本腰
奴隷商と話をしていた。
いい気味だとおちょくる。
そうは言っても心の中では奴隷商が奴隷達と向き合ってくれたことがうれしかった。
その為に自分を変え、自分を犠牲にして、奴隷達に頭を下げた。
たとえ自分勝手だと言われても俺は後悔しないな。
なんて考えていたがもう時間が遅い。
そろそろ切り上げようと奴隷商に言おうと思った時だった。
目の前にミルさんが立っていた。
なにやら真剣な雰囲気を感じて身に力が入る。
奴隷商は気を使ったのか無言で立ち去る。
ミルさんは立った状態のまま俺に話し始めた。
「魔王、だったんですね」
「そうだよ。
ミルさん、危険だって分かってるはずなのに……どうして」
「どうして、ですか。
わかりませんかエノアさん」
「……分からない。
あのままギルドに居ても、あの国にいてもミルさんに飛び火することはなかった。
ギルドと国は別の勢力だし。
だから、なんで抜け出してしたのか分からない」
「また、待ってろって言うんですか?」
「ああ。その方が安全だから」
「……もういいです」
なぜか怒っている。それだけは伝わってきた。
「分かった。もう寝よう。
ミルさんも大変だったでしょ?」
俺はそう言って立ち上がりミルさんを通り過ぎる。
その時、服に抵抗を感じて足を止める。
ミルさんが俺の服の裾を掴んでいたからだ。
「本当に行くなんて、ひどいです」
訳がわからないままミルさんは話続ける。
「どうして分かんないんですか。
私はもし……ここに来なかったら置いてけぼりになっちゃうんですよ。
また、一人で仕事して、一人で扉を見続ける毎日になっちゃうんですよ。
大体なんなんですかっ!
私と会った頃は毎日のようにギルドに通ってお話して楽しかったのに、気づけば一人、また一人と増えて、必ず帰って来るからと出ていって……
毎日つまらないなーって……
信じて待っていたら帰って来るなり女の人いっぱい引き連れてっ!!
あげくの果てには恋仲ですってリーシア様と……
もううんざりなんですっ!!
私のいないところでエノアさんの時間が進むのが嫌なんです……」
俺は振り返らずにミルさんの話を聞いていた。
背中に何かが当たる感触がする。
ミルさんが裾を掴んだまま頭を俺の背中に”こつんっ”と当てていた。
「私はエノアさんを見ていました。
あんなにつらい顔をしながら生きているあなたに出来ることは私にはありません。
ギルドの仕事くらいでした。
私には、エノアさんと一緒に冒険した時間もない。
エノアさんに助けてもらうような過去があるわけでもない。
――普通の一般人です。
長い時間を一緒に過ごしたわけでも特別な時間を過ごしたわけでもない。
だから、せめて私は――エノアさんの帰る場所になりたい」
裾を離され、背中に暖かさを感じた。
ぎゅっと俺を抱きしめるミルさんの手が震えてる。
気づかなかった。ミルさんが、俺のことを想ってくれていたことを。
「それだけですから。
私は弱いので、ちゃんと守ってくださいね」
離れようとするミルさんの手に触れた。
「俺で、いいのなら」
焚き火をつけ、俺がミルさんといなかった時間の話をする。
まるでギルドで出会った頃のように話をしていた。
あの頃との違いはカウンターを挟まず、隣に座っていることだった。
ミルさんは恋仲がたくさんいることを知ってぽかぽか俺の肩を叩きながら怒っていた。
俺はなぜかミルさんにごめんと謝る。
そっぽを向かれ、もう一度謝ろうと肩を掴んで振り向かせようとした。
しかし俺がその肩を掴む前にミルさんは振り返り唇が触れた。
――短いキス。
甘酸っぱさを感じながら俺は放心していた。
「隙だらけですよ。エノアさん」
ミルさんは自分の口元に指を当てそう言った。
見つめ合っているとミルさんはみるみるうちに顔を赤くして、もう寝ましょうと立ち上がった。
そうして俺は部屋に戻り眠りについたのだが夜ふかししたせいで俺とミルさんは寝不足になっていた。
早朝。
寝ぼけたまま用意されたお粥を食べているとルーカスに寝不足っすか? と言われる。
「ああ。ちょっと昨日立て込んでてな。
いろいろ話したりしてたら寝る時間がなくなった」
「隈できてるっすもん。
そういやゴルが見当たらないんですが」
「ああ。ちょっと住民を探しに行ってもらってる」
「受け入れ態勢整ってないと思うんだけど。
あんた……ちゃんと考えてるんだよな」
「まぁある程度はな。
幸いここには優秀な人材は多い。
この後それぞれに動いてもらうつもりだ。
ルーカス、お前は俺と一緒にミレッド帝国行くぞ」
「ええっ?!
もうあの国に行くことはないと思ったのに」
「悪いがもう当分は向こうのギルドで仕事してもらうつもりだ。
それと着いてからは別行動な。
ちょっと情報を集めてくれ――ミレッド帝国の表ではなく裏の」
「裏のって……」
「表向きの帝国の顔じゃなく、もっと弱点をつけるようなくらーい話を見つけてきてくれってことだよ。
ちなみに俺はイナ、リーシア、リィファと一緒に買い物」
「買い物ですかい。
俺たちは命の危険をさらすっていうのに」
「命の危険か。なるほど、触れちゃいけないご法度に触れると命の危険があるのか。
後な、買い物と言っても娯楽としてじゃなくここで育てられる作物を探したいんだ」
「あーそういう買い物ね。
あの国は表向き綺麗にしておきたい国。
そのせいか嫌な噂はいっぱいですぜ。
正しいか間違っているかはともかくとして」
「楽しみにしてるよ。
死んでくれるなよ」
「へいへい。
せいぜい抗ってみせますよ」
全員が食べ終わったのを確認した俺は今後のそれぞれの行動を話す。
「まずオリュヌス、ティアナ、トア、イビアはアビスの移動術式を使って破龍の居た洞窟で鉱石を採掘して来てくれ。
ただし危険だと判断したら帰ってきていい。
特にヴァルク含む聖騎士団と鉢合わせになりそうならな。
まだあそこの鉱石は流通していないはずだ。当分はその鉱石を使って稼ぎを作り飢えを凌ぐぞ。
鉱石の売買はレイトにお願いしたい」
レイトは分かりましたと首を縦に振る。
「それからニーナ。
悪いが服の修繕や装飾、装備の手入れを頼みたい。
ガディは武器を作るために炉などの環境を整えてもらいたい。
それからレンガを使った建物づくりとかも頼む」
ニーナは任せてっと胸を張る。
「分かったぜエノアの旦那。
そうなるとまずは良質な土やら粘土やらを探さねーとな。
結構な人数連れて行くけどいいよな」
「ああ。今は土地の開拓と建物が最優先だ。
その後に食を安定的に供給出来る態勢を作る。
スライム達には無駄になってしまうかも知れないけど土を耕してほしい。
そもそも出来る?」
スライムは跳ねて答えるがどっちか分からない。
するともぞもぞと集合しながら話し合っている? ようでバラけた後隊列を組んで”できる”という文字の価値になっていた。
「お、おお。すごいな。
それからイナ、リーシア、リィファは俺と一緒だ。
アビスには大変だと思うが鉱石を掘りにいくもの達のために移動術式を組んでもらう。
さらに認識阻害の術式も管理してほしい。
後……シェフィかリドを探してくれないか?」
「仰せのままに。
確かに少し大変ですね」
「ごめん……
悪いけどアビスにか出来ないんだ」
「いえ、お役に立てることはうれしいですから」
「ありがとなアビス。
奴隷商。お前は奴隷達全員に名付け。
それから獣国の情報を集めてきてほしい。
情報集めに向かないものはここで労力として働いてもらう。
獣国の場所自体はアビスに聞いてくれ。
ただしその実態がつかめるまでは獣国の中に入らないこと。
後、名前教えてくれ」
「まだ傷が残ってますが行ってきます。
名前はロンです」
「頼むぞロン。
それからミルさん」
ミルさんの名前を呼ぶと驚いた猫のような俊敏性で姿勢を正す。
「はっはい!」
「ミルさんにはみんなの手伝いや食事、それからメインとしてスケジュール管理をお願いしたい。
人数が多いから大変だと思うけど出来る?」
「これでもギルドの受付嬢ですからっ!
数々の並行作業には自信がありますっ!」
「良かった。
以上! 各々国造りに打ち込むようにっ!」
「「おー!」」
っと右手を高く上げみんなで盛り上がる。
魔族、獣人、人、奴隷みんなでなにかに向かってがんばろうとしているこの光景を見て嬉しくなった。
楽しいな。そう感じていた。
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喜びます。