい。助けに来てあげた天使に恨みを向けるなんて御門違いもいいとこだわ」

 「あぁあ、気が向かないな。魔法で告白を成立させることは出来ないの?」

 「ほらっ、そういうこと言う。魔法で惚れさせたって、あなたは成長しないでしょ。

私はあくまで善意の手助けで来てるのよ。都合よくパパッと未来を変えるんじゃなく、

きちんと対象の人間を一段踏み込ませてあげないといけないの。分かる?」

 「はいはい、分かります」

 分かったフリ、100%。


 翌日、卒業式はつつがなく執り行われた。式が催された体育館には泣いてる人、笑っ

てる人、真剣な表情、崩した表情、晴れやかな心、悲しい心、いろんなものが混ざって

いた。瑞紗は微笑ましい顔をしている。まぁ、ほぼ何の思い出もない先輩にそこまでの

感情を抱くのが無理なことなんだろうけれども。清隆は式どころではなかった。この後

にやって来る大一番に向け、緊張は朝から止むことはなかった。結果は見えてるものだ

と思っていたのに、昨日の急接近によって変に前向きになれてしまっている。もしかす

ると、なんて思ったりしている自分がいる。そんなのが消しては現れる繰り返しで時間

は過ぎていった。

 卒業式が終わると、清隆は図書室へと直行した。瑞紗が有道を捕まえ、ここに連れて

来ることになっている。相変わらず、緊張は止まない。なんだか居心地も悪い。普段、

図書室に来ることなんてないから。こんな本ばかりに囲まれていたら気分が悪くなりそ

うな気もして。

 そのとき、ドアが開く音がした。有道が入ってくる。その後ろにいた瑞紗はこちらに

「がんばれ」と口だけを動かし、ドアを閉めて行ってしまう。密室に2人きり、またと

ないシチュエーションだ。正直、一昨日までこんな状況が訪れるなんて思いも寄らなか

った。このまま、ただ遠くから眺めるだけの存在で終わるはずだったのに。あの天使が

来てから、あれよあれよでこんなことになっていった。千載一遇のチャンスをもらった

のか追い詰められた鼠にされたのか、どちらなのかは分からないがもう引き返すことは

できない。

 行くしかない。やってやれ。

 「すいません、こんなところまで来てもらって」

 「うぅん、いいの。それに図書室って好きだったし」

 やっぱり。外見通りの文学系。そして、こっちは外見通りの運動系。

 「昨日はすいません。なんか、妹が張り切っちゃって」

 「全然。おかげで楽しめたもん」

 こっちも。あんなに女子と楽しい時間を過ごせたのは初めてだった。

 「可愛いよね、瑞紗ちゃん。ウチの妹もああだったらいいのに、ってぐらい」妹に怒

らせそうだけど、と有道は笑った。

 「いや、うるさいだけですよ」

 「いいじゃん。明るいの、大歓迎よ」有道は昨日の彼女のままだった。よかった、変

に緊張されてるとやりにくい。

 一方、その妹は別棟と本棟の校舎を結ぶ床板通路に立ち尽くしていた。

 「あれっ、瑞紗ちゃん、何してるの」そこに来たのは広岡志緒だった。手には数冊の

本を持っている。

 良いタイミング。まるで、大天使様が清隆に恵みをくれているみたい。「そっちこそ、

こんなとこでどうしたの」

 「私は図書室に用があって。借りっぱなしにしてた本を返そうと思ってさ」これこれ、

と手にある本を掲げる。

 「図書委員がいないのに返却できるの?」

 「私、図書委員だから」

 なるほど。

 「そこ、通してもらってもいいかな」

 「ダメ。こっから先は戦場なの」

 「戦場?」

 「今ね、清ちゃんが有道さんに告白中なの」

 「えっ」

 思いのほかに驚いている。やっぱり、私の見通しに間違いはないわ。

 「だから、本を返すのはホームルームが終わってからにして」お願い、と頼む。

 分かった、と呆然に近いような表情で広岡はすこすこと戻っていく。その後ろ姿を見

ながら、瑞紗はニンマリと笑った。

 一方の図書室。

 「すいません、話があるんですけど」本題の切り出し。告白の始まり。

 「うん、何かな」

 「去年の体育祭で初めてこうやって喋ったじゃないですか」

 「あぁ、そうだね。あんとき、平原くん凄かったよねぇ」

 「いや、俺は勝手にクラスメイトにバンバン次ぎ込まれただけなんで」

 「それでも凄いよ。私なんか、運動まるっきしダメだからさぁ。体育祭なんて、全校

生徒の前で恥さらすだけだもん」

 「いやっ、でも俺は印象に残ったっていうか」

 「運動音痴すぎて?」

 「そうじゃなくて。先輩に話しかけてもらえたのが嬉しかったです」

 「私なんかに?」

 「はい。それから、なんかずっと気になってしまって。でも、俺はそういうの苦手だ

から何もできなくて」

 有道は止まったまま動かない。話の芯に気づいたのか、こちらからの言葉をただ待っ

ている。

 「その・・・・・・ずっと好きでした」

 勇気の言葉を飛ばした。彼女に届いた。それを手に戸惑っている。

 「ありがとうね」そう言ったまま、有道は次の言葉に迷っていた。なんとなく結果は

見えてしまった。

 「平原くんはとっても良い子だと思う。なんか、弟みたいで可愛いし。一緒にいても

楽しいと思うの」

 でも、が次の言葉だと直感した。

 「でもね、あの・・・・・・」否定へ繋げる逆接。それが答えそのものを連想させた。

「友達じゃダメかな」

 あっ、と言った後で矛盾に気づく。「友達も無理、だよね」

 こんなことを言ってしまった後で友達なんて無理だ。必要以上に気にしてしまうに他

ならない。分かってる。こちらを傷つけないようにとして、友達という言葉を出してし

まったんだろう。そして、それがこの状況に的を得ていないことを察した。

 清隆は目をつむり、大きく息をつく。「いいんです。言えてスッキリしました」

 有道は定まらない表情でいる。申し訳ないことをした、という言葉を込めて。

 「卒業おめでとうございます」精一杯の笑顔で清隆は右手を差し出す。

 「あぁ、ありがとう」笑顔にはなれないまま有道は左手を出し、握手を交わした。

 清隆は図書室を後にする。張り詰めていた気が全身から抜けて出ていく解放感を感じ、

なんだか健やかな気分にさえなれた。



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