第0話 転移
古部 優斗(17歳)は雨でずぶ濡れになりながらバイトの帰り道を走っていた。
いつもと違ったのは、持ち前の反骨精神で天気予報に逆らって傘を持ってこなかったことと、残業をした為にいつもより帰る時間が遅くなってしまったことである。
彼が素直に天気予報に従っていれば、あるいは残業さえしなければ傘も必要なかっただろう。
1つ何かいつもと違うことをすると、連鎖的に悪循環が起こる。
もしもここで彼が先に起こる悲劇を予測することが出来ていれば、そもそもこの物語は始まらない。
しかし彼の頭の中は、『早く帰りたい』という酷く単純な思考でいっぱいだった。
悪循環。
彼は普通の人間だ。黒い服を好む普通の人間なのだ。
大雨の中、漆黒の装いで夜を駆ける。この世の全ての車両に轢いて下さいとお願いしているようなものである。
悪循環。
目の前の信号が赤になる。
しかしいつもよりも少し目線を下げているので、彼は気付かない。
他に誰か人がいて、その信号で立ち止まっていれば気付けただろうが、そんな都合のいい人物も勿論いない。
ちょうどそのとき、その信号に向けて走ってきていたトラックの運転手も、やはり雨のせいで進路上の人物に気付くのが一瞬遅れた。
悪循環。
その結果、彼は悲惨な最期を迎えるのだが、ここで人生が終わる訳ではない。
彼には、古部優斗には英雄になってもらわねば困る。
困る?
誰が?
勿論彼がこれから転移する世界の神だ。
それも邪な神。
邪神。
そう呼ばれているのを彼女は非常に不愉快だと思っているようだが、それはさておき。
邪神がなぜこの世界のちっぽけな人間である彼を欲しているのか、今は分からない。
まがりなりにも神故、別世界の人間やその周囲の事象に干渉し、さらには異世界へ転移させるほどの力を持ちながら一体何故?
何故彼が必要なのか?ということは、誰にも今のこの段階では皆目見当もつかない。
しかし1つだけ分かっていることがある。
それは彼女が焦っているということ。
古部優斗やその周囲に対するその雑な干渉からも、その焦りは見てとれる。
少し頭の切れる者なら回避できそうな事故だからだ。
だが彼女にとっては運良く、彼にとっては運悪く、その干渉によって古部優斗のこちら側の世界での命は尽きようとしている。
そして彼がこの世界へ転移してきたまさにその瞬間、邪神は静かにこう囁いた。
「おかえり」
と。
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