境界線
「遅いですぜー」
先を歩くルーカスは後ろを振り返り俺に向かって手を振りながらそう言った。
移動術式は鉱石を採掘しに行くティアナ達が使っているため俺たちは歩いてミレッド帝国まで向かっていた。
寝不足と疲れで体がだるい。
「ご主人さま大丈夫ですか?」
「大丈夫だよイナ。
と言いたいとこだがフラフラするな」
足を止めていたルーカスに追いつくと休憩するかとルーカスは近くの岩場で腰を下ろす。
俺は助かったと荷物を置いた。
ルーカスは俺にちょっと寝たほうがいいんじゃないかと言ったが俺は大丈夫だ、少し休めば楽になると言って水の入った水筒を取り出した。
水を流し込んだ後、俺はルーカスにミレッド帝国について今分かっていることを教えてほしいと言った。
「母国のこと……か。
前にも言ったが表向きは繁栄した国。
神を崇める国の一つだ。
あんたらのいた国との違いはダグラスが主神なる前の神を崇めているってとこだな。
全ては教典を元に行動する。それが世界の道筋だって生き方だ。
最初から階級が決まっているし、奴隷は奴隷のまま、平民は平民のまま。
どんな功績を上げようと意味はない。報酬が支払われるだけ。
階級ごとに就いていい仕事や職業がある。
たとえそれが国にとってどんなに必要のないものでもそれになる必要がある。
全ては決まってるんだ」
「その教典とやらにそう書いてあるのか?」
「さぁ? 難しいからってんで内容を解釈し、噛み砕いた教典が普及してるよ」
「魔法はどうしてる?」
「それはあんたらと同じさ。
ダグラス神話が元だよ。
ほんとかよって話ばかりだけどな。
世界がわかたれたり、悪魔がいたり、神が遺したものの中に勇者を殺す遺物があったり、世界には裏があるとか」
「大方正しいと思うけどな。
実際終焉の魔物もいたし、グロウだって実在した。
当然長い時間をかけて内容は少しずつ変わってしまってるかも知れないが実際に魔界と人間界で分かれてるじゃないか」
「んー。その区分をしたのは人間な気がするんだけどなー……」
「ま、ミレッド帝国がどんな国か少し分かった所でそろそろ行くか。
これ以上のんびりしてると寝ちまいそうだ」
「うぃっす」
なにもない魔界と人間界の境目を歩いていた。
次第に足元に砂が多くなってくる。木はなく、枯れた草がところどころにあるだけ。
砂しかない。
しかし目に見えるものはもとの国じゃ考えられないような光景だった。
確かに今俺たちがいる場所は砂漠だ。
しかし目に見えるミレッド帝国は俺の故郷と変わりないほど発展した国、そして木々も生い茂り川まで流れている。
「なんだここは。
どうなってるんだ」
俺は訳が分からずそう言った。
なぜなら砂漠とミレッド帝国の境目はまるで線を引いたように綺麗に分かれているのだ。
砂漠の砂ですらその中には入っていなかった。
まるで人間界と魔界のようにすっぱりと分かれてしまっているのだ。
ルーカスは躊躇なくその境界線を超える。
「まぁ分かるよ。言いたいことは。初めて来たやつは大抵動揺するんだ。
ミレッド帝国から言わせればこれが教典とやらの力らしい」
「これ、俺が入って大丈夫なのか?
なにか反応してしまったりするんじゃ」
「ゴル達が大丈夫なんで大丈夫だと思うぜ」
「あ、ほんとだ」
俺が境界線を越えてもなんの反応もない。
リビアも警告などはしなかった。
足に付いていた砂などは入ってこれるらしい。
そういう基準なのか。
顔を上げて辺りを見回す。
城壁があるわけでもなければ門があるわけでもない。
兵士も見当たらずすぐそこが住民の生活圏だった。
ルーカスは言った。
「教典を守っている限り、人は神に守られる」
過信しすぎもよくないと思うが実際今までは大丈夫だったのだろう。
なにせここは魔界が近い。なのにこれだけの土地と人を守り続けている。
ミレッド帝国の教典。警戒する必要があるな。
英雄の遺産か神の遺物の可能性がある。
例えば、世界の常識を改変する。とかな。そんなとんでもない効果はないだろうがルーカスは時々内容が変わると言っていた。
つまり教典さえ守っていれば力を得られる、とか。
内容が変わるのはルールを破らない為? まぁいいか。
まだ推測の域を出ないだろうからな。今は目の前の事に集中だ。
「ルーカス。
ここからは別行動になる。
情報集め頼んだぞ」
「了解っ。がんばりますよっと」
俺たちはルーカス達と別れる。
周りを見るにここは住宅街だ。
目的の生産することが出来るなにかを探すために店の並ぶ商店街を探す。
「イナ。人がにぎやかそうな場所を探せるか?」
「はいっ! 音が多い場所に向かいます!」
俺はもう残り少なくなってきた金を握りしめ、イナに付いていく。
イナは最短ルートを通っているのか人気のない道を通る。
建物は多くあるのに家の外で座っているものが多くいた。
身なりを見るにルーカスの言っていた選ばれなかった側の人間だろう。
もう全てを諦めたというような顔をしている。
「ご主人さまっ!」
イナが指差した先に道端で倒れている女性を見つける。
「おいっ! 大丈夫か!」
女性はやせ細り、口元が乾いている。
「み、ず」
俺は自分の持っていた残りの水を全てやった。
女性はありがとうございますと何度も言う。俺がもういいと言ってもだ。
「言葉の価値が下がる。
それ以上言うな」
「あり……はい……」
「食い物はどうした。
水なら外に出れば川があるだろ」
「だめ、なんです。
私達は飲めません」
「飲めないってなんで、まさか」
「そう”決められているので”」
「ならどうやって」
「この先に生活用水が流れる水路があります。
それを飲むんです。飲みに行く時間も決まってて」
「死ぬだろ!!」
「もしそうなったら、それが神の示した……」
「ちっ……
生まれた時から得た常識は簡単に覆せるものじゃないな。
ほら」
俺は少なくて申し訳ないが金を渡す。
「だめっです!
こんなに頂けません! そもそも私などに渡されても意味が」
「意味? んなもん知るか。
使え。俺が選んだんだ。どうなるか神が決めてるんだろ。
だったら受け取ってどうなろうとそれは神が示したもんだ。
それとも旅人に恵んでもらったらいけないって書いてあるのか?」
「書かれてませんが……でも、私などが使っても私が利益を得るだけで国は損をしてしまいます。あなたに迷惑をかけてまで」
「はぁ……迷惑? そんなこと言ってなんの役に立つ。
いいか。このお金はお前の利益だけじゃない。
他人の為になるんだよ。国の為にな。
金ってのは回っていくんだ。
人の手から手へとな。
お前が使った店の人間は利益を得る。そいつもまた金を使う。
使われた金はまた誰かの手に渡る。
そして使われれば使われるほど税金いう国に行く金が増える。
そうやって循環することを経済って言うんだよ。
お前は国や誰かが得られる利益をドブに捨てるのか?」
「っっ!」
彼女は泣きながらその金を受け取り去っていった。
お礼を何度も言うのではなく何度も振り返っては頭を下げていた。
イナは俺に言った。
「でも、ご主人さまが使えばお金は回りますよね?
あっ、お金を渡さなくてもいいってことじゃないですよ!」
「分かってるよ。イナはやさしいからな。
ただの興味だろ?
そうだ。俺が使っても同じことだが、国の中で循環した方が俺は好きなんだ。
第一この国には恩義なんかないからな。
繁栄させようなんざ思ってない。
俺がそうしたかっただけ。今まで通り。
にしても貧困層を支える制度がないのはよくないな。
大事な労力になるだろうに」
「やっぱりご主人さまはご主人さまですっ!」
俺はイナを撫でてやる。
「リーシア、リィファ。
なにかいい果物とか作物とか思いつかないか?
魔素が濃い場所でも人間に影響が出づらいやつで」
二人は腕を組みんーっと悩む。
リィファが答える。
「魔素を吸収しない作物というのは難しいと思います。
そうなってしまうと一緒に栄養も蓄えないでしょうから。
魔素と世界は分けられませんから……」
「そうだよなぁ……
生き物なら自然と抜けていくんだが」
リーシアも考えてはいたが同じ答えのようだ。
商店がをまわりながら手当たり次第探したり聞いたりして見る。
この辺の食物はやはりこの国の領地内で育てられたものらしい。
そう言えばここには魔素がほとんどないな。
ぐーっと音が聞こえた。
イナがビクッとした後、恥ずかしそうに「うぅっ……」とお腹を抑える。
「今日はもう飯食って宿で寝るか」
「ごめんなさい……」
「なに食べたい?」
「あそこのお肉がいいですっ!!」
「よし今すぐ行こう」
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